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melt winter
クリスマスイブのお話です




「今年も降らなかったね、雪。」


狭い旧用具室の窓の向こうをちらりと見た後、ジーノは再びこちらに視線を戻した。その瞳には少しだけ残念な色が浮かんでいた。


「ここ数年はもうずっと降っていないし、ホワイトクリスマスなんて東京じゃもうすっかり夢のまた夢になってしまったね。」

「ジーノってほんとロマンチストだね。お前からそういう部分取っちまったらさ、あとは何も残んないんじゃねえの?」

「失敬だなぁ、タッツミー。ボクにはこのチームの10番に相応しい才能があるんだから。それを忘れてもらっては困るよ。」


我が物顔でベッドに腰を下ろしていた王子様が立ち上がって達海に詰め寄る。資料が山積みになった小さなローテーブルを挟んではいるが、ジーノが膝立ちになって身を乗り出してきたので、防御壁としてはあまり意味がなかった。達海はジーノに目線を合わせると、彼がここを訪れた時からずっと疑問に思っていたことを口にした。


「つーかさ、お前ここで俺と話してていいの?」


この部屋にはないが、カレンダーを確認するまでもない。今日は12月24日なのだ。今この瞬間も先ほどの達海の言葉にむうと頬を膨らませている暇などないのではないだろうか。


「予定とか、あるんじゃねえの?」


別に羨ましいとかそういうのは全くないのだが、ジーノは女性に非常にモテるのだ。この華やかな外見に紳士的な性格、そしてトップチームの10番という肩書きを持つ彼のことを世の女性が放っておく訳がないし、彼自身も誘われれば楽しい時間を過ごしているようだった。本人から直接聞いた訳ではないが、ロッカルームの中で若手選達がぼやいているのを通りすがりに耳にしたことがある。だから、今現在ジーノがクラブハウスの奥まった場所にあるこの部屋でのんびり過ごしていることが解せなかったのだ。しかも外はすっかり暗くなっている。この時間ならどこかの高級レストランで綺麗な女性とディナーを楽しんでいるはずなのだ。そもそもどうしてこの部屋に来たのか。達海はそれが分からなかった。


「予定?予定なんてないよ。」


あっけらかんとした声が耳に届く。予定はないとジーノは言った。そんな意外なこともあるんだなと達海は驚いた。それはつまり、今夜一緒に過ごすはずだった女性に振られてしまったということなのだろうか。向かい側に座るジーノを改めて見やると、彼は高級店に飾られていそうなきちんとした格好をしていた。もしかしたら約束していた予定を直前でキャンセルされてしまったのかもしれない。けれどもそうであるならばジーノの場合、他の女性に連絡すればいいだけの話である。達海の相手をする理由も意味もないはずなのだ。


「なぁ、ジーノ…」

「君は本当に鈍い人だね。」


達海の言葉に被せるようにジーノが口を開いた。こうも鈍感だと困ってしまうよと両手を広げて大袈裟に肩を竦めてみせる始末だ。おい、一体何が鈍いのかと達海の頭の中は疑問符だらけになる。ジーノが発した言葉の裏側にあるものが分からずに思わず首を傾けると、そういう可愛い仕草はやめてよと焦った声が返って来た。


「いいかい?ボクが今日予定を入れなかったのはね、君の為だよ。タッツミー、君と一緒に過ごしたかったからさ。」

「だから何で?」


どこまで鈍いのかな、君は。ジーノの声にほんの少し苛立ちが混じるのが分かった。いつの間にか達海の目の前に移動したジーノが溜め息を零す。達海としても仕事を一旦中断させられている上に訳が分からないことで怒られて溜め息を吐きたい気分だった。


「…こんな形で想いを告げるつもりじゃなかったんだけどね。ボクは、君が好きなんだ。」

「は?好き?」

「英語で言うなら、I love you だよ、タッツミー。分かるよね?」

「そりゃ、そんなの分かるけど…」


突然告げられた愛の言葉に達海はそれ以上言葉が続かなかった。冗談か何かではないのかと思わずにはいられない。けれども真っすぐに見つめてくるジーノの瞳を見れば、それは冗談や悪ふざけではなく本気の想いなのだと知れた。


