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もう1人のキミが笑う世界 3
「ジーノ、フットボールしようぜ!」


午前中の練習から楽しそうに帰って来るなり、達海はソファーで読書中のジーノの腕を引っ張った。


「な?早く行こ〜ぜ。」

「タッツミー、いきなりどうしたの?出掛けるのなら、ボク、着替えるよ。」

「フットボールすんだから、そのままでいいって。あ、日焼けが嫌ならパーカー貸すぜ。」


初夏に近付くにつれ、この頃は日差しも厳しくなってきていた。日焼けを嫌がるジーノは達海からパーカーを受け取ると、日焼け対策の為にと腕を通し、達海と共に部屋を出た。



*****
そういえばさ〜、ジーノが来てから2週間以上経つのに、一緒にフットボールやってないなって思ってさ。達海は両手に持ったボールをクルクルと回しながら話した。2人は達海のアパートからそれほど離れてはいない河川敷へと向かっていた。いつか夕日を見たあの土手にある小さな河川敷だった。小さいながらも綺麗に整備されていて、フットボールをするのにも十分な場所だった。


ジーノはのんびりと歩きながら、達海がボールを蹴る姿を見るのは初めてだと思った。普段の自分は主婦よろしく家事に勤しんでいて、ボールには触れていない。達海は勿論練習に行くが、練習が一般公開されなければ、彼がフットボールをしている姿をなかなか見ることはできなかった。フットボールをしているタッツミーを見られる日が来るなんて、ボク、想像すらしていなかったよ。元の世界でも、ジーノは自分の恋人がボールを蹴る姿を見たことはない。達海の足の状態を考えれば、それは当然のことであった。





河川敷に着くと、芝生のピッチではないが小さな土のコートがあり、2人はそこでフットボールをすることにした。平日の午後である為、子供達は学校があるからか、コート内に人影はなかった。周りも散歩をしている人がちらほら居るだけで、穏やかな時間が流れていた。


「おい、ジーノ。今日は貸し切りみたいだよな。まぁゴールがないのはちょっと残念だけど。」


達海は早くボールを蹴りたくて堪らないとでもいうように、土手を一気に駆け下りた。どのタッツミーもフットボールのことになるとすごくキラキラした顔をするんだよね。ジーノは子供のようにはしゃぐ達海に小さく笑った。





ゲームは、達海からボールを奪うというシンプルな物だった。達海はジーノをおちょくるかのように、華麗な足技で翻弄した。最初は汗などかかず、疲れない程度に楽しもうと思っていたジーノも、気が付けば夢中になってボールを追い掛けており、前髪が貼り付いた額からは汗が流れ落ちていた。


もしもボクのタッツミーとフットボールができたとしたら、こんな感じなのかな?面白くて楽しくて、ずっと一緒にボールを蹴っていたいと思うような…ジーノは達海から再びボールを奪おうと、お互いの体が近付くほど距離を詰めた。その瞬間、高揚感で一杯の達海の顔が目に入った。それはフットボールができることに幸せな笑顔で、ジーノが見たことのない表情だった。あぁ、そうか。同じように見えても、やっぱり今ボクの目の前に居るタッツミーと、ボクの大好きなタッツミーは違うんだ。それぞれ違う世界で、それぞれの形で、それぞれの思いでフットボールを愛している。


ジーノはボールを追い掛けながら自分の恋人のことを考えた。達海の足は、今目の前で楽しそうにボールを蹴る26歳の彼のように、自由に動かすことはできない。これからも今のように一緒にフットボールをすることもできやしない。そうだとしてもそんなことは関係ないのだ。自分は「監督」として強く美しく生きる「彼」に惹かれたのだから。ボクはどのタッツミーもタッツミーだから、ここに居る間は26歳のタッツミーを大切にしなければと思った。だけど…タッツ、タッツだけだよ。やっぱりボクは、強くて優しいETUの王様のキミじゃなければ駄目なんだ。心のどこかでは、こんな風にタッツミーとフットボールができれば…と思うこともあったよ、それなりにはね。実際に今、タッツミーとやってみてすごくワクワクしたし、楽しいと思えた。だけどね、その分だけボクのタッツミーのことが愛しくなるんだ。キミは「監督」、ボクは「選手」として出会えたことに意味がある。そうでなければ、ボクはあんなに強くて美しい人を愛することはなかった。そうだよ、タッツミーが走れなくてもいい。過去のことよりも今の幸せがボクには大切なんだから。


