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追い掛けて捕まえる
ミニゲーム〜名古屋戦前で、付き合うまでのもだもだしている 2人、な設定です




ETUの10番で周囲から王子と呼ばれているルイジ吉田は恋をしていた。


「という訳で、ボクはタッツミーのことが気になってしまうんだ。この気持ちはどうすればいいんだろう。どうにもできなくて、持て余してばかりだよ。」

「いやいや、何が『という訳で』なんだよ。全然話繋がってないから。つーか、何で毎回勝手に入って来るかなー王子様は。ここ、お前ん家じゃないよ。」


若干の呆れが混じった声がジーノの耳に届く。この部屋の主は、用事がないならば帰れと遠回しにジーノに告げていた。


「俺、次の名古屋戦のことで頭いっぱいだから、お前に構ってられないの。あ、勿論何かあんならちゃんと話は聞くよ。けど、無駄話ならお断り。」

「無駄話なんかじゃないよ。」


そう言い返して、ジーノは達海のすぐ側に座り込んだ。メモやら資料が散乱しているこの部屋は本来人が住むような場所ではないのだが、達海がここに自分の城を構えるにあたって、少しでも快適に暮らせるようにと周囲の者達の計らいで随分と手が加えられている。エアコンもきちんと稼働しているから、こんな風に狭い部屋で2人きりになっても暑くはなかった。ジーノが思った以上に近付いたことに目の前の彼は僅かに目を見開いたが、分かったよと諦め顔で頷くと、読んでいた資料を簡単に片付けてこちらに向き直った。


「で、話ってのは?」

「この前の、ミニゲーム…」

「ミニゲーム?」


もしかしたらそうなのかもしれないと心の中ではずっと思っていた。それがあの日のミニゲームで決定的になったのだ。好きなのかもしれないなという不確かだった気持ちがはっきりと好きだという感情に変わった。そして、不格好でも前を向いて生きる彼のことが愛しくなった。


「ボクは、あのミニゲームで君と一緒にプレーして、ほんの10分くらいのゲームだったけれど、とても楽しかった。興奮して心が震えた。ああ、幸せだなって思えたんだ。」

「ジーノ…」

「ボクにとってあのゲームは大切な意味を持つようになったんだ。あの日は決して忘れられない日になったんだよ。」

「ミニゲームミニゲームって……あ、もしかして、お前、あのゲームで俺のこと好きになっちゃったりしたとか?タッツミー、かっこいいーって感じだったの?そりゃあ嬉しいね。」


俺、ETUがもっともっといい方向に進めるってお前らに分かってもらう為に結構頑張ったからね。それが伝わってんなら嬉しいぜ。お前にも好かれちまったみたいだしね。達海がニヒヒーと笑う。精一杯伝えようとしているけれど。ああ、彼は全然分かっていない。人間的に好き、ではないのだ。世話係の彼が向けるような真っすぐな尊敬や親愛などではない。この気持ちは。


「分かっていないみたいだね。」

「え…?」


きょとんとした顔がジーノを見つめる。この気持ちを彼に分かってもらいたい。ジーノは達海の頬に手を伸ばした。そして茶色い髪の中に指を差し入れて少しだけ引き寄せると、達海の口を唇で塞いだ。


「ん……」


初めて味わう彼の咥内は自分達の熱ですぐに熱くなった。角度を変えて口付けを深くする。抵抗らしい抵抗も見せずに目を閉じた達海の睫毛が小さく震えているのが分かって、堪らなく愛おしかった。


「ボクが言ってるのは、こういう『好き』だよ。」


ゆっくりと唇を離して告げた。こんなにも真剣な想いを抱いたのは、彼が初めてだった。そして、これからもそれは彼に対してだけなのだとジーノは強く思った。


「ジーノ…」

「君が好きなんだ、タッツミー。」


目の前にある唾液で艶めく唇を親指の先でそっと拭う。それから頬を撫でてみたが、達海は驚いて固まったままだった。ジーノにされるがままで、何も反応がない。大丈夫かい、驚かせてしまったよねと声を掛けようとした瞬間、達海の頬がぶわっと赤くなった。