「真剣、みたいだね。俺のこと…」

「状況判断はさすが監督だと褒めるべきだね、タッツミー。そう、ボクのこの気持ちは本物だよ。」


ここから逃げて心を落ち着けたいのにどうしても視線を逸らすことができず、目の前の端正な顔を見つめていると、不意に右手が何かに触れた。それがこちらに伸ばされたジーノの手だと思うより先にきゅっと握り込まれてしまった。


「ボク達が恋人同士になるなら、聖なる日がいいと思ったんだ。ずっと忘れない記念日になるから。」


その自信は一体どこから来るのかと笑ってやろうかと思ったが、掴まれたままの右手にはっきりとした熱を感じて、達海は思わずジーノの綺麗な顔と床に置かれた右手を交互に見比べた。ジーノはいつもの優雅な笑みを湛えた表情で達海を見ている。けれども達海の手を包む手は驚くくらいに熱を放っているのだ。そして、よくよく見れば、黒髪に隠れた耳朶がうっすらと赤い色に染まっていた。ああこいつ、可愛いとこあんじゃん。そう思ったら、熱い手をきゅっと握り返していた。はっきりとした反応が返って来たことに驚いたのか、ジーノが瞳を瞬かせた。


「タッツミー、今…」

「ん?必死になってる王子様って思った以上に可愛いなーって思っちゃって。」


こういうのを絆されるっていうのかなと思っていたら、ぐいっと引き寄せられて頭から抱き締められた。耳元で何度も名前を呼ばれて少しくすぐったい気分になる。背中に腕が回されても少しも嫌な気持ちにならなかった。だからきっとそれがジーノの想いに対する答えなのだろう。


「タッツミー、今すぐ出掛けよう。」

「今度は何?」

「君のことだからまだ何も食べていないんじゃないのかい?」

「お前が来るまで仕事してたから、確かに何も食ってないけど。」

「じゃあ今すぐどこかに食べに行こう。ちょっと待ってね、美味しいお店を予約するから。」


ご機嫌な表情を浮かべるジーノがジャケットのポケットから取り出したスマートフォンの画面をタップし始めたので、達海はそんなのいいからと慌てて制止した。


「別に気ィ遣わなくていいっての。ラーメンでいいじゃん。この近くに美味いとこあるよ。」


ラーメンなんて、ボクそんな…とジーノは困惑したが、達海の、恋人の言う事聞いてくれないんだの一言で覚悟を決めたようだった。ラーメンと格闘する王子様なんて可愛いと思うのだ。それに。


「付き合って最初に2人で食ったのがラーメンってさ、色々おかしくてきっと忘れられないと思うんだ。お前言ってたよね、今日をずっと忘れない日にしたいって。」


少しだけ意地悪く笑ってみせたら、ジーノはずるいなぁと眉を寄せ、それから幸せそうに頷いた。


「分かったよ。今回は君の意見を尊重するよ。けど、次はボクの好きなイタリアンのお店にするからね。」


まるでそうするのが当たり前だと言うようにジーノの指が達海の頬を優しく撫でた。そんな触り方はくすぐったいからやめて欲しいのに幸せそうな表情のジーノを見ていたらまあいいかと思えた。


「約束だよ?」


ふわりと微笑まれる。そうか、今度、もあるのか。想いを受け入れてみようと思ったのだからそれは当たり前のことなのにどこか新鮮で不思議な気分だった。けれどもそれは達海にとって心地良いものだった。


「そうだね、じゃあ次はよろしく。」


達海はジーノに頷くと、さあ早く行こうぜとその背中を促した。今日この日から自分達の関係を始めてみるのもそう悪くはない。今はそんな気持ちだった。外は冷え込んでいるだろうからいつもより着込んでジーノと共に部屋を出る。ラーメンを食べた帰りにコンビニで何か買ってもらおっかなーと考える達海の足取りは軽やかであり。静かな夜の中、2人の靴音がクラブハウスの廊下に楽しげに響き渡った。






END






あとがき
クリスマスにいちゃつくじのたつは絶対可愛いです!ジーノがタッツミーを誘おうと頑張っちゃうじのたつっていいですよね〜可愛すぎます(*^^*)


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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