ジーノは自分を避けようと体を反転させようとした達海よりも速く足を動かして、颯爽とボールを奪っていた。


「あ〜、とられちゃった。…ずっとやってたから、ちょっと休憩しよっか。」


達海はボールを拾い上げると、コートを出て、土手の斜面の草むらにごろんと横になった。ジーノも寝転べよ〜と手招きされれば、断る訳にもいかず、ジーノも達海の隣に横になった。


「ジーノ、お前すげ〜上手いじゃん。初めて会った時、10番着てたからもしやって思ってたけど…あ〜、楽しかった!」

「ボクも楽しかったよ。こんなに汗をかいたのは本当に久しぶりだから。もしかしたら…初めてかもしれないね。」


ジーノはパーカーの袖で額の汗を拭った。ふと空を見上げると、白い雲がゆっくりと流れていた。ジーノの横に寝転ぶ達海は、汗かかないってジーノは普段どんなフットボールしてんの?と驚いていたが、急に静かになると自分と同じように空を見上げた。


「…やっぱりさ、監督の俺のこと、思い出したりした?…比べたりとかさ。」


達海が小さく呟いた言葉の意味を図りかねて、ジーノは言葉に迷ったが、先ほど感じた自分の気持ちをきちんと伝えることにした。


「タッツミーとこうしてフットボールができたことは、夢みたいに嬉しいよ。ボクも一応選手だから、強い相手は興奮する。…それにタッツミーとフットボールができればって思ったこともあったから。でもね、やっぱりボクは、ボクの世界のタッツミーが隣に居てくれれば、それだけでいいんだ。一緒にフットボールができなくても構わない。悲しみや辛さを乗り越えて、凛と立っているタッツミーが好きなんだ、結局はね。監督と選手として出会えた今が、ボクの一番の幸せかな。」

「…そっか、そうだよな。」


達海は静かに頷くと、そのまま目を閉じた。次に瞼を開いた時には、彼はいつもの少年のような笑い顔に戻っていた。


「…あっ、見てよ、タッツミー。ボク達が休んでいる間に子供達が来ちゃったみたいだね。」


2人が休んでいる間に、いつの間にか学校帰りの子供達がボールを手に簡素なピッチの中に入っていた。ジーノの言葉を受けて、本当だ〜と達海はのんびり答えた。


「なぁ、この世界にもジーノは居るんだよな?17歳のお前って、何してるんだろ?」


子供達に視線を向けたまま、達海はどこか楽しそうに話す。


「う〜ん、ボクと同じような考え方をしているのなら、多分こっちのボクもフットボールはやっていると思うけど。あと絶対にモテているね。」

「確かに高校生の時でも、十分女に困んない顔してそうだもんな。」

「それから、この世界のボクもキミに会ったら、キミに恋してしまうと思うよ。これは絶対だよ。だってボクがタッツミーに恋しない訳ないじゃない。タッツミーはすごく素敵でしょ?きっとタッツミーの素晴らしいプレーに惹き付けられるに違いないよ。」

「…それは、ど〜も。」


達海の顔は少し赤くなっていた。本人も自覚があったのか、まぁジーノと出会ったらの話だけどね、と呟いて、慌てたように体勢を変えると、ジーノに背を向けた。


「ふふ、可愛いね、タッツミー。」

「俺は可愛くないです!…あぁもう、俺ちょっと子供達とフットボールしてくるから、お前ついて来んなよ!そこで休んでて。」


達海はガバリと起き上がると、地面を蹴って子供達の輪の中に飛び込んで行った。ETUの選手が突然現れたことに彼らは驚いていたが、すぐに嬉しそうに達海とフットボールをやり始めた。その微笑ましい光景を少し離れてジーノは見守っていた。


この世界に来て良かった。いつ戻ることができるのかは分からないけれど、今はそう思う。もう1人のタッツミーに会えたことは勿論だけど、自分のタッツミーへの想いを改めて見つめ直すことができた。キミのおかげだよ、タッツミー。ジーノは子供達に混じって楽しそうに笑う達海を見た。


どこからかふわりと優しい風が吹き、ジーノの頬を撫でると、そのまま静かに流れて行った。

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