欲しい物
タッツ、欲しい物ってないかい?キミに何かプレゼントしたいんだよ。そう恋人に尋ねたら、突然何だよ、別に何もいらね〜よ、と素っ気ない返事が返って来た。
「んなこといいから、ジーノ、お前ちゃんと練習に戻れよ。」
ピッチで走り回る選手達に指示を出しながら、達海が不満げな声を漏らす。ジーノはそんな達海を軽くかわして話を続けた。
「今日は何だか疲れちゃったから、後でタッツミーの部屋に行っていいかな?ねぇ、ボクを癒してよ。」
「嫌って言ってもどうせお前、来るだろ?…お好きにどうぞ。」
恋人になったのに、達海はなかなか素直になってくれないし、自分に甘えてもくれない。今まで1人で生きてきた彼は、他人に体を預けて頼りきってしまうことを良しとしないのだろう。だが今は、自分は達海の恋人として彼の隣に居る。彼のことを愛している以上、いつも笑っていて欲しいし、自分ができることで彼を喜ばせてあげたいと思うのだ。
ジーノは気難しい恋人の方を1度だけ振り返ると、優雅な足どりでピッチへと戻った。
*****
練習も終わり、ジーノは時間をかけてゆっくりと着替えを済ませた。チームメイト達は早々にシャワールームで汗を流し、着替えて出ていったので、ロッカールームには自分1人だけだった。これからタッツミーに会いに行くんだから、身だしなみには時間をかけなくちゃね。
ジーノはファッションにこだわりを持っており、自分の体に合った洋服しか着ないし、その洋服の雰囲気に合うようにフレグランスも変えるようにしている。お気に入りのレザージャケットを羽織り、ジーノは恋人の部屋へと向かった。
「あのさ、タッツミー。さっきのことなんだけれども…」
「ん?俺の欲しい物だっけ?」
着替えをしている時にも頭に残っていた。物で釣るみたいだけれど、恋人に何かプレゼントをしたくなったのだ。忙しくしている達海に少しでも喜んでもらいたかった。
「うん、そうだよ。本当に今欲しい物はない?例えば洋服とかは?ボク、いいお店知ってるんだよ。」
「えぇ〜、別に大丈夫だよ。間に合ってるし。お前が行く店の服、絶対高いもん。俺、服なんて安いので十分。」
そう言って達海は着ているパーカーを摘んでみせた。彼はフットボール以外のことは、こちらが驚くほど無頓着なのだ。洋服も数えるくらいしか持っておらず、練習着のまま眠りこけて、次の日もその練習着のままで過ごすことなど良くあることだ。
「でも、一着くらいはちゃんとした洋服を持つべきだよ、タッツ。これから先困ったらどうするの?」
「今困ってないから別にい〜もん。ジーノも俺の服装気にし過ぎ。」
そんな風に言われてしまっては、洋服をプレゼントするのは今回はおあずけだと思うしかなかった。
「じゃあ、携帯電話をプレゼントしてもいいかい?タッツミー、携帯持ってないでしょ?連絡するのにフロントの電話を使うのも大変だと思うんだ。それにボクがあげたい洋服よりずっと安いから、気にすることもないよ。」
「俺、携帯ってすぐなくすんだよね。それに何か縛られてるみたいであんま好きじゃない。だからパス。」
達海は座ったままジーノにひらひらと手を振った。…携帯も駄目か。いい考えだと思ったのにな。本当はいつでもタッツの声が聴きたいから、携帯を持ってて欲しいってのが本音なんだけど。だがフットワークが軽く、自由を愛する恋人が自分の言うことを素直に聞いて、携帯を持つとはジーノには考えられなかった。いっそのこと無理矢理渡しでもした方がいいのかもしれないと感じた。
「本当にタッツミーは欲がないね。それに男の気持ちが分かってないよ。恋人に何か欲しい物をプレゼントして、喜んで欲しいって思うに決まってるじゃない。」
ジーノは隣に座っていた達海の顔を覗き込もうとした。しかしそれより早く達海はジーノに背を向けるように体の向きを変えると、欲しい物ねぇ…と小さく呟いた。そして膝を抱え、遠くを見るように首を動かした。
「タッツミー?…どうしたの?」
達海の雰囲気が変わったことを瞬時に察知したジーノは、回り込んで達海の顔を見た。彼はいつもの眠そうな表情をしていたが、無理して何かを押し込めているように見えた。
