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感情drop
ちょっぴり寂しがり屋なタッツミーです




ETUの過去の試合映像やら他のクラブに関する資料などが日付順にきちんと保管されている資料室へ立ち寄った帰り、達海はお目当てのファイルを手に持ったまま何となく事務所に顔を出した。そうして中を覗いてみたら、ちゃんと寝てるのかとか、ご飯は食べてるんでしょうねとか、耳にたこができるほど聞き慣れた小言が飛んで来た。思わず持っていた青いファイルを顔の前に出して防御壁を作ってみたのだが、所詮は何の意味もない抵抗だったので、何やってるのよとさらにお叱りを受けてしまった。達海の衣食住に関して保護者よろしく毎回気にしているのが今まさに詰め寄ってきた後藤と有里の2人だ。


「最近忙しいみたいだが…」

「別にちゃんとやってるよ。」


達海は後藤に視線を向けていつも通りの決まりきった返事をした。部屋から出ない日が続くのは監督業に身を置いてからは当たり前の日常になっている。資料を読んだり試合映像を観ていると達海の中から時間という概念が消えてしまうのだ。だからどうしても仕事を優先させることとなり、必要最低限の食事と睡眠になる訳だ。他人が見たらそんな生活を続けて身体を壊さないかと思うのかもしれないが、何とかなっているので達海は気にしていないのだ。


「食堂のおばさん達があんまり食べてないって心配してたんだからね。根詰めすぎて倒れたりしないでよ、達海さん。」

「そうだぞ、達海。」


長年の友人であるGMと年下の敏腕広報は達海に関しては些か心配性すぎる面がある。体調面で何か問題でも起こされたらその後が色々と大変であるから顔を見る度に言いたくなってしまうのだろうか。多分そうだろうねと思いながら、達海は再びファイルを目元まで持ち上げてこっそり吐息を洩らした。


「だからさ、大丈夫だって。」


自分はもう立派な大人なのだ。自分自身の体調管理や仕事のペース配分くらいできて当然だ。達海の言葉に後藤はそうだよなと頷いていたが、有里は胡乱な眼差しを向けて来た。以前部屋のドアを開けたまま床に倒れ、そのまま練習開始直前の時間まで寝こけてしまった前科があることを忘れていないらしい。


「そんな顔すんなよ、有里。あの時はあれだよ、えーと…」

「私、達海さんのことはほんとすこーししか信用してないから。どうせ私達が言っても聞きやしないし諦めてるわよ。ただ言いたいだけなの。」


有里はそう言って大袈裟なほど肩を竦めた。隣に立つ後藤は苦笑いだ。


「それにしても達海さん、よく1人でずっと仕事できるわよね。私だったら誰かと話したりしないとつらくなるわよ。」

「そうかなぁ。」

「そうよ。あんな部屋でひとりぼっちで延々と仕事してたら寂しくなるでしょ、普通。」

「確かにそうかもしれないなぁ。達海、無理してないか?」


後藤も有里に同意するように頷いた。何かあったらすぐに事務所に顔出していいんだぞ、いや何もなくても話し相手にはなるからなと友人は頼もしげな表情を見せた。何やかんやで面倒見の良い2人を交互に見ると、まぁそん時はよろしくね、と達海はのんびり告げた。そして、じゃあねとひらひら手を振って事務所を出て自分の部屋に戻ることにしたのだった。






部屋に篭って仕事に没頭し出すと他人と喋らないことなど当たり前になってしまう。それについて別段何か思うことなくひたすら分厚い資料や試合映像とにらめっこを繰り返して頭の中で1つひとつ流れを組み立てていく。ここ数年ずっと1人でやってきた達海の変わることのない監督業の一部だ。だから1人は慣れている。気にしたことなどない。今まで特に問題なくやってこられた。


「……でも、有里の言う通り…なのかもなぁ。」


本当は認めなければならないのだろう。時々、ほんの少しだけなのだが。狭いこの空間に1人きりなのが寂しいかもとふと思う時があった。監督の仕事の利便性を考えて自分から好んでそうしているはずなのに。全くもっておかしな話だが事実なのだから否定できない。日本を離れて治療に専念していた時ですら平気だったのに。随分と感じていなかった思いが最近になって心の奥に生まれてしまったようなのだ。資料室から借りてきた資料に目を通していたら、不意に脳裏に整った顔が浮かんだ。ETUの監督という第二の人生を歩む中で見つけた特別な存在。


「あいつ、何やってるかなぁ。」


1人きりの部屋の中で思わず呟いていた。ジーノのことを考えるのは達海の中ではもう自然なことなのだ。フットボールに想いを巡らせるのと同じように。そう、それはまるで息をするのと変わらない。


「自分でもびっくりだもんな。」


隣にあることが当たり前になってしまった温もりを感じられないことが寂しくなる。無償に恋しいと思う時がある。


「ETUの王子様、か。」


達海の心の中のジーノの居場所は確かに大きくなっているのだ。フットボールに向けるのとは全然別の、愛おしいという想い。きっかけは今ではよく分からないけれど。気付いたら目で追っていた。その華麗なプレーに魅せられていた。ETUを強くする為に考えていることをいつも真っ先に理解してくれた。ゴールを決めた時に見せる笑みに優しさを感じた。だから、彼の方から好きなんだと愛を告げられた時、達海は迷うことなく頷いていた。色々と制限付きの恋だけれど、これからも共に在りたいと思う。


