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甘やかしたい
12月24日のお話です



「最近すっかり寒くなってきたよね。今夜もぐっと冷え込んでいるし。」

「確かに朝晩冷えてきたよな。今朝も起きるのつらかったし、夜は薄着だとやっぱ寒ぃし 。」

「そうだよね。夜はちゃんと温かくしておかないといけないよね。」

「…うん。でもだからって俺はこんなこと許した覚えはありません。」

「あのね、タッツミー、今日が何の日か分かっているのかい?」

「分かってるけどね、24日でも俺には仕事があんの。」


こんなこと。それは、「王子様」が今まさに自分にしていることだ。隙間もないくらいに背中にぴたりとくっつき、後ろから抱き締めるように腕を回してうなじに鼻先を埋めている。先ほどからもう十分過ぎるくらいに彼の体温を感じていた。だから実は今はあまり寒いとは思わなかった。


「もう、ひっつくなっての。」

「恥ずかしがらなくていいんだよ。」


離さないよとしっかりと回された腕の中で身動いでみても、ETUの王子様 ――恋人であるジーノは達海がこの状況に羞恥心を覚えているくらいにしか思っていないようだ。このまま後ろから抱き締められて甘えるように首筋に触れられては画面に集中できやしない。恋人達の為の聖なる夜の来訪を許したけれど、それ以上は許可してはいない。何せ自分はまだ仕事中なのだ。彼には悪いけれど、あと少し残っている分をやってしまいたいという気持ちが大きかった。


「おい、ジーノ。」

「何だい、タッツミー?」


耳元で柔らかな声が響く。この年下の王子様はきっと自分がこちらの仕事の邪魔をしているとは思ってなどいない。愛おしげに見つめてくる瞳を見れば、すぐに分かる。 そして、そんな瞳を間近で見えてしまえば。


「……何だかなぁ。絆されるっつうのは怖いことだね。」

「タッツミー?」

「別に何でもねえよ。」


閉じ込められた状態から伸ばした指先でリモコンを掴んでテレビを消した。ピッチの向こうから聞こえていた歓声が途切れ、途端に訪れた静寂に暫しの間じっと黙り込んでいると、さらにぎゅっと抱き締められた。


「君はあたたかいね。」


さらさらの黒髪が首を撫でる。寄り添う2 人の息遣いが狭い部屋の中で穏やかに響く。仕方ないなぁと苦笑しつつ、少しだけ身体を預けてみれば、嬉しそうに笑う気配が伝わってきた。たったそれだけで、でもどうしてだか安心できた。


「お前だってあったかいよ。」


万人を魅了するプレーを君へ勝利を導く為にとひたすらに捧げてくれて。この胸の中にあるフットボールへの思いを理解して、 一緒に実現しようとしてくれて。そうして、隣で笑ってくれる。フットボールを愛する君は太陽みたいに眩しくて素敵だよと嬉しそうに言ってくれるけど、眩しくて輝いて見えるのは本当は彼の方なのだ。だから、絆されないでいられやしないのだ。自分からはもう離れられやしないのだ。


「あったかい。」


愛おしむように添わされた腕をそっとなぞって辿り着いた指先をきゅっと握り込んだ。戯れのつもりで包み込んだ手のひらはすぐさま握り返された。


「タッツミー、大好きだよ。」

「いきなり何かと思えば…お前は1日1回告白でもしないと気が済まねえの?気障だね、ほんと。」

「そうだよ。毎日愛を囁いてもボクの溢れる想いは全部伝えられやしないよ。」

「これだから王子様は。」


少し前まで自分にはフットボールだけがあればいいと思っていた。それだけで生きていたし、生きていけると本気で考えていた。でも今はそれだけでは足りなくなってしまった。惚れた方が 負けなんて言葉は自分には一生縁がないはずだったのに。好きになってしまったから。だから、それが運の尽きなのだ。愛おしいという想いは確かにこの心の中にある。くすぐったさに思わず目を細めてしまいたくなる、そんな温かな感情だ。