「タッツ…」
「お前がさ、欲しい物、欲しい物って言うから…何か昔のこと思い出しちゃったんだよね。」
達海は何でもないことのように笑ってそう言った。
「昔のこと」。ジーノも詳しくは知らないが、達海が足を怪我して、彼の意志とは裏腹に若くして現役を引退しなければならなかったことに違いない。
「…また走り回れる足が欲しいって思った頃もあったなぁって思い出したんだ。あっ、でも今はちゃんと自分の足とも向き合えてるから、別に大丈夫なんだけどさ。」
欲しい物はないかい?なんて、どうしてそんなこと軽々しく尋ねてしまったのだろう。ジーノは自分の行動を激しく後悔していた。達海は何でもないことのように笑っている。ー―彼が現役を引退して10年。その年月の中で自分の気持ちに折り合いをつけ、監督という新しい人生を歩む中で、彼の心の傷も癒えていったのかもしれない。その傷も悲しみも自分の力で乗り越えたのかもしれない。
だけど。心の傷は癒えたとしても、その傷口は残るのだ。彼の足の手術痕のように。自分はその傷口を彼に見せ付けるようなことをしてしまった。今すぐ謝らなければ。彼を傷付けてしまった。
「ジーノ、お前なんて顔してんの。…何で泣きそうな顔してんだよ。お前が悲しむことなんてないのに。」
達海は慌てたような声を出したが、ゆっくりと腕を持ち上げるとジーノの頭を優しく撫でた。
「俺はね、ジーノ。自分の足のことは後悔してないの。現役の頃も全部の試合に全力でぶつかってたから、悔いも残ってない。それに今は、監督やっててすげ〜楽しいんだぜ。お前も頑張ってくれてるしな。」
でもまぁ、もうちょっと守備しろよ〜、吉田。達海は綺麗な笑顔をジーノに向けた。
「タッツミーは本当に強いね。強くて…素敵な人だ。」
ジーノは自分の頭を撫でてくれた達海の腕を取ると、指先に優しく口付けた。達海が驚いて腕を引っ込めようとしたので、そのまま腕を引き、彼の体を腕の中に閉じ込めた。
「おい、離せよ、王子様。」
「タッツミー、キミは強い人だけど、もっとボクに甘えていいんだよ。その方がボクも嬉しいんだ。」
「甘えるって…俺、お前より9こも年上なんだから無理。今だってすげ〜恥ずかしい。」
「そんなこと言っても離してあげないよ。プレゼントをあげられなかったから、今日はこれで我慢してね。」
ジーノは達海の肩に顔を乗せると、さらに強く抱き締めた。さっきまで泣きそうだったくせに。お前切り替え早いな。呆れたように達海が呟いたが、その後あのさ…と小さな声でジーノに話し掛けた。
「俺、やっぱ欲しい物…あったわ。」
「え?それは本当かい?タッツ、早く教えてよ。」
「お前の…」
「うん。」
「お前、の…」
「タッツミー?」
「…お前の…俺への変わらない愛、かな。なんちゃって。……うん、それだけでいい。あとはなんにもいらないよ、ジーノ。」
恥ずかしそうに下を向いてしまった達海の顔を持ち上げて、ジーノはその顔を両手で優しく包んだ。達海のことが可愛くて大好きで愛しくて。彼への想いが溢れ出して止まらなかった。
「ボクの愛は、今もそしてこれからもずっとタッツミーだけに捧げるよ。約束する。ボクにはタッツミーだけだよ。」
達海が嬉しそうに頷いたのを見て、ジーノのは自分の心が温かくなっていくのを感じていた。
タッツミー、これからボクは毎日キミに、キミの欲しい物を――ボクの愛をプレゼントするよ。だから、たくさんたくさん受け取ってね。
END
あとがき
ジーノの愛のプレゼントには、キスとかハグとかも含まれますv頑張って、タッツミー^^
私はジノタツを書くと、どうしてもタッツミーをデレさせてしまいます(^O^)ジーノがタッツミーのことを好きなのと同じくらい、タッツミーもジーノのことが好きなのが大好物なもので;
とにかくジーノがカッコ良くて、タッツミーが可愛い過ぎるのがいけないと思います(><)←すみません
読んで下さって、どうもありがとうございました(^▽^)
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