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夏の夜と可愛い君
コンビニ帰りのやり取りです




本格的な夏が到来して、うだるように暑い日が毎日続いている。陽が落ちて夜になると幾分か気温が下がって日中より多少涼しくはなるが、歩いているだけで自然に喉が渇いてしまう。東京の夜は昔に比べて随分過ごしにくくなってしまったと思いながら、達海は隣を歩く年下の恋人、ジーノの横顔を見つめた。似合っているけれど七分袖のサマーニットなんか着て暑くないのかなーと思ってしまうのだが、寄り添うように歩くジーノは汗ひとつすらかいておらず、涼しい顔をしていた。少しはましにならないだろうかと、達海は自身が着ている黒いTシャツの裾を摘まんでぱたぱたと動かしてみたが、当然爽やかな風を感じることなどなく、あまり効果はなかった。


「夜になってもあっついなー。」


フットボールと仕事を優先しすぎた結果、決して快適とはいえない住環境になっている自室でじっとしていると、夏場は水分が欲しくて堪らなくなる。だから好物のジュースを買いに行こうとしたら、ボクも行くよと言ってジーノがついて来たのだ。約束をしていなくても会いたいからといきなり部屋にやって来る恋人のことだ、1人で買いに行けると言ってもどうせ一緒に行くと言ってきかないだろうから、達海は彼の好きにさせることにしたのだ。そして今はちょうどコンビニで目的の物を買い終わった帰り道だった。快適ではない部屋の暑さから逃れようとジュースを買いに行ったのに、熱帯夜のせいで結局また暑さを感じているのは何だか解せないような気もしたが、とにかくドクターペッパーが飲みたかったのだからまあいいかと達海は結論付けた。


「そうだね、暑いよ。」


呟いた言葉に返事が返って来たので、達海はジーノの横顔を見やった。端正なその横顔はいつもと変わらない。暑いから嫌だと形の良い眉を顰めてもいないし、額に汗が浮かんでいる訳でもなかった。


「え?そうなの?やっぱ暑いの?」

「暑いよ。日本の夏は蒸し暑くて不快だね。イタリアの爽やかな夏が懐かしいよ。」


恋人は昔を思い出すように視線を夜空へと移した。ジーノは今はもう日本に住んでいる時間の方が長いらしいが、子供の頃はイタリアに住んでいたらしい。10年間イングランドに居た達海も最近の日本の夏は過ごしにくいと思うのだ。想像しかできないが、イタリアの夏も東京とは全然違うのだろう。


「そっか。汗かいてねーし、なんか平気そうに見えたから。お前も参ってたんだね。そうだよな、やっぱ東京の夏は…」

「ねぇ、タッツミー。」


話の途中で愛称を呼ばれたので、達海は瞬きをひとつしてからジーノを促した。


「ん?何?」

「君も知っているだろうけど、ボクは普段コンビニなんて利用しないんだよ?それもこんな暑い夜に出掛けたり。君の為だから、ボクはこうして…」


同じ歩幅でゆっくりと歩いていたジーノが達海の瞳を覗き込むように顔を近付けた。


「ふーん。でも別に俺、お前について来てほしいなんて一言も言ってねえけど。こんなん1人で買いに行けたし、奢ってもらわなくたって財布も持ってたし。」


そう言ってやったら、恋人は表情を変えてきゅっと眉を寄せた。


「タッツミー…!そんな酷いこと言わないでおくれ。」


あ、今のはちょっと意地悪だったかもしれない。ジーノのどこか狼狽えた声を耳にして達海はそんな風に思った。そのまま端正な顔に視線を向けていると、次いでジーノが焦ったように瞬きを繰り返したのが目に映る。宵闇が訪れたばかりの時間帯なのでちらほら立つ街灯の灯りでも外は十分に明るかった。言っておくが、この暑さに不機嫌になってジーノに八つ当たりした訳ではない。あくまでからかってみただけだ。恋人の反応が可愛くて、ついつい振り回したくなってしまうのだ。ジーノには伝わりづらいかもしれないが、達海なりの愛情表現のようなものだった。彼に自分なりの愛情を注いでいる。つまり、達海の中でジーノは大きくて特別な存在なのだ。


