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甘い想いを頂戴
クリスマスイブのお話です




自分は決して女々しい奴なんかじゃない。絶対に違う。違うはずなのに。達海はベッドの上でごろごろしながら、先程からもうずっとそんなことばかりを繰り返し考えていた。


『クリスマスイブの日は確か練習は休みだったよね?だからさ、1日中一緒に過ごそうよ、タッツミー。』


達海はだらしなく寝そべったまま、部屋の真ん中に置かれているテーブルの上に目を向けた。達海の視線の先には重要な資料やら小さな山のように重なったファイルに埋もれかけている置き時計がある。達海は時刻を確認すると、そっと溜め息を零した。本当は時計を見なくても大体の時間は分かっていた。灯りを消している部屋は夜の気配に包まれて薄暗くなっていたのだから。


『24日はタッツミーの部屋に行くよ。ボク、あの部屋が結構落ち着くんだよね。だから君に会いに行くね。』


数日前の練習後に交わした会話を思い出す。あの時、いいよと頷く達海にジーノは嬉しそうに微笑んでいた。一緒にイブを過ごせることが幸せでどうにかなりそうだと。それなのに、今日、こんな時間になっても彼は姿を見せなかった。君に会いに行くよ、と自分から約束しておいて。2人で会う時は必ず約束の時間よりも早くにやって来るから最初は珍しいこともあるもんだなと思った程度だった。だが、いくら待ってもジーノが来る気配はなかった。達海は今時非常に珍しいが携帯電話を持っておらず、その為にジーノから連絡が来ることもなかった。


そんな風にベッドの上で寝そべっている今から数時間前、夕方になる前のまだ明るい時間だった。突然達海の部屋にノックの音が響いた。


『ジーノっ!?』


弾かれたようにベッドから飛び起き、慌てたようにドアを開けた達海の前に立っていたのは資料が詰まったファイルを抱えた後藤だった。


『なんだ、後藤か…』

『なんだ、とは酷い奴だな。せっかくお前の為に来てやったんだぞ。ほら、達海、これ頼まれてた資料だ。今日はクリスマスイブだからか、休んでる職員が多くてな。』


達海の保護者兼親友の彼は、羨ましいよな、若い奴らは、と若干遠い目をしながら資料を渡してきた。こんな日にまで真面目に仕事を頑張っている後藤には悪い所など全くないのに、会いに来た相手が自分の求めていた相手ではなかったことに達海は自分でも驚くほど落胆していた。


『達海、どうしたんだ?何だか元気がない顔してるぞ。』

『別に、そんなことない。』


これだから目敏い親友を持つと困るのだ。心配してくれるのは本当にありがたいのだが、その分だけ今ここにジーノが居ないのだと思い知らされてしまう。


『仕事はほどほどにな。無理するなよ。』

『うん。あんがと、後藤。』


それでも確かに後藤の気遣いには優しさが溢れていて、達海は無理はしないよ、と頷いて、まだまだ仕事をするというGMの背中を見送った。


それから今現在になっても恋人は一向に姿を見せることはなかった。勿論クラブハウスの事務所には電話はあるので、達海から連絡することは可能だった。可能ではあるが、こちらから連絡するのも癪な気がして結局連絡を取ることはしなかった。だがジーノから連絡が来ないことに酷くやるせなさも感じていた。


『絶対に仕事はしないでおくれよ。』

「…だから、こうしてずーっと待ってんじゃん。」


独り言のような達海の呟きが薄暗い部屋の中に響いた。


「何なんだよ、あいつ…」


自分だけが楽しみにしていたのだろうか。自分だけが一緒に過ごせることを期待していたのだろうか。自分だけが。もしかしたら自分ではない誰かの都合を優先して一緒に過ごしているのだろうか。それは違うよと否定する存在はここには誰も居ない。自分の息遣い以外に音のない部屋は、まるで達海の考えをそうだと肯定するかのように静かな沈黙に包まれていた。


「……昔の俺はこんなんじゃなかったのにな。」


現役選手だった20代の頃も、そしてジーノに出会う少し前の自分も、クリスマスイブのようなイベントなど、というよりも恋愛自体に全く興味も関心もなかった。達海にはフットボールがあればただそれだけで良かったのだ。フットボールの神様に大きな貸しを作ってピッチを去ることとなり、新たな道を選んで監督になってからもそれは達海の中で変わらない事実だった。これからも変わることなどないはずだったのに。


『君が来てからだよ、こんなにも試合が楽しいと思うようになったのは。』

『君のことが気になるんだよ。何故だろうね、どうしても目が離せないんだ。』

『タッツミー、君は本当に可愛いね。』

『不格好でもこのチームの為に精一杯頑張る君は美しいよ。』

『ボクはこれからもずっと君だけを愛すよ。だからボクの愛を受け取って。』


認めなければならないのだ。ジーノの存在が達海の中でどんなに大きなものであるのかを。もう女々しいと笑われてもいい。笑ってくれていい。だから今すぐジーノに会いたかった。いつもしてくれるように優しく抱き寄せて欲しかった。


「独りって、こんなに寂しかったっけ。」



*****
酷い空腹感を感じて達海は我に返った。うつ伏せのまま枕に顔を突っ伏していたので、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。思わずテーブルの上の時計を見たが、思ったよりも時間は進んでいなかった。


「お腹すいた。」


ジーノが豪華な料理を買って来て一緒に食べるだろうと思っていたので、考えてみればお昼からずっと何も食べていなかったのだ。今から近くのコンビニに行ってケーキでも買おうか。今日はたくさん売っているはずだから。そうしようと決めると、達海はのろのろと起き上がった。多分もうジーノは来ないのだろう。1人きりのイブなど達海にとっては別に今まで当たり前のことだったのだから、今さらこんなのは平気だろと自分に笑った。