「え…?タッツ…」


ジーノの声に達海の肩がぴくりと揺れ、その声に促されるように頬はますます赤みを帯びていく。そんな達海を見て、ジーノも頬が熱くなって心臓がドクドクと激しく脈打った。達海はジーノから顔を見られないようにようやく俯いたが、赤くなった首筋はタンクトップから丸見えだった。


「あ、タッツミー…その、ごめんよ。」


急に自分のしたことに羞恥や罪悪感を覚え、ジーノは達海から勢い良く離れた。だが、達海は視線を下に落としてしまって少しもこちらを見ようとしない。ジーノはきゅっと唇を噛んだ。再び手を伸ばすことなどできなかった。好きだという気持ちを伝えたいと思ったけれど。


「…君を…傷付けたかった訳じゃないんだ。それだけは、分かって欲しい。」


かろうじて何とかそれだけを口にすると、ジーノは立ち上がって部屋の出入り口へと向かった。そのまま静かにをドア開けて、ふらふらとした足取りで外に出る。自分の想いを押し付けるようなことをしてしまったことに後悔の波が押し寄せる。それでもどうしても彼が恋しくて、ジーノはドアを閉める前に一度だけ後ろを振り返った。


「タッツミー…」


ドアの隙間から見えた達海は、ジーノを見ることもなく、最後まで俯いたままだった。



*****
ETUの監督、達海猛は悩んでいた。


「何がしたいんだよ、あの王子様は。」


ここ最近、 達海は明らかにジーノに避けられているように感じていた。クラブハウス内の廊下で会うこともなくなり、練習で顔を合わせることはあったが、事務的な会話以上の話をしなくなってしまった。ピッチの中から時々戯れるかのように向けられていた視線も寄越しては来ない。それでもいつもと変わらない優雅な表情を浮かべているから、周りは誰も気づいていないのだろう。達海だけが分かっていた。ジーノの様子がおかしい。あの日を境に、だ。突然口付けられたあの日。あの時のジーノの様子を思い出すと、胸の奥がざわざわして酷く落ち着かない気持ちになる。からかってみたら向こうも冗談で返してくれるだろうと思っていたのに、返って来たのは真剣な瞳と熱の篭った口付けだった。


「『好きなんだ』、か。」


そう言っていた。そういう好きではない、とも言っていた。仕事で作業をする小さな机にぺたりと頬を貼り付け、先ほどからずっと達海は背中を丸めてじっとしていた。目の前には手書きのメモや資料のファイルが置かれているが、今は手を伸ばそうとは思わなかった。名古屋戦に向けての戦略は頭の中でもうほとんど出来上がっている。あとはまだ足元に落ちている噛み合っていない残りの数ピースをはめる場所を探すだけだからだ。それは最後の仕上げまでには間に合うから問題はない。問題があるとすれば。それは。


「あいつ、馬鹿だろ。好きとか言ってるくせに避けてちゃ意味ないって分かってんのかな?」


心の中を占める存在が一番厄介だった。王子様のくせにそういう風でいいのかよと、今この部屋に居ない相手に文句を言ってみるものの、達海も自分の気持ちに上手く名前を付けられないでいる。いや、本当はこの気持ちが何なのか、はっきりと分かっているのだ。分かっていながら、わざとその感情に名前を付けないでいるだけだ。ミニゲームの時に自分に向けられたジーノの嬉しそうな、楽しそうな顔。真っすぐ自分だけに向けられた優しい笑み。あんな表情を見せられて、君のETUに対する想いは全部分かっているよと肩を抱かれてしまえば、心の中に抱えたこの感情に名前を付けることはできなかった。そんなことをしたら、戻れなくなってしまうから。止まらなくなってしまうから。そう思って考えないようにしていたのに。


「あんなのされたら、もう止まれないじゃん。」


だからジーノに避けられていることが悲しかった。窓から射し込む強い日光から逃れるように目を閉じて、達海はどうしようかなあと溜め息交じりの吐息を洩らした。悲しかった。その切なさが今の達海の心を支配していた。



