spring has come
春の日のほのぼのとしたお話です
「なーんか、春ってさ、何かしててもしてなくても眠たくなんない?」
テレビ画面を一時停止させてボールペンを走らせていた達海がのんびりと呟きながら、くるりとジーノの方へ振り返った。ジーノは達海の隣に座るのではなくベッドに腰掛けていたので、床にぺたんと座っている恋人は自然と上目遣いになる。ああ、こういうのっていいよねとこっそり思いながら、ジーノは達海の言葉を肯定した。
「そうだね、暖かくて気持ちがいいとつい眠くなってしまうものだと思うよ。ボクも雑誌を読んでいて、気が付いたらいつの間にかうたた寝していた、なんてこともあったから。今はちょうどいい季節だからね。」
ジーノは達海の視線を受け止めた後、窓の外へと目を向けた。大きな窓からは柔らかな光が静かに降り注いでいる。穏やかな春の訪れはこの狭い部屋の中でも十分感じることができるのだ。午後の穏やかな陽だまりがふわふわとした心地良さを運んでくれて。これでは確かに眠くなってしまっても仕方がないと思う。漢詩にも春は気候が良いので、つい寝過ごしてしまいがちだとあるくらいなのだから。
「ふふ、タッツミー、眠いんだね?そうなんだよね?」
「そう言われると、ちょっと…眠い。あ、でもそこまでって訳じゃないから。」
ジーノに子供扱いされているように感じたのだろう、達海はこれくらい平気だしと唇を尖らせた。
「少しは休んでもいいんじゃないかい?」
「うーん、でも、そういう訳にもいかねえし…」
「いつも夜遅くまで頑張っているんだから、休息も必要だよ。」
「そうだけど…」
「タッツミー。」
ジーノは立ち上がって達海のすぐ側にしゃがみ込むと、彼の右手を取って包み込むように握った。
「ね?」
そっと微笑んでみせると、その優しさの滲む笑みには抗えなかったのか、達海はうっと言葉を詰まらせた。こんな風に少しくらい強引でないと、この愛しい人は仕事ばかりを優先して自分自身のことを顧みなくなってしまうのだ。フットボールが大好きな彼が好きで堪らないけれど、無理はして欲しくないのがジーノの本音だ。この気持ちを分かってもらえると嬉しいのにね、と思いながら、達海の細い指に自分のそれを絡ませてみると、恋人は恥ずかしそうに睫毛を震わせた。
「…っ、ジーノ、分かったから、もう…手離せ…」
「タッツミー。」
「分かったから。」
必死な達海の言葉にジーノは頷いて大人しくその手を解いた。ほっとしたように小さな吐息を零した後、達海は一時停止中だった仕事用のDVDを完全に停止させて、ジーノとたった今交わした約束を守る為にゆっくりと立ち上がった。ジーノも同じように腰を浮かせる。だが、再び腕を伸ばして目の前の体を抱き寄せると、そのまま後ろのベッドに座り込んだ。
「ちょっ、ジーノ…お前…!」
ジーノに抱き込まれ、されるがままにベッドに乗り上がってしまった達海が抗議の声を上げたが、そんな小さな抵抗は可愛いもので、ジーノは気にもせず達海を腕の中に抱いたままだった。
「おい、ジーノ!」
「眠る前に少しだけ。」
練習や試合が続くと、どうしても達海を腕の中に閉じ込めて直接その温もりを感じたくなってしまうのだ。こればかりはもう仕方がないことだと思っている。プライベートは勿論だが、ジーノの選手としてのメンタル的な部分にも達海の存在は大きな影響を与えているのだから。ジーノが愛しい温もりを感じようと両腕に少しだけ力を込めると、腕の中で達海が小さく身じろぐのが分かった。
「…ちゃんと食べてる?少し細くなった気がするよ。」
「ちゃんと食ってますー。」
「お菓子やコンビニで売っている物だけで済ますなんて、絶対に駄目だからね。君は偏食で少食なんだから。」
「最近は食堂のおばちゃん達に頼んで色々作っておいてもらうようにしてっから、そこまで心配しなくて大丈夫だよ。それに俺、太りにくい体質だし。」
大丈夫だから。達海がジーノの首筋に頬を寄せて言葉を紡ぐ。鎖骨に柔らかな唇が触れて、嬉しいやらくすぐったいやらで幸せな気分だった。
「食堂のマダム達なら、進んで君の食事の世話をしてくれそうだよね。うん、それならボクも安心だよ。」
「お前は、」
「ボク?」
「調子良さそうだね、見るからに。プレーも安定してるし、別に心配してないけど。」
