2人の証
美夏様から100000HITリクエストで頂いた「タッツミーに指輪をあげるジーノ」のお話です
想いの証。愛情の証。大切な人の証。2人を繋ぐ証。目に見えない、2人の絆を示す証。
それはきっと――
ETUのクラブハウスの中にある奥まった部屋を訪れる度に自分には必ずすることがある。その部屋の主の傍らにぴたりと寄り添って、彼に贈り物を手渡すのだ。
何かの記念日でもないのに会いに行く度に物を贈るなんて、と思う者も少なくはないだろうが、これは自分の愛情を示すもののひとつだとジーノは思っている。監督の仕事で日々多忙を極める恋人を笑顔にしたい。ただそれだけなのだ。見返りを求めている訳ではないし、遠慮しないで受け取って欲しいと最初に告げてもいる。だから、お前ってほんとピッチの外でもまんま王子様なんだよなぁと彼はどこか感心した笑い顔で毎回受け取ってくれるのだ。
次に会う時は何を贈ろうか。右肩に感じるほのかな温もりに目を細めながら思いを巡らせた。今までたくさんの贈り物をしてきた。そんな自分には実は何よりも贈りたい物があった。そう、指輪だ。付き合い始めて数ヶ月は経っている。だからもう十分いいはずだ。そう思ったら頭の中はそれだけで一杯になり、指輪を贈りたくて堪らなくなってきた。けれども隣に座る年上の恋人はそういうこと、つまり恋人関係を如実に表すようなことに関しては照れて真面目に取り合ってくれないことが多いのだ。もうたくさん走っただろう、だから、と練習試合中にそれとなく休息を訴えた際に却下する時と同じ顔をされるに違いない。唇を尖らせた不満げな表情。
「ねぇ、タッツミー。」
本当はその左手に指輪を贈りたくて仕方ない。だが簡単に口には出せない。いつか必ず叶えたい願いを心の奥の方に沈み込ませ、傍らに寄り添う達海の顔を覗き込んだ。
「何か欲しい物はあるかい?」
「欲しい物?」
聞き返されてそうだよと頷いてみせる。すると達海はこちらに身を預けたまま、ぱちりと瞬きをした。試合での得点は勿論、王子様が自分へ贈り物をするのが大層好きなことをこの王様は知っている。それが愛情表現のひとつであることも。だから他人からすれば一見唐突に聞こえるジーノの言葉にも目を丸くするようなことはなかった。達海は少しだけ考える素振りを見せた後、ふっと口の端を持ち上げた。
「じゃあ、指輪」
返って来たその単語に酷く驚いた。動揺のせいで肩が大きく揺れてしまったのは言うまでもない。
「本当に…?」
洋服。花束。有名店の甘いスイーツ。純粋に喜ぶ顔が見たくて、けれども気を遣わせない程度に色々と贈っているが、まさか指輪とは。自分が贈りたいと思っていた物が彼の口から紡がれて予想もしなかった返答に困惑しないはずがなかった。それにこういうことは恥ずかしいと言って絶対に口にしない性格のはずなのに。もしかして試されているのだろうか。ふとそんな風に思った。リーグ戦の試合で勝負師としての顔を見せる時以外でも達海は基本的に掴み所がない。付き合っている現在も彼はどこまでも自由だ。だから今の発言の真意も本当のところは分からない。
「うん。ちょうだい。あ、でも別に欲しいのは本格的なやつとかじゃねえよ?」
小さく首を傾げる姿は恋人を幼く見せる。こういう瞬間、9つの年齢差など簡単になくなってしまうのだ。
「簡単に買えるような安いやつとかもあんだよね?」
そんなんでいいからさ。そう言われたらもう何でもいいような気がした。自分は大好きな恋人に指輪を贈りたい。彼もそれを欲しがっている。ただそれだけでいいのだと。
「指輪。」
「うん?そう。」
「ボクが。」
「うん。」
「君に。」
指輪を贈る。確かめるように区切って言葉を紡ぐ内にはっきりとした実感が湧いてくる。大好きな人との目に見える形での繋がり。それを贈ることができるのだ。
「くれるってんならありがたく貰うよ。」
「ああ、タッツミー!」
どうしようもないほどに溢れる嬉しさと幸福感にぎゅうっと抱き締めたら、苦しい離せよと怒られてしまった。
「…っ、たっつみー、いたいよ。」
俺からもお返しだとぎゅっと鼻を抓まれ、恋人からの地味に痛い攻撃に眉を寄せていると、いたずらっ子のような瞳とかち合った。こういう顔も好きだったりするから結局何でも許せてしまうのだ。あやすように茶色の髪に触れれば、少し照れくさそうに笑い返してくれて。これも言うまでもなく2人の間では割と頻繁に起こる甘やかな戯れだった。
