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2人で幸せ
クリスマスイブのお話です




「お、時間ぴったり。」

「っ、タッツミー!?」


ドアを開けて中に入って来た達海の恋人であるジーノは、自分のすぐ目の前に立っていた達海を見た瞬間、酷く驚いた表情を見せた。それは目を見開いて心底びっくりしたという顔だった。ジーノは練習の時も試合中もいつも1人だけ余裕たっぷりの笑みを浮かべて涼しい顔をしていることが多い。プライベートの時も年下のくせに落ち着いていて滅多に動じるようなことはないのだ。それなのに、達海の前に立っている彼は明らかにいつもの表情ではなかった。こんなジーノなんて多分今まで見たことないなぁと思いながら、達海は目を見開いていても相変わらず端正なままの顔を見つめた。


「何だよ、そんなびっくりした顔なんかして。」


のんびりとした達海の言葉が耳に届いたようで、驚いてそのまま固まっていたジーノは慌てたように我に返った。今日の王子様は余裕がなくて何かちょっと可愛いな。達海は心の中でこっそりと思いながら、よく分かんないけど驚きすぎだよ、と言葉を続けた。


「驚くに決まっているじゃないか。」

「だから、何に?」

「ボクはね、タッツミーのことだから、きっと今年も仕事をしていると思っていたんだよ。ボクがドアを開けてこの部屋に入ったとしても、君は資料とにらめっこしていると思ったのに。まさか、こうしてボクを出迎えてくれるなんて…」


嬉しくてどうにかなりそうだよ。ジーノは喜びに震えるように言葉を紡いだ。目を細めて嬉しがっている恋人を黙って見つめながら、そんなことでもここまで喜ぶのかと達海は変な意味で感心した。ジーノの言葉通り、今日の達海は監督としてやらなければならない仕事に手を付けずに、ジーノが来るのをじっと待っていたのだった。勿論その行動には達海なりにちゃんと理由があったのだが。


「…だってお前、去年怒ったじゃんか。俺が仕事しようとしたら。だから今年はちゃんと待っててやろうかなーと思って。また怒られるのやだもん。」

「タッツミー…」

「王子様にご機嫌ナナメになられちゃ、色々と大変だろ?…だからだよ。」

「…今日はボクに会いたくて会いたくて仕事なんてできなかった。そんな風に言ってはくれないのかい?」

「…そんなの、言う訳ないじゃん。」


ジーノは恋人が自分を出迎えてくれた理由に少しの不満を感じたようだが、達海はそれ以上何かを言うつもりはなかった。けれども本当はジーノと過ごす今日この日を楽しみにしていたのだ。ジーノと一緒に日々を歩んでいくにつれて達海の中でジーノの存在は大きくなり、彼への想いが確かに強く息づいている。限られた時間であろうとも、少しでも長く、そして多くの時間を彼と共に在りたいと。だから今まで全く気にすることすらなかったクリスマスイブが達海にとって意味のある大切な日になったのだ。こうして今日ジーノと一緒に居られることが本当に幸せなのだ。仕事が手に付かなくなってしまうくらいには。だが自分の性格では、素直に想いを口にすることはなかなかどうして難しい。本当にこればかりはもう仕方がなかった。ジーノが好きであったとしても、簡単にどうにかできることではないからだ。達海は真っすぐに想いを伝えてくるジーノとは正反対の自分の性格に吐息を洩らしそうになったが、分かっているよと優しい声が耳に届いて、思わずジーノを見た。


「君の性格は十分過ぎるくらいに分かっているからね。タッツミーはタッツミーだもの。たとえ君から甘い言葉を貰えなくても、まぁできるならば欲しいけれど…でもね、こうして大切な日に一緒に過ごせるだけで、ボクは幸せだよ。」

「ジーノ。」

「幸せなんだ。」

「俺…」

「大好きな人と一緒に居られるだけでいいんだよ。」


ずるい。ジーノはずるい奴だ。達海はそう思わずにはいられなかった。そんな風に言われてしまったら、もう絶対に彼から離れられなくなるではないか。好きな気持ちがどんどん大きくなってしまうではないか。自分でも厄介だと思っている素直になれない性格をちゃんと分かってくれて、それだけではない、自分の何もかもを受け入れて優しい笑顔で包み込んでくれるのだ。達海は心の中で痺れるような甘い疼きを感じた。ジーノは達海の部屋やクラブハウスの廊下、グラウンドとどのような場所であろうと会う度に惜しげもなく愛を囁いてくるが、クリスマスイブの日もそれは変わらず同じだった。いや寧ろ今日の方がいつもより何倍も自分への想いが込められているように感じられ、達海は面映ゆさから逃れるようにジーノから視線を外した。だが何かを決めたように小さく頷くと、ゆっくりと腕を伸ばして、ジーノの手をそっと掴んだ。


「…早く、中入れよ。ここでいつまでも突っ立ってないでさ。」

「タッ、ツ…」


少しだけ上擦った戸惑い気味の声が何だかおかしくて。自分だって大切な人と一緒に居られて幸せなのだと伝えたくなった。けれども達海にはこれくらいが精一杯だった。結構限界なのだからこれで勘弁して欲しいと思っていると、ジーノが達海の手を優しく握り返した。


