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2人だけの幸福論
バレンタインデーにデートするお話です




「おはよう、タッツミー!」

「……朝から、テンション高いね、お前。若いって…やっぱすごいな。」

「朝じゃなくて、もうお昼前だよ。さぁ、早く起きて起きて。」


眠気と寒さに勝てずに布団の中でもぞもぞしていると、急かすような声が頭上から降って来た。今日は練習のないオフの日だったので、布団の中でごろごろして、お腹が空いたらコンビニで食糧を調達して、そして残っていた仕事の続きをするつもりでいたのに。達海が頭から被っていた掛け布団を容赦なく引き剥がして優雅に微笑んでくるジーノは、そんな達海の予定を今から全てないものにしようとしているのだ。


「突然来て…横暴だ、ジーノ…」

「ほら、ちゃんとして、タッツミー。」

「……」

「ところで、ボクが今日ここに来た理由が分かるかい?」

「理由…?全然分かんない。約束してたっけ…?」

「タッツミー、今日はバレンタインデーなんだよ?」

「え…?あれ?うそ…今日って、バレンタインデー?」


何日も徹夜を続けて仕事に没頭することが多い達海の中では、日付感覚など簡単に狂ってしまっているようだ。今日って14日なのかとベッドから起き上がって目を丸くする達海に、どうせそんなことだろうと思っていたけどねとジーノは肩をすくめた。


「そうだよ。今日はバレンタインデーだから、どうしても君と過ごしたくてね。こうしてデートのお誘いに来たんだよ。」

「デート、か。」


達海はジーノと恋人同士の関係だ。ETUの監督と10番という立場やお互いの性別のことが気にならなくなってしまったくらいに、彼の隣は達海にとって今や安らげる大切な場所であり、愛しいと思う気持ちがフットボールに向ける想いとはまた別の所でしっかりと息づいている。そして、年下の恋人がこういうイベント事を毎回きちんと大切にしたがって達海を喜ばせようとする愛情深い性格であることを前々からこっそり可愛いなとも思っていた。勿論面と向かって告げたことはないのだが。


「…分かったよ。仕事は、夜やる。そこまで多くもないし。せっかく来てくれたんだもんな、お前。」

「タッツミー!」

「ああもう抱き付くなって。着替えとか準備あるから、ちょっと待ってろ。」


嬉しそうに目を輝かせてぎゅうと抱き締めてきたジーノから体を離して何とか逃れると、達海は彼をベッドの脇に座らせた。


「寝癖ついてるよ。本当に可愛いなぁ。」

「後で直すからいいんだよ。」


にこにこ上機嫌で達海の着替えをじっと眺めるジーノが気にならない訳ではなかったが、まぁいつものことかと達海は黙って寝間着代わりのスウェットを脱いだ。最後にお気に入りのミリタリージャケットを羽織って着替えを済ませたが、起きたばかりの頭はまだ少しだけぼんやりとしていた。


「あ、顔洗うの忘れてた…」


すっきりする為にもとりあえず顔洗ってくるとだけ告げて、達海は自室を出た。ドアを閉める時に、いってらっしゃいと甘く囁く声が耳に届いて、朝から何ともくすぐったい気分になった。すっかりあいつのペースだよなと思いながら、達海は廊下の窓から射し込む陽の光に目を細めて小さく苦笑した。



*****
日伊ハーフであるからだろうが、ジーノは基本的にイタリアンを好み、美味しいイタリアンを味わうことのできる店をたくさん知っている。とは言っても勿論それは洋食だけに限らないのであるが。よくこんな美味いとこ知ってるよなぁとジーノに食事に連れ出される度に達海は毎回感心してばかりだ。フットボール以外のことには基本的に興味や関心が薄い自分とは大違いなのだ。男前な顔してて優しくて気遣いもできて、そりゃモテて当然だよなと思わずにはいられない。そんな彼が、君の為に試合を頑張るよ、君の為にゴールを決めてみせるよ、大切な君の喜ぶ顔が見たいからね、と真剣な瞳を向けてくるのだ。だから、いつの間にか監督としての立場を越えて好きになってしまった。そして、彼の真っすぐな想いに応えた。その結果、こうして今達海はジーノに手を引かれ、彼の愛車の助手席に座って流れ行く景色を眺めている訳だった。


「今日はここで食べようね。」

「へぇー、相変わらずオシャレな店知ってんね。」

「朝とお昼が一緒になってしまったけどいいかい?」

「そんなの気にしなくてのいいって。ずっと寝てたの俺だし。それにさ、色々食べさせてもらってお前にはいっつも感謝してんだから。」


ジーノに連れて来られたのはイタリアンカフェだった。その店は今までのデートでは来たことがなく、今日初めて訪れた場所だった。イタリアの明るく開放的な内装で雰囲気が良く、店内は賑わいを見せている。達海とジーノは店員に案内されて、柔らかな陽光の射し込む窓側の席へと座った。


