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大好きなんです
ジーノのことが大好きなタッツミーのお話です




あ、とジーノは思わず小さく声を出していた。視線の少し先、そこに見慣れた人物の姿があったからだ。ロッカールームを出て数メートル歩いた辺りの場所で背中を丸めるようにして達海がしゃがみ込んでいた。練習前の時間にこうして会うのは珍しい。彼の身体の向こうに見える廊下はそのままグラウンドの出入り口に続いている。ジーノと、そして達海がこれから向かう先だ。


「どうしたんだい?こんな所に座り込んで。」

「んー…」


のんびりと間延びした声が返って来る。今日は調整を含めた各個人での自主練中心の練習メニューだったはず。だから多少遅れても周囲に迷惑を掛けることはないだろう。そう判断したジーノは丸くなっている目の前の可愛らしい障害物を避けて先に進むことはせず、そのすぐ側まで移動した。そして身体の向きを変えると達海がしているのを真似して壁にもたれ掛かるように背中を預けた。


「少しくらいならボクも付き合ってあげるよ。」

「うん。」


隣で小さい子供のようにしゃがみ込んでいる達海にぴたりと寄り添う。傍から見ればちょっと近すぎやしないかと思われそうであるが、このクラブハウスではそれは割と当たり前の光景だったりする。王子様は監督のことを気に入っていると思っているのか、見慣れすぎてもう何も感じなくなってしまったのか、周囲の者達も特に口を出すことはない。だからジーノも、それならばと考えていた。ゴールを決めた後、割れんばかりの歓声を背中に受けながら、その試合中のどさくさに紛れて達海の頬にキスをしたこともあるし、練習で会う度に抱き付いたりしているのだ。第三者から何も言われないので好きなようにしている訳だった。だから今この瞬間も密室ではない廊下であろうと人目を気にすることもなく、想い人から近すぎるであろう位置に立っている。そっと達海に視線を移すとぴょんぴょん跳ねた茶髪が目に入った。右肩がジーノの左足に触れているのでジーノをすぐ近くに感じているはずだというのに達海は黙って座り込んだままだ。触れ合える距離であることに対して周りから特に何も言われない訳だったが、実はそれは達海本人にも当てはまっていた。黙ってジーノの好きにさせてくれるのだが、いつもいまいち反応は薄かったのだ。それはこうしている今もそうだった。


「タッツミー、」

「ん〜?」

「いつまでこうしてるんだい?考え事?練習は大丈夫?まぁ、ボクはゆっくりでも構わないんだけどね。」


頭上から声を掛けると茶色がかったふたつの瞳がこちらを見上げた。


「…お前のことだから、絶対最後にここ通るだろうなーって思って。」

「え?」


達海の言葉は投げ掛けた質問に対する答えとしてはちぐはぐだった。そこにはどういう意図があるのだろう。ジーノは僅かに眉を寄せた。


「王子様が変な顔してやがる。」


ほんの少しのからかいが混じった穏やかさの滲む声。達海はぱちりと瞬きをすると、それから柔らかな笑みを見せた。


「お前のこと待ってたの。」


予想外の表情と優しい声にジーノは目を見開いた。都合のいい聞き間違いでなければ達海は自分のことを待っていたと言ったのだ。彼の、そんな反応は初めてで。たったそれだけのことなのに馬鹿みたいに心が震えた。立てた膝に両腕を置き、その上に顎を乗せて笑っている彼をただ見つめることしかできなかった。


「俺も、おんなじ。」

「え?」

「分かんねえの?」


こてんと首を傾げる姿がどうしようもないくらいに可愛らしくて、ジーノは瞬きを忘れてしまいそうなほど目を奪われた。


「好きじゃなきゃ、毎回抱き付かれて大人しくしてる訳ねえよ。」

「それ、は…」

「やっぱそれをちゃんと吉田君に教えといた方がいいかなぁとか思ったんだよね。」

「…タッツミー、」

「俺、お前のこと好きだもん。」


あまりにも幸せな言葉を唐突に貰ってしまったせいで、上手く反応ができなかった。恥ずかしいくらいに動揺してしまって言葉が続かない。そんなジーノに達海は楽しそうな笑みを向ける。しゃがみ込んだままでこちらを見上げてくる達海の顔には、ジーノが酷く驚いているのが嬉しいとはっきり書いてあった。


