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唇と睫毛
恋人のチャームポイントのお話です




ぱっちりとした丸い瞳。すっと通った長い鼻筋。可愛らしい小さな耳。他にも色々とあるのであろうが、恋人の顔の好きな部分は人それぞれであると言えよう。




ジーノの場合は──




恋人の唇の端にスナック菓子の食べかすがついている。ああもう、まるで小さな子供みたいだねと、ジーノは微笑みと共に心の中でそっと苦笑した。ジーノは、ちょんと尖った達海の唇が好きだ。それは童顔な彼をより幼く愛らしく見せてくれると思うのだ。彼のチャームポイントが堪らなく可愛いものだから、キスする時はついついその可愛らしい唇を啄むように味わってしまうことが多かった。仕事中にこっち向いてよとちょっかいを出した時や、今は嫌だと抵抗されようが構わずに少しだけ強引に押し倒してみた時に達海はムッとした表情になって、不満を表すようによく唇を尖らせる。本人は怒っているに違いないのであろうが、唇を尖らせて文句を言ってもジーノにとっては可愛く見えるだけであって、全くの逆効果だった。そんなことをしてもこちらを煽るだけであるというのに。君は自分の魅力に全く気付いていないんだから、本当に困ったものだよ。ジーノは小さく息を吐きながら、小動物のようにもくもくとお菓子を頬張る達海の横顔をじっと見た。


「タッツミー…」


年上の恋人はジーノにお構いなしとばかりに、ジーノが口にしたこともない、いかにも高カロリーのお菓子の袋に片手を突っ込んで、先ほどからずっとその中身を食べ続けている。食べかすが可愛らしい唇に付いていることにきっと彼自身は気付いていないのだろう。やっぱり君は子供みたいで年上には思えないんだけど、と先ほどと同じ感想が再びジーノの頭を過った。


今日は会えるかい?今日なら別にいいけど。ねぇ、今から部屋に行ってもいいかな?今仕事してっからあと3時間後にしてくんないかなー。そういえば今日は仕事はないんでしょう?だったらボクの部屋においでよ。うーん、そんなら美味いご飯よろしく。いつもならばそんなやり取りを重ねて、きちんとお互いの都合を合わせて逢瀬を楽しむのであるが、今日は何故か無性に達海に会いたくなってしまい、ジーノは約束も連絡もしないで突然恋人の部屋を訪れたのだ。そうして想いを抑えきれずに会いに行ってみたら、達海は相変わらず仕事をしていた。床にぺたりと座ってテレビと向き合ってばかりの彼に、そっちじゃなくてボクを見てよと甘えてみたら、仕方ないなぁと困った声が返って来てテレビの電源が落とされた。それじゃあこれから君をたっぷり味わってもいいのかなとジーノは期待したのだが、達海はジーノの隣に移動はしたものの、仕事の休憩だと言ってジーノを求めることはせずにスナック菓子を食べ始めた訳だった。つれないなぁと思わないでもなかったが、まだまだ時間はたっぷりあるのだから別に焦らなくてもいいかと自分に言い聞かせて、ジーノは達海のすぐ横に座り込んで可愛い恋人の姿を堪能することにしたのだった。それでもやはりもっともっと恋人を感じたい。ジーノは達海の肩を引き寄せると細い顎を掴み、今までずっと自分の視線を独占していた唇の端にちゅっとキスをした。


「塩辛いね。」


達海の口元に口付けた際に小さな食べかすも舐め取ったら、スナック菓子独特の脂っぽい塩の味がした。あの甘いジュースやアイスもそうであるが、達海と交わすキスの味はジーノが今まで全く知らない味だった。リップグロスや口紅の無機質な物とは違う、子供っぽいけれども大好きな彼とだから受け入れられる特別な味だった。


「ポテトチップスだし…しょっぱいだろうね、そりゃまぁ。」


達海は僅かに目を見開いて、お前いきなり何すんのと、目の前のジーノを見つめた。


「君のその可愛らしい唇に食べかすが付いていたからね。取ってあげたんだよ。…それにしてもタッツミー、君は無防備というか、ボクと一緒なのにお菓子なんか食べて、本当にリラックスし過ぎだよね。」