「…そういや、財布どこに置いたかな。」


資料やファイルなど色々な物が散らかっている部屋の中でどこに置いたのか忘れた物を探すことは結構骨が折れる。コンビニに行く前にまずは財布の捜索かとしゃがみ込もうとした瞬間、少し乱暴にドアを叩く音がいきなり部屋に響き渡り、驚いた達海はビクッと肩を揺らした。


「後藤、かな…」


追加の資料でも届けに来てくれたのだろうか。達海は立ち上がるとドアの前まで移動した。


「後藤…?」

「ボクだよ、タッツミー…」

「…っ、ジーノ…!?」


切羽詰まった必死な声が閉じられたドアの向こう側から達海の耳に届いた。彼はもうここには来ないのだろうか、自分に会いに来てくれないのだろうか。そんな風に長い時間ぐるぐると考えていたので、一瞬どう反応しようと思ってしまい、達海はドアから僅かに後ずさった。


「タッツミー、お願いだよ。どうか開けて。」


泣いているのかと間違えてしまいそうなか細い声に気付けば達海はドアを開けていた。目の前に立つジーノと視線が絡まる。年下の恋人は本当に泣いているのではないかと思ってしまいそうな表情をしていた。余裕など全くないその顔は初めて見るものであり、達海は驚きやら困惑がない交ぜになった気持ちになった。


「……何かあったのかって、心配…しただろ。」


今まで一体どこで何してたんだよ。俺のこと、こんな時間までほっといて。本当は詰め寄ってそんな風になじってみてやろうかと思っていたのに。達海が口にしたのは全く正反対の内容だった。文句を言われてそのまま愛想を尽かされると思っていたのだろう。ジーノの瞳が驚きに見開かれた。だがその瞳はすぐにゆらゆらと揺らめいた。


「タッツミー、君はどうして…」

「……理由が、あんだろ?」


ジーノは今ちゃんとここに立っている。自分のすぐ目の前に。自分でも馬鹿みたいだと思うのに、ただそれだけで先ほどまで感じていた焦りや寂しさは達海の中から消えてしまっていた。そうなのだ、普段言葉にすることがなくても達海はジーノが大切で愛おしいのだ。眼差しからその想いが伝わったのだろう、ジーノは達海をぎゅうと腕の中に抱くと、ボクも君が一番大切で愛おしいんだと耳元で囁いた。


「ジーノ…」


ジーノは達海を解放して静かに頷くと、本当に情けない話なんだ、と約束の時間からずっと遅れて会いに来た理由を話し始めた。


「友人がクリスマス前に彼女に振られてしまってね、実は…やけ酒に付き合っていたんだ。試合も続いていたし最近はお酒を控えていたから、彼につられてボクもいつもより羽目を外してしまって。……それで…昨日の夜からさっきまでずっと眠っていたみたいで……」


確かによく見ればジーノが着ているジャケットもその下から見え隠れするシャツも2日間着た時のように襟元や胸元がよれよれになっていた。


「自分で王子とか言ってるくせに、時々ポカやらかすよな、お前ってさ。」

「ごめん、タッツミー。本当にごめん。ボクの失態を許して欲しい。……君をこんなにも不安にさせてしまったことを。」


泣きそうな顔をしているよ。ジーノにそう言われてしまって達海は微苦笑を浮かべるしかなかった。自分はそんな顔をしているのか。ジーノに会えない不安を顔に出すつもりはこれっぽっちもなかったのに。再び抱き締められた腕の中で、達海はジーノのことがどれほど好きなのかと考えてしまった。


「仕方ないね。これで許してやる。」


達海はジーノに包まれたまま、今度は自分から彼を抱き締め返した。良かった、ジーノは俺から離れていくことはないんだ。俺は独りじゃないんだよな。そう思えたら今この瞬間に感じる温もりが愛しくて仕方なかった。


「あと、次の試合、最低1点な。」

「分かった。必ず君にゴールを捧げるよ。」

「じゃあ、コンビニ行ってケーキ買うか。」

「え?コンビニ?」


達海はジーノからゆっくりとその身を離すと、そうだよ、俺、さっきからお腹減ってんの、早く何か食わないと死ぬからと恋人に訴えた。ボクがよく行くとお店に買いに行っていたら時間が掛かるよね、とジーノは考え込む表情を見せた後、達海のことを優しく呼んだ。


「ボクも一緒に行くよ。」

「ん?珍しいー。お前、騒がれるからコンビニ行くの嫌だって言うじゃん。」

「今は1秒も君と離れたくないんだよ。」


想いの込められた瞳が綺麗だった。そっか。うん、それは俺も同じだよ。達海は心の中で呟いて、それなら一緒に行こうぜと頷いた。


「あ、当然お前の奢りだかんな。俺、財布探せなかったし、王様をこんなにも待たせた罰です。」

「うっ…本当に色々とごめんね。」

「…今日もあと少しだけになっちまったけどさ、ちゃーんと俺を喜ばせてくれよ。」

「勿論。ボクの王様には最高に満足してもらうよ。今日のお詫びも込めてたくさん可愛がってあげるからね。」

「はっ、言ってろよ!」


達海が不敵に笑うとジーノも嬉しそうに目を細めた。2人は楽しそうに笑い合ってどちらからともなく唇を重ねた。






END






あとがき
サイト3年目のイブのお話はジーノを待つ乙女タッツミーが書きたかったので個人的に満足です^^ジーノのことばかり考えてしまうタッツは絶対に可愛いと思います!ジーノは罪な男ですね(^^)


コンビニデートをして、その後にタッツミーはジーノに美味しく頂かれて2人で幸せに過ごしてるといいなーv


読んでくださいましてありがとうございました!

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