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その温もりに満たされる
風邪を引いたタッツミーと心配するジーノです




朝起きてみたら調子が悪かった。喉は痛いし、全身がだるい。頭も重くてぼーっとしていた。何だか少し寒気のようなものも感じたが、それでも達海はそのまま布団を被って眠り続ける訳にはいかなかった。今日は午前中から練習があるのだ。選手達がきちんと練習に参加するのに少し調子が悪いからといって監督である自分が練習に出ない訳にはいかない。それに数日前から今日の練習メニューを考えていたのだから。


「大丈夫。普通に動けるし。」


これくらいなら平気だと自分に言い聞かせると、達海は有里が毎回気を利かせて洗濯してくれている練習用のジャージや普段着を引っ張り出した。起きたばかりであるのといつもより調子が悪いせいで少しだけ着替えに時間が掛かったが、達海はしっかりとした足取りで部屋を出た。そして廊下を歩いてクラブハウス内のグラウンドへ向かう頃には、達海の頭の中は今日の練習メニューのことで一杯になっていた。





「…あー…」


自分でも嫌になってしまうくらい、朝よりもどんどん体調が悪くなっている。選手達の動きを目で追うことに集中して考えないようにしていたというのに。寒空の下、達海は小さく溜め息を零した。少しはマシになるかとジャージの下にいつもより重ね着をしてみたが、やはり駄目だった。それでも昔から色々と隠すのは上手いからなのか、達海の体調の変化に気付いた者は今の所誰も居ないようだった。松ちゃんは絶対大丈夫だね、と隣を見やると達海の思った通り、小柄のヘッドコーチは真っすぐピッチを見つめて色々と指示を出していた。


「こらー、さぼるな、王子!…監督、王子またサボって歩いてますよ。寒くてやる気出ないんですかね。」

「あいつは寒くても寒くなくても守備だけはしないからね。それ以外はちゃんとやってるから、まぁいいけどね。」


松原とそんな風にのんびりと会話を重ねたが、やはり自分の体調の変化に気付かれることはなかった。ホッと安堵してピッチに視線を戻した瞬間、ジーノと目が合った。ピッチの向こうからジーノがじっと達海を見つめてくる。その瞳が何か言いたそうに揺らめいているように見えて、達海はおずおずと視線を外した。練習が終わるまでは絶対に誰にもばれてはいけない。もう少し頑張らなければと達海は両足に力を入れた。





「皆の目は誤魔化せても、ボクの目は誤魔化せないよ。タッツミー、体調悪いよね?」


練習が終わって選手達が各々クールダウンや軽いストレッチを始める中、グラウンドの端の方に立って上着のポケットに両手を突っ込んで様子を眺めていた達海の前にやって来たジーノは、開口一番そう告げた。


「ここ何日か喉が痛いかなぁとか、ちょっとだるいかなぁとかはあるけど。でもそんくらい平気だし。」

「駄目だよ。それは立派な風邪じゃないか。」


ジーノはちょっといいかなと距離を詰めると、達海の額に手を当てた。練習が終わってクールダウンをしたとはいっても長時間運動をした後の選手の体にはまだ熱が残っているはずなのに、達海は自分の額に静かに触れてくるジーノの手が冷たくて気持ちいいと感じた。もしかしてこれはマズいのかな、いや、でもまだ大丈夫だろとぼんやり思っていると、やっぱり少し微熱があるね、と心配そうな、でも少しだけ咎めるような声が耳に届いた。


「まだ症状が酷くないのだとしても大人しく寝ていないと熱が上がってしまうよ。」

「でもまだ今日中に片付けたい資料があんだよ。」


ジーノが心配してくれるのは決して悪い気はしないが、それでもETUを勝たせる為にやらなければならない仕事は山積みなのだ。


「徹夜する気だね。」

「…だってそれは仕方ないっていうか。」

「タッツミー、君のそういった日頃の不健康な生活が風邪の原因なんだよ。」

「うっ、それは…」


思い当たる節が多すぎて達海は反論することができなかった。食事はコンビニのサンドイッチやスナック菓子で済ませ、仕事を優先する為に睡眠時間を削り、この頃寒くなってきたというのに空調も満足ではない自室で薄着のまま過ごす。確かに風邪を引いてしまってもおかしくはないと言えた。


