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同じ歩幅で
恋人未満な2人がお散歩しています




目が疲れた。どことなく頭がぼんやりする。それに長時間座りっぱなしだったせいで、腰も痛い。最早目の前のテレビ画面の映像に集中できなくなってしまい、達海は小さく伸びをするとゆっくりと立ち上がった。


「散歩でもしてくっかな。」


これ以上頭が働かない時に無理に情報を処理しようとしても、良い作戦など全く浮かんでは来ない。こんな時は散歩でもして気分転換をした方がいい。息抜きができれば、また仕事にも集中できるからだ。クラブハウスの周りでもゆっくり歩こうかなと考えて、達海はパーカー姿のままで部屋を出た。


今日は練習のないオフの日だったので、事務室に居るだろう有里達職員以外に全体的に人の気配は少なかった。静かな廊下を1人でのんびりと歩き、クラブハウスの入り口を出た所で、達海は自分に向かって来る人物に気が付いて目を見開いた。向こうも達海が目に入ったようで、明らかに嬉しそう顔をして駆け寄って来た。


「タッツミー、会えて嬉しいよ!今からちょうど君の部屋に行こうと思っていた所だったんだ。」

「ジーノ、また来たのかよ。」

「だって練習がない日でも、ボクはタッツミーに会いたくて堪らないんだよ?だからこうして会いに来るのさ。」


そう言ってジーノは達海に綺麗な笑顔を向けた。この王子様は何をとち狂ってしまったのか、男である自分に好きだの愛しているだの囁いてくるのだ。彼の愛情表現の1つなのだろうが、隙をついて抱き締められてしまうことだってある。一緒に居る相手などそれこそ選り取りみどりのはずであるのに、何故か
ジーノは達海が良い、達海でなければ駄目だと言うのだ。好きな人以外と一緒に居たいと思うはずがないのだと。だから自分は達海以外には考えられないのだと、瞳に真剣な色を宿して訴えてくる。決して冗談などには見えない、本気なのだと分かるジーノの態度に困惑してしまって、どうして良いか分からなかった達海は、これまでずっとのらりくらりとジーノをかわしてきた。ジーノが自分に会いに来ても、監督と選手の立場で接するようにしてきたつもりだった。それなのに、いつの間にかジーノに絆されてしまっていた。好きなんだ、タッツミー、と囁かれて。大切にしたいと強く抱き締められて。ジーノがくれる温もりも悪くはないのかもしれないと感じるようになっていた。ジーノは達海が無意識の内に張った予防線などその足で簡単に飛び越えて、達海の内側に入り込んできた。最初は戸惑いしか感じなかったはずなのに、今ではそれもいいかなぁと思ってしまっている自分が居る。


「ねぇ、タッツミー。外に居るってことは、これからどこかに出掛けるつもりだったのかい?」

「あー、うん。そうだよ。ちょっくら散歩でもしようかなぁって。」


散歩かい?だったらボクも一緒に連れて行ってくれないかな?ジーノはグッと距離を詰めると、お願いするように達海の両手を強く握り締めた。そしてそのまま端正な顔を近付けて、ねぇお願いと達海の顔を覗き込んだ。今にもキスできてしまいそうなその近さに達海は驚いて勢い良く後ずさった。いつも思うのだが、目の前の王子様の行動は大らかなのに大胆なのだ。物腰や仕草は紳士のように上品で柔らかいくせに、相手を捕らえて離さない強引さも持っている。それがジーノの魅力なのだろうと思うと、握り締める手を振り解けなかった。


「タッツミー、お願い。ボクも一緒がいいんだ。」

「…分かったよ。お前も一緒に来ていいよ。けどね、言っとくけど、ただの散歩だよ?面白くも何ともないと思うけど。」

「タッツミーと一緒なんだから、それだけで十分だよ。」


自分に向けられたジーノの優しい微笑みが眩しくて。達海は胸の内に感じた恥ずかしさを誤魔化すようにそっと視線を外すと、いつまで握ってんだよと、ジーノの手を払いのけた。



*****
まさかこんな風にジーノと一緒に散歩をする日が来るなどと思ってもみなかった。達海はそっと首を動かすと、楽しそうに隣を歩くジーノを盗み見た。パーカーを羽織っただけのやる気のない格好の自分とは違って、ジーノはどこかのブランド物のジャケットを品良く着こなしており、舗装された何もない道を歩いていても十分絵になっていた。彼の体を半分流れるイタリアの血のせいで彫りの深い横顔が達海の目に入る。男の自分が見ても男前な顔してんなぁと思わずにはいられない。そのまま隣にある整い過ぎる横顔を見つめていたせいで、こちらに振り返ったジーノと目が合った。


「なあに?タッツミー。」

「えっ、いや…何でもねぇって。」

「おや、そうかい?てっきりボクに見とれていたと思ったんだけれど。」

「ちがっ、誰が見とれるかよ。」


別にボクとしては見とれてもらって構わないんだけどね。ジーノが小さく笑う。からかわれているなと思いつつ、達海はジーノから空へと視線を移した。青い空に浮かぶ雲がゆっくりと流れて行くのが見える。髪を揺らす風も心地良く、心が落ち着くのが感じられた。達海はクラブハウスから人で賑わう通りには出ずに、裏道のような小道を散歩に選んだ。人通りの少ない静かな道は、やはり疲れた頭を休めるのにはちょうど良かった。


