[携帯モード] [URL送信]
世話焼き王子様 2(完結)
「ちょっと、達海さん!全く…いつまで寝てるつもりなのよ。早く起きなさい!」

「…あと、もう少し、だけ。」

「何言ってんのよ。監督が練習に遅れていい訳ないでしょうが!」


耳元で甲高い声がしたかと思った瞬間、頭まで被っていた掛け布団を無理矢理剥がされた。途端に突き刺さるような陽の光と、有里の怒った顔が俺の視界一杯に広がる。どうやら目覚まし時計を掛け忘れてたみたいで、ゆっくりと手を伸ばしてベッド脇の時計を確認すると、練習時間をとっくに過ぎていた。皆には悪いんだけどさ、俺って朝弱いんだよね。俺はベッドの上で丸くなったまま、すぐに起き上がることができなかった。


「私だって色々と忙しいっていうのに。もう、早く起きなさいってば!」

早く起きなさいと、有里がまだ寝ぼけている俺をせき立てる。そんなに大きな声出さないで欲しいんだけど。俺はぼーっとする頭のままで有里を見た。容赦なく布団を剥ぎ取り、腰に手を当てて俺が起きるのをじっと待ってる有里は、そう、何だかまるで。


「…お母さん、みたい。」

「はあ!?ちょっと、誰があんたのお母さんよ!」


ほんと早く練習に行きなさいよ。有里はビシッと俺に指差すと、全く嫌になるわと怒ったまま部屋から出て行った。うん、やっぱりジーノはお母さんじゃないな。有里の方が断然口うるさいし、俺がやることに文句言ったりするし。まぁ面倒見はいいんだけどね。だからジーノより絶対お母さんって感じだもんな。俺はまだ眠い目を擦りながら、ベッド脇に掛けてあった練習用のジャージを手に取った。上着を羽織りながら簡単に着替えを済ませていると、でもジーノだったらどんな風に俺を起こすのかなぁと思ってしまった。あれかな、ハーフだし頬にキスとかすんのかな。起きてよ、タッツミーって。その場面を想像したら、何故だか急に顔がぶわっと熱くなったように感じて、何考えてんだよと我に返ってブンブンと首を振った。ジーノが俺にそんなことするはずないじゃんね、俺は男なんだからさ。それよりも今はそんなこと考えてる場合じゃなくて、早く練習に行かないといけなかった。あ、だけどその前に顔洗わないとなぁと思い直しながら、俺はとりあえず部屋を出た。





チームの皆や松ちゃん達に本当に困った監督だという顔をされたけど、今日もいつも通りの練習が終わって。あいつらがロッカールームに引き上げて行く中、ピッチの向こうの奥まった所に忘れられたように転がっていたボールが偶々目に入って、俺はそのボールを拾いに行った。ボールをそっと持ち上げて振り返ったら、俺の方に近付いて来る王子様が見えた。


「ジーノ…」

「タッツミー、今日は寝坊したみたいだね。」

「うっ…えーっとね、目覚まし掛け忘れてさ。昨日も結構遅くまで起きてたから、無理だった。皆には迷惑掛けちまったな。これからは気を付ける。」


俺はボールを小脇に挟んでジーノと一緒に歩き始めた。そろそろ夕方になるからか、ジーノの横顔がうっすらと茜色に染まっていた。その横顔が綺麗だなとか思ってしまって、俺は慌てて下を向いた。気付けばちょうどクラブハウスに着いていて。俺と別れてロッカールームに続く廊下へと足を向けたジーノがタッツミーと名前を呼んだ。


「仕事に一生懸命なことはいいとは思うけれども、あまり無理をしていけないよ。毎日夜更かしなんて駄目だからね。」


ジーノは真剣な瞳を向けたかと思うと、そっと微笑んでゆっくりと俺に背を向けた。何か最近の俺って、ジーノに心配されてばっかりだ。何故ジーノが俺にそうなのかは良く分からなかったけれど、そう悪い気分じゃないのは確かだった。



*****
よくもまあ俺なんかの為にここまでできるよなと思ってしまうほど、ジーノは俺の為に世話を焼いてくれていた。時々手作りの朝食を届けてくれるのは勿論、練習が終わった後にわざわざ店に寄ったのか、夜食にでも食べてねと、どこかの高級な和食の店のお弁当を何度か持って来てくれたりもした。さすがにボクも忙しくてなかなか夜は作れないから。でもこのお店は有機野菜を使っていて無添加が売りだから、お菓子よりはまだいいと思うんだ。そんな風に静かに微笑んで。ジーノが俺の世話を焼いてくれるようになって、俺も前より自分の食生活を気にするようになった。コンビニに行く回数を減らして食堂で食べてみたり、三食きちんと食べるようにしたり。ジーノの影響で俺の生活はちょっとだけど、いい方に変化していた。でもさ、どうしてジーノはそこまで俺のことを気に掛けてくれるんだろう。ジーノの気遣いは確かにありがたいけど、俺は王子様の心の中が分からないままだった。


過去の対戦や他チームの選手のデータが入っている分厚いファイルを何冊も腕に抱えて、俺はゆっくりと廊下を歩いていた。今から部屋に帰って次の対戦チームを打ち負かす作戦を考えようと思ってさ。だけどそのせいで俺は前が良く見えず、廊下の曲がり角で勢い良く誰かにぶつかった。わっ、という声でその相手がすぐに後藤だと分かったんだけど、思い切りぶつかったことで俺はバランスを崩して床に倒れ込みそうになった。だけど不意に背中に優しい温もりを感じて、俺は後ろを振り返った。瞬間ジーノと目が合い、俺は床に尻餅をつくことなく王子様に支えられたんだと分かった。