黒のパーカーの袖の先からちょんと出た指で達海が眠そうに小さく目を擦った。何気ないその仕草にジーノは馬鹿みたいに惹き付けられてしまい、無意識に喉が鳴った。はっきり言って達海以外、こんな可愛い仕草は似合わないだろう。それくらい破壊力抜群なのだ。達海は随分と年上なのだが、だからこそ可愛くてどうにかなりそうだった。
「タッツミーが退屈して眠たくなってしまうような試合にしてはいけないからね。ボクも頑張るよ。あっと驚くような華麗なプレーで魅せてあげなくてはね。」
「お、期待してるからねー。」
腕の中で達海がニヒーと笑みを浮かべた。フットボールのことになると監督として当然であるのだろうが、達海は楽しそうに目を輝かせる。彼の頭の中はフットボールのことや先ほどまで観ていた試合映像で一杯になっているのだろう。それが達海の仕事であるのだから文句を言うつもりなどない。だが今は少しでいいから休息して欲しいと思う。春の陽気に誘われるように目を閉じ、心身を休めることは、いつも頑張りすぎるきらいのある頑張り屋の彼には必要なことなのだから。
「そろそろ休むかい?」
「うん。そうだな。」
「じゃあ…おやすみ、タッツミー。」
「うん。」
ジーノは達海の頬を撫でてからそっと腕を離した。
「……」
「……」
「で?」
「うん?」
ベッドに横になった達海が目を眇めてジーノを見る。不満げにジトリと睨まれてしまったが、ジーノは綺麗な微笑みを浮かべて何とかそれをかわした。
「何してんの、王子様。何で俺にくっついてんだよ。」
「え…?だって、君にそうしたいと思って…駄目かい?」
「いやいや、お前がしたい、とかじゃなくて、俺、今から寝んの!ていうか、そもそもお前が休めって言ったよね?」
ジーノは達海と同様に狭いベッドに横になって、すぐ側にある達海の腰に腕を回して向き合うようにぎゅっと抱き締めていたのだ。
「ジーノ。」
「分かってるけど…」
達海には昼寝をして疲れた体を少しでも休めて欲しいと思っては、いる。だが、眠ってしまった彼から離れるのはやはり寂しい。離れ難い。こうして自分の手の中に抱き締めていたいのだ。
「こんなに気持ち良く晴れて休息のお昼寝にはぴったりだから、君には休んで欲しいよ。でも、ボクはやっぱり君に触れていたいとも思ってしまうんだ。」
「ジーノ…」
「タッツミーが好きだから。…君を好きになって、何だかボクは情けない男になっているのかもしれないね。」
「……」
「でもそれくらい君が愛しいんだよ、ごめんね。」
ジーノは達海の後頭部に手を添えて抱き込むようにさらに引き寄せる。胸の辺りで感じる、自分とは別の体温が堪らなく愛しかった。黙ってその温もりに浸っていると、少しくぐもった声がジーノと名前を呼んだ。
「あのさ、」
「…何だい?」
達海が首だけを動かしてジーノを見る。真っすぐに見つめる瞳。それはいつもジーノの心を震わせてくれるものだった。
「お前が恥ずかしすぎるせいで……眠気、ぶっ飛んだじゃん。」
「タッツミー…」
お前が恥ずかしすぎるから寝られなくなってしまったと達海は不満そうに言う。だがきっとそれだけではないはずだ。だって彼の耳がうっすら赤くなっているのだから。
「…まぁ、別に無理して寝なくたってね、お前にこうされてるだけで、安心できるって言ったら……どうする?」
「タッツミー!どうしよう、ボク、嬉しすぎて…!」
「ったく…俺達何やってんだかなー。もう、お前のせいだからな。」
ジーノと達海はどちらからともなく額をこつんと合わせると、それから楽しそうにくすりと笑い合った。ジーノは達海にじゃれるようにくっついて優しく頬を撫でると、可愛い人にちゅっ、とキスをした。春の陽射しがどこまでも穏やかで、今日は本当にいい日だなと嬉しさに目を細めながら。
END
あとがき
フットボールに全く関係のないお話ですみません;;
基本的にいつもそのようなお話ばかりになるのは、フットボールしていない時でもジノタツをいちゃいちゃさせたいからです^///^春の陽だまりの中でじゃれ合うジノタツ可愛い!
読んで下さいましてありがとうございました!
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