「何が食べたい?」

「んー、ジーノが選んでくれる物は何でも美味いもんなぁ…うん、お前に任せるよ。」


それならシェアランチを食べようと言われた。バレンタインデーなんだから、恋人らしいことをしなくちゃねとジーノは綺麗に微笑んだ。達海はジーノと付き合うようになってから世間一般の恋人らしいことをたくさんするようになったと感じている。今まではクリスマスもこのバレンタインデーも達海の中では日々過ぎていく日常と変わらなかった。フットボールを何よりも優先していたからだ。けれどもジーノが隣で微笑むようになって、彼と過ごす時間が達海にとってかけがえのない物になった。それは温かくて愛おしい物だった。達海はメニュー表に視線を落とすジーノをこっそりと見つめた。木製の椅子に足を組んで座るジーノはやはりこんな場所でも絵になっており。本当に男前な奴だよなぁ、これ以上見惚れさせんなよと達海は目を細めて小さく笑った。


それからしばらくして注文したシェアランチのセットが運ばれて来た。スモークサーモンとブロッコリーのクリームソースのパスタ、生ハムのサラダピッツァ、ベビーリーフとパルミジャーノのサラダの他にドリンクとデザートも付いていた。ドリンクは達海がサラトガクーラー、ジーノがエスプレッソを選び、デザートは2人でトルタ・ディ・メーレに決めた。 メインやデザートなどの料理がそれぞれ 1つのプレートに盛り付けられており、2人で分け合って食べる形になっていた。名前の通りに恋人同士で食べるのにぴったりなランチに少しだけ照れくさい気分になったが、楽しそうなジーノの表情にたまにはこんなのもいいかもなと思えた。


「美味しそうだね、タッツミー。」

「うん、美味そう。」


パスタを味わいながら、達海はサラダピッツァにも手を伸ばした。カリカリのクリスピー生地と新鮮な生ハムが織りなす食感を楽しんでいたが、ランチを頬張る自分に対してジーノがあまり食べていないような気がして、ピッツァの乗っていた皿を恋人の方に寄せた。


「お前、もっと食べていいよ。」

「タッツミーこそ食べて。」

「いや、俺はこんくらいで大丈夫だよ。だからさ、」

「そうだね、じゃあ残りはボクが食べるとするよ。タッツミーは少食だからね。最初は心配もしていたけど、人には自分に見合った食事の量というものがあるから、今は特に気にしてはいないよ。強いて言うなら偏食は直した方がいいとは思うけどね。」

「う、それは…」


美味しそうに食べている時の君はすごく可愛いのに困った子だよね、ピッツァを食べながらクスッと笑うジーノに達海は話題を変えようと思い、思考を巡らせた。そして今日この日が恋人達にとって重要なイベントであることを再び思い出した。


「そういや、ジーノ、お前…チョコくれチョコくれって騒がなかったよね?」

「君が忙しそうにしていたからね。チョコレートを買う暇なんてなかっただろう?」

「まぁ…それは、否定できねぇけど。実際…お前にチョコ買ってないし。」

「いいんだよ。今年はボクがタッツミーを喜ばせてあげるから。日本では女性が男性にチョコレートを渡すのが当たり前になっているけれど、海外では男性が恋人をときめかせてあげる日なんだよ。」


君も長くイングランドで過ごしていたから知っているよね、とジーノは達海に同意を求めるような顔をした。


「タッツミーに楽しんでもらって、そして喜んでいる顔をボクに見せて欲しいんだ。」

「ジーノ…」

「今日のバレンタインデーはボクが君を満足させてあげたいんだ。ボクはタッツミー、君が何よりも大切で愛しいからね。」

「あー…そういうこと、ね…」


真摯な愛情はどこまでも心地が良いのに気恥ずかしさも抜けなくて。達海はジーノに黙って頷くと、そのまま横を向いて窓の外を眺めた。そんな達海の様子に照れなくていいよと幸せそうに笑う気配がして。達海はそれから心が落ち着くまでしばらくの間、ジーノの顔をまともに見ることができなかった。





イタリアンカフェでのランチの後はジーノの赤い愛車でドライブを楽しんだ。ありきたりかもしれないけど、冬の東京湾のドライブも素敵なんだよ。恋人の言葉通り、久しぶりの海岸沿いのドライブは付き合ったばかりの頃の初々しいドライブデートを思い出させてくれて、ジーノと一緒に過ごす時間が確かに積み重なっていることを感じた。


「確かに悪くないよ、ジーノ。最近ずーっと仕事で部屋に缶詰め状態だったからさ、こういう所走ると解放感あるな。」

「本当かい?それは良かった。」

「それに…」

「それに?」

「…いや、別に何でもない。」


そうかい?とジーノは達海を一瞥したが、再び前を向いてハハンドルに意識を向けた。達海はどこまでも広がる青い風景を眺め続けていたが、ゆっくりと車内へ視線を戻した。すぐ側には整った横顔。そう、この席は誰にも譲れない特等席なのだ。ジーノが側に在ることを感じられる大切な場所だ。そしてそれはこれからもずっと自分だけの物なのかなと思ってしまい、達海は何とも面映ゆい気分を味わったのだった。





