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優しい君
バレンタインデーのお話です




今年も期待はしていなかった。けれどもそれは、年上の恋人に対する失望や憤りから来るものでは決してなくて。彼の傍らに居られるだけで、それだけで十分幸せな気持ちになれるからだ。彼はなかなか素直ではない可愛らしい性格であるので、自分から形ある物で証明してくれないことも分かっている。一緒に過ごす今の時間が幸せに満ち溢れているから、もうそれだけでいいと思える。そういう意味で、それ以上は期待しないのだ。それでも。これ以上ないくらいに毎日が幸せだというのに、今日この日にはほんの少しだけ期待してしまいたくなる。絶対にあり得ないだろう光景を想像してしまいたくなる。心の奥底でもっともっとと望んでしまいそうになるみっともない自分には苦笑するしかなかった。彼は面倒だと思うかもしれないが、やはり今年も自分からお願いしてみようか。午後の練習が終わり、いつも以上に身だしなみを整えてからロッカールームを出たジーノは、そんなことを考えながら恋人の部屋へと向かった。


「ん、あげる。」

「タッツミー…?」


優雅な仕草で部屋のドアをノックしたジーノを出迎えてくれた達海は、開口一番のんびりと呟いて、部屋の中に入ったジーノに小さな箱を差し出した。突然のことに驚いて目を瞠ったまま、ジーノは赤いリボンが掛けられた箱をそっと受け取った。


「コンビニに行った時に見つけてさ。ついでに買ったから。」

「タッツミー。」


恋に初な少年でもないのに、顔が真っ赤になってしまうのではないかと思えるほど、恋人からのチョコレートはジーノの胸を熱くさせた。今が何よりも幸せだから期待しないようにして、それでもほんの少しだけ期待したくなって。恋人に会いに行ったら、幸せな結果が待っていた。達海はコンビニの買い物のついでに目に入っただけだよ、といつもの調子で口にした。ついでなのだとしても、ジーノは嬉しくて堪らず、王子の名に相応しくなく頬が緩むのを止めることができなかった。タッツミー、ボクは君からのチョコレートが欲しいんだよ、とお願いをして、今まで達海に無理矢理バレンタインチョコを買わせていた節があったからだ。だから達海からチョコレートを手渡されたことが嬉しくて、このままどうにかなってしまいそうだった。


「嬉しいよ、とても。言葉にできないくらいだよ。」

「…言っとくけど、ついで、だかんな。」


ついででも構わなかった。こうして達海からチョコレートを贈られたことは、ジーノにとっては大きな意味のあることなのだ。コンビニに行ったついでに買って来たのだとしても、監督の仕事に追われる達海がバレンタインデーのことを忘れずに覚えていてくれたことに変わりはなくて。恋人であるジーノのことをちゃんと考えてくれていたことに変わりはなくて。それはつまり、泣きそうになるくらい何とも幸せなことだった。


『ここで会ったし、ついでだから一緒に散歩でも…行く?お前、俺から離れたくなさそーな顔してっからね。』

『晩飯食い終わったし、ついでだから今日はお前ん家泊まってってやんよ。ありがたく思えよ、王子様。』

『風呂上がったんならさ、ついでにお前の髪も乾かしてやろーか?……お前の髪触るの、嫌いじゃねぇし。』


ああ、そういえば。ジーノは達海を眩しい思いで見つめながら、あることを思い出した。達海はよく「ついで」という言葉を口にする。別に口癖という訳ではないのだろうが、ジーノは会話の中で何度かその単語を耳にしていた。仕方ないから、ついでにやってやるよ、と。でもその「ついで」には彼の自分に対する確かな想いが込められているのだとジーノは思うのだ。ついでだよ、と面倒そうに言うくせに、その行動はいつもジーノの心を喜ばせてくれるものばかりで。そしてその言葉を口にする時の彼は、普段見せないような酷く優しい眼差しをしているのだ。現に今だってほら。


「フフ、本当に嬉しいな。」

「おっさんの俺からチョコ貰って、お前、そんなに嬉しいの?」


ジーノは怪訝な表情になった達海の腕を掴むと、一緒にベッドに腰掛けた。カーテンのない部屋のせいか、午後の陽射しが柔らかく降り注ぎ、達海の茶色の髪を輝かせていた。ジーノは手を伸ばして達海の髪に触れた後、ゆっくりとなぞるような仕草で達海の頬に触れた。達海はジーノの指先の感覚にピクリと小さく肩を揺らした。そんな恋人が愛おしくて何よりも大切で。ジーノは恥ずかしそうにする達海に綺麗に微笑んだ。


「嬉しいに決まっているじゃないか。恋人のタッツミーからのチョコレートなんだよ。…ねぇ、タッツミー、君もボクと同じだと思うよ。考えてごらん、君もボクからの贈り物はどんな物でも嬉しいよね?」


ジーノの言葉に達海は一瞬目を見開いたかと思うと、何かを考えるような表情になって黙り込んだ。そして隣に座るジーノの顔をチラリと見て、すぐに視線を床へと落とした。


「あー、うん。それは、分かる。…俺も、嬉しくなる。」


言葉にすることが恥ずかしくて言いにくそうに発せられた小さな声。ジーノは我慢できなくなって、達海を引き寄せると、その腕の中に閉じ込めた。


「おい、ジー…ノ。」

「嬉しいんだよね、君も。」

「……そうだよ、嬉しいよ。」

「ね、ボクも今同じ気持ちだよ。タッツミーと一緒に居てこんなに優しい気持ちになれるんだから、バレンタインデーは本当に素敵な日だよね。」


お前、そういう顔すんなって。これだから男前の奴は困んだよ。ジーノの腕の中で達海は照れくさそうに呟くと、そのままジーノの首筋に顔を寄せた。あちこちに跳ねた髪のくすぐったさと、ふわりと温かな体温を感じていると、達海がジーノの耳元に唇を寄せた。


「じゃあさ、来年も忘れずにお前にやるよ。同じだもん、ジーノが喜んでる顔見たら、俺だって嬉しい。」

「タッツ!」


嬉しさのあまりに達海を強く抱き締めると、背中に回した腕に力を込め過ぎたのか、苦しい痛いと抗議の声が上がった。ジーノが慌てて達海から離れると、もっと優しく扱えよな、王子様とからかい混じりの表情で小突かれた。


「あ、でもまたコンビニで当日に買うと思うけど。俺、忙しいから。」

「当日だろうが、ついでだろうが、そんなことは全く問題ないさ。だって、君のボクに対する愛がたくさん詰まっているんだから。」


そうだよね、タッツミーと問い掛けて、ジーノは達海の細い体を再び抱き寄せた。達海をぎゅうと抱き締めていると、気障な奴と呆れた声が返って来た。けれども続いて楽しそうに笑う気配がして。ジーノは嬉しくて、幸せだった。






END






あとがき
今回はなんやかんやでつまりはジーノが大好きなタッツミーを目指してみたのですが、中途半端な感じですみません;;あとはいつものように甘い雰囲気の2人が書きたかったので。バレンタインデーはいつも以上にいちゃいちゃするジノタツ可愛すぎだと思います!


読んで下さいまして、ありがとうございましたv

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