甘い時間の過ごし方 2月14日のお話です 『頭使って仕事してるからさ、甘い物が欲しくなんだよね。だから今年はお前が俺にチョコちょうだい。』 2月14日は恥ずかしそうな表情を浮かべる恋人からチョコレートを貰う気満々であり、2月に入ってからジーノはその日が来ることを密かに楽しみにしていた。そわそわする気持ちを抑えきれず、1週間ほど前、練習が終わって達海の部屋を訪れた時にそれとなく14日のことを話題に乗せてみたら、ジーノの方からチョコレートを渡すように言われてしまったのだ。 『ボクがタッツミーに…?』 『うん。』 全く考えていなかったことを口にされて最初は戸惑いを隠せなかったのであるが、俺のこと好きなら俺の喜ぶ顔見たくないの、という達海の一言で彼に美味しいチョコレートを贈ろうと決めた。そんな風にあっさりと自身の考えを変えた訳であるが、達海の言葉の通り、ジーノの中では達海が一番なのだ。彼が望むことをしてあげたいし、望む物を与えてあげたい。ピッチの中でプレーしている時も、そうではない2人きりの時も。だから結果的にジーノは達海の申し出に頷いたのだけれど。 「今日が14日だってちゃんと分かっているはずだよね、タッツミー。」 午後の約束の時間になって達海の部屋のドアを機嫌良くノックして開けてみれば、部屋はもぬけの殻だった。今日はちゃんと部屋で待ってるよと言っていたのを忘れてしまったのだろうか。困った人だなぁと溜め息をひとつ零して、ジーノは踵を返した。部屋を出ているのならばクラブハウスのどこか別の場所に居るはずだ。部屋で待っている方がいいとは思ったのであるが、どうしても今すぐ顔が見たくなってしまったのだ。それを言えば2日前にも会ったばっかじゃんと笑われてしまうだろうが。それでも早く会いたい。ジーノは達海を捜す為に再び廊下を歩き出した。 「…どこに行ってしまったんだろう、タッツミー。」 事務所や会議室、食堂、医務室まで覗いてみたのだが達海の姿は見つからなかった。勿論グラウンドにも足を運んでみたのだが、まだ冷たい風が吹くその場所にも彼は立っていなかった。 「もしかしたら…」 思い当たる場所はあとひとつしかない。きっとそこに居るだろうとジーノは思った。けれどその場所に長く留まっていたら風邪を引きかねない。ETUの監督であり、大切な可愛い恋人がそんなことになっては堪らない。ジーノはグラウンドからクラブハウスへ続く道を早足で進むと、そのまま目的の場所へと急いだ。 「お。結構早く来たね。」 「やっぱりここだった。」 梯子を登った先にあるクラブハウスの屋上に達海はちょこんと腰を下ろしていた。目が合うと、彼はいたずらが成功した子供のような表情を見せた。 「タッツミー、こんな所にずっと座っていたら風邪を引いてしまうよ。早く部屋に戻ろう。」 「ちょっとくらい平気だって。いっぱい着込んでるし。」 達海はそう言って座ったままでいる。ジーノが以前買ってあげたダウンジャケットもきちんと着込んでおり、確かに十分暖かい格好をしている。 「それにまだ夕方前だから日も出てるし大丈夫。ジーノもコート着てんだからいいよね?」 こっち来て座れよと手招きされてしまえば断ることはできない。ジーノは達海のすぐ側に座り込んだ。達海の鼻の先がほんの少し赤くなっている。今までここで何をしていたんだいと問えば、仕事以外のこととかもね、色々考え事してたんだとのんびりした声が返って来た。 「今日の日の約束、忘れていたなんて言わないよね?」 「言わねえよ。覚えてる。午前中仕事してて息抜きしてたっつーか。それに、お前なら、ちゃんと見つけてくれるって思ってたし。だからここで待ってても問題ないかなってこと。」 「もう、君はボクを振り回すのが好きなんだから。こういうことは程々にしてよ。」 好きな人にならば振り回されても構わないと思っているが、表面上は小言を言っておきたくなってしまうもので。ジーノが眉を寄せて達海を見たら、怒った王子様も可愛いな、と余裕たっぷりの笑顔を向けられてしまった。彼には敵わない。それは最早どうしようもないくらいに。 「で、持って来てくれたんだよね?」 「君の喜ぶ顔が見たいからね。忘れるはずがないよ。」 ジーノはコートのポケットに手を入れ、赤いリボンが巻かれた細長い黒い箱を取り出すと達海に差し出した。