「こんなに冷たい風が吹いているのに、我慢して何時間も外に居たら悪化するに決まっているじゃないか。」

「……」

「ほら、ボクの上着を着て。」


ジーノは練習着用のウェアを脱ぐと達海に羽織らせた。お前は寒くないの?と視線を向けてみたら、ボクは平気だよと優しい笑みが返って来た。王子様の気障すぎる行動に何も言えなくなってしまい、達海はジーノのウェアの裾をきゅっと握り締めた。ジーノの言う通りにこれは風邪の症状であることはもう間違いはなかったのだが、達海は練習が始まってからもいつもと変わらないように振る舞っていた。勿論顔も赤くはなっていないし、ふらついてもいない。だから誰にも気付かれるはずがなかったはずなのだ。それなのにジーノには風邪を引いているねとはっきりと指摘されてしまったのだ。ジーノ、だけに。これってやっぱり恋人だからそういうの分かっちまうのかな、と達海はぼんやりと思った。自分だったらジーノが体調が悪い時に気付いてやれるのだろうか。ジーノも割とはぐらかすのが上手い方なので、それほど自信はない。というよりそもそも体調が悪くなったらこの王子様は勝手に練習を休むに決まっている。でもそれはさぼる為などではなく、早く治してチームの皆に迷惑を掛けまいとする気持ちからだ。ジーノはETUのことをちゃんと考えてくれている。一緒に過ごす時間が増えるにつれて、それくらいのことは分かっていた。


「タッツ?大丈夫かい?」


ジーノに呼び掛けられて達海は我に返ったように頷いた。


「あ、うん。全然平気。あのね、別にそこまでつらくないからさ、そんな大袈裟に心配すんなって。」

「…でも、練習は終わったんだからもう戻った方がいいよ。まだ微熱だったけどいつ熱が上がってもおかしくないんだから。」


心配なんだよ、君のことが。その想いがジーノからひしひしと伝わってくる。やはり、ジーノだから体調が悪いのだと気付いてくれた?きっとそうなんだろうなと心の中で自問自答しながら、達海は目の前の瞳を黙って見つめた。けれどもそこまで想われるのは何ともこそばゆかった。


「ボクが着替え終わるまでにちゃんとベッドに入っておくんだよ。いいね、タッツミー。」


いつまでも引き留めてしまってごめんねと謝られた後、すぐに早足で2人でクラブハウスへと戻った。そしてロッカールームの前で一旦別れたのだが、室内に入る前にジーノは立ち止まって達海の頭を優しく撫でた。どこまでも優しいその手つきに達海はうっかり身を委ねてしまいそうな気持ちになったが、だがその後すぐに、今日は絶対に仕事は駄目だからねと有無を言わさない綺麗すぎる笑顔を向けられてしまえば、鼻水をすすりながら大人しく頷くしかなかった。



*****
これはとうとう本格的に熱が上がってきたようだ。先ほどジーノに言った言葉は撤回しなければならない。達海は布団の中でじっとしている他に何もできそうになかった。風邪を引いたのは久しぶりであったので、こんなにきつかったっけ?と思わずにはいられなかった。薬も飲んだのであとは布団の中で大人しくしているしかないと目を瞑っていると、控えめなノックの音と共にジーノが現れた。


「大丈夫かい?医務室でドクターに色々と貰ってきたよ。」

「なんか嬉しそうだね、お前。」


ワインレッド色のレザージャケットに細身の黒いパンツ姿で部屋に入って来たジーノは、練習直後の会話の時よりも楽しそうに見えた。


「ボク、一度でいいから恋人の看病をしてみたかったんだよね。楽しそうだよね。」

「…おい、ジーノ。」


頼むからそういうのは勘弁してと達海は痛む喉に耐えて口を動かしたが、ジーノはご機嫌な表情で持って来た氷枕を手に取ると、達海の後頭部にそっと添えた。ひんやりとした冷たさに目を細めると、気持ちいいみたいだねと満足そうな声が降って来た。気が付けばジーノはベッド脇に腰掛けており、達海のすぐ近くに居た。


