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君と過ごす輝く夏
夏祭りデートのお話です




次から次へと行われる試合と試合の間には、つかの間の休息も必要である。それはETUの気まぐれファンタジスタと王様な監督にとっても決して欠かせないことであり。どうしてもやる気をなくしがちになってしまう暑い夏の時期だからこそ、気分転換の為のリフレッシュはとても大切なことだった。


「ユーリ、君はいつも綺麗だけど、今日は一段と美しいね。その浴衣、良く似合っているよ。」

「えーっ、やだっ!お世辞だって分かってるけど、王子に誉められちゃった。王子の方こそ浴衣、すっごく似合ってるじゃない!写真集とかポートレートとか出したら絶対売れそうだわ、これは。」


本当に格好良いわよと、有里がどこか興奮したようにジーノの背中をバシッと叩いた。彼女の手の動きに合わせて浴衣の袖に咲いた白い花が揺れる。ジーノはちょっと痛いなと内心で思いながらも、それは嬉しいよ、ありがとうと綺麗に微笑んだ。紺地に棒縞があしらわれた上品な雰囲気を醸し出している浴衣。その浴衣に合わせた献上柄の白い帯。歩く度にカラコロと涼しげな音を立てる下駄。無駄な装飾を好まず、常にシンプルが一番だと考えているジーノには似合い過ぎている浴衣だった。全体的にすっきりとした出で立ちではあるが、誰もが振り向かずにはいられない。浴衣を着たジーノは男女問わず多くの人の視線を集めてしまうほどに魅力的であるといえた。ジーノがこのように練習用のウェアでもなく、お洒落な私服でもない普段の格好と違う浴衣姿でいる理由は、数日前に達海に誘われたからに他ならなかった。





『あのさ…今週末、一緒に夏祭り、行かない?毎年やってる隅田川花火大会なんだけど。屋台も結構あってさ。勿論花火も上がるし、綺麗だぜ。最近ずっと試合続きだったじゃん?だからちょっとした息抜きになると思うんだよ。』


午後からの練習が終わって、いつものようにクールダウンをしていた時のことだった。ゆったりとストレッチをしていたジーノは、ちょっといい?と達海にちょいちょいと手招きをされた。どうしたのかなと思いながら彼に近付いてみると、少し恥ずかしそうな声でこっそりと耳打ちされたのだ。地元の商店街の夏祭りに一緒に行かないかと。突然のことにただ嬉しくて堪らなくて。断る理由などジーノには1つもありはしなかった。可愛い恋人からのお誘いなのだから。甘さを含んだ達海の言葉に練習の疲れも一気に吹き飛んでしまった。ジーノは酷く高揚した気分に浸りながら、勿論OKだよと大きく頷いたのだった。





「ねぇ、ちょっとこっち来て王子の浴衣姿見てみなさいよ〜。お手本になるわよ…って、あれ?どこ行ったのよ、あの人は。達海さん!」


ちょっと目を離すとすぐこれだわ、本当に困った人よね、ごめんなさいと有里はジーノにくるりと背を向けると、屋台が並ぶ通りに視線を移して達海の姿を捜すように大きな声を出した。ジーノも賑わう声がする方へと首を動かす。待ち合わせの時間までまだ十分に時間はあったが、有里の言葉からしても達海はジーノより先に来ていたようだった。夏祭りを楽しんでいる人々の波の中に不意にぴょんと跳ねた茶色の髪が見え、それが段々と近付いて来ることにジーノは胸を高鳴らせた。


「まったく、可愛い子を困らせたら駄目だよ、タッツ……え?ちょっと、タッツミー!?何でいつもと同じ服装なんだい?約束が違うじゃないか。」


愛用のジャケットのポケットに両手を突っ込んでこちらにてくてく歩いて来た達海は、ムスッとした表情で腕を組んでいるジーノの姿と、ジーノが口にした不満げな言葉の両方にマズいっと大きく肩を揺らした。