達海が小さく頷いてシンプルな装飾が施された箱を受け取る。一瞬だけ触れあった指先は外気のせいで冷たく感じられた。温めてあげたい。そう思って箱を掴んでいる手を思わず握り締めようとしたら、そっちは後でねと密やかに笑われた。 「あ、せっかくだし、今ここで食ってみてもいーい?」 達海が上目遣いでジーノに許可を求めてくる。その仕草があまりに可愛くて、ここが暖かい部屋だったらどんなに良かったかと思ってしまった。2月の陽射しが降り注いでいるといっても吐き出す息は白く、春の訪れはまだ少し先だ。時折吹く風から庇うように達海にぴたりと身体を寄せて、ジーノはいいよと頷いた。 「じゃあ、いただきまーす。」 達海は綺麗にラッピングされていた箱を開けると、中から1粒の丸いチョコレートを手に取った。指先で抓むように挟んでそのままそっと口に含む。愛らしい姿を眺めていると、チョコレートを味わっている達海の目がきらめいた。 「何これ、美味いなー!」 「本当かい?気に入ってもらえて良かった。」 達海が美味しいと言って2個目を頬張っているそれは、有名高級店の2月14日限定発売のアソートだ。当日その場所に行けば自分の知名度から混乱を招くことは言うまでもなかったので、事前に通販を利用して予約しておいたのだ。世の中は本当に便利だ。可愛い横顔を眺めながらそんなことを考えていると、不意にこちらを向いた達海と視線が絡まった。鳶色の瞳がジーノを見つめる。どうしたのと問うより先に達海が口を開いた。 「なんなら味見してみる?」 それが何を意味するのか、ちゃんと理解しているのだろうか。きっと分かっていないのではないか。ジーノはそう思った。だが、それは杞憂だった。達海の唇が楽しそうに笑みを形作っていく。まるでこちらを挑発するように不敵で、それでいて艶やかな笑みに惹き付けられてくらくら眩暈がした。ジーノは達海を引き寄せると、もう片方の手で顎を掴んでその唇を優しく奪った。咥内は温かく、溶けたチョコレートの甘さに満ちている。酷く甘いと感じるのはチョコレートのせいだけではないだろう。 「すごく、甘いよ。」 存分に味わって唇を離す時にそっと囁いてみたら、頬をうっすらと赤く染めた達海に俺と違って甘いのって苦手だったけと訊ねられた。 「こういうのは癖になりそうかもね。」 腕を伸ばして達海の手を包み込むように握り締める。先ほどまで冷えきっていた指先にはいつの間にか温もりが戻っていた。 「俺も同じかも。」 達海はいつもの調子でニヒーと笑うと、今よりさらに距離を詰め、そのままジーノの唇に羽根が触れるような口付けを落とした。 「タッツミー!?」 「んー、チョコのお礼だよ、お礼。お前から想いのこもったもん貰うのって悪くないなぁって再確認。試合の時のゴールは言うまでもないけど、それ以外も嬉しいんだよね。俺、お前のこと大事に思ってるからさ。」 「タッツミー…」 綺麗な微笑みを向けられて嬉しさに上手く言葉を見つけられないでいると、優しい手つきで頭を撫でられた。 「ありがと、ジーノ。」 「タッツミー、ボク…」 「うん。たまにはこういうのもいいなー。俺、いつもお前にやられっぱなしだもん。…俺だってお前のことちゃんと好きだから。」 「タッツミー!」 溢れる想いのままにがばりと抱き付いたら、何すんだよびっくりしたじゃんと腕の中でからかいまじりの声がした。 「タッツミー、ボクも君が大好きだよ!」 「なんか今日のお前可愛いね。」 「可愛いのはどんな時でも君の方だから。」 「そんなことないと思うけど。」 「可愛いのは君だけだよ。」 達海の肩口に頭を乗せて温もりを感じていると、ぎゅっと抱き締め返してくれた。ああ、あともう少しだけ、大切な人をこの腕の中に。その後は早く暖かい部屋に戻って2人で幸せな時間を過ごそう。ジーノはほんの少し先の未来に想いを馳せると、嬉しそうに目を細めた。 END あとがき じのたつの2人にはどんな場所だろうが仲良くじゃれ合って欲しいので、寒い屋外ですが糖度高めな雰囲気で書いてみました。お互い大好き!な2人が可愛くて大好きです(*^^*) タッツミーは作中でもよく甘い物を食べているので、チョコも美味しいなーって言って食べてくれるとすごく萌えます、ジーノが^^ 読んでくださいましてありがとうございました! [*前へ][次へ#] [戻る] |