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この想いを込めて
花にまつわるお話です




「タッツミー。さあ、ボクの君への愛を込めたこの花を受け取って。」

「…うーん、あのさ、そーいうの、すっげー困るんだけど。」


ジーノが焦がれてやまない想い人は部屋のドアに寄り掛かった体勢で大きな溜め息を零した後、少しだけ面倒そうな表情で向かい側に立つジーノを見つめた。


「お前から花なんか貰っても、ほんと困るだけなんだって。」


どうしたものかと腕組みをして、面倒だと言わんばかりの顔で絶対にそう言うだろうと思っていた。だから女性が喜ぶような大きな花束ではなく、アガパンサス1本を包んだだけの小さな花束にしたのだ。それでも目の前の愛しい人はなかなか受け取ろうとはしてくれない。けれどもジーノはめげることなく達海にニコリと微笑むと、手に持っていた青く咲き誇る花を再び片思いの相手へと差し出した。


「これなら君も受け取ってくれると思ってね。」

「いや、だから本数の問題じゃなくて。とにかく困るんだよ。それに今、俺、忙しいの。」


帰った帰ったと、達海が細い腕を伸ばして、しっしとジーノを追い払う仕草を見せた。今日の練習が終わろうともこの監督に休みなどないことは分かっている。ジーノを帰らせた後も彼の城とも呼べるこの狭い部屋の中で仕事に没頭してしまうのだろう。フットボール以外のことは全て意識の向こう側に追いやってしまって。


「タッツミー。」

「何だよ…」


不意に名前を呼ばれてこちらをじっと見つめた達海の両手を素早く掴むと、ジーノは愛しい人の手にそっと花を握らせた。


「じゃあね、タッツミー。」

「おいっ、ジーノ…待て!」


本当は、真っすぐに伸ばされたその手に捕まってしまいたいと思うけれど。ジーノは俯いて困ったような笑みを浮かべ、それからすぐに顔を上げていつもの極上の笑顔を見せた。そして複雑な顔をして立ち尽くしている達海にひらひらと片手を振って、ゆっくりとドアを閉めたのだった。





次の日の午後の練習が終わり、着替えを済ませたジーノは達海に会いに行った。その手に1本の黄色い薔薇の花を持って。昨日と同じように今日も想い人に花を渡すのだ。溢れ出して止まらない伝えたい想いを託して。


「タッツミー、ボクだよ。」


目的の部屋の前に辿り着いたジーノは軽やかにドアをノックした。だが、当然耳に届くはずののんびりとした返事は帰って来なかった。


「…タッツミー、入るよ。」


部屋の主の断りもなく勝手に室内に入ることは王子の振る舞いとして相応しくないと言えるのだろうが、このまま殺風景な廊下に突っ立っているよりも、好きな人を感じられる空間に居たいと思うのは当然のことだった。ジーノは鍵の掛かっていないドアノブを掴むと、ゆっくりとドアを開けて部屋の中に足を踏み入れた。


「あ……」


散らかった狭い部屋の真ん中、居心地が悪そうに置かれている小さなテーブルの上にジーノの視線は釘付けになった。


「タッツミー…」


昨日の夜にジーノが手渡した花が想い人が愛飲するジュースの空き缶にそっと生けられていた。予想していなかった光景を目の前にして、ジーノは馬鹿みたいに頬が熱くなるのを感じた。


「…なっ、ジーノ。お前、何勝手に入ってんの!」

「タッツ…!?」


突然聞こえてきた少し焦ったような声にジーノは慌てて後ろを振り返った。瞬間、コンビニの袋を提げた達海と間近で思いきり目が合う。何?今日も用事?達海がぶっきらぼうに尋ねてきたが、テーブルの上の光景とすぐ近くに達海を感じる今の状況にジーノは嬉しすぎて、どうしていいのかわからなくなってしまいそうだった。


「タッツミー、あれは…」


ジーノの視線の先にある物。それが何か分かって、達海は目を見開いて彼にしては珍しく狼狽えた表情になった。達海はそのまま足早にジーノの脇を通ってテーブルの上にコンビニの袋を置くと、ジーノの顔を見ないようにする為なのだろうか、少し俯き加減になった。だがジーノの真っすぐな視線からは逃れることなどできる訳もなく、達海はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「これは、えーと、何ていうか…捨てちまったりなんかしたら、こいつが可哀想だよなって思って。綺麗に咲いてる訳だし…だから飾った方がいいかなとか…」

