もう1人のキミが笑う世界 2 ジーノは冷蔵庫を開けて中から必要な食材を取り出すと、夕食の準備に取り掛かっていた。 タッツミー、もう少ししたら帰って来るかな?今日はボンゴレ・ロッソを作ったから、喜んでくれるといいな。ジーノはパスタを茹でながら、達海の帰りを今か今かと待っていた。 ***** ジーノが達海の部屋に来てから3日が経った。達海の部屋は彼が言った通り、ジーノのマンションの部屋よりずっと狭く、色々な物が散乱していた。作戦が纏められたメモや試合のDVDが部屋に散らばっていることはなかったが、ジーノがクラブハウスの達海の部屋で良く見るお菓子の袋やジュースの缶があちこちに転がっており、やっぱりタッツミーだねと、微笑ましい気持ちになった。 ジーノはこのように達海の厚意で彼の部屋に住まわせてもらえることになった。だが自分はロッカールームで着替えていた訳であり、財布も携帯電話も何も持たずにこの世界に来た。だからジーノはせめてものお礼として、達海の部屋で世話になる間は、家事全般を請け負うことにしたのだ。 「えぇっ?本当にいいの、ジーノ?掃除に洗濯、食事だよ。」 「ボク、向こうでも良くタッツミーのお世話しているから、何てことはないよ。当分タッツのお世話になるんだから、それくらいさせてよ。ね?…それにボクが作るイタリアンはオススメだよ。」 ジーノの申し出に達海はやった〜と子供のようにとても喜んだ。ジーノも達海が喜んでくれることが自分のことのように嬉しかった。 それからジーノは、達海が練習に行っている間は部屋の掃除をしたり、溜まった服を洗濯したり、近くのスーパーに買い物に行ったりと自分なりにできることをした。洗濯物を綺麗に畳みながら、ボクって何だか主夫みたいだねと思ったりもした。家事は特に苦ではないけれど、やっぱりタッツミーがお嫁さんの方がしっくりくるよね。お嫁さんなタッツミー…想像しただけでもこれは大変なことだよ。そんな風にジーノは、達海との同居生活をのんびりと楽しんでいたのだった。 ***** 自分が作った夕食を美味しそうに食べる達海を、ジーノは愛しさのこもった瞳で見つめていた。このタッツミーは、ボクのタッツミーと同じだ。ボクの作った物を本当に幸せそうに食べてくれる。目の前でパスタを勢い良く頬張る青年が年上の恋人と重なって見えて、ジーノは急に切ない気持ちになった。タッツミーはどうしているんだろう?やっぱり会えなくて寂しい。ずっとこのままなのかな。そこまで考えて、今はこんなことを考えていても仕方がないと、ジーノは頭を振って不安な心を追いやった。 「ジーノ、俺、明日オフだからさ、一緒に買い物行かない?いつまでも俺の服着てる訳にもいかないよね?だって全然似合ってないし。」 パスタを食べ終えた達海は、テーブルの向こう側に座っていたジーノを指差した。正確にはジーノが着ている達海の服だったのだが。安物のTシャツにスウェットのパンツ。ジーノが普段絶対に着ることのない服だ。自分でも恐ろしく似合っていないとは思っていたが、貸してもらう以上文句は言えないよねと大人しく着ていたのだ。 「いいのかい?ボク、お金なんて持ってないから、タッツミーに買ってもらうしかないんだけど。」 「勿論いいよ、俺が買う。でもあんまり高いのはごめんだけどね。」 「うん、分かった。…明日はタッツミーとお出掛けだね。ボク、嬉しいなぁ。」 「買い物くらいで大げさだな。まぁ、うん。俺もちょっと楽しみかも。」 達海が思ったより嬉しそうに笑ったので、ジーノは目を見開いた。 「…じゃあ、俺、風呂入ってくるから。」 早口でそう言うと、慌てて達海はリビングから去って行った。ジーノは椅子に座ったまま、達海の背中を目で追った。先ほどの照れたような嬉しそうな顔が目に焼き付いて、なかなか離れてくれなかった。 ***** 楽しそうな足取りでジーノは土手沿いの道を歩いていた。その両手には洋服の入った紙袋が握られていて。振り返ってみると、ジーノの少し後ろをのんびりと達海がついて来ていた。 「満足したみたいだな、ジーノ。」 「本当にありがとう、タッツミー。明日から早速着るね。でもさ、1つ言ってもいいかな?…結局ボク、部屋ではあの服を着ないといけないんだよね?」 「だって、しょ〜がないじゃん。お前、外出用の服ばっかり欲しがるから。家で着る服買おうと思ったら、お金足りなかったんだもん。ジーノがあのジャケット買ったらなくなったの。」 だからあのTシャツとスウェットで我慢しなさい。そう言われては、ジーノも従うしかなかった。とりあえずは外に出ても大丈夫な服を買ってもらえたのだから、それだけで十分だと考えることにした。 「あっ、ジーノ。見てみろよ。」 隣を歩いていた達海が、不意に立ち止まって川の方を見た。ジーノも彼の言葉につられて同じように土手の方を見た。 「夕日、綺麗だな。」 「うん、綺麗な赤だね。」 空は茜色に染まり、太陽がその体を燃やすように赤く輝いていた。ジーノはその美しさにしばし見とれていたのだが、突然右手にふわりとした温もりを感じて、視線をそっと下に向けた。タッツミーの手がボクの手を握っている。タッツミーの手、温かいな。ジーノは達海に手を握られ、変にドキドキした。達海の横顔をそっと盗み見たが、彼は特に表情を変えることなく、前を向いて鮮やかな景色を見ていた。 ボクは勿論タッツミーが一番だ。誰よりも愛している。絶対にこの想いは変わらない。だけど、ここに来てから、どの「タッツミー」もボクには大切に思えてしまうみたいだ。愛とは違うけれど、守ってあげたいと思えるんだ。ボクの隣に居るタッツミーのことも。 [*前へ][次へ#] [戻る] |