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短編集(~2019)
02
 


 彼は小さな頭を傾げて、やわらかな表情を見せる。それは笑い。それは微笑み。
 私はその微笑みが好きだ。それだけが、彼を彼として存在させる唯一のもの。それ以外の行為や変化に、彼は存在しない。

 彼は微笑みか無表情しかない。それ以外を知らない。やり方が分からない。笑みという行為に自覚はない。



「ぼくは、なぜ生きているの?」


 悲しみも憎しみもない、ただ純粋な目をした彼が、何度目かの質問を投げ掛けてくる。


「あなたは、私のために生きているのです」


 私が生きるために、あなたという存在がいるのです。

 彼はどこか安心したような目をする。そのことが己の存在理由を明確にしてくれるとでもいうかのように、何度でも確認したくなるのだと。
 まだ生きていて良いのだと。
 彼にその自覚はないのに。


 あなたは私と共に生き、私と共に死に逝く。そのために生きている。
 それだけが、私たちの存在する共通の理由なのだと、私もあなたも信じている。


 それが唯一の真実であり、私たちの愛であると。
 
















 
 私は彼の飲んでいる水の入ったコップに、白い顆粒をサラサラと加えていく。
 彼はそれをじっと見ている。ただ微笑みながらじっと見ている。

 手にした空のコップに水を入れ、同じ顆粒をサラサラと落としていく。揺れて溶けて無くなっていく白を、透明が飲み込んでいくのを、見ている。



 微笑む彼に、やわらかくキスをした。
 真っ白いベッドに腰かけていた彼に、何度も何度もキスをした。
 あれから何年過ぎても、彼は私に問いかける。私は何度も同じ答えを返す。

 やっと解るね、と彼は言った。
 私は初めて彼に答えなかった。





END
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あきゅろす。
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