「ここでお前のこと待ってるくらいにはね。……俺、普段あんまりそういうの言わねえし、不安にさせちまってたかなぁって。だから練習前に待ち伏せ攻撃〜。」


丸まった身体がジーノの足に擦り寄る。愛おしい体温を感じて胸は疼き、じわじわと心に温かさが広がっていく。ジーノが黙ったままでいるからなのか、達海はジーノのしなやかな左足に軽く頬を寄せた。


「ふふ、タッツミー、まるで猫みたいだよ。」

「にゃっ!」


ジーノの言葉を受けておどける達海はまさに気まぐれな茶色い猫だ。猫はゆっくりと鳶色の瞳を細めると、どこか誘うような甘い表情で、ジーノ、と名を呼んだ。


「まったくもう可愛いなぁ、君って人は。どうやったって敵わないよ。」


ジーノも達海の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、隣に在る温もりに腕を回した。そのまま引き寄せて彼の肩に頭を乗せる。お日様と同じ彼の匂いがした。


「俺、王様だからね、そりゃ王子様は敵わねえと思うよ。」


達海は試合や練習の時でも選手達に対して必要最低限のことしか伝えようとしない。頭を使って考えることがプレーには大切だからと。基本的にそういうスタンスなのだ。普段から言葉が少ない彼だから。だからこそ彼が発する真っすぐな言葉はそれだけジーノの心に大きく響くのだ。不安にさせていたのではないかと。そう言ってくれるだけでもう十分満たされた思いだった。達海を愛おしく思うあまりに自分だけが一方的に愛情を示しているのではないかと思わなかった訳ではない。反応が薄い彼を見て全く不安がなかったといえば嘘になる。だからこそ、達海の想いが嬉しくてどうしようもなかった。


「練習が終わったら君の部屋に行ってもいいかい?」

「いちいち訊くなっての。分かってんだろ?」

「…まだもう少しだけこうしてても?」

「松ちゃんには遅れるって言ってあるから大丈夫。」


いたずらを成功させた子供のような顔で達海が笑いかけてくる。その表情もジーノが好きで堪らないものだった。彼への想いは溢れるばかりだ。


「ボクのこと、好きすぎるんだね。」

「うん。言ってなかっただけでね。」

「君は本当にそういうところがずるいよね。ますます愛しさが募ってしまうよ。」

「ま、ほんとは1から10まで何でも教えちまうのはどうかとも思ったんだけどさ。」


艶っぽい笑みにはほんの少しのからかいが混じっており。プレー中は魅了している自信はあるが、2人きりになるとこの年上の恋人の前では格好がつかないことの方が多い気がする。けれども結果的に彼はそんな部分も包み込んでくれるのだ。本当に敵わない。


「君とのことになると、ボクは何だか色々と駄目になってしまうみたいで…ボクもまだまだなのかなぁ。」

「え〜、お前、俺なんかよりずっと恋愛経験豊富じゃん。」

「過去の恋愛は関係ないから!ボクの中ではもう終わったことだし、それに…ボクには君だけなんだよ。君と過ごす今が何より大切なんだ、タッツミー。」


自分の中に息づいている、これからも変わらずにある想いを伝えた。真っすぐ君に届けと。敵わないからこそ、愛おしくて傍らに在りたいのだと。達海は黙ったままジーノを見ていたが、何かを考えるように視線を動かした。


「…お前も俺のこと、好きすぎるよね。」

「うん。君が大好きさ。」

「じゃまぁそろそろ練習行くか。」


先に立ち上がった達海がジーノの髪をくしゃりとかき混ぜた。子供扱いされるのは好きではないのに彼ならば何でも許せてしまう。彼が好きだ。何度伝えても伝えきれないくらいに。ジーノはくすぐったいよと笑い返して達海の頬に唇を寄せた。






END






あとがき
練習でグラウンドに向かう前の僅かな時間でもいちゃいちゃしちゃうジノタツ可愛いと思います!そしてジーノ大好きタッツミーもすごく可愛いと思います!


読んで頂きましてありがとうございました!

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