「小さな子供だった頃を思い出してしまうよ。ボクも今の君のように風邪を引いて、よく看病してもらったんだ。子供の頃は風邪を引いたものだけど、今はもう滅多に引いたりしないね。」

「へー、馬鹿だから?お前結構抜けてるとこあるし。」

「違うよ!選手になってからはきちんとケアしてるからだよ。風邪を引いて華麗なプレーができないなんて、そんなの恥ずかしいからね。」

「フットボーラーは体調管理も大事な仕事の内だもんな。」

「それは君にも言えることだよ、タッツミー。」

「……分かってる。心配…させちまったな。」

「タッツミー…」


不意に上から覆い被さられるように火照った体を抱き寄せられそうになり、達海は若干ふらっとしながらも腕を伸ばして恋人の要求を突っぱねた。


「うつったら、どうすんだよ。明日も練習あるの忘れてないよね?」

「じゃあ、キスも…「…勿論駄目に決まってんだろ。あのさ、そもそもお前がここで俺を看病してくれんのだって、本当は…」


達海の言葉を遮るようにジーノは顔を近付け、額と額をこつんと合わせた。慈しむような優しい眼差しがすぐそこにあった。


「……顔、近いって。」

「ねぇ、こうすると安心しないかい?」


熱で弱った状態の今、恋人が自分に触れてくれることは確かに安心感を与えてくれた。けれども、安心するよと子供のようなことを面と向かって口にする気にはなれなかった。照れくささの方が勝ってしまったからだ。答える代わりに達海が睫毛が触れそうなほど近くにある整った顔を黙ったまま見つめていると、これくらいなら大丈夫だと思うんだけど、やっぱり駄目かな、と困ったように微笑んで、ジーノがそっと離れた。


「おでこくっつけ合うとかさ、ずっとそんなことしてる訳にもいかないじゃん。」

「それはそうだけど。ボクは…」

「…だから、」


達海は布団の中に半分ほど顔を隠してから片手を出すと、ジーノの右手をきゅっと握った。


「タッツ!」

「…いい?極力、離れてろよ。」


うん、と嬉しそうな声が聞こえてきて。こんな風に年下の恋人に甘えてしまうのは風邪で弱ってるからだと達海は自分に言い訳をした。


「これからも、無理だけはしないでね。」

「…分かってる。」

「これからもボクに頼って甘えてね。」

「は?甘えるって、お前ね。」


誰が甘えるかよ、調子に乗んなよと返したが、ジーノは極上の笑みを浮かべて余裕を見せていた。愛しいタッツミーの為にボクができることは何だってしてあげるねと、優しさを湛えた瞳が物語っていて。ああもう駄目だと思いながら、俺つらいし、このまま寝るからと言い残して達海は寝たふりをする為に横を向いて目を閉じた。それでも繋いだ右手は離さなかった。もう少しだけこの手から伝わる温もりに浸っていたかった。


「薬も飲んだから、きっとすぐに良くなるよ。」

「うん、そうだな。」


薬の効果はあるだろうけれど、それ以上にジーノがこうして寄り添ってくれるから早く治る気がするのだ。そんな風に柄にもないことを考えてしまって、達海はジーノに気付かれてしまわないように小さく笑みを浮かべたのだった。






END






あとがき
タッツミーが風邪を引いてもジノタツならばいちゃいちゃするだろうなぁと思いまして^^弱っている時にはちょっぴり素直になってジーノに甘えてみるタッツは可愛いと思います!そしてタッツミーの体調の変化はジーノだけが真っ先に気付くと思っています。ジーノはタッツミー大好きですから当然ですよねvそして一生懸命お世話してあげるんだろうなぁと思うと萌えますね(^^)


読んでくださいましてありがとうございました!

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