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きらきら
大阪戦後のとある日のお話です




叶えられなかった夢を託すとか、そんな押しつけがましいことを考えていた訳ではなく。あの時は自分の中にある思いを話すべきだと思ったのだ。もっともっと上を目指して欲しい。こんな所で立ち止まって欲しくはない。お前達ならできるだろと。ボールを追い掛けていた時に感じるようになっていた、普段の生活の時とはまた違うそれ特有の痛みを足が訴えてくることが何だか懐かしく、戻らない時間に一瞬だけ思いを馳せそうになったが、今の自分が教えられることを言葉にしたいとただそれだけだった。未来の希望や願いを繋ぐことができるならば。伝えることができるならば。この足が壊れてもいいと思った。それくらい必死だったのだ。


昔から周りの人間に無茶をし過ぎだと怒られることが多かった。けれど別に自分はそんな風には感じて生きてはいなかったので、あのミニゲームだって無茶をしたなんて思ってなどいなかった。ETUを成長させる為に必要な手段だったのだから。監督である以上、目的の為なら使えるものは使う。それが自分の身ひとつで大き変わっていくのだとしたら、十二分におつりがくると思っている。だから無茶をしたつもりはないが、周囲に迷惑を掛けたという気持ちはあった。驚かせてしまったのだろうなとも。


『君はいつもボクの予想もつかないことをするよね。』


あの日、ミニゲームが終わった後、少しだけ2人きりになれる時間があった。鎮痛剤を打っても両足が痛みに悲鳴を上げて泣き叫び、ほとんど動けなくなってしまっていたこの身体を抱き寄せて、ジーノはそう言った。心配したんだよと形の良い眉を寄せて、少しだけ不満そうな顔を見せていたと思ったら、ふっと柔らかい笑みを向けられた。


『お疲れ様だったね、タッツミー。』


穏やかな声で紡がれた言葉。それは10分間のゲームに対する労いだけではなく、自分がかつて歩んだフットボーラーとしての時間に対しても言われているような気がして、じわりと心に広がるものを感じた。優しく頭を撫でられたが、子供扱いすんなよという文句は出て来なかった。心地良さだけが全身を満たした。


『君の思いはちゃんと伝わったよ。ボクに、そして皆に。だから安心して。』


ああ、これならきっと大丈夫だと思えた。きらきら眩しい光が見えたのだから。


『ボク達はもっともっと変われるさ。』


欲しいと思う言葉をこんな風にさらりと言ってくれるのは目の前のこの王子様だけなのだ。心が震えない訳がない。だから腕を伸ばして艶やかな黒髪ごと頭を引き寄せてキスをした。ミニゲームの時に伝えたものとはまた違う、大切な想いを。





今年の夏はうだるような暑さの日が続いている。冷たい物がとにく何でも美味しく感じられる季節だ。達海も毎日暑さに参ってはいるが、監督の仕事に就いてからは激しく身体を動かすこともそう多くはないので、あまり汗をかかなくなってしまった。選手達の方は照り付ける太陽の下で試合や練習に臨まなければならないので、当然皆が皆大量の汗をかいてつらそうだ。つい先日行われた大阪ガンナーズ戦も強豪との戦いという一方で暑さとの戦いでもあったなと達海はベッドに凭れながら試合内容をぼんやりと思い返した。


「どこかに行こうよ、タッツミー。日帰りでいいからさ。」


外の暑さを感じさせない為の空調がきちんと完備された旧用具室、現自室。その狭い空間に甘い声が響き渡る。達海は隣に身を寄せているその声の主をじとりと見た。


「むーりー。」

「短いけれど、せっかくのオフなんだよ?そんなつれないこと言わないでよ。」

「無理なもんは無理!お前、学習能力ねえの?」


選手はオフであろうが監督に休みはない。ジーノもそれくらいのことはきちんと理解しているはずだ。それに大阪戦のハーフタイムで赤崎が口にしたようにオフに休んでなどいられるかとモチベーションの高い選手も少なからず見受けられたのだ。だから達海としても自分のできることで応えてやりたいと思った。ETUがさらに上に行く為に。達海のそんな思いなど全て分かっているが、恋人としてはすんなり受け入れられない部分があるのだろう。むっとした顔でジーノが横からぎゅうと抱き締めてきた。


「学習能力はあるに決まっているよ。」

「そうかぁ?」


わざとそう言ってみたら、腕に込めた力はそのままにジーノが達海の身体の向きを変えさせた。お互いに向かい合うように座っていると、腰に回されていた腕が離れた。そして、ジーノの両手が達海の頬を優しく包み込んだ。


「あのね、タッツミー。君の言いたいことも分かるけど、頑張りすぎて無理をして欲しくはないんだよ。」


言い聞かせるように紡がれた言葉にはただただ達海を想う心が含まれていた。


「俺は別に…」


ジーノの視線がゆっくりと降りていく。今は黒のスウェットに覆われている右足首と左膝に注がれた視線を受け止めると、達海は時々少しだけ心配性になる恋人の頭をあやすようにぽんぽんと叩いた。


「余計なこと考え過ぎ。大丈夫だっての。」


にっと笑って目の前の顔に自分の顔を近付けて、唇を塞いでみた。いつもより強引に。すると達海の頬を包んでいた手が後頭部と腰に回り、強く引き寄せられた。同じように強引な口付けが返って来て甘い疼きが胸に広がる。この頭の芯が溶けるような感覚は口に出したことはないけれど、こっそりと好きだった。