今日のデートの最後にジーノは達海を有名高級ホテルのガーデン内にある、期間限定のイルミネーションスポットに連れて来た。ホテルのすぐ隣に併設されているイングリッシュガーデンが綺麗にライトアップされ、ハートのイルミネーションやバレンタインツリーが淡いピンク色に輝いていて、ロマンチックな雰囲気に彩られていた。


「クリスマスに見ることができなかったからね。」

「確かにそうだったな。…それにしても、最近はバレンタインでもイルミネーションってやってるんだ。」

「うん、今は2月でも素敵なイルミネーションを楽しむのが普通になっているよ。」


達海はジーノと並んで光の道をのんびりと歩いた。周囲はバレンタインデーのデートを楽しむ恋人達がたくさん居たが、達海は自分達が男同士であることも気にせず、ジーノの隣で光り輝くイルミネーションを楽しんだ。大切な人が自分の隣で同じように楽しそうな顔をしているから、ただそれだけで良かったのだ。ただそれだけで特別だった。


「キラキラだね、ジーノ。」

「綺麗だね、タッツミー。君と一緒だからこんなに綺麗に見えるんだね。」

「お前なぁ…」


恥ずかしいことをさらりと言うのはさすがETUの王子様だ。ジーノはピッチの上だけでなく、こうしてプライベートでも歯の浮くような甘い台詞や紳士的な態度で優しく接してくる。良く見せようと作っている訳ではなく、これが彼のデフォルトなのだ。気障な野郎だなと笑ってみせたら、ジーノは本当のことだからねと真剣な瞳を向けてきた。


「…デートの時まで王子様発揮されると毎回心臓に悪いんだよ、こっちは…」

「タッツミー、何か言ったかい?」

「キラキラ光る所でもお前の方が光ってて男前だなーって言ったの。」

「タッツミー…」


冗談っぽくそう言ってやったら、目の前の年下の恋人は明らかに照れた表情を見せた。ああもうだからそーいうのも反則だから、と思いながら、達海は自分まで照れてしまわないように耐えるのに精一杯だった。





達海にはまだ仕事が残っていることが重々分かっているから、ジーノは自分のマンションに連れ帰ることなく、きちんとクラブハウスに送ってくれた。それでも名残惜しさを感じないはずはなかったのだろう、別れ際のキスはいつもよりずっと深くて甘かった。


「…じゃあ。」

「待って、タッツミー。」

「ん?」


ジーノに背を向けてクラブハウスの入り口へと歩いていた達海は彼に呼び止められて、くるりと振り返った。そのままジーノを見ようとして、目の前で月明かりに淡く照らされていた物に目を瞠った。


「ジーノ、これ…」

「君に見つからないように後部座席に隠しておいたんだよ。驚いた?」


捧げるようにそっと渡されたのは、薔薇の花束だった。ジーノの方がよほど赤い薔薇が似合うというのに、彼は心底幸せそうな表情で達海に花束を手渡した。


「今日を特別な日にしたかったのさ。いい気分転換になったかい?ボクはとても幸せな時間を過ごすことができたよ。」

「俺も、楽しかった。」

「本当!?」

「…こんなことに嘘なんか吐くかよ。」

「タッツミー!」

「好きな奴と過ごすって、そんなの楽しいに決まってんじゃん。あんがと、ジーノ。」


王子様に尽くされるのって、やっぱ悪い気しないね。口角を上げてニヒーと笑ってみたら、ジーノは本当に嬉しそうだった。そんな幸せそうな顔をされたら、こっちまで嬉しくなってどうしようもなかった。達海は花束を抱えたままジーノに近付くと、今日のお礼だよと、ジーノの唇を啄むようにキスをした。唇を離す瞬間、長い睫毛が嬉しそうに震えているのが分かって堪らない気持ちになった。


「よしっ、仕事頑張ろうかな。」

「無理だけはしないでね。」

「分かってるよ。」

「タッツミー、今日は本当にありがとう。」

「うん。」


そっと伸ばされた手に甘えるような仕草で頬をすり寄せて、達海は満足そうに目を閉じた。






END






あとがき
バレンタインデーにジノタツがただ可愛くデートしているお話が書きたかったので、書けて満足です(*^^*)


言うまでもなく私が妄想するよりジーノの方が何倍も素敵なデートをタッツミーにプレゼントするんだろうなぁと思うと、本当にジーノはイケメンだなと思います^^タッツミーをきゅんきゅんさせてあげて、ジーノ!


読んで下さいましてありがとうございました。

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