中編 3 脱衣場に引っ張られ、タオルを被り、濡れて張り付いた服を脱がされるのをぼんやりと見つめた。 熱は変わらずそこにあって、肌をかすめる度に体が反応する。 全裸になったあとタオルを腰に巻き付け、風邪を引くからと髪を乾かされ、槙野も濡れた上の服を脱いだ。 なんだか、おかしな光景だと思う。 「手、」 しゃがんだ槙野に手を伸ばすと、両手を掴まれて槙野の首の後ろに回される。 つかまることは出来るだろ、と耳元で言われ、何も考えずに抱き着くように掴まると体を持ち上げられた。 痩せたとはいえ男ひとり、軽々と持ち上げられると少し遣るせない気持ちになる。 自分の体も熱いだろうが、槙野の体も熱かった。その温もりが、酷く懐かしく思える。 こうして誰かに抱き着くなんて考えたこともなかった。 「下ろすぞ」 「ん、」 ベッドが軋む音に、布が擦れる音。ふわりとした感覚に、閉じていた目を開いた。 未だに手は槙野の首にある。至近距離で見たその目は辛そうにも見える。その奥は、熱が揺らいだ綺麗な色をしていた。 盛られた薬のせいなのか、深く考えないという直線的で本能的な感覚なのかは曖昧ではあるけれど、槙野新の存在が今の自分にとって確かなものになっていることを知る。 槙野新が俺にどういう思いを抱いているのかは知らない。あの時転入生の側にいた理由は、本人にしか分からないが、それでも転入生ではなく俺を見ていた事は事実だ。 盲目だった、転入生の周りにいた彼らの誰ひとり、いや、それ以外の生徒や教員ですら気づかなかった俺の内側を、槙野は予想した。見ていなければ気付かない。ただ見ているだけでは気付かないそれを、槙野はさっき口にした。 強がる理由はない、と。 生徒会長ではないのだと。 ただの生徒で、ただの人間で、求めることの欲を抑える必要はなくなった。 そもそも、生徒会長だから我慢する、というのはイコールではなかった。ただ自分の性格がそうさせただけで、周りのイメージを反映させようと、イメージ通りで居ようと、無意識に動いていたのだと思う。 「小野宮」 「……っなん、」 「余計な事を考えんな」 「……」 なぜ分かった。 至近距離で見つめあうとそういう目の動きで悟るのだろうか。そもそも奴は何かとすぐに察する。 考え事をしていて紛れていた熱が、自覚したことでまた上がっていく。 このままずっと耽っていればそのうち消えそうにも思えたが、消えるわけもないし槙野はそれを許してはくれないだろう。 「ほらまた」 「…っ細かいと、モテないぞ」 「へえ、そういうこと言う。余裕だな」 「っ、ふ…っ、お、い」 どうやら機嫌を損ねたらしい。 背中を撫でられ、首を舐められると、ぞわりと粟立つ。 首に回していた手を肩に移して押し返すように力を入れるも、びくともしない。 反抗するように首筋を甘噛みされ、ビリッと電気が走る。 「まき、」 「名前」 「は、…っ、なん、」 「名前で呼べ。小野宮も長いから名前で呼ぶ」 「いみ、わかんな…っ、はぁ…っ」 「さく」 「っ、……噛むの、やめろ」 「……」 反応なし。ついでにまた噛まれた。 焦れったさに体が疼く。歯痒さが頭の中を白くする。 「っ、あらた、それやめろ…っ」 「……やだ」 「おい」 名前呼んだだろう。 思わず肩を叩くと、奴はくつくつと笑いだした。なにがおかしいのか分からない。 槙野は顔を上げると、楽しそうに笑っていた。 その顔を見て鳩尾が締め付けられるような感覚に陥る。 「お前は元々、そういうやつだったな」 「……は、」 「突っ込みタイプ」 「……」 なにを言うのかと思えば。 会話などしたことがなかった。けれど槙野新は以前の俺を知っている。 いまとは正反対とも言える俺を、奴はなぜか知っている。 [*←][→#] [戻る] |