*****
ルイジ吉田は恋をして、好きすぎるが故に逃げてしまった。達海猛は悩んで、それでもやはりこのままではいけないと逃げる相手をとっつまえてやることにした。そうして、向き合った彼らが辿り着いたその先にあるものは。


暇さえあれば頻繁に顔を見せていたくせに、ジーノはこの部屋に全く近寄らなくなってしまった。いつまで避け続けるのか分からないが、達海はあれからじっと考えてこのままにしておく訳にはいかないと心に決めたのだ。自分達はもう一度向き合って、ちゃんと言葉を交わす必要がある。だからその為に王子様を捕まえるのだ。


今日は名古屋戦に向けた最終調整の軽めのメニューを選手達に指示したので、比較的早い時間に練習が終わった。1人1人の動きや表情をもう一度確認して、残りのピースを頭の中でかちりと合わせていきながらも、達海は頭の片隅でずっと思っていた。試合が始まる前にこんな状態でいいはずがない。だから、今日もう一度ジーノと話すのだと。試合前の最後の練習メニューをこなして心地良い疲労とやる気に包まれている彼らを一瞥してから、達海は先にクラブハウスの自室へ引き上げた。そしてジーノの着替えが終わる大体の時間を予測して、ロッカールームへと向かった。


「や、やあ、タッツミー。」


身なりをとても気にする伊達男の彼がいつも一番最後に出て来るのはもうすっかり知っていることだった。達海はジーノを見据えると、用事があるんだよね、と声を掛けた。ロッカールームの出入り口を塞ぐように立っているのが達海だと分かってジーノは一瞬酷く狼狽した表情を見せたが、すぐに笑顔を貼り付けて達海に片手を挙げた。


「お疲れ様。えーと、ボクはこれで…」

「ジーノ…」


取り繕ったような笑顔と、その場からすぐに立ち去ろうとする姿が達海の胸を嫌でも締め付ける。ボク、急いでいるんだと明らかに嘘を言っているジーノに手を伸ばすと、達海は七分袖のシンプルなシャツから出ている彼の手首をぎゅっと掴んだ。


「お前、ちょっと来い。」

「え、あっ…タッツミー!?」

「いいから来い!」


有無を言わせない態度に相手が困惑しているのが伝わってきたが、達海は気にせず廊下を進んだ。振り払われたらどうしようかな、逃げられたらこっちは走れないしなーと考えていたが、避け続けることをついに諦めたのか、ジーノは大人しく達海の手に繋がれたままだった。


いつもぺらぺらとよく喋るのにジーノはしゅんとして黙ったままでいる。達海は腕を組んだ格好でジーノに視線を向けた。悲しみに沈んだ顔も相変わらず端正だから本当にどうしようもないと思ってしまう。達海は黙ってジーノを見つめていたのだが、2人きりの部屋の沈黙を破るべく静かに口を開いた。


「何で避けんだよ。」

「それは…」


ジーノが言い淀む。だが達海は、答えないってのはなしだからとジーノに一歩詰め寄った。


「何でかって訊いてんだけど。」

「だって…ボクのこと、嫌いになっただろう?」

「え…?」


ジーノがつらそうに言葉を紡ぐ。達海は目を瞠った。そんな風に思っていたのかと驚いてしまったからだ。


「ボクと…目を合わせてくれようとしなかったじゃないか。」


あの日の達海の様子を克明に思い出したのか、黒の瞳が悲しげに揺らめいた。


「あ、あれは…あの時は…」

「ボクは君を傷付けた。だから、タッツミー、君に近付いてはいけないんだよ。それは当然のことだよ。」

「避けるくらいなら、最初からあんなことすんなよ。俺が、どんな気持ちで…」

「本当にその通りだ。ボクの気持ちばかり押し付けるようなことをして、すまないと思ってる。」

「……」

「ごめんね、タッツミー。」


あの日、分かっていないと言っていたが、分かっていないのはお前の方だと達海は思った。ジーノの方が分かっていないではないか。この気持ちを。どうして追い掛けて捕まえたのかを。


「……お前、全然分かってないみたいだから言っとくけど、」

「タッツミー?」

「…あれは、別に傷付いたとか、じゃなくて、ただ恥ずかしかっただけで…」

「……」

「俺は、9こも年上のおっさんなんだよ?……お前のこと、好きになったりなんかしちゃ駄目なんだよ。だから冗談にしなくちゃなって、思ってたのに。」


それでも止められなくなってしまった。彼は確実に自分の中で大きな存在になっていたのだ。それがあのミニゲームでもっともっと大きくなってしまった。だから、手を伸ばした。けれども。