恋人である王様の城を出てクラブハウス内の選手専用の駐車場に停めてあった愛車に乗り込むと、ジーノはそのまま革張りのシートに深く身を預けた。
「指輪…」
そっと零れ落ちた言葉が車内に静かに響く。
「ボクからタッツミーに指輪を贈ることができるなんてね。」
にやけてしまうのはもう仕方がない。ガラス窓に映る自分の顔はちょと他人には見せられないものだった。王子様や貴公子の呼び名も形無しだ。けれどももうこればかりはどうにもならない。彼のことになると恋愛経験豊富なETUの王子様は影も形もなくなってしまう。だがそれでもいいと思うくらい彼が好きなのだ。
「喜んでもらえるような物を贈らなくてはね。」
喜ぶ顔が見たいから。彼にこの愛を貰って欲しいから。窓の外にはきらきらと星が輝き始めた夜空が見えた。あの星のどれにも負けないくらいの指輪を君に。今のは少し気障だったかなと独りごちてから、ジーノはゆっくりと愛車を発進させた。
*****
恋人への素晴らしい最高の贈り物。ジーノは次に達海に会う約束をした日が来るまで毎日そのことばかり考えていた。彼と指輪について話したあの日、別れ際に左手の薬指のサイズを確認し、オーダージュエリーにしようと決めたので自宅マンションに戻ってすぐに知り合いのデザイナーに連絡を取った。都内にあるその友人の店に足繁く通って彼に似合うだろう物を納得するまで選んだりした。
そんな風に日々を過ごす中で赤崎や椿から何だか様子が変だと言われてしまったから少しばかり困惑した。別にいつもと変わらないよと王子然として答えたのだが、近頃機嫌が良すぎて怖いとか何か企んでいるんじゃないとか練習時間中に返されてしまった。世話係と猟犬の言葉通り、確かにこのところずっと機嫌が良いし、舞い上がっているという自覚がない訳ではなかった。だがそれを表立って見せているつもりはなかった。気を付けていると思っていたのだが、達海のことになると無意識に表情に出てしまっているのだ。ボクもまだまだかもしれないねと苦笑しつつ、そうして遂に指輪を贈る約束の日が訪れた。
「タッツミー、受け取って。」
通い慣れた部屋に通されて愛しい人をこの腕に抱き締めた後。白いリボンが丁寧に巻かれた黒い箱を達海へと差し出した。
「飽きが来ないようにシンプルなデザインにしてみたんだ。」
さあ開けてみて。達海と共にベッドに腰掛け、彼が箱を開けるその時を待った。
「わ、何これ音楽!?」
銀色の輝きと対面した瞬間に自分達を包み込むように流れ始めた優しい音色に達海は瞬きを繰り返した。恋人の反応が想像以上に愛らしくてつい笑みが洩れてしまう。
「ケースがオルゴールになっているんだよ。」
「お前って試合以外でも予想外のことしてくるからいろんな意味で困るよ、ほんとさぁ。」
ちらりとジーノを一瞥してから達海は箱の中の指輪をじっと見つめている。そんな彼の耳元に唇を寄せ、眺めているだけでは駄目だよと囁いて輝きを放つそれを手に取った。
「ボクの愛を君に。」
愛しい想いが詰まった銀色の環を彼の左手の薬指に通す。壊れ物を扱うように優しく。静かな部屋の中では互いの息遣いが聞こえてくるだけだ。2人だけの世界。まるで清らかで美しい儀式のようで胸が高鳴った。
「よく似合っているよ。」
達海は軽く頷いて自身の左手に視線を向けて何度かひらひらと振ったりしていたのだが、ジーノに目線を戻した。
「せっかく貰ったのに悪ぃけどさ、」
「え…?」
目の前で愛の証明と言うべき指輪を引き抜く恋人の姿に慌てないはずがなかった。思わず腰を浮かせて達海に近付いた。
「ちょっと待って!」
「何だよ。」
「ボクもいつかあげるつもりでいた訳だけど、先に指輪が欲しいって言ったのは君の方だよ?」
「言ったっちゃ言ったけど…」
「気に入らなかったのかい?」
指輪なのだから普段から身に付けていて欲しい。そう思うのは決して間違ってなどいないはずだ。
「いや、そういう訳じゃなくてさ…」
「どういう訳だい?」
本当は指輪をはめることに関して色々な障害があることくらい頭の隅で考えて分かってはいたが、それよりも感情の大きさの方が勝ってしまって達海に問い掛けずにはいられなかった。
「普段からしてたらやっぱ恥ずかしいし邪魔になるし、どっかにやっちまってなくす自信かないなって思って。…それ以上に、皆の目もあるじゃん。どう説明すんだよ、後藤とかに。」
