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初めての
コンビニネタです

ジーノが一度もコンビニに行ったことがないという設定です




お前は変わっているとか不思議なところがあるとか、知り合い達からよく言われることがあるが、今目の前で長い脚をこれでもかと見せつけるようにゆったりと組んでベッドを陣取っている王子様の方が自分よりもよほど変わっていると達海は思う。面と向かって本人にお前って変わってるよねと伝えたら、何言ってるんだい、と頬を膨らませて文句を言いそうなので、勿論そんなことは口が裂けても言ったりはしないのだが。それでもジーノが変わり者であることは多分間違いないのだ。汗をかくことが当たり前で、寧ろそれが気持ち良いと思えるフットボーラーであるというのに、汗はかきたくないと言う。会う度にいつも高級ブランドの服を嫌みなくらいに着こなしているというのに、絶対に襟が付いた物しか着ないと言う。そして。


「え…?お前、今まで一度もコンビニ行ったことないの?」


流れるような動作で脚を組み直しながら、うん、そうだよと頷くジーノの姿を達海は物珍しそうに見つめた。今時コンビニに行ったことがないなんて、やはり変わっていると思ってしまっても仕方がなかった。達海は優雅な雰囲気を纏うジーノから一旦視線を外すと、ジャージのズボンのポケットに長財布をねじ込んだ。先ほど部屋に来たばかりのジーノには少しだけ申し訳なかったのだが、彼を待っている間に喉が渇いてしまい、愛飲するジュースが飲みたくなっていたのだ。だから達海は、今からコンビニに行きたい旨を恋人に告げた。すると、毎回毎回飽きもせずによくあんな場所に行くよねと返されてしまい、そのまま話の流れで、ジーノがこれまでに一度もコンビニで買い物をしたことがないという、ある意味衝撃的な事実を知ったのだった。


「全然ないの?」

「だって、コンビニに行く必要がないからね、ボクは。」


ジーノは達海の問いにさも当然という口振りで答えた。確かにコンビニにはジーノが買いたい物や食べたい物は置いていない気がする。達海は、あぁそうだなと納得したように頷き返した。想いを告げられてジーノの恋人となり、彼とデートをするようになってから、達海は普段の生活では絶対に食べることのない高級な料理やら今までに飲んだことがないくらいに美味しいワインなどを味わうことができている。美味しいだろう?とジーノは毎回の如くテーブル席の反対側から達海に嬉しそうな笑顔を向けて来るので、選手として食事に気を遣っているであろうが、彼の舌は非常に肥えていることは間違いないのだ。だからそういった物を好むジーノがコンビニでおにぎりやお弁当、サンドイッチなどを買うはずがないといえる。それに、急に必要な物ができた時でも、ジーノならばコンビニでは買わずにマンションのコンシェルジュ辺りに頼んで持って来てもらっていそうである。というより、そもそもこいつにはコンビニが全く似合わないと達海には思えた。コンビニで黙って立ち読みをする王子様なんて想像すらできなかった。でも、だからこそだと、達海はまるでいたずらを思い付いた子供のようにニヒーと口角を上げた。


「ねぇねぇ、ジーノ。」

「ん?何だい?タッツミー。」

「あのさー、今からさ、俺と一緒にコンビニ行こうぜ。」

「…えっ!?いや、ボクは…」


わざわざ暗い中を歩いてまで行きたくはないし、ボクのファンに気付かれたら色々と対応が面倒だよ。それに買いたい物もないからね。ベッドに腰掛けたままであったジーノは瞳を曇らせて達海を見上げ、ボクは嫌だよと不満そうに呟いた。だが達海はにまにまと意地悪く笑ったまま、いいから早く行こうとジーノの腕をぐいっと引っ張った。


「何事も経験だぜ、経験!」

「ちょっと、タッツミー!」

「ここからすぐのコンビニだから別にそんなに歩かないし、今の時間ならそこまで人も多くないからさ。ちゃっちゃと行って帰れば大丈夫だって。」

「でも、タッツミー…」


大好きな人の手は自分からは絶対に振り解けないのだろう。ジーノは困惑しながらも達海のされるがままだった。つまり彼は、達海に腕を掴まれた時点で重い腰を上げるしかなかったのだ。けれどもやはりジーノはコンビニに行くことを渋っているようで、なかなか歩き出そうとはしなかった。