それよりも、もっと恋人らしいことをしようよ。ジーノの言外の言葉を受け取ったのかどうかは分からなったが、達海はんー、と上を向いて考える素振りを見せると、それはさ…と口を開いた。


「だってお前の隣だもん。安心してのんびりできるに決まってんじゃん。」

「た、タッツ…!」


達海の瞳から視線を逸らすことができなかった。彼の瞳と同じ真っすぐで偽りのない言葉は不意打ち過ぎて、ジーノを赤面させるには十分だった。


「なーにそんな赤くなってんだよ。可愛いな、吉田は。」


達海が楽しそうにニヒーと笑う。ちょんと尖る唇だけではない、こちらに向けられるその笑顔も大好きで堪らず、ジーノは自分の頬がじわりと熱くなるのを感じた。


「いつも言ってるよね。…吉田って呼ばないで。あと可愛いのはタッツミーの方なんだから。」


えー、でもお前の方が可愛いんだから仕方ないじゃんと不満げに突き出された唇のあまりの可愛さにくらくらと目眩がして。ジーノは達海の腰に腕を回して逃がさないように抱き締めると、再びキスをひとつ贈った。その唇も笑顔も何もかも。可愛いのは君なんだからね、と。



*****
ぱっちりとした丸い瞳。すっと通った長い鼻筋。可愛らしい小さな耳。他にも色々とあるのであろうが、恋人の顔の好きな部分は人それぞれであると言えよう。




達海の場合は──




達海はベッドの中で丸くなって、目の前にあるジーノの寝顔を眺めていた。自分の部屋に置いてあるあの狭くて小さいベッドではない寝心地の良い物であるから、寝返りを打ってみても足を思いきり伸ばしてみても壁にぶつかることもなく、全然平気だった。自分の気配で起こしてしまわないようにと息を詰めて、達海はすやすやと眠るジーノの顔を見つめた。今日はホームで試合があり、チームの仲間に何度も華麗にアシストしたり、自らもゴールを決めて活躍した王子様は試合後もいつも以上に上機嫌で高揚していた。けれど観客を沸かせる活躍をした分、少しだけ疲れたのだろう。達海を自分の部屋に誘って遅い夕食を食べたり一緒にお風呂には入ったが、いざベッドに向かうと、ジーノは達海をぎゅっと強く抱き締め、そのまま先に夢の世界へと旅立ってしまったのだった。


『今日は、ただ抱き締めるだけでもいいかな?こんな風にタッツミーを感じながら眠るのも、すごく幸せなんだ。』

『うん。俺も、同じかな。』


相手からの愛をはっきりと感じるのは何も体を重ねる時だけではない。お互いの温もりを確かめるようにただ寄り添い合うだけでも、こんなにも愛されているんだなと思えるのだ。ジーノは達海を腕の中に抱いて耳元で優しく愛を囁いていたのだが、それからほどなくして先に寝てしまった。だから達海はジーノの腕の中からもぞもぞと移動して、年下の恋人の寝顔を楽しむことにした訳だった。


「寝顔は年相応だよな。」


枕に頭を乗せてこちらに体を向けているジーノが小さく身じろいで、彼が着ているシルクのパジャマの襟元が見えた。達海はここに泊まった時の着替え用にとジーノの部屋に置いてある黒の上下のスウェットを着ているが、ジーノは肌触りの良い寝間着姿だった。こういった所に育ちの良さが出るよなーと思いながら、達海はもっと近くで無防備な王子様の寝顔を見てやろうと、寝息を立てているジーノと距離を詰めた。


