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television
#328.5から思い浮かんだお話です




「あ、ジーノだ。」


DVDで昨日の試合でもチェックしようかなーと何気なくテレビをつけたら、目の前でジーノがゴールを決める姿が目に飛び込んで来た。達海はリモコンを手にしたまま、思わず恋人の名前を口に出していた。 全く予想していない映像をいきなり目にしたので、少しだけ驚いてしまったのだ。テレビをつけたらちょうど恋人の姿が映った。これはすごいタイミングじゃないだろうか。達海はぺたりと床に座り込んだままの体勢で、たまたまチャンネルが合っていたそのサッカー情報番組を目で追い続けた。


「…見事なゴールだったなー、あれは。」


達海は普段ほとんどテレビ番組は観ないのであるが、世間の出来事くらいは知っておこうという人並みの常識はあるので、ニュース番組は一応チェックしている。と言ってもテレビ番組の視聴時間は基本的に少なく、やはり仕事が優先であるのだが。


『前半早々、ジーノ選手が見事に先制点を決めてくれました!』

『いやぁ、いつ見ても華麗なシュートですよね。』


試合の映像に合わせるようにしてジーノを賞賛する番組司会者であろう男性と若い女性の声が流れてくる。


「確かに華やかだよね、あいつ。」


1人きりの狭い部屋の中で、達海はうんうんと相槌を打った。その左足から放たれるシュートは正確で、さらにゴールを決めた後の喜び方もスマートで格好良く、画面の向こうの彼は本当に華やかだ。監督である自分も試合前後のインタビューという形でテレビなどのメディアに露出することも多いが、ジーノが持つ華やいだ雰囲気には程遠い。まぁ、別に自分に華やかさなどはいらないのであるが。


『さすがETUの王子ですね!』

「そうなんだよね。王子様に見えるよなー、あんなんだと。男前だもんな。」

『まさにサッカー界の貴公子です、彼は!』

「ふーん。王子以外に貴公子なんて呼ばれてんのか。ジーノくらいしか似合わないからぴったりじゃねえの?…今度貴公子って呼んでみてやろっかなー。俺が言ったらびっくりするかな。でもそれはそれで面白いよね。」


画面の向こうでジーノが仲間やサポーター達に笑顔を向けている。その映像を達海は少し不思議な気分で見つめた。ピッチの外からとはまた違うテレビという媒体を通して彼の姿を見るのは多分初めてだ。上手く言えないが何だか変な感じがする。それでも液晶画面の中の嬉しそうな彼を見ていると、今後の自分達が目指すべき頂を思ってやる気が出た。


「ま、何にしても頑張らなきゃいけねえってことだよ。」


ジーノをはじめとしたETUの選手達が画面を彩った後、他のクラブの試合のダイジェスト映像が次々と流れていく。その全てが終わって画面いっぱいに広がったリーグ戦の現時点での順位表をじっと見つめながら、達海は自身の中にある思いを口にした。このような番組を目にするとETUの立ち位置を改めて思い知る。タイトルを掴む為にはまだまだもっと成長しなければならないのだ。


「俺もお前らも。」


達海はしっかりと決意を胸にした。これからが本当の勝負なのだと。


「…まずはできることから確実に、だよな。」


リーグ戦の映像が終わって場面がスタジオへと切り替わったので、資料を探して仕事を再開しようかなと一旦テレビの電源を落としたちょうどその時、来訪者の存在を告げる軽やかなノックの音がした。達海はごちゃごちゃしている床からDVDや資料を探そうとした手を止めると、のそりと立ち上がってドアへ向かった。


「やっぱり。」


先ほどまで画面の向こうで輝いていた人物がそこに立っていた。ドアをノックする音ですぐに誰か分かったので、達海は普段通りの態度で恋人を出迎えた。


「やあ、タッツミー。」

「ジーノ、だから毎回言ってるけど、突然来るなよ。」

「君は連絡手段になる物を持っていないんだから、こればかりは仕方がないよ。」


そう言って年下の恋人は大仰に肩を竦めた。確かに彼の言う通りなので、達海は一瞬言葉に詰まった。


「うっ…それはそうなんだけど。…分かった。いいよ、入れ。」

「ありがとう。」


ジーノはお邪魔するねと楽しそうな声を出すと、床の上に散らかっている物を踏まないように器用に歩いて定位置であるベッドに腰掛けた。ジーノの態度を見ていれば明確であるが、この部屋はもうすっかり彼にとって馴染んだ場所になっているようだった。そこまで切羽詰っている訳でもないので、仕事はジーノが帰ってからにしようと考えて、達海は彼の隣に移動した。昨日も試合でずっと一緒だったというのに会いたかったよとジーノが微笑んでくる。脚を組んで優雅な笑みを浮かべる恋人の姿にはやはりどうしようもなく目を奪われた。ユニフォームを着ている時も脱いでいる時も達海にはジーノが眩しく見えるのだ。そして、そんな彼は液晶の向こう側の遠い存在ではなく、きちんと呼吸をして今ここに居る。達海の傍らに。手を伸ばせば握り返してくれる距離に。