「もしかしたらさ、コンビニに行った経験がお前のフットボールに役立つ日が来るかもしれないじゃん?」

「ちょっと待って。そんなことは絶対にあり得ないから!」


それはないよ、と強く首を振るジーノに達海は頑固な奴だと目を眇めて溜め息を吐いた。ジーノはコンビニなんて場所は自分には似合わないと思っているに違いない。だから、行きたくないといつまでも部屋の中で立ち止まったままなのだ。けれども。言うことを聞かない王子様には王様の実力行使もやむを得ないだろう。達海はそう結論付けると、ジーノの耳元にそっと唇を寄せ、お願いと甘く囁いてみた。間近で年下の恋人が小さく喉を鳴らす気配が感じられ、よしっ、俺の勝ちだなと達海は心の中で満足そうに呟いた。


「…タッツミーは、本当に意地が悪いよ。」


ジーノは恋人のお願いには逆らえないのだ、絶対に。それが分かっているからこそ、達海も恥ずかしさを堪えて自分からあのようなことをしたのであり。達海は、別に俺は意地悪じゃねぇもんと楽しそうに笑うと、困った顔になったジーノの手を取って、さぁ行くぞと彼をドアの外へと連れ出したのだった。






ETUのクラブハウスから徒歩で5分と掛からない、どこにでもある普通のコンビニ。達海はそのコンビニに昼夜問わず頻繁に通っている。3食の食事は勿論のこと、小腹が空いた時に食べるお菓子などを買う為だ。毎日のようにその場所へ行くので、特に意識している訳でもないというのに店員の顔もすっかり覚えてしまった。ジーノがそのことを知ったら、これまた不満げに頬を膨らませそうではあるが。いずれにしても達海にとって、そのコンビニは毎日の必要な物を買う場所であり、確かに彼の生活の一部になっていたのだった。


「タッツミー、ボクがいつも読む家具の雑誌が売っていないよ。」

「あのね、そんなのこういう所で売ってる訳ないじゃん。」


ジーノが愛読している高級家具の雑誌とやらは、果たして普通の本屋でも売っているのだろうかと思いながら、達海は隣に立つ恋人を見た。会社帰りの客のピークを過ぎたからであろう、達海の言葉通りにコンビニ内にはちらほらと数人の客が居るだけであった。ジーノは達海にからかわれるように背中を押されながら初めてコンビニへと足を踏み入れたのであるが、特に感想を述べることもなく、ふ〜んと簡単に店内を見回すと、最初に目に付いた雑誌コーナーへと向かったのだった。へぇ、皆ここで立ち読みをするんだねと、ジーノはさして興味なさげに口にすると、ボクが読んでいる雑誌はあるかなと綺麗な指を伸ばして探し始めた訳だった。


「雑誌はもういいよ、タッツミー。」

「そう?ん、じゃあさ、他のコーナーでも見る?お菓子とかお弁当とか。コンビニにはまだまだ色々あるんだぜ。」


ジーノは、もう飽きちゃったよと子供っぽい声を出しながらも、達海の後ろを大人しくついて来た。そのまま先を歩いていた達海は何となくジーノの様子が気になってしまい、気付かれないようにちらっと後ろを振り返った。そして目に映った光景に、何なのこいつ、可愛いんだけど、と思わず口元が緩んでしまった。達海と共にお菓子の陳列コーナーを移動していたジーノがきょろきょろしながら棚に並んでいる商品を見ていたからだ。別にどうでもいいと涼しい顔をしていたくせに、本当はコンビニという未知の空間に興味津々だったという訳か。ジーノの態度がおかしいやら可愛いやらで、達海は声を上げて笑い出しそうになってしまった。だがここは公共の場だと、達海は何とか笑いを堪えると、そのまま歩みを止めてジーノに話し掛けた。


「…初めての場所はやっぱり王子様も珍しくて、わくわくするってか?何か楽しそうだね、お前。俺の部屋に居た時はあんなに行くのごねてたくせに。」


達海の言葉に一瞬だけジーノの肩が揺れたような気がした。彼は達海へと視線を戻すと、それは違うとばかりに不満そうに眉を寄せた。


「タッツミー!君、一体何を言っているのかな?ボクは別に楽しいだなんて思っていないよ。」

「眉間に皺寄せながら目輝かせるって、器用だねー、お前。コンビニに初めて来て楽しいならさ、楽しいって素直にそう言えばいいじゃん。」

「タッツミー!」


ジーノは頑として認めようとはしないが、達海にはそうだとしか思えなかった。本当は初めての場所を少なからず楽しんでいるのだと。ジーノと付き合うようになってまだ日は浅いのだが、恋人の些細な感情の変化を読み取るくらいはできるのだ。達海は小さく笑うと、真っすぐにジーノを見つめ、心に浮かんだ言葉を口にした。