「ねぇ、タッツミー。」


不意にジーノが達海の名前を呼んだ。どうしたんだよとジーノに視線を向けると、フフと楽しそうに弾む声が返って来た。


「よくよく考えてみたらさ、これって立派なデートだよね?ボクとタッツミーの初めてのデートが散歩っていうのも存外悪くないね。」

「なっ、デー…ト!?ジーノ、お前、何がデートだよっ!」


これは立派なデートだ。ジーノが発した言葉に達海は動揺のあまり声が裏返った。ジーノはこの散歩は自分達のデートだと言ったが、一体これのどこがデートだというのだろう。ただジーノと一緒に歩いているだけではないか。最近ジーノのことが気になるといっても、そもそも自分達は別に付き合っている訳でも何でもないし、だからこれはデートなどではなくて。頭の中で考えれば考えるほどに、隣を歩くジーノのことを意識してしまう。デートじゃないだろと思っても、ジーノの言葉が達海の頭から離れない。あぁ、駄目だ。これじゃあますますジーノを意識してしまう。悪循環だと分かるのに。けれども達海はどうすることもできなかった。


「タッツミー、今ボクのことを意識したでしょう?」

「は?何言ってんだよ。誰が意識なんか…」

「嘘を吐いても無駄だよ、タッツ。顔が赤くなっているからね。やっぱり意識しているじゃないか。」


図星を指され、達海の肩が大きく揺れる。顔が赤くなってしまったのならば、王子様の前ではもう絶対に誤魔化すことなどできない。どうしようと達海は焦るばかりだった。


「ボク、嬉しくて堪らないよ。タッツミーがボクとデートしているってはっきりと意識してくれたんだから。本当に幸せだよ。」


目を細めて嬉しそうにふわりと笑うジーノに惹き付けられて、達海は瞬きもできなかった。そのまま時が止まったようにジーノを見つめていたが、達海は我に返ると早足で先を歩き始めた。ジーノと居ると調子が狂って仕方ない。心地良さを感じたり心臓がうるさくなったり。どうしてくれるんだよ。そんな気持ちのせいか、達海の足は自然と速くなった。


「タッツミー、待って。置いて行かないでよ。」


ジーノはすぐに達海に追い付くと、怒らせたかった訳じゃなかったんだよと謝って、再び達海の隣を歩き出した。達海はふと気付いたようにジーノの足元に視線を向けた。はっきりと分かってしまった。ジーノは達海の歩幅に合わせるようにして、いつもよりゆっくりと歩いてくれていたのだ。達海は再び顔を上げてジーノを見つめる。達海の足は現役時代に負った怪我のせいで、自由に走ってボールを追い掛けることはできなくなってしまった。手術や辛く長いリハビリを乗り越えて、日常生活に支障のない程度まで歩くことができるようになったが、今はもう周りの人間よりもゆっくりとしか歩くことができない。ゆっくりとしか進むことができない。そんな達海にジーノは何も言わなかった。多分分かっていて色々と聞きたいこともあるだろうに、何も聞かずに同じ歩幅で歩いてくれる。寄り添おうとしてくれている。達海は、自分の心が温かい何かでゆっくりと満たされていくように感じた。


「タッツミー、これはボクとのデートなんだから、もっと喜んでよ。ボクとデートができるなんて、タッツミーがボクの特別だからなんだよ。」

「……」

「ねぇ、聞いてるかい?」

「…お前とのデートが…嬉しいって言ったらどうする?吉田?」

「えっ…!?」


達海の言葉に立ち止まったジーノの顔がみるみる赤くなっていく。ジーノは驚いて目を見開いていたが、ハッと我に返ると、どうにかなりそうなくらい幸せだけど吉田はやめてと、赤い顔のままで口にした。先ほどまであんなに自信たっぷりな王子様だったのに、こんな可愛い所もあったのかと、達海はジーノに愛しさを覚えた。


「あのね、タッツミー。」

「何だよ、ジーノ。」

「ボク、今、タッツミーの温もりを感じたくて仕方ないんだ。だから手を繋ぎたい。駄目かな?」

「お前なぁ…ったく、手貸せよ。」


達海はジーノの手を取ると、自分の手と一緒にパーカーのポケットに突っ込んだ。そのままポケットの中でジーノの手にそっと触れてみると、応えるように長い指が優しく絡まってきた。その温もりに安心感とくすぐったさを感じて、達海は気付かれないように小さく笑った。


「言っとくけど、誰か来たら問答無用で離すかんな。こんなにくっついて歩いてたら、確実に変に思われるし。」


まぁ、それは仕方ないねと、不満げに呟きながらも繋がった手から伝わる温もりにジーノは幸せそうだった。散歩が終わったら本当は仕事の続きをしようと思っていたが、明日にしようかなと達海はぼんやりと考えた。放っておいたらこの王子様のことだ。絶対に機嫌を損ねてしまうだろうから。達海は王子様の相手をするのも悪くないと思いながら、ジーノの手を強く握り締めた。






END






あとがき
ほのぼのお散歩なジノタツです。可愛らしい2人を意識してみました^^ジノタツの2人なら散歩も立派なデートです!一緒の歩幅で一緒の調子でこれからもずっと歩いて行く2人って堪らなくいいと思います(´∀`)


読んで下さいまして、ありがとうございました!

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あきゅろす。
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