「タッツミー…」


あぁ、彼が愛しくて堪らない。ジーノの心の中はただそれだけだった。つまりそういうことだから、と早口で言葉を続けた達海に歩み寄ると、ジーノは持っていた薔薇の花を静かに差し出した。


「この花も一緒に飾ってくれないかい?」

「まあ、…仕方、ねーな。」


指先と指先が一瞬触れ合って。そこからこのまま自分の想いが伝わってしまえばいいのに。そしてどうかこの想いを受け取ってはくれないだろうか。そう思うのに、この花を受け取ってくれる、今はもうそれだけで十分幸せだと思えた。ジーノは達海の手の中の花に視線を注いだ後、達海を真っすぐに見つめて、ありがとうと綺麗に笑った。



*****
ボクは何事もシンプルを好むんだと以前言っていたからなのか、ジーノが達海に手渡すのは大きな花束ではなく、決まって一輪の花からなる慎ましい花束だった。花に疎い達海の知らない綺麗な花。確かに綺麗だとは思うが、花など貰っても困るだけであるから、本当は全て彼に突き返さなければならなかった。それなのに何故かジーノに返すことができなかった。穏やかな笑みを湛える王子様の強引さに押し切られてしまったのが一番の原因なのだと分かっているが、彼がどんな気持ちでこの花を買ったのだろうかと考えてしまったら、貰った花をそのまま握り締めていたのだ。笑った顔を見つめたままで、結局いらないと返すことができなくて。貰っても困るだけだというのに。達海は自分でも自分の行動の意味が良く分からなかった。


「それにしても、まさかドクペの空き缶がこんな風に役に立つ日が来るとはなー。」


空になったドクターペッパーの缶の飲み口の部分からは、それぞれ異なる3種類の花が少しだけ頭を垂れている。ジーノは懲りずに今日も来たから、これで3本目の花だった。好物のジュースの空き缶をこんな風に有効利用することになるとは思ってもみなくて、何だかおかしかった。昨日ジーノに言った通り、達海は彼から貰った花々をいらないからといって捨てるようなことはできなかった。花には全く罪はない。誰に貰った物だとしても綺麗に咲いているのならば飾るべきだと思ったのだ。飾り方は間違っているがこれはもう仕方がない。この部屋にはフットボールに関わる物と最低限の生活必需品以外は何もないので、当然の如く花瓶はないのだ。だから愛飲のジュースの缶に水を入れて、即席の花瓶代わりにした訳だった。


「…そういや、ジーノに見られちまったな。ま、ここに来れば嫌でも見つかるか。」


新しい作戦がなかなか頭に浮かばず、達海は資料やメモで散らかった床の上に先ほどからずっと仰向けになっていたのだが、今日はもういいやと、もぞもぞと起き上がった。起き上がればジーノから貰った花がすぐ目に入る。いつもと少しだけ違う光景に見慣れない感じはするが、まあこういうのもたまにはいいのかもしれないと思えた。


「だってさ…」


狭くて散らかり放題のこの部屋の空気が何となくふわりとするのだ。多分それは、達海の視線の先にある小さな存在から発せられる瑞々しい雰囲気のおかげなのだろう。これは王子様にお礼を言った方がいいのかな。そんなことを思いながら、達海は色鮮やかな花達にそっと目を細めた。





「珍しいー。花なんか飾ってどうしたのよ、達海さん。」

「えーと、まあ、これは…」

「…達海さんが自分で買うはずなんてないわよね…えっ、ちょっと、まさか…誰かから貰ったとか!」

「あのさー、別にそんなのもう何でもいいじゃん。綺麗なんだし。」


事務所が昔から懇意にしているスポーツ雑誌の取材のスケジュールを伝えに来たはずであるのに目の前の花に興味津々の有里を軽くあしらいながら、達海は床に座り込んだままの状態でテーブルをちらりと見た。派手な色の缶に決して見劣りしない綺麗な花。数日経ってもまだ綺麗に咲いてるその数は今日で4本目になっていた。午前中の練習前の時間、まだ起きたばかりでうとうとしていたら、楽しそうな顔でジーノが部屋に現れたのだ。そして、ボクの想いを込めたから受け取ってねと、リボンでまとめられた名前の知らない小さな赤い花を手渡されたのだった。


