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quadrifoglio
ジノタツと四つ葉のクローバーのお話です




それは今でも良く覚えている。ボクの中にある可愛らしい思い出だ。


幼い頃、学校帰りに偶然見つけた四つ葉のクローバーを母に見せたら、クアドリフォリオを見つけるなんてあなたはラッキーね、ジーノ、と楽しそうな声が返って来た。幸運の象徴である四つ葉のクローバーは持っている人に幸せを運んでくれるのよ。その言葉を聞いた小学生のボクは急いで母にクローバーを手渡した。大好きな母にはいつも幸せでいて欲しかったから。母はディナーの準備をしていた手を止めてボクの目の高さまでかがみ込むと、顔を綻ばせながらクローバーを受け取ってくれた。ありがとう、嬉しいわと喜ぶ母の顔を見てボクもふわふわとした嬉しさで一杯になっていると、でもね、と母がボクを見つめた。そしてボクの頭を優しく撫でて言ったんだ。次にクアドリフォリオを見つけた時は、あなたの一番大切な人に渡してあげるのよ、と。


その日から幼いボクの中で四つ葉のクローバーは特別な物になった。いつか出会うだろう愛しくて大切な人に贈ろうと、あの時のボクは子供ながらに心に誓ったんだ。成長して大人になった今ではもうクローバーを探すようなことはないけれど、あの日初めて見つけた四つ葉のクローバーは、それでも確かにボクの心の中から消えることはなかった。幼い日の小さな小さな思い出と共に。



*****
恋人である達海に会いに行くといっても、いつも必ず彼の部屋で過ごすという訳ではない。2人でのんびりと散歩をするような日もある。あのさ、ジーノ、今日は天気も良いし、外でも歩かない?年上の可愛い恋人にそんな風にお願いされてしまえば、断る理由などありはしなかった。ジーノはどんな時であろうと、達海の気持ちを一番に優先したいと思っている。達海にはいつも幸せや楽しさを感じていて欲しいのだ。彼が幸せならば自分も幸せであるし、楽しいならば同じように楽しくなる。だから、のんびりと外を歩きたいという恋人の願いを叶えるべく、ジーノは優しく達海の手を取って一緒に部屋を出たのだった。


あてもなくただのんびりと歩いているだけなのに。達海が隣に居るだけで、見慣れた世界がいつもよりずっと眩しく輝いて見える。お気に入りのジャケットのポケットに両手を突っ込んで歩いている達海とほんの少し目が合うだけで、こんなにも心満たされた気持ちになる。彼は自分にとって本当に特別な人なのだ。ジーノは達海と同じ歩幅で歩きながら、胸の内でそんな風に感じていた。柔らかく降り注ぐ午後の陽射しの中、クラブハウスを出たジーノと達海は特にこれといって目的の場所を作らず、商店街や住宅街の道を歩いた。対戦チームの研究の為に何日も部屋に缶詰め状態になるのが最早達海の日常と化してはいるが、彼は本来外に出ることが好きなのだ。フットボーラーであったのだから、当然体を動かすことも好きである。先ほど達海はぺたぺたと歩きながら、ここ数日は試合映像や資料とにらめっこを続けていたと言っていた。だからそろそろ外に出たくなったのかもしれない。ジーノは今日のデートが散歩になった理由をそのように判断した。だがとにかく理由はどうであれ、達海が一緒に過ごす相手に恋人の自分を選んでくれる、その事実がジーノにとっては幸福そのも
のだった。2人で他愛のない話をしながら散歩をする。味気ないデートだと思う人も居るだろう。達海と付き合う以前のジーノならば、散歩なんて子供じゃないんだからと鼻で笑ったかもしれない。だが達海を好きになって、彼の恋人として寄り添うようになってから、ジーノは達海と過ごす時間が幸せで堪らなくなった。些細なことでも達海が隣に居るだけで、それは小さな幸せになったのだ。誰よりも達海の側に居られるその幸せにジーノは馬鹿みたいに嬉しくなってしまい、達海に気付かれてしまわないように頬を緩ませた。