「……お前の手、ちょっぴり冷たいね。」


恥ずかしさを誤魔化すようにそんな風に言ってみたら、それは仕方ないよとジーノに困った声で返された。


「車を降りてここまで歩いてきたら、すっかり体が冷えてしまったんだよ。ここの廊下は寒くて嫌だなぁ。」


駐車場からクラブハウスの端にある達海の部屋までは少し距離があり、長い廊下を進まなければならないのだ。達海以外に誰も居ないクラブハウスは照明だけでなく当然のように暖房も切られているので、車を出て寒い廊下を歩けば手だって冷たくなってしまうだろうと思えた。


「そりゃ仕方ないって。節電してるからねー。」

「この部屋も寒いよね。」

「うーん、俺はもう慣れちまったから、そんなに寒くはないけど。お前、寒がりだっけ?」

「ボクは寒いんだよ。…ねぇ、タッツミー。」


今すぐ2人で温め合おうか。ジーノの極上の笑顔が覗き込んできたが、馬鹿じゃねぇの、さっきと言ってること違うじゃんと達海はその提案を一蹴した。勿論繋いだ手を離すことも忘れずに、だ。だが慌てて離した手はすぐにジーノに掴まれ、つれないねと言葉とは裏腹な、どこか楽しげな声で囁かれてしまった。まだこの部屋に来たばかりだというのに、本当にこいつは…と、達海は困った恋人だなと思いながら小さく苦笑するしかなかった。



*****
2人でベッドに腰掛けて寄り添うようにくっついていると、随分と温かさを感じることができる。けれどもそれはジーノが隣に居るから、彼の体温を感じているから、だからあったかいんだと達海は思った。考えてみれば、すごく不思議な気分だった。これからもずっと自分にはフットボールだけがあれば、ただそれだけで良かったはずなのに。特別な誰かを作るつもりなど全然なかったのに。今ではもうジーノが隣に居ない日常など考えることができなかった。達海は人生は不思議だなと思いながら、左肩に感じる愛しい熱をじっと受け止め続けた。ゆっくりと体に伝わる温もりが酷く心地良くなってきた頃、ぴたりと身を寄せていたジーノが達海に話し掛けた。


「タッツミー、君はプレゼントもケーキも…今日は何もいらないってこの前言ったよね?」

「あー、うん。言ったね。1週間くらい前に。」

「どうして、そんなことを言ったんだい?ボクなら洋服でも指輪でも、それこそタッツミーが欲しい物は何だってプレゼントしてあげるのに。勿論ケーキもだよ?」


どうしてなの?ジーノは達海の肩に頭を乗せると、甘えたような口調で再度疑問を口にした。


「ねぇ、タッツミー。」

「えっと…」


ジーノはなかなか答えようとしない達海から体を離すと、一旦ベッドから立ち上がり、達海の前に立った。そして跪くようにして達海の両手を取った。君はボクの恋人だから、全然遠慮する必要などないんだよ。ボクにプレゼントさせておくれよ。愛しい君の為なら、ボクは何でもしてあげたいんだ。君が嬉しいとボクも嬉しいんだよ。自分のことを強く想うジーノの心の声が聞こえてしまい、達海は肩を揺らした。もう駄目だった。本当に敵わない。馬鹿みたいに優しいこの王子様が好きなのだ、どうしようもなく。だから、今日は。今日くらいは、いつもより素直になろうと達海は心に決めた。


「ジーノ、ちょっとこっち来て。」

「タッツミー?」


ジーノは包み込んでいた達海の手を離して立ち上がると、言われるままに達海のすぐ目の前に移動した。達海はベッドに腰掛けたままジーノを見上げると、そっと笑みを浮かべた。


「ぎゅってしてよ。」

「えっ…!?」

「お前からのクリスマスプレゼントは、それでいいよ。」

「タッツ…」


ジーノは達海の視線を静かに受け止めた。達海が伝えようとする想いを推し量るように。達海も同じようにジーノの視線を真っすぐ受け止めたが、やはり少しだけ恥ずかしかった。それでも達海は俯くことなく、ジーノを見つめた。大切な今日の日を自分の中で特別な物にしたかったからだ。


「ジーノ、お前にとっちゃ俺を抱き締めることなんて挨拶程度のことかもしんないけど…それにお前のことだから、こんなんじゃ満足できない、もっと深く繋がりたいとか思うんだろうけどさ。」

「……」

「俺は、お前にこうされるのが一番幸せなんだ。」

「タッツミー!」


幸せや嬉しさ、そういった温かな感情で一杯の声がすぐ耳元で響いて、ジーノに抱き締められたのだと分かった。泣きそうになるくらいに優しく。達海はジーノの腕の中で心が満たされていくのを感じた。


「ボクも…ボクも、タッツミーからのプレゼントはこれがいい。だからボクのことも抱き締めてくれないかい?」


包み込まれるように抱き締められていてジーノの表情は達海からは見えなかったが、幸せそうに微笑んでいる恋人の顔は簡単に想像することができた。達海は満足げに目を閉じると、フッと口元に笑みを浮かべた。


「ん、じゃあ、俺からのクリスマスプレゼント。」


受け取ってよ。達海はジーノの背中に腕を回すと、ぎゅうぎゅうと抱き締めた。するとすぐに応えるようにジーノが優しく包んでくれた。達海の全てを。2人で幸せを感じられる今この瞬間に達海は堪らない幸せを感じ、ジーノへの愛しさが溢れ出して止まらなかった。






END






あとがき
クリスマスイブのお話なので甘々なジノタツを目指したのですが、果たして甘々なのか…(^_^;)お互いが大好き過ぎるジノタツが大好きです!2人で一緒に毎日幸せを感じていて欲しいです。


読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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