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この手に包む愛の温度
監督の方がジーノより体温が低いといいなというお話です




達海の年下の恋人は時々達海が驚くような話題を唐突に口にする。本人にとってそれは何気ないことなのかもしれないのだが、達海としては決してそうではない。は?え?何いきなり。だから、その時の達海はそんな風に思った。


「タッツミーってお菓子やジャンクフードが好きで子供みたいな舌をしているのに、体温は低いよね。」

「えーと、何でいきなり俺の体温の話なの?」


眉を寄せた達海はそのまま首を傾げた。確か先ほどまで今日の午前中の練習の話をしていたはずだ。今日も達海はETUの監督としてクラブハウスのグラウンドでボールを蹴ったりランニングをする選手達をじっと観察していたのだ。実際に彼らと共にボールを蹴ったり走ったりする訳ではない。なので、選手であるジーノの方が意外と周りをよく見ていたりすることもある。彼のプレーからその視野の広さは十分に分かるのだ。仲間達の練習中のやり取りなどを彼なりに面白く伝えてくれるから、いつも2人で盛り上がるのだ。今だってじゃれ合いながらそんな風に楽しく話していたはずだった。


「今日の練習の話しててさ、流れ的にもどう考えたって俺の体温低いって話につながんないよね?」


お前って時々突拍子もない話ふってくる奴だけど、今日はまたどうしたんだよ?そんな思いを込めて恋人を見つめてみたら、達海の言わんとすることを理解したらしい彼が達海を見つめ返した。本当はいつも気になっていたんだと王子様は形の良い眉をきゅっと寄せた。


「君をこの腕に抱く度にね、感じていたんだよ。」


ぽつりと呟かれたジーノの声は心配と不安が入り混じっていた。


「……」


まさかずっとそんなことを思っていたとは。達海は瞳をはためかせた。達海自身、自分の体温が高くはない――つまり平熱が低いことを気にしたことなどこれまで一度もない。今までフットボールに夢中になって生きてきた。そして、現在ジーノと付き合うようになって彼のことも心に留めるようになっているが、基本的にそれ以外のことにはあまり関心がなく、無頓着なのだ。それ以外のことの中には自分自身のことも含まれていたりする。昔ほど無茶はしなくなったが、体調が悪くてもこれくらいは平気だと思って少し無理をしてしまうこともあるし、ジーノに指摘された平熱についても低いからといって、それが問題だなんて思って焦るようなこともないのだ。


「平熱が低いのなんて、そんな気にすることでもないと思うけどなー。」

「代謝が悪いんじゃないのかな。やっぱりこの部屋じゃ快適な生活は…」

「この部屋に住んでるからってのは関係ないと思うけど。」

「それは分からないよ、タッツミー。」


ジーノの瞳に真剣な色が宿るのが分かった。間近でその瞳を見ていた達海の背が自然と伸びる。ジーノは覗き込むように顔を近付けると、そのまま達海の頬にするりと手を添えた。


「何度も誘っているけど、もうボクの所においでよ。」

「ジーノ…」


もしかしたら、これが本当の目的だろうか。達海は頭の中で考えを巡らせた。分かっていることではあるが、確かにこの部屋は人が住むのに快適とはいえない。達海は長く住んでいるのですっかり慣れてしまっているが、この部屋は居住用ではなく、本来は備品を収納する為の用具室なのだ。達海はその点については全く気にしていなかったのだが、どうやら恋人は違っていたらしい。達海の平熱の低さを気にするあまり、それはこの住環境が少しは影響しているのではないかと思い、だから広くて快適な自分の部屋に一緒に住めばいいという考えに至ったのだろう。


「いやいや、悪いけどさ、俺はここから離れる気はないから。クラブハウスの中に住んでる方が仕事に関して色々便利なんだよ。これ、確か前にも言ったことあるよね?」


恋人の申し出がありがたくないという訳ではない。監督という職業に就いている以上、ETUがタイトルを手にする為にやれるだけのことをやりたいと考えている達海なので、やはり仕事に対するウエイトは彼の中で大きくなってしまうのだ。だから仕事に関する利便性を優先したいという気持ちがある。それに監督と選手が一つ屋根の下で一緒に生活するのは絶対に駄目だとも思うのだ。ジーノと別れる気など全くないからこそ、だ。変な噂が立つのはいかがなものか。そして、そもそも自分の平熱がちょっと低いという、ただそれだけの理由で大袈裟に心配されて彼の部屋に住むことになってしまったとしたら恥ずかしすぎるではないか。達海はジーノを見据えて、悪いけど無理ときっぱり口にした。