「それにしても…やっぱほんと長いんだよね、こいつの睫毛。うん、睫毛バシバシって感じだな。瞬きする度に音が出てたりして。」


達海は、けぶるように長いジーノの睫毛が好きだ。もしも恋人の似顔絵を描けと言われれば、必ず睫毛を描くことは忘れないだろうなぁと思う。とは言うものの、ジーノの似顔絵を描くことなどこれから先もあるとは思えないのであるけれど。とにかくそんなことを考えてしまうくらいにジーノの睫毛は達海にとっては印象的なのだ。綺麗な瞳を縁取るその睫毛が。ジーノはお気に入りらしい家具の雑誌などの本を読む時には必ず組んだ脚に雑誌を置くので、読書中は自然と伏し目がちになることが多い。そのせいで決まって睫毛の影ができて、整った顔がさらに魅力的に引き立つのだ。面と向かって言ったことなどありはしなかったが、達海はそんな風に思っていた。


「ちょっとだけ、なら…」


触ってみてもいいだろうか。ジーノと抱き合っていると必ずといっていいほど、その幸福感とはまた別の所で与えられる快感に反応してどうしても生理的な涙が出てしまう。その時にジーノはいつも優しく睫毛をなぞって零れ落ちる雫を拭ってくれるのだ。それと同じように。今、ジーノの目元に触れたかった。


「ジーノ。」


静かに眠っている顔にそっと手を伸ばそうとした瞬間、パチリと瞬きした恋人と目が合った。全く予想外の突然なことに驚いて腕を上げたままの変な体勢で固まってしまった達海とは対照的に、ベッドサイドの柔らかなランプの光に照らされたジーノの瞳は明らかに嬉しさで輝いていた。


「こんな可愛いことをされそうになってしまったら、黙って眠ってなんかいられないね。」

「なっ…おまっ、起きてたのかよ。」

「うん。タッツミーがボクの睫毛が長いなぁって言ってた辺りからかな。」

「……」


いやそれって、ほぼ最初からってことだよね。ああ、やっちまった。達海は嬉しそうに目を細めるジーノを黙って見つめたが、心の中では恥ずかしさに頭を抱えるしかなかった。ずっと寝たふりをしていたなんて、この王子様は全くもって質が悪いと思ったが、肩を抱き寄せてくるジーノの愛おしむような微笑みを見たら、結局何も言えなかった。


「そっか、君の唇を可愛いと思うようにタッツミーはボクの睫毛が好きだったんだね。触りたいと思ってくれて嬉しいよ。」

「いや、これは、あの……」

「触っていいよ。」


ジーノはクスッと小さく笑うと、さあどうぞとでも言うようにゆっくりとその瞳を閉じた。ここまでされてしまってはもう後には引けない。それに、やはりジーノに触れたい気持ちは本当で。達海は照れくささを隠す為に、じゃあ遠慮なく触らせてもらおっかなーと大仰に呟いて、睫毛の生え際をなぞるようにジーノの瞼に指を滑らせた。


「くすぐったいよ。でも悪くないね。」

「俺も…」


長い睫毛が指に触れて何ともくすぐったかったけれど、ふわふわといい気分だった。もうこれで十分だよなと達海はジーノの目元から静かに指を離した。そしてそのまま布団の中に腕を引っ込めようとしたのだが、待ってよとジーノに腕を引かれ、指先に静かに唇が寄せられた。


「君のおかげで今夜はいい夢が見られそうだよ、タッツミー。」

「…そりゃ、良かったね。」


指先から伝わる優しい温もりが幸せとなって心の中に広がっていくようだった。達海は布団の中を移動してジーノの頭を抱き寄せると、少しだけ驚いた顔をした恋人の目尻にキスをひとつ贈った。その睫毛も微笑みも何もかも。やっぱり男前って言葉が似合うのはお前なんだからね、と。






END






あとがき
ジノタツの2人はお互いのどのパーツが好きなのかなぁと考えてみたのですが、やっぱりタッツミーのちょんとした唇とジーノの王子様睫毛は外せないなと思いまして、2人もそんな風に思ってくれていたらいいなという願望を込めてみました。タッツの唇とジーノの睫毛は本当に素敵過ぎるチャームポイントですよね!


読んで下さってありがとうございました♪

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