「タッツミーが怪我でもしたらどうするんだい、GM?ちゃんと前を見て歩かないといけないよ。」

「そうだな。王子の言う通りだ。達海、すまない。大丈夫か?仕事で今すぐ出ないといけなくて、急いでいて…」

「後藤、俺のことなら気にしなくて大丈夫だよ。…ジーノに助けてもらったからさ。遅れちゃマズいなら早く行けよ。」


俺の言葉に後藤は悪いなと謝ると、足早に廊下を去って行った。俺を支えるように腰に腕を回しているジーノにもういいよと声を掛けようと思って、俺はそっとジーノを見上げた。だけど整った顔が思った以上にすぐ目の前にあって、俺は訳もなく動揺してしまった。そのまま固まっていると、大丈夫だったかい?と、ジーノが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。あり得ないくらいの、それこそキスでもできそうなくらいの距離に俺の心臓が早鐘を打った。ドキドキしているのが自分でも分かって、俺は急いで逞しい胸から離れた。


「タッツミーに怪我がなくて良かったよ。」


ジーノは床に散らばっていた何冊かのファイルを拾い上げると、タッツミーが持っている分もボクが運んであげるよと、目を細めて俺の腕から残りのファイルを取り上げて自分の胸に抱えた。


「俺が運ぶから別にいいって。」

「いいんだよ。ボクがタッツミーの為にやりたいだけなんだから。」


だから何で。思わず口に出そうとしたけど、隣で嬉しそうにファイルを抱えるジーノを見ていたら、結局何も言えなくなってしまった。ジーノは変な奴だけど、ここ最近の俺の方がずっとずっと変だった。自分の気持ちが全然分からなくなっちまっていたから。


俺の部屋に着くと、ここでいいよねと、ジーノは小さなテーブルの上にファイルの山を置いてくれた。練習終わりに偶然俺を見掛けた訳だから、ジーノはジャージ姿のままだった。このまま着替えに行くだろうと思った俺は、急いでジーノにお礼を言った。ドキドキしたままだった今の俺には、それが精一杯だった。


「ボクはタッツミーの為なら何だってしてあげたいと思うんだ。それが伝わっているなら嬉しいよ。それじゃあ、無理はしないようにね。」


俺の為に何でもやってあげたい。ジーノがドアの向こう側に消えても、その言葉が優しい響きで俺の耳に木霊した。不意に俺の中に背中越しに感じたジーノの温もりが蘇って来てしまって、自分でも分からないままに顔や耳が熱くて仕方なかった。



*****
頬に何か柔らかい感触がしたかと思った瞬間、次いでちゅっと可愛い音が俺の耳に届いた。えっ?今のってもしかして。布団の中でハッと目を開けると、幸せそうに笑うジーノとあり得ない近さで目が合った。ジーノは俺の頬に長い指を添えていて、何が楽しいのか優しく一撫でして離れていった。多分どう考えても今、ジーノにキスされた…よね?前に想像した通りのことが起きた訳で、俺は馬鹿みたいに混乱して思ったこと口に出していた。


「うん。やっぱり、ジーノはお母さんじゃない。…だってこんなこと…」

「お母さん?ボクがタッツミーのお母さんな訳ないでしょう?ボクはれっきとした男なんだから。…ボクのことは恋人と言ってもらえたら、それはすごく嬉しいんだけどね。」

「は?えっ…恋、人!?」


朝から何言ってんの、ジーノの奴。ベッドの中からジーノを見やると、今はまだ無理だって分かっているけどね、と小さく溜め息を零していた。


「驚かせてしまってごめんね。タッツミーの寝顔があまりにも可愛くて可愛くて、ボクも我慢の限界だったんだよ。」


ジーノの言葉でやっぱり寝顔を見られて頬にキスされたんだと確信した。っていうか、寝顔は見ない約束だったのに。こんな簡単に破りやがって。俺がムスッとした表情になったせいか、ジーノは慌てたように笑顔を作ってテーブルを指差した。


「今日は野菜たっぷりのマフィンを作って来たんだ。それにフルーツのシロップ漬けもあるから。ね、これで許してくれないかな?」


俺はジーノに促されるようにパーカーを羽織ると、テーブルの前に座り込んだ。レタスやトマト、それに生ハムなんかが挟み込まれたマフィンは本当に美味そうだった。俺は見た目通り美味しくて堪らないマフィンを頬張りながら、しょうがない、許してやんよ、とジーノに笑い掛けた。もしかしたら俺、ジーノにこんな風に色々とお世話されてる内に、絆されちゃったのかもしれないなぁと思いながら。


俺が世話焼きの王子様のことが好きなんだって本当に気付くのは、まだもう少し後の話だったりする。






END






あとがき
私はタッツミーに甲斐甲斐しく尽くすジーノも好きなので、大好きなタッツミーのお世話をする王子様になりました^^こんなジーノ、一家に欲しいですねv


タッツミーもジーノに色々とやってもらって満更でもなくなって、そのまま好きになっちゃうんですよ!ジノタツ本当に可愛いです!


読んで下さってありがとうございました♪

[*前へ][次へ#]

46/87ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!