「でも、冷たくなってる君をここに独りきりにさせ続けるのはつらいよ。」

「冷たくなってるって…おい、死体かよ、俺は。」

「タッツミー…」

「…っ、」


狭い部屋の中で切ない声が響く。そんな声を出されてしまうと言葉に詰まる。ましてや表情までそんな風であれば尚更だった。


「あのな、」


達海は小さな溜め息を吐くと、腕を伸ばして自分がされたのと同じようにジーノの頬に手を添えた。ジーノが目を見開いたが、お構いなしにそのままふにふにと指先を動かした。


「だからー、ちょっと人より平熱低いだけだろ?そんなに心配することなんかねえっての。」

「ボクが嫌なんだ。」

「ジーノ?」

「君が寒そうで、ボクが嫌なんだよ。」


ジーノの頬を撫でる達海の手に彼の手が重なる。ジーノは達海の指をそっと引き剥がすと、胸の前で愛おしむようにきゅっと握り込んだ。


「別に平熱が低いからって、寒くなんかねえよ?」

「それは、そうかもしれないけど…」

「…お前、優しいね。そっかー、俺のことそんなに考えてくれてんだ。俺、愛されてんね。」


目の前の王子様に心配されると、どうしても嬉しい気持ちになってしまうのだ。彼には食生活や睡眠時間、そして足の調子のことなどいつも色々と心配させている。彼以外に後藤や有里も無理はしないようにと同じように心配してくれるが、やはりジーノが一番だった。一番嬉しかった。胸の中にある想いを表すように達海は口角を上げて笑ってみせたが、何故か相手は不満そうな顔になった。


「もう、茶化さないでよ、タッツミー!ボクはすごく真剣なのに。」

「えーと…」


別にそんなつもりなどないのだが。ふざけてなどいないし、割と素直な気持ちを言葉にしたのだけれど。ジーノにすんなりと伝わる時もあれば上手くいかない時もある。


「そんなこと言うけど、お前の気持ちが嬉しいのはほんとだよ。」

「本当に?」

「そんなに心配ならさ、お前があっためてくれればいいんじゃない?」


結果的にそれが最適な方法なのではないかと思い、達海は思ったまま言葉にした。すると目の前の相手は顔を赤らめて狼狽えるような声を上げた。


「…え、ちょっと…待って、それ本気で言ってるのかい?どうしよう、ボク、君からそんなこと言われたら…」

「ばーか。誰も今からすぐになんて言ってないっての。まだ真っ昼間じゃん。調子に乗んなよ、王子様。」


温めて欲しいと普段そんな甘いことを言わない恋人の態度に動揺したジーノがおかしくて、でも今は駄目だよとの意味を込めて、達海はニヒーと笑いながらジーノの鼻をぎゅっと抓んだ。


「痛いなぁ、もう。」

「お前さっきから可愛いけど、この時間はまだ早いだろ?」


達海が首を動かして窓の外に視線を向ける。柔らかな光が部屋の中に射し込んできて、まだまだ外は明るいことなど一目瞭然だった。ジーノもそれは承知しているようで、達海の目を見て大人しく頷いた。


「分かってるさ。今は我慢するよ。」

「うむ。分かればよろしい。」

「だから、タッツミー、今夜…」


ジーノの瞳が期待に煌めく。こういう時、9歳年下の素の彼が顔を覗かせるのだ。君が好きで堪らないよという。


「ま、今夜な。」

「タッツミー!」


さらに表情を明るくしたジーノは本物の王子様みたいに輝いて見えて、俺も大概こいつのこと甘やかしてるよなと達海は苦笑するしかなかった。それでも可愛くて愛おしいと思うのだから仕方ない。


「じゃあ、今はこれでいいよ。」


甘い声が耳をくすぐったと思ったら、背中から抱き締められてしまった。絹糸のようにさらりとした黒髪が首筋に触れて、それが何とも堪らない。微かなジーノ自身の匂いに包まれると、真っ先に安心感を感じるようになってしまったのはいつからなのだろうか。達海を呼ぶ声には愛しているという音が含まれていて、心が静かに満たされる。そして、シャツ越しに感じる体温。そう、彼の温もりを感じる度に達海は幸せを貰っているのだ。


「あんまり気にしたことなかったけど、やっぱお前の方が体温高いんだよね。」

「君が低いんだよ。」


今夜はタッツミーの部屋だけど、今度はボクの部屋で君を温めさててもらうからね。ジーノは先ほどのやり取りをまだ覚えていたようで、達海を両腕に閉じ込めたまま呟いた。これから先の未来の為にもどうしても一緒に住む訳にはいかないけれど。耳元で優しく囁かれてしまえば。返事はひとつしかない。


「いいよ、考えといてやるから。俺が満足するまであっためてみせろよ。まずは今夜だな。」


返事と共に包み込む腕の力がさらに強くなる。与えられる温もりの心地良さに達海は満足げに目を細めた。






END






あとがき
恋人の体温が気になる王子様可愛いと思うのです^^2人でくっついて温もりを分け合うじのたつ美味しいですね!


読んでくださいましてありがとうございました!

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