[携帯モード] [URL送信]
ナイトメアブレイカー
短いお話ですが、甘い雰囲気の2人です




部屋のドアを小さくノックする音が不意に耳に届いて。そのままドアを開けて突然の来訪者を出迎えてから、かれこれもうずっとこの体勢だ。多分もうとっくに5分以上は経っている気がする。達海は唯一自由になる首を少しだけ動かすと、先ほどから自分を抱き締めている恋人の頭を見つめた。ジーノは普段の時よりもずっと強い力で達海の体を抱き締め、達海の肩に顔を押し付けるようにしているので、その表情までは分からない。達海の目の前にはサラサラと流れるように艶やかな黒髪が広がっているだけだった。


突然連絡もなしに部屋にやって来たかと思ったら、黙って抱き付いたままで一向に自分から離れようとしない。どうしたんだよと何度か声を掛けてみたのだが、答えの代わりに小さく肩が揺れるだけで、ジーノは幼い子供のように頑として達海から離れようとはしなかった。こういう時は無理に引き剥がすようなことはせず、ジーノの気持ちが落ち着くまで待った方がいい。そう判断した達海は、しばらくの間ジーノの好きにさせることにしたのだ。色々な物で散らかっている床に抱き締められたままの格好で座らされ、そのまま2人で静かに座り続けていた。だが、いつの間にかジーノの体が震えていることに気付いた達海は思わずジーノの名を呼んでいた。いつもの自信たっぷりで余裕のある、達海の好きなジーノは今はどこにも居なかったからだ。


「ジーノ。」

「……」

「なぁ、ジーノ。」

「……」


どうすればいいのだろう。達海は黙ったままのジーノが段々と心配になってきた。普段の彼は楽しそうに笑って、こちらが恥ずかしくなるくらいに甘い愛を囁くというのに。自分の知らない弱々しい恋人の姿に不安が押し寄せる。このままいつまでも綺麗な黒髪を眺め続ける訳にもいかないのだから。


「ジーノ、ほんとにどうしたっていうんだよ。」

「……」

「王子様、あのさ〜、聞いてる?」

「……」

「おい、吉田。」

「……いつも吉田じゃないって言ってるよね、タッツミー。」


しっかりとしたジーノの声に思ったより元気そうだなと、達海は良かったと胸を撫で下ろした。自分に腕を回していたジーノが小さく身じろぐ気配がしたかと思うと、そのまま視線が交錯した。瞳は不安な色を宿して、ゆらゆらと切なげに揺れている。違う。やはり元気そうではなかった。不安で一杯の顔にしか見えない。達海はジーノが今にも泣き出しそうに見えてしまい、自由になった腕を伸ばすとジーノの髪を静かに撫でた。一瞬だけジーノの体が強張ったが、達海の優しい手の温もりに安心したのだろう。ジーノは小さく息を吐くと、されるがままにそっと目を伏せた。


「ジーノ、何かあったんだよな?…別に無理には聞かないけど、少しは落ち着いた?」


ジーノがうん、と静かに頷いて、達海を抱き締めていた腕をゆっくりと解いた。完全に自由になった達海は目の前に座るジーノをじっと見つめた。静かに微笑み返す恋人は、確かに落ち着きを取り戻していた。けれども達海の目にはまだ完全にいつものジーノに戻ったようには見えなかった。


「……怖い夢を、見たんだ。」

「うん…」


その夢の内容を思い出してしまったのだろう。ジーノの眉が苦しげに寄せられる。小さく呟かれた声もいつもよりずっと震えていて、ジーノが怖い夢を見たというだけでここまで動揺を見せるのは珍しいことに思えた。普段の彼は試合中もプライベートでも常に自分を保って動じないでいるからだ。一体どんな夢を見たというのだろうか。


「……タッツミーが、ETUから…ボクの目の前から…居なくなってしまう夢を見て…目が覚めたら、怖くて怖くて堪らなくなって…」

「ジーノ…」


現実になってしまっていたらどうしよう。タッツミーが本当にボクの目の前から居なくなっていたらどうしよう。そう思ったら怖くなってしまって、今すぐにでも確かめなければと思ったんだ。会いたくて泣きそうになったんだ。でも、良かった。タッツミーはちゃんとボクの目の前に居る。正夢にならなくて本当に良かった。達海は、泣き笑いのような顔になったジーノにただ胸が締め付けられて仕方がなかった。だからこそ少しでも早く笑顔のジーノに戻って欲しくて。いつものジーノが見たくて。達海は大丈夫だよと頷くと、そのままジーノの両手を取って包み込むように握り締めた。


「大丈夫だよ、ジーノ。心配しなくたって大丈夫だって。…俺はETUを離れるつもりなんてないよ。このチームでお前らと一緒にタイトル獲りたいって燃えてんだからさ。」

「…うん。そうだよね。」

「それに…ジーノ、お前からも離れるつもりはないよ。俺、お前のこと好きだし。まぁ、ジーノが俺に飽きちゃったなら、その時はしょうがないけどね。」

「ちょっと、何を言ってるんだい!ボクが飽きる訳がないじゃないか。ボクはタッツミーのことが好きで好きで、本当に愛しているんだよ。これからもずっとそれは変わらないことなんだから。」

「ジーノ…」


ボクが飽きるだなんて冗談でもそんなことは言っては駄目だからね。分かったかい?ジーノは達海を真っすぐに見つめると、真剣な顔つきでビシッと注意した。そしてタッツミーは本当に困った人だねと、いつも目にするような大仰な仕草で溜め息を零した。あれ?何かもう元気になってんじゃん。達海が気が付いた時にはジーノはすっかりいつもの調子に戻っていた。目が合っても達海のお気に入りの綺麗な笑顔がちゃんと返って来て。ジーノの瞳にもう不安げな色はなかった。あぁ、本当に良かった。ジーノの悲しい顔は、自分の心も悲しくさせるから。自分の心も痛くさせるから。


「もう大丈夫だよな、ジーノ。お前が見たっていう夢は正夢になんかならないんだからさ。」

「考えてみたらこんなことで心配させてしまって、ボク、恥ずかしくなってきたよ。…本当にごめんね、タッツミー。」


ジーノは照れくさそうな顔で達海に腕を伸ばすと、再び達海を腕の中に閉じ込めた。ありがとうと嬉しそうに耳元で囁かれたジーノの声に、達海は目を細めてそっと笑った。ジーノが自分に寄り添ってくれるように、自分がジーノに寄り添うことで、彼を受け止めることができるのならば。それはとても嬉しくて幸せなことであり。どういたしましてと心の中で応えながら、達海はジーノの肩に顔を寄せた。


俺は、どこにも行かないよ。ジーノが俺の隣に居てくれるなら。俺が隣に居ることを許してくれるなら。もしまた怖くて悲しい夢を見た時はさ、今日みたいに俺の所に来ればいい。俺がお前の悪夢なんかぶっ壊してやるから。俺の温もりでお前を笑顔にしてやるから。俺の大切な王子様には、いつも楽しそうに笑ってて欲しいんだ。それだけで、俺はすごく嬉しいんだから。






END






あとがき
原作を読んでいますと、タッツミーは可愛くてすごく格好良い受けだと思うので、今回はジーノを包み込むような感じにしてみました。何だかジーノが弱い感じで申し訳ないです(><;) ジーノは何か辛いことがあったら、タッツミーに思い切り甘えればいいと思います!


読んで下さいましてありがとうございました。

[*前へ][次へ#]

58/87ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!