「楽しいよ、俺は。お前と一緒にこんな風に過ごすの。」

「…っ、タッツミー…君って人は、本当に狡くて、意地悪だ。」


ジーノの目尻と頬がうっすらと朱に染まる。彼は達海の不意打ちのような言葉に降参すると同時に嬉しくて堪らなかったのだろう。本当に敵わないよとしみじみと呟きながらも、瞳には幸せそうな色が浮かんでいた。ボクだって、君と過ごす今が楽しくて仕方ないよと返すジーノの笑顔があまりにも綺麗であり。達海はこれ以上その笑みを見ていられなくなってしまい、慌てて前を向くと、さっさとドクペ買うぞと早口で告げた。


2人並んでシ清涼飲料水のコーナーの前に移動すると、タッツミーはコンビニでジュースを買うことが多いのかい?とジーノが尋ねてきた。達海は店内に備え付けられている冷蔵庫の扉を開けようとした手を止めると、そうだよと首を縦に振った。


「近くの自販機でも売ってっけど、コンビニで買うとドクペと一緒にお菓子とかアイスも買えんだろ?だから最近はコンビニで買ってんの。」

「ふ〜ん、そうなんだ。」

「そうなんです。」


扉を開けて中からよく冷えている缶を手に取ると、さぁ早く帰ろうとジーノが達海を急かした。先ほどの達海の言葉が強く作用してしまったようで、黒っぽいその瞳からはこれ以上長居は無用だ、早く2人きりになりたいという本音が透けて見えていた。こいつって単純だなと思いつつも、今日は他に買う物もなかったので、結局達海は恋人の言うとおりにしてやることにした。そのまま会計を済ませて明るい店を出た帰り道、達海は部屋まで我慢できずにドクターペッパーを飲んでいたのだが、隣を歩いていたジーノから、やっぱりコンビニはもういいよ、一度行けば十分さ、と静かな独り言が聞こえてきて、再び笑いそうになってしまった。今飲んでんだからお前のせいで吹き出したらどうすんだよと文句を言う達海と、一体何のことかと疑問符を浮かべるジーノのやり取りは月明かりの下、クラブハウスに着くまで続いたのだった。



*****
達海がジーノを近所のコンビニに連れて行き、彼が初めてその場所に入ってから1週間が過ぎていた。今日は夕方に会いに行くよと言われていたので、達海はジーノが来るまでの間、資料を読んだり新たな作戦を考えたりしながらのんびりと時間を過ごした。そして夕方過ぎになって上品なノックの音と共に現れたジーノは、その手に白い袋を提げていた。出迎えた達海は一瞬ジーノが手にしていた物が何なのか分からずに二度見してしまいそうになったが、ここに来る前にコンビニに行っていたのだと理解した。そして理解した途端、頭に浮かんだことを口にせずにはいられなかった。


「おいおい、ボクがコンビニなんて…って散々言ってたのに。何?何?王子様もとうとう気に入っちゃったの?」

「違うよ。タッツミーの為だよ。」

「俺?」


自分の予想と違う答えが返って来て戸惑う達海の傍らまで来ると、ジーノは彼に全く似合っていなかったコンビニの袋を差し出した。


「そうだよ。はい、これ。」


君の好きなジュースとお菓子だよ。優しく微笑むジーノに達海は目を離すことができなかった。これはつまり、俺のせいで王子様の行動に変化が現れてるってことなんだよな。俺を喜ばせようとして、もう行かないって言ってたのにコンビニに行ったってことなんだよな。この男前の王子様は新たに彼の行動範囲の中にクラブハウスの近くのコンビニを加えたのだ。達海の喜ぶ顔を見る為に。達海に少しでも喜んでもらう為に。2人で楽しい時間を過ごす為に。その事実が達海の中でじわじわと広がる。無性にくすぐったかった。


「ありがとさん、ジーノ。」

「君の為だから、だよ。」


ジーノが目を細めて楽しそうに笑った。目の前の王子様がちょっぴり庶民的な王子様になっちゃったなーと達海は内心で思いながら、ジーノに対する堪らない愛おしさに心が温かくなったのだった。






END






あとがき
コンビニで買い物をしたことがない設定のジーノとタッツミーのコンビニデートのお話を書いてみましたが、色々無理があったかなぁと^^;でもコンビニ内でいちゃいちゃしてるじのたつは可愛いと思います!


読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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