「…こんなこと考えちまうのってさ、」


決して弱くなった訳ではないと思う。心許せる大切な誰かを見つけて、その相手と共に新たな夢に向かって歩むことができるのはきっと幸せなのだ。そんなことが頭に浮かんで達海は我に返った。先ほどまで次の対戦クラブを打ち負かす作戦を考えていたはずだったのだが。脇道に逸れちまったなと苦笑して、一旦ぱたりとファイルを閉じた。


「うん。一通り目は通したし、散歩でもしよ。」


何だか仕事そっちのけで恋人のことばかり考えてしまいそうだったので、一度頭を切り替えようと資料の海の中から立ち上がった。仕事の息抜きの散歩は結構好きだったりするので、今日ものんびり歩こうかなと達海は表情を和らげた。






午後の陽気は随分と穏やかで、足の調子も割と上々で。頭をすっきりさせるのにはちょうど良い気分転換になった。時間をかけてクラブハウスの周辺をぐるりと回って散歩から帰って来たら、何とベッドの上で王子様がすやすや眠っていたのだ。目の前に広がる光景に歩いている途中で思い付いた作戦なんて全部吹っ飛んでしまいそうになった。そうなりかけるくらいに達海は目を丸くして驚いた。


「は!?何で…」


盗られて困るような物も特にないので普段から自室に鍵は掛けない。だから達海の小さな城には基本的に誰でも簡単に出入りができる。今まさに寝息を立てているこの年下の恋人も例外ではない。2人きりで過ごす時はきちんと鍵を掛けるが、王子様はいつでも入城可能であり、その頻度も一番高いのだが。


「いつ来たんだよ。」


呼吸に合わせてジーノの左肩が上下に小さく動いている。決して幻などではない。本物の彼だ。達海は音を立てずに忍び足で近寄ると、ベッドの脇に座り込んで艶やかな黒髪に手を伸ばした。絹糸のような指通りのそれに触れた瞬間、横たわっていた眠りの王子様がぱちりと瞬きをした。長い睫毛がゆっくり動いて黒っぽい瞳に達海の顔が映り込んだ。


「あ、」

「…帰って来たんだね。」


身を起こしたジーノがこちらに優しい眼差しを向けてくる。髪に触れた右手はするりと搦め捕られて彼の両手に包まれてしまった。


「君の部屋だから安心してつい眠っちゃったよ。」


続く言葉にはまだほんの少しだけ微睡みが残っている。普段ならばそんな彼を可愛いと思うのだが、今は突然の来訪に対する驚きの方が大きかった。気分転換の散歩に出掛けて帰って来たら恋人が自分のベッドで寝ていたのだ。あまり動じない自分でもさすがにこれには目を見開いてしまったとしても仕方ない。しかも相手は先ほどまで頭の中を占めていた人物なのだから。達海が黙ったままあれこれ考えていると、ジーノが手を伸ばして頬を撫でた。


「や、ていうか、何でお前、ここに…」

「何しているのかなって思って会いに来たのさ。」


数十分前に自身が発した言葉と同じ音が形の良い唇から紡がれる。じっと見つめていたせいだろうか、その時に感じた小さな寂しさも同時に思い出した。


「仕事をしているだろうとは思ったけど、珍しくもぬけの殻だったから勝手に待たせてもらっていたんだけど…」


穏やかな表情でジーノが言葉を続ける。こっちにおいでと軽く腕を引っ張られたので、達海は使い慣れたベッドに大人しく腰掛けた。


「ここは君を感じられるからボクには居心地のいい場所になってしまってね。」


ついつい眠ってしまったんだよ。そう言ってはにかむジーノの横顔に胸が甘く疼いた。


「そうそう、無理して仕事しちゃ駄目だからね、タッツミー。頑張る君は素敵だけど、ずっと頑張っていると独りが寂しくなったりするだろう?」


だから会いに来たんだよ、と柔らかな微笑みが向けられる。頭を撫でる優しい指先と共に。悔しいくらいずるいと思う。悔しいくらい嬉しいと思う。彼は会いたい恋しさもかけがえのない温もりもどちらも達海に与える。そして最後には惜しみない愛情で達海が感じた寂しさを簡単に消し去ってしまうのだ。だから結局悔しいくらいに好きで仕方ない。


「お前のせいで、俺は何か色々な感情を覚えちまったよ。」


恋しさも。寂しさも。愛しさも。嬉しさも。それらはまるで飴玉のように色々な色があって。それぞれの光を放っている。


「でも、それも悪くないよね?」


引き寄せられて耳元で甘く囁かれた。少しも悪くないから悪いのだ。ジーノと共に歩んでいく中で忘れかけていた気持ちを思い出したり、初めての想いに戸惑ったり。でもそれが幸せを教えてくれるのだ。


「お前ってほんと…ずるい。」

「それは褒め言葉として受け取っていいんだよね?」


弾んだ声に黙って頷き返して。達海は隣に在る温もりを愛おしもうとジーノの肩口に顔を埋めた。






END






あとがき
ジーノと一緒になってからタッツミーは独りを寂しいと思ったり、色々な気持ちを覚えたりしてたら可愛いなぁと思って書いてみました。


ジーノは感情面において確実にフットボール一番なタッツに影響を与えていると思うので、そういう部分を考えるのは楽しいです(*^^*)じのたつ可愛い!


読んで下さいましてありがとうございました。

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