「ん……」


頬に熱を感じるが、冷たい人工の風のおかげでそこまで気にならなかった。そういえば最近自分から唇を重ねることが多くなっている気がすると達海は思った。けれど少しも悪くないのだ。それだけ彼のことを想っているからだろう。フットボールばかりに夢中になって恋愛事に淡泊であった以前の自分が今の自分を見たら、きっと信じられないとばかりに目を丸くするに違いない。


「君からしてくれるのは、やっぱりいいものだね。」


唇が離れても腕が離れていくことはなかったので、甘えたいのかなと思った達海はジーノの腕の中にすっぽりと収まったままでいた。身体を寄せ合っていても少しも不快ではないし、くっついていたいと黒っぽい瞳が訴えてくるのでそのまま好きにさせてやりたくなったのだ。出会った頃は、誰にでも愛想を振り撒く気障なイタリア野郎だなとか、守備以外のプレーは文句なしにすごいけどやっぱり軽い奴だとか思っていたのだが、本当は愛情深い人間なのだと分かった。一緒の時間を共有する仲になってからそれをはっきりと感じるようになった。あのミニゲームの時にも。雨の日の名古屋グランパレスとの戦いの時にも。だから。


「あー、その、日帰り旅行とかそういうのは無理だけどね、お前との予定は考えてるよ、そこんとこはちゃんと。」


返してあげたいと思うのだ。ピッチの向こうでボールを蹴っている時もこうして寄り添っている時もどんな時でもいつもきらきらと眩しくて、ふんわりと温かいものをくれるのだ、彼は。だから返してあげたいと強く思ってしまう。けれども自分という人間は何も持ってはいない。達海はそれをはっきりと感じている。自分が決めたことだから後悔はしていないが、失う物の方が大きかった。ようやく今少しずつ新しい大切なものを手に掴んでいるが、それは周りの者達がくれたものなのだ。自分の中に彼に返せるだけのものはないけれど、せめてほんの少しでも返したい。彼を喜ばせてあげたい。


「本当かい!?」

「うん。それは本当。」


ジーノの瞳がぱあっと明るい色に輝く。こういう部分は分かりやすくて可愛い奴だなと思えて仕方がなかった。基本的にプレー中はほとんど動じることがなく、多分実年齢よりも精神年齢の方が高いのではないかと思えるジーノだが、達海の前では年相応の顔を見せてくれるのだ。年相応という意味ではFWの夏木にもそんな感じではないかと何かの拍子で言ったことがあるのだが、それは絶対に違うからとすごい剣幕で返されたことがある。あれは同い年からくるものなのかもしれない。ジーノが達海に見せる年相応の彼の表情というのは柔らかな笑みだったり、あどけない寝顔だったりするのだ。それは確かに達海だけしか知らない。自分だけしか知らない恋人の特権だ。喜色満面な王子様を見ているとやはり可愛いと思えてどうしようもない。こちらまで嬉しい気持ちになる。けれど達海の申し出は大それたものではないのだ。彼には悪いと思うが、返したくても返せるものがない。それでもいいだろうかと思いながら、達海は言葉を続けた。


「まぁ…外で一緒に飯食うとかお前んとこに泊まるとか、いつもと変わんないっつーか…そんな感じになるんだけど。」

「それでいいよ。全然構わない。ありがとう、タッツミー!」

「俺を癒してくれんのはお前だけだからね。」


それが、俺には嬉しいんだよ。ジーノの瞳を真っすぐに見つめて言葉を紡いだ。こちらを見て綺麗に揺らめく瞳は彼の想いを雄弁に語っていて、達海は再び頬がじわりと熱くなったように感じた。


「どうしよう。何だかすごく熱烈な愛の告白を受けているみたいな気分だよ。」

「や、そこまでは…」

「分かっているよ。恥ずかしがらないで。そうだね、タッツミーにこんなに嬉しいことを言われてしまったから、ボクも返さなくちゃいけないね。」


ジーノはそう言って一度言葉を切った。そして達海に柔らかな微笑みをくれた。


「次の試合はボクも活躍してみせるからね。オフの時間を使ってそれまでにちゃんと調整しておくから。また君を喜ばせてあげる為にね。」


その笑みはきらきら輝いていて。悔しいくらいに格好良いと思った。ああ、また貰ってしまった。嬉しくて、ほんの少しだけ心苦しくて、それでもやはり幸せだった。ジーノが楽しそうに笑ってこちらの瞳を覗き込んでくる。距離が近いと怒ってもジーノは優しい眼差しを深くするだけで取り合ってはくれなかった。


「タッツミー、まずは今夜、君の舌と心を癒してあげるからね。」


素敵な店をまた新しく見つけたんだよ。そう言ってジーノは達海の左手を軽く持ち上げて手の甲に口付けを落とした。ディナーに誘う時までこんなにきらきらしてるのはずるいだろと思いながら、達海は面映ゆい気持ちと共に頷き返したのだった。






END






あとがき
どこに行く?何が食べたい?と話しつつお部屋の中でらぶらぶしているジノタツが好きです^^実際に出掛ける前のやり取りでもジノタツだと途端に可愛くなるから本当にけしからんです!


手の甲へのキスは尊敬の意味も込めた、愛を意識する相手にだけする行為らしいので、じのたつでおKだなと。ジーノはタッツミー大好きだし尊敬してると思っています。


試合が中断する期間は2人で仲良くしてるといいですよね^^


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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