「…まあいいわ。達海さんのことだから、これ以上訊いても何も教えてくれないだろうし。でも確かに花って綺麗よね。あ、私、この花の花言葉知ってるわよ。」

「花言葉…?」


確か、恋の訪れとか愛の始まりとかだった気がするわ。他の花は分からないけど。本当に達海さんの部屋がすごくロマンチックなことになってるわね。そう言った有里の指先が触れたのは、ジーノから一番最初に貰った花。あの王子様は確かこの花に自分の愛だとか想いを込めたと言っていた。けれども彼が花をくれるのは気まぐれの遊びの延長みたいな物ではないかとどこかで思っていたのだ。その時、不意に達海の脳裏にここ数日間に見たジーノの顔が浮かんだ。真剣な表情で自分を見つめていた彼の。


「他の花にも…同じように、花言葉があるんだよな。」

「勿論よ。」


達海はふわりと笑ったように咲いている花を見つめると、静かに立ち上がった。


「なぁ、有里にちょっとお願いがあんだけど…」





愛の始まり。君の全てが可憐。凛とした美しさ。君を愛す。ジーノがくれた花の花言葉。そこには彼の本気の想いが詰まっているのだろうか。


「…あいつのことばっかだな。」


俺が今考えてること。1人きりの部屋の中で達海はぽつりと小さく呟いた。昨日の夜からずっとだった。達海は花を見る度にジーノのことを思い出してしまっていた。花を渡す時の男らしい真剣な顔。渡した花を受け取ってもらった時の幸せそうな笑顔。目を閉じなくても彼の顔が瞼の裏からなかなか消えてはくれなかった。今日の朝、色々な物に興味持つのはいいことよと有里から貰った花言葉の本を開いて、花の写真とにらめっこしながら花言葉を調べてみて。達海は改めてジーノの真剣な想いを知ることになった。そしてジーノの笑顔ばかりを思い出していた。花を貰うのは困るはずだったのに。ジーノの行動に迷惑していたはずだったのに。もしかしたらたった数日間で絆されて、しまったのかもしれない。花を見ては彼の顔を思い出して、何となく温かい気持ちになってしまうのだから。達海は自分の心の変化に少なからず戸惑ったが、なるようにしかならないよなと思えた。


「王子様が気障なことすんのが悪い。」


テーブルの上の花言葉の本に触れた達海の口元は試合に臨む時のように楽しそうに弧を描いていた。


今日は練習が休みであったので、達海はあれから仕事を進め、これで今日の分はおしまいだと夕方近くになってベッドの上でごろごろしていた。何もすることがなくてじっと花を見つめていると、ドアの向こうから自分の愛称を呼ぶ声が耳に届いた。


「タッツミー。はい、どうぞ。今日も受け取ってもらえると嬉しいんだけど。」


ジーノが満面の笑みでピンク色の薔薇を差し出した。きっとこの花にも王子様は想いを託しているのだろう。


「……くれるってんなら、ありがたく貰ってやっても、いいよ。」

「タッツミー!」


いつもと違う返事にジーノの顔がぱあっと輝いた。ああ、眩しいなと思ってしまったのは、いつの間にかすっかり彼に落ちてしまった証拠なのかもしれない。ジーノは達海に渡す花を小さなテーブルの上に置くと、その端に置かれている空き缶にそっと微笑んだ。


「ここはタッツミーの部屋だから、君の心を占めるフットボールばかりだね。…だけど、君の中にボクが増えていくことがとても嬉しいよ。好きな人の中に自分という存在を少しでも感じられるのは、こんなに幸せな気持ちになるんだね。」

「…ふーん、そうかよ。」

「うん。ボクは幸せだよ、タッツミー。」


想いの込められた花を貰う。これも悪くないと達海は思った。花は綺麗だし、それ以上に何よりもジーノの幸せそうな笑顔を見ることができるのだから。だから、少しずつ彼の想いを受け取ることも悪くはない。






END






あとがき
何番煎じなネタですが、ドクペの空き缶を花瓶代わりにして、ジーノから貰った花を眺めるタッツミーが書きたかったんです^^


今回は花言葉を書いても花の名前を全て書いてはいませんが、花言葉で調べると出てきますので、興味のある方はぜひv調べていると色々楽しいです。王子様なジーノならば花言葉を調べて贈る花を選んで、こういう素敵なこともさらりとやってくれそうですよね^^


読んでくださってありがとうございました!

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あきゅろす。
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