「それはボク達の結婚…」
指輪って言えばいいのさ、と続けようとしたが、強い力で頬を引っ張られた。君って意外と力強いよね…と悶えている隙に達海は外した指輪をさっさと箱にしまい込んでしまった。
「じゃあ、2人きりの時ならば問題ないじゃないか。」
「やだ。もっと恥ずかしい。」
即答されてしまった。何とも我が儘な王様だ。王子様からの愛の証を貰うと言うくせにそれを周りに見せるのは嫌だと言う。2人きりで過ごす時は尚更無理だと。けれどもそれは何とも可愛らしいもので。
「ボクの君への想いはその箱にしまわれたままなのかい?」
ボクの想いを蔑ろにするのかい?少しだけ拗ねた口調で問い掛けてみたら、ぷいとそっぽを向いていた顔がこちらを見た。
「それ、は…」
達海は明らかに言い淀んだ。王様にとって大切な王子様を傷付けることは本意ではないのだろう。彼にちゃんと好かれているのは分かっているのだ。
「……分かった。考えとく。」
「ありがとう。」
想いを告げて付き合うようになってから彼は最近自分に甘くなってきている。多少の我が儘やお願いも仕方ないなと許してくれることが増えた。だからこれもきっと大丈夫だろう。そう思えたから、ジーノは安堵の笑みを浮かべたのだった。
*****
いつもならば旧用具室のドアを閉めて片手で鍵を掛け、出迎えてくれた愛しい存在をこの腕の中に閉じ込めるのだが、今日の逢瀬ではそれができなかった。ドアを開けて入れよと手招きする達海が首に下げている物に視線が釘付けになってしまったからだ。
「タッツミー、それ…」
「言っとくけど仕事中は外してるからね。この部屋で、お前と2人の時だけだ。」
開けっぱなしの黒のパーカーから覗く首元で小さな銀色がきらめきを放っている。大方お洒落にも関心がある敏腕広報にチェーンを分けてもらったのだろう。何とも可愛いことをしてくれるではないか。温かな感情が胸の奥から溢れ出すのを感じながら、細身の身体を後ろから抱き込んだ。
「ねぇ、」
「何だよ?」
「そもそもどうして指輪を?ボクとしてはとても嬉しかったけど…」
「ん?王子様になら繋がれてもいっかなーって。」
「タッツミー…」
「あ、おそろいじゃねえか。」
クラブハウスのこの部屋で2人で会う時は達海と同じ指輪を右手の薬指にはめるようにしているのだ。オーダーする際にセットジュエリーにしたことを彼には内緒にしていたでジーノの手を見て驚くのも無理はなかった。
「なるほどね、ちゃっかり自分のも作ってたのかよ、王子様。」
少し呆れた声とは裏腹に達海が右手の薬指に指を絡めてきて子供のように笑んだ。
「可愛い奴。」
髪をそっと撫でられた。胸が甘く疼いてどうしようもなくて、ただもうそれだけだった。
「ふふ、いいね。」
「うん、いいよな。」
「これで君の心はもうずっとボクのものだね。ボクの心も君のものだ。」
「相変わらず平気で恥ずかしいこと言う奴だね、お前。」
「君が好きだから仕方ないんだよ。」
「ま、知ってるよ。」
こつんと額を突き合わせて銀色の指輪に視線を向けた。そしてどちらからともなく顔を上げてそっと口付け合った。
「ありがとう、タッツミー。」
「んー、それは俺の台詞だよ。」
試合では勝利を残せるが、自分達の関係は何も残せないことなど分かっている。けれども2人のお互いを想う気持ちは本物で、確かに繋がっている。自分と同じようにそれを目に見える形で欲しかったのかもしれない。想いの証。愛情の証。大切な人の証。2人を繋ぐ証。目に見えない、2人の絆を示す証。全て当てはまるけれど、きっとそれだけではない。優しい未来への証をそっと指先でなぞってから愛しい人を抱き寄せた。
END
あとがき
大好きなタッツミーに指輪を贈る王子様。妄想したらとても萌えました!タッツミーのことを想って一生懸命になるジーノの格好良さと可愛さが伝わっていましたら嬉しいです^^
タッツミーの方からおねだりしてもらったのは作中でも書きましたが、ジーノとの繋がりをフットボール以外の目に見える形で欲しいなと思ったりしたら可愛いなと。でも実際に貰ったら嬉しいのに恥ずかしい!みたいになるとさらに可愛いです。というかじのたつが可愛いです。
美夏様、この度は素敵なリクエストを本当にありがとうございました!
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