行きは地元の商店街や住宅街の中の通りを歩いて来たのだが、ちょっと遠回りして帰ろうぜという達海の提案で、帰りは行きとは違う道を歩くことになった。ジーノは大好きな達海の横顔とあまり見慣れていない風景の交互に視線を送っていたが、あっ、と小さな声が耳に届いて、どうしたのだろうと足を止めた。隣で同じように立ち止まった達海を見やると、彼の視線は少し先にある公園に注がれていた。達海の視線に促されるようにジーノも公園をじっと見つめる。その公園は遊具だけの小さな児童公園ではなく、家族でピクニックでも楽しめそうな緑に囲まれた公園だった。


「ジーノ、せっかくだし、公園寄ってもいい?俺、寄り道したい。」

「うん、いいよ。ボクも一緒に行くよ。」


ジーノの返事に楽しげに頷いて、達海は先を歩き出した。ジーノもすぐに恋人に追い付いて公園の中へと入った。公園の入り口から続く石畳の道を抜けるとそこには緑の絨毯が広がっており、一面にクローバーが生えていた。ジーノは革靴の先に当たって小さく揺れるクローバー達にそっと視線を落とした。もう随分と久しぶりに見たその緑色に誘われるように幼い頃の思い出が色鮮やかに蘇って来て、ジーノの口元に自然と笑みが浮かんだ。


「懐かしいな。」

「懐かしい?」

「子供の頃にね、クアドリフォリオを探していた時期があったんだ。」

「くあ…?えっと、何それ。」


達海は長い海外生活の経験から日常会話が全く困らないほどに英語が得意であったが、馴染みのないイタリア語は当然の如くほとんど知らなかった。ジーノの奴、今何て言ったの?と隣で考え始めてしまった達海を横目で見て、本当に可愛いね、とジーノは微笑ましい気持ちになった。


「クアドリフォリオ。イタリア語で四つ葉のクローバーのことだよ。」

「ふーん。四つ葉のクローバーかぁ。」


ジーノは自分が子供の頃に初めて見つけた四つ葉のクローバーを母に贈ったことを簡単に達海に話した。へ〜、お前にもそんな可愛い所があったんだなと達海はジーノの思い出話を聞いていたのだが、不意に何かを思い付いたような表情になった。


「…じゃあさ、俺達も探そうぜ。」

「えっ、タッツ…?」

「こんなにクローバー生えてんだからさ、四つ葉のクローバーもありそうじゃん?だから、今から探そうぜ、ジーノ。」


大の大人、しかも男2人が昼間から公園で四つ葉のクローバーを探す姿は何とも言えない気がした。ボクの思い出話は別に気にしなくていいから、もう帰ろうよとジーノは達海を促したが、これも立派なデートなんだからちゃんと探せよーと楽しそうに言われてしまえば、恋人の言葉に素直に従うしかなかった。達海は背中を丸めてその場にしゃがみ込むと、どっかにないかなーと小さな子供のように左右に首を動かし始めた。ジーノから少し離れた場所で達海は周りを気にすることもなく、真剣な表情で四つ葉のクローバーを探していた。達海がフットボール以外のことでこんなにも真剣な姿を見せるのはジーノが知る中でも恐らく初めてのことであり、酷く新鮮に感じられた。ジーノは仕方がないねと困ったように笑うと、ジャケットの裾が汚れないように気を付けながら達海の近くに腰を下ろした。達海はジーノに背を向けるようにしゃがんだまま、今も目的のクローバーを見つけようとしている。背中を丸めて下を向いている達海の姿を見つめている内に、彼の後ろ姿が幼いの頃の自分の姿に重なって見えて、ジーノは心の中の小さな思い出に懐かしさを覚えた。あの頃の自分は特に好きな子が居た訳でもなかったのに、いつか出会う大切な人に渡す為にと一生懸命四つ葉のクローバーを探したことがあった。結局母に渡して以来、四つ葉のクローバーを見つけることはできず、成長するにつれてクローバーを探すこともなくなった。だから今こうして達海と共に幸運の象徴を探していることが何だか不思議な気持ちだった。けれども達海と一緒ならば、こんな日も悪くはなかった。寧ろそれが心地良くて。ボクがクアドリフォリオを見つけてタッツミーにプレゼントしてあげなくてはねと心に決めると、ジーノはいつかの日の自分と同じように楽しそうにクローバーへと視線を落としたのだった。