「…あー、なんか、変なこと言って悪かった。今のはそんなんじゃないから。」

「タッツミー。」

「……ジーノ、」


真摯な声が達海の名前を呼ぶ。あ、と声を出す時間もなかった。気が付けば、ジーノの体温を強く感じていた。


「駄目なんかじゃない。」


耳元で囁かれる甘い声に鼓膜が震えた。与えられる温もりに安堵の気持ちを覚えて、それが達海を堪らなくさせた。


「駄目、だろ…やっぱそんなの…」

「駄目じゃないよ。好きになっていい。好きでいておくれよ、タッツミー。」

「ジーノ…」


ボクは君が好きだから。ジーノが想いを伝えようと真っすぐに達海を見つめる。懇願するように言われてしまえば、自分を包み込むこの両腕の中から抜け出すことなどできなかった。抜け出せるはずがなかった。


「君が好きなんだ。」


「…お前が、そう言ってくれんなら。捕まえていいのかな。」


達海は背中に回した腕をそっと持ち上げて、ジーノの髪をくしゃりと撫でた。ジーノが何だか今にも泣きそうな顔で微笑むから、王子様なんだからしっかりしろよなと笑い返して、もう一度彼の体温を確かめるようにその身を預けた。





「それにしてもさー、好きな奴のこと避けまくるとか、どこの中学生だよ、吉田。」

「ボク、どうやら本命には慎重になってしまうみたいで…君をもっと傷付けてしまったら、と思ったら怖くなって…」

「お前が!?」

「うん、そうみたい。…自分でも情けない話だよ。こんなにも不甲斐なくなってしまうなんて。あ、吉田はやめておくれよ、タッツミー。」

「吉田で十分だろ。」

「不甲斐なくても吉田だけは嫌だよ。」

「ここ数日のお前は吉田っぽかったけどね。」

「タッツミー!」


仕方ないなーと小さく笑ってから、ジーノ、と名前を呼んでやると、目の前の年下の彼は酷く嬉しそうな顔をした。先ほどまではお互いに向き合って抱き寄せ合っていたが、体勢を変えたジーノに今度は背中から抱き締められてしまった。ベッドに座ろうぜと声を掛けて腰掛けてもそのまま抱き締めてくる彼が可愛くて、達海は小さく笑みを洩らした。


「もうお前に避けられんのは、やっぱやだから。もうやめろよ?」

「やめるよ。君の側に居たいからね。」

「よし、これで心置きなく名古屋と戦えるなー。問題解決して良かった。」


ここ数日、心に重くのしかかって達海を苦しめていたジーノとの関係に優しい光が灯ったのだ。安堵感で心が満たされ、すぐ隣に彼を感じられることに改めて嬉しさが込み上げるのは仕方がないのかもしれなかった。ジーノの腕の中で首だけを動かして見上げるように視線を合わせたが、達海を見返すジーノは幸せそうなのに複雑な表情をしていた。


「何でまだそんな顔してんだよ?」

「君を避けていた間は、結局傷付けてしまっていたんだと思ったら、いくら謝っても足りないような気がして…」

「お前、結構馬鹿なとこあるよな。俺、びっくりしたよ。」

「タッツミー、ボクは…」

「あのミニゲーム、楽しかったんだろ?それに、俺の言いたいこともちゃんと伝わってる。だからもうそれでいいんだよ。」


ぎゅうと抱き寄せられたので、達海も愛おしい存在に腕を回して同じようにぎゅうと返してやった。それだけで俺は幸せなんだよ。その想いが彼に伝わるようにと。






END






あとがき
イタリアの血が全面に出ているようなイケメン強引ジーノが好きなのですが、女々しいジーノも好きなので書いてみました^^ジーノの為に色々と頑張るタッツミーも好きなので詰め込んでみました。


ミニゲーム辺りでは既に2人はお付き合いしていると思っているのですが、付き合う寸前な設定で書いてみるのも楽しかったです(*^^*)


読んで頂きましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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