短編集(~2019)
異世界アリス
「───待って!うさぎさん、ちょっ、早いって!」
「───あぁ、もうこんな時間!急がなきゃ急がなきゃ!」
「うさぎさん!なんで二足歩行で走れるの?うさぎさんなのに跳ねないの?」
「急がなきゃ、急がなきゃ!」
「うさぎさん!───」
───頬を撫でる風が強くなった気がして、目が覚めた。
目の前には広大な草原が広がり、寄り掛かるその背には大木が存在感を持ってそこにある。
「………ゆめ、」
ふわふわと広がるスカートに、そこから伸びる細めの白い足。レースを使った可愛らしい靴下に、脚の白さを際立てるような赤い靴。
ライトブラウンの長い柔らかそうな髪を揺らして、周りを見渡す。
妙にリアルで、しかし異様な夢を見た気がして。
いや、夢だ。
だって兎は二足歩行でしかもあんな人間らしく走らない。
兎は跳ねるもんだ、という思い込みと常識の混ざった違和感を抱きながらも、耐え切れなくなって欠伸をした。
「……うさぎ」
あの兎、喋ってたな。
夢だからと納得は出来るものの、なぜか違和感が消えずにいる。
時計、ぶら下げてたな。
現代のサラリーマンみたいな、時間に追われた兎。
滑稽なのに、そこだけ違和感がないのは現代の人間である証のような。
そんな証、いらないのだけれど。
「───アリス!」
「……母様、」
遠くから走って来たのは、自分よりもシンプルな、しかしどこかメイドを思わせるような服装をしている、自分の母らしい人物。
自分と同じライトブラウンの、自分より長い髪を一つに束ねている。
15、6歳の子供を持っているとは思えないくらい若く見える、童顔美人。
「お部屋にいないから、びっくりしちゃった。ここ好きね」
「あぁ、ごめんね。───うん、好き」
なぜか、母様に、リアルな兎の夢を見た、なんて言う気になれなかった。
まさかその兎が八頭身だなんて、言えるわけがない。
完璧にコスプレ以上だって、あれは。
───この世界に来て、一ヶ月経つ。
まさか自分が、あの有名なアリスの世界に来て、まさか自分がアリス自身になっているなんて、それこそ夢だ。
けれどそれは現実なのだ。
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