「タッツミー。聞いているのかい?」


フットボールの時とは違ってどう反応するだろうか。ジーノの反応が気になって、達海はジーノに言葉を返さずにわざと視線を外すと、手に提げていた袋から愛飲している缶ジュースを1本取り出した。袋から出した缶は外気との気温差でたくさんの汗をかいている。表面の水滴を指先に感じながら、達海は黙ってプルトップを開けた。ジーノは甘すぎると言うが、達海にはちょうど良い味が炭酸の刺激と共に口の中に広がる。ああ甘くて美味いなぁと半分くらい飲んだところで、すぐ隣から痛いくらいの視線を感じた。


「…もう、いいよ。」

「お?」

「もういい。」


明らかに機嫌の悪い声色だった。嫌わないでよ、タッツミーなんて言ってじゃれて来るのではないかと思っていたのだが、予想外の反応が返って来て達海の方が焦りを感じた。抱き付いてきた王子様に困ったなーと笑い掛けて、ちょっとからかっただけだよと頭を撫でてあげようなんて思っていたのに。


「えっと、悪かったよ。拗ねんなっての、王子様。」

「……」


嫌われたくはない。強く思った。達海はジーノが好きなのだ。仕事を優先したり、そっけない態度を取ったりしていつも彼を振り回している自覚はあるが、どうしようもなく好きなのだ。


「……」


もう半分以上飲んでしまっていた缶がやけに重く感じられた。先ほどまで蒸し暑さを感じていたはずなのに背中を冷たい汗が流れ落ちたような気がした。


「なぁ、ジーノ。」

「……」


呼び掛けてみてもジーノは達海を見ようとはしない。怒らせてしまったのだとしか思えなくて、達海は唇を噛んだ。それでもこちらを向いて欲しくて声を出した。


「ジーノ!」

「拗ねてないよ。」

「…っ!?」

「君がボクのことを大好きだってちゃんと知っているからね。」 

「ジーノ…」


ジーノがにこりと笑う。その嬉しそうな笑みにはどこかうっすら余裕も漂っており。ああ、こいつの方がずっとずっと俺のことを振り回してやがると達海は理解した。


「あと、2人の時はいつもちゃんとボクを見て。」

「え?」

「さっき視線を合わせようとしなかったよね?」


そう言ってジーノは達海の手から缶を奪うと、残りを飲み干してしまった。


「おい、ジーノ!」

「うわぁ、やっぱり甘い…甘すぎるね。」

「お前、何やってんだよ。」

「だってタッツミーがボクに意地悪するからだよ。残りは飲ませてあげないようにしたんだ。」


間接キスありがとう、と空になった缶を返されてしまったので、達海は何も言えずに黙って缶を袋に入れた。飲み終わってもジーノは慣れない人工甘味料の味に眉を寄せていたが、不意に手を伸ばすとそのまま達海の右の頬をぐいっと引っ張った。


「あれだけじゃ足りないからね。お返し。ふふ、変な顔だよ、タッツミー。」

「それ、おまへのへい…」

「でもすごく可愛いよ。」


長い指が静かに離れた。軽く抓られただけであったので思ったよりは痛くはなかった。それよりも変な顔を長々と見られなくて良かったとほっとしていると、ジーノが再び距離を詰める気配がした。整いすぎる顔が近付いて来たと思ったら、少しだけ強引な口付けが降って来た。ジーノの舌が甘くてこのまま流されてしまいそうになったが、今ここがどこなのか我に返った達海は目の前の若い身体を押しやった。だが伸ばされた腕が腰に回り、結局なす術もなく引き寄せられてしまった。逃げることなどできそうになかった。達海は速くなる鼓動に気恥ずかしさを感じたまま、唇を尖らせて文句を言った。


「おいっ、ここ外だよ外!ジーノ、お前なぁ…」

「君を振り回すのはボクだよ。いいかい?」

「なっ…」


全てお見通しな上に振り回すからねと宣言されてしまえば、もうどうしようもなかった。艶やかな瞳に見つめられてしまえば、頷いて認めるしかなかった。


「ああもう…」


フットボールでも恋愛でもこの王子様に勝てる人物はいるのだろうか。そんな誰かを想像することなど簡単にはできなくて。だからこそ彼に惹かれてしまうのだろう。達海はジーノを見つめ返すと、上等じゃねえのと楽しそうに笑った。これだから、好きで堪らないのだ。






END






あとがき
外でいちゃいちゃするジノタツが書きたくて、短いお話ですが書きました。夏はやっぱり2人で仲良くらぶらぶして欲しいです!


タイトルの可愛い君はお互いに思ってることですね^^ジーノもタッツもお互いのことを可愛いなぁと思ってると可愛い!!


読んで下さいましてありがとうございました!

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