「あ、そうだった!」

「…っ、どうしたんだよ?急に大声出して。」


突然声を上げた恋人に何事かと達海が首だけを動かして後ろを振り返ると、忘れない内に渡しておくよ、と答えが返って来た。楽しげに弾んだ声色だ。達海を腕の中に抱き締めたまま、ジーノが手渡してきたそれは、フットボール以外は無頓着だと言われる自分でも知っている物だった。


「君に似ているなと思ったんだよ。可愛いよね。」


ジーノから贈られたのは手のひらに収まる大きさのスノードームだった。この季節に似つかわしい物である。丸みを帯びた硝子の中には小さなはりねずみとサッカーボールが飾られている。つん、とした可愛らしさが君に似ているじゃないか、と恋人は達海の頬に触れながら言葉を続けた。


「この近くの雑貨店で見つけたんだよ。」

「へぇ。」


この街にはサポーター愛に溢れる店が多いのだろう、フットボールに関係する商品も色々扱われているのは知っていた。けれど雪だるまがかざられていないこんなスノードームは初めて見る物で、確かに可愛らしいなぁと思ってしまった。


「ボクだと気付かれないようにちゃんと変装して買ったんだよ。」

「変装!?なにお前そんなことしたの?」

「うん。ボクは人気があるからね。変な勘繰りをされたら困るじゃないか。」


変装をしたと王子様が真面目に言うものだから、何だかおかしくて達海はこっそりと喉の奥で笑った。どんな風に変装したのか見たかったなと少しだけ思ってしまったのは内緒だ。


「ありがとな。大事にするよ。」


無造作に積まれた資料を片手で払い、小さな作業机の上に恋人からの贈り物を置いた。ことりと小さな音を立てて置かれたそれは、室内の灯りを反射してきらきらと輝いて見えた。ジーノの想いが込められているから光って見えて当たり前なのかもしれない。


「ちょうどいいからって、ペーパーウエイトにしたらだめだよ。」

「大丈夫、そんなことしねえから。」


笑って返せばジーノがじっと見つめてくる。何かと問おうとしたら、伸びてきた指先が髪に触れた。優しく撫でるように触れられて心臓が跳ねた。


「ねぇ。」

「ん?」

「…それを見る度、ボクのことを思い出してくれる?」


爪の先まで綺麗な指がゆっくりと下ろされて達海の手にそっと重ねられた。


「…そうだね、ま、思い出してやるかな。」

「ありがとう、大好きだよ、タッツミー。」


今度は正面から抱き寄せられてしまった。この王子様はいつもくっついていないと寂しくてどうにかなってしまうのだろうか。頭の中で小さな白い小動物を思い浮かべながら、達海は抱き締めてくる腕に答えるように相手の背中に腕を回した。可愛い奴だと思えて仕方ないのだから、やはりこれは惚れた方が負けなのだ。


「お前の想いはちゃんと受け取ってるから。」


だから心配なんかするなと耳元で囁いてみれば、抱き締めてくる腕の力がさらに強くなった。彼にこんな風に想いを贈られるのは悪い気はしなくて。嬉しいと思う感情が小さな灯りのような温かさをこの身体にくれて。だから、返してあげたいなと思うのだ。


「まずは、お礼しとかないとね。」


甘い拘束から少しだけ抜け出して愛おしい彼の頬に両手を添える。見開かれた黒の瞳に笑みを向けて、達海は引き寄せるままに口付けをひとつ贈った。勿論これだけで終わるつもりはない。何故なら夜はまだ長いのだから。






END






あとがき
今年のじのたつイブの日は言わないけどジーノ大好きなタッツミーにしてみました。ちなみに前半はぷらいべったーに上げたSSを使って24日のやり取りを広げてみました。再利用すみません^^;


読んで下さいましてありがとうございました!

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