「やっぱ…本物の方が光ってる。」

「何の話だい?」

「別に何でもない。」


思わず零れ落ちた言葉に何口走ってんだと恥ずかしくなって、達海は何でもないからと下を向いた。今はジーノの顔をまともに見ることができそうになかった。


「あ、そういえば…タッツミー、君は1人でおしゃべりしながらテレビ番組を観るんだね。」

「は…?え?」


恥ずかしさやら眩しさでジーノの顔を見られないと思ったばかりだというのに。達海は耳に届いたジーノの言葉に勢い良く顔を上げた。思いもよらない言葉を聞かされて、達海はぱちぱちと瞬きを繰り返した。


「ボクのこと、たくさん褒めてくれていたよね?」

「ちょっと待て。」

「うん?」

「それって…」


恋愛に関しては本当に鈍いよね、君はと恋人に言われる達海であるが、それ以外のことに関しては頭が回る方なのだ。頭の回転が速くなければ監督など務まらない。だから達海の中ですぐに1つの答えが導かれた。


「もしかしなくても、さっき…」

「確かに華やかだよね、あいつと言ってたあたりからタッツミーのことを見ていたんだよ。ドアの隙間からこっそりね。」

「おい、お前、何やって…」


他人に見られても恥ずかしい姿をよりによって恋人に見られてしまったという事実が達海の頭の中を駆け巡った。


「あんなに可愛い君を見ていたら声を掛けて邪魔するのは野暮というものさ。」


ジーノは悪びれることなく、そんな風に宣った。嬉しそうに目を細めているから本当にたちが悪い。涼しい顔で隣に座るジーノを見ていたら、先ほどまで感じていた羞恥心よりも理不尽さの方が勝ってしまって、達海は綺麗な筋肉のついた身体を小さく小突いた。


「全然気付かなかった…くそっ 、気配殺すとかずりーぞ、ジーノ!フットボーラーなら正々堂々と勝負しろ!」

「やだなぁ、プロの選手は駆け引きが大事だって言ってるのは君じゃないか、タッツミー。」

「ジーノ!」

「そんなに照れなくていいから。ボク、嬉しかったんだよ?」

「……っ 、」


そんな言葉を囁かれてしまえば、やはり恥ずかしくてどうしようもなく、穴があったら今すぐ入りたくて仕方がなかった。この王子様には何をやっても勝てる気がしない。


「タッツミー?」


今何か言葉を口にしようとしても動揺して言葉にならないのは明白だったので、達海は黙ったままだった。


「悶える君は可愛いんだけど、何?そんなに恥ずかしかったのかい?」

「……当たり前じゃん。あんなの見られたら恥ずかしい!」

「寝顔を見られるよりも?」

「寝顔は、もう何度も見られてるから、そんなの今さらだろ。こっちのが恥ずかしい……さっきの忘れろよ。いいな?」


恋人の性格上、絶対に無理だと分かっていても言わずにはいられなかった。自分の方が彼より年上であることからくる最後の意地のようなものだった。


「それは無理なお願いだよ、タッツミー。君の素直で可愛い姿は早々お目にかかれないからね。」

「……お前ってそうだよね。うん。もう、いいよ。」

「ああ、本当に可愛かったよ、タッツミー。」


ジーノが嬉しそうに微笑む。やはりどうしようもなく眩しかった。


「…決めた!今日のことで懲りたから、もう絶対変な時間にテレビ観ないかんな、俺。心臓に悪いことはしない!」

「そんなことをしても無駄だよ?」

「ちょ、じーのっ…!?」


伸ばされた腕に引き寄せられ、達海の身体はジーノにすっぽりと包まれた。彼が好む香水の香りがふわりと漂って、心臓が騒いだ。


「テレビ番組を観なくてもね、ピッチでのボクの優雅なプレーは君の目に焼き付いて離れないだろう?だからそんなことをしても無駄だと思うよ、タッツミー。」


ジーノが艶やかに笑う。その瞳は綺麗に瞬いていた。ああもう、どうしても敵わない。何故なら彼の言葉の通りなのだから。


「自意識過剰だよ、王子様。」


やっぱり最後に一言言ってやろうと口を開いたのに、それは自分でも思った以上に甘い響きを伴っていて。眩しい彼のことが、やはりどうしようもなく好きなのだ。後ろから回された手にきゅっと力が篭ったのを心地良く感じながら、達海は小さく笑って目を閉じた。






END






あとがき
本誌で番外編の♯328.5を読んだ時に、既にジーノとお付き合いしているタッツミーがスポーツ番組で偶然ジーノを見たらどうなるのかなぁと思いまして、乙女思考なタッツで書いてみました^^ジーノ男前ー!ってテレビの前で自然に喋ってたら可愛い(*^^*)


甘い雰囲気が伝わっていると嬉しいです。読んで下さってありがとうございました!

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あきゅろす。
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