*****
どれくらいの間そうしていたのだろう。随分と長い時間のようでありながら、それほど時間は経っていないのかもしれなかった。柔らかな陽の光の中、ジーノは達海と共に黙々と四つ葉のクローバーを探し続けていた。


「あっ!」

「タッツミー!?」


達海の高い声が背後から突然響き渡り、ジーノは弾かれたように慌てて立ち上がると、達海の方へと振り返った。振り返ったジーノの両の瞳にこちら側に駆け寄って来る達海が映り込んだ。


「ジーノ!これ見てみろよ。」

「タッツミー、もしかしてそれは…」

「お前にやるよ。」


ほら、受け取れよと達海はジーノに四つ葉のクローバーを手渡した。ジーノが受け取るのを確認すると、達海は嬉しそうにへにゃりと笑った。試合中に見せる不敵な笑みではなく、その幸せそうな顔に惹き付けられて胸の中に甘い疼きが広がった。ジーノは手の中のクローバーをそっと見つめた後、柔らかく笑って達海の方へと差し出した。


「タッツミーが持っていてくれないかい?」

「いやいや、俺が見つけてお前にあげたんだけど。」

「うん、それは分かっているよ。それでもね、ボクはタッツミーに持っていて欲しいんだ。」


達海にはずっとずっと幸せでいて欲しいから。ジーノは手渡されたクローバーを達海の手の中にそっと返すと、そのまま愛しい人の両手を優しく包み込んだ。四つ葉のクローバーなどなくても平気なのだ。今のジーノにとっては、達海自身がクアドリフォリオだった。自分に幸せを運んでくれる幸運の象徴の。そして彼は、自分にとって何よりも特別な存在だ。だからこそ、幼い頃に聞いた言葉の通りに彼に四つ葉のクローバーを持っていて欲しかったのだ。本当は自分で見つけて渡したかったなと思う気持ちもあったが、恋人の手の中にクアドリフォリオがあればそれで十分だった。ずっとずっと幸せでいて欲しい。その想いを込めて達海の手を力強く握った後、ジーノは静かに両手を離した。達海はジーノのされるがままにクローバーを手渡された後、幸運の象徴と恋人の顔を見比べて、じゃあ貰っとこっかなと小さく微笑んだ。





「このクローバーさ、せっかくだし、押し花みたいにして紙で挟んで、しおりにしよっかなって思うんだけど。有里に頼んだら上手く作ってくれねぇかな。女の子ってそういうの得意だよな?」

「そうだね、いい考えだと思うよ。」


公園を出たジーノと達海は、再びのんびりと歩きながクラブハウスを目指していた。


「俺はあんまり本とか読まないけどさ、ジーノ、お前なら俺より読むと思うから、しおり作ったらやるよ。」

「タッツミー。ボクは君に…」


達海は左手に持っていたクローバーをくるくると回していたが、不意にジーノを見つめた。達海の鳶色の瞳と目が合い、ジーノは目の前にある輝く瞳から目が離せなかった。


「幸せ、分けてやんよ。」


四つ葉のクローバーって幸運のお守りだろ?持ってると幸せになれるっていうじゃん。だから俺の幸せをお前におすそ分け。達海は左手にクローバーを持ったまま、右手でジーノの左手をふわりと包み込んだ。目を細めて嬉しそうに笑う達海に愛しさが溢れ出して止まらなかった。達海の体温。達海の幸せそうな笑顔。達海の全てが愛しかった。達海の右手から繋いだ自分の左手へと温かな幸せが伝わってくるのが感じられて、ジーノは大好きだよと愛しい人の耳元に唇を寄せた。



*****
四つ葉のクローバーは本当に幸せを運んでくれるんだね。だって今がこんなにも幸せなのだから。嬉しくて嬉しくて堪らない。幼い頃のあの日の思い出をなくしてしまわずにいて本当に良かったと思う。


タッツミーがボクの特別な人で本当に良かった。想いを伝える為に優しく握り締めると、応えるようにボクの手をぎゅうっと握り返してくれて。恥ずかしそうに笑ってくれて。ただもうそれだけで、ボクは幸せだった。






END






あとがき
四つ葉のクローバーを探す2人のお話でしたが、ジノタツが子供っぽいことしかしていなくてすみません;;


ジーノではなくタッツミーが四つ葉のクローバーを見つけてジーノにあげようとした訳ですが、タッツミーもジーノに幸せでいて欲しい訳ですよv結局お互いが大好きなジノタツって最高ですよね!


読んで下さいましてありがとうございました。

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