短編集(~2019)
08
「そんなことより、アリス」
「なに?」
白兎の行方を知ってるのか知らないのか曖昧なチェシャ猫が、またするりと姿を消して、目の前に立っている。
猫までも二足歩行か…。
にんまりと笑みを浮かべる彼に、なぜか俺は背筋にぞわりと悪寒が走るのを感じた。
なんか、嫌な予感がする。
長い尻尾が、するすると俺の頬を撫でている。
動けない。
なぜ。
「私も一応オスとしてここに存在しているからねぇ」
「……」
「可愛らしいアリスと交尾なんて、とても夢のよう───」
「はぁ!?」
言い終わる前に叫んだ。
猫の聴力は人間の十倍と聞くけれど、チェシャ猫はたいして驚いてない。
聴力は人間並ってかコラ。
って、違う違う!
突っ込む所はそこじゃねぇぞ俺!
いま!
いまコイツ、交尾って…!
「ざけんな変態ッ!」
「ふざけてないよー?言ったでしょう?」
滑らかに顔を寄せて、耳元に息がかかる。
「───この世界のヤツは、みーんなイカれてるんだって」
ぞわり。
首筋から腰まで、粟立つ感覚がして、肩が上がった。鳥肌が…!
「怖がらないでいいよ、大丈夫、」
───優しいよ、私は。
その声に、ぞわぞわする。
やばい。やばいぞこれは。
「お断りしますッ!」
ばっとチェシャ猫の体をどついて、ふわふわスカートを持ち上げて全速力で走り出した。
───この世界のヤツらは、みーんなイカれているんだよ、気をつけてね、アリス。
どこからか、チェシャ猫の笑う声が聞こえた気がした。
つーかお前が気をつけてとか言うなよ!
焦りも相まって走っていて気が付かなかったけど、いつの間にかに森を抜けていて草原にいた。
「……ッハ…、…ハァッ、」
立ち止まって、詰まる息を調えながら見渡せば、先の見えない草原。
木もない、池もない、草原のみ。
「……ハァ、…あー…あっぶね」
危うく貞操失う所だった。
守り通したいわけじゃないが、なんか嫌だった。
尻軽みたいじゃんな。
見渡しながら、歩いてみる。
息はだいぶ落ち着いてきた。
───…万歳!
どっからか、聞き覚えのある声がした。
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