「…あ、よぅ、ジーノ。今日は来てくれてありがと。」

「君からのお誘いなんだから、無碍にするはずがないよ。だけど今それは別として、タッツミー、これはどういうことだい?」

「えーと、まぁ、うん。…約束はしたっちゃしたけど…あの時は成り行きでああ言っただけっつーか。」


2人の間に立っていた有里が、何?何?どうしたの、何の話?と興味津々な顔でキラキラと目を輝かせている。ジーノはそんな彼女に困ったように笑うと、少しの間タッツミーを借りるよ、と達海の腕を引っ張って、有里の視線から逃れるように人混みの中にその身を預けたのだった。



*****
「…タッツミーが『いいよ、それじゃあ俺も浴衣着てくる』ってあの時言ってくれたから、ボクはね、今日この日をとても楽しみにしていたんだよ?それなのに、ボクだけだなんて…こんなことなら、君に似合う浴衣を無理矢理にでもプレゼントすれば良かったよ。」

白いVネックのタンクトップの上にいつもの見慣れたカーキ色のジャケット姿の達海を見やると、ジーノはこれ見よがしに大きな溜め息を零した。屋台の並びから少し離れた場所で達海を解放すると、彼はそんな怒んなよと唇を尖らせた。


「あの時お前が急に浴衣の話し出したから、ここは合わせた方がいいかなーって思って。でもね、考えてみ?そもそも俺が浴衣なんてそんな風流な物持ってる訳ないじゃん。それにさー、買いに行く時間とか当然ある訳ないし。」

「ボクも一瞬そう思ったさ。だけどボクはタッツミーの言葉を信じたんだよ。大切な恋人の言葉を、ね。」

「ジーノ。」


自分のせいで機嫌を損ねたジーノがふてくされたままでいるのは困るし、それは嫌だと思ったのだろうか。達海は小さく息を吐くと、悪かったよ、期待させるようなこと言って、と謝罪の言葉を口にした。いつもより素直な恋人の態度にジーノは少しだけ驚いてしまったが、すぐに表情を和らげるとそっと口元に笑みを浮かべた。勿論言うまでもないことだが、ジーノは本気で怒っている訳ではない。確かに達海の浴衣姿を見ることができないのは残念であるが、彼と今この瞬間を過ごせることがとてもとても幸福なのだ。


「ボクは別に怒っている訳じゃないから。だから、安心して。」

「ジーノ…」

「今夜は楽しもうね、タッツミー。」

「うん、そうだな。よし、それじゃあ目一杯楽しもうぜ!」


日本の夏祭りって面白そうだよねとニコニコしているジーノにほっとしたような表情を見せると、達海は近くの屋台から見ようとジーノを置いて先に歩き始めた。だが突然その歩みを止めると、言い忘れてたとジーノの方へ振り返った。


「あとさ…男前なのは、プレーだけにしろよな。」

「えっ…!?タッツミー、今のは…」


別に何でもない、さっさと行くぞと達海は早足で歩き始める。今の言葉はどう考えても浴衣姿のボクを格好良いと思ってくれたからだよね?そうなんだよね?タッツミー。ジーノは堪らず心の中で恋人に問い掛けた。先を行く達海の耳がうっすらと赤い気がして、その事実が何よりもジーノを嬉しくさせた。ジーノはその場に立ち止まったまま王子の呼び名に相応しくなく頬を緩ませていたのだが、ハッと我に返ると、慌てて愛しい人の背中を追い掛けた。



*****
毎年夏の終わりになると、隅田川花火大会が行われる。夏の風物詩であるこの花火大会をより一層盛り上げる為、ETUのクラブハウスに近い商店街にはたくさんの屋台が並び、普段とはまた違った雰囲気を見せてくれる。誰もが友人や家族、恋人といった大切な人と一緒に夏祭りを楽しんでいるのだろう。あちこちで幸せそうな笑い声が響いていた。


あれからジーノは達海と共に屋台をぶらぶらとした。なぁなぁ、ジーノ、俺、あれ食べたいかも。じゃあ次はあれ買って。そんな風にねだってくる達海にジーノは綿飴や林檎飴など色々な物を奢ってあげた。半分イタリアの血が流れているせいで日本のお祭りにあまり馴染みのないジーノであったが、純粋に楽しいなと思えた。今まで興味などなかったのだ。夏祭りにも花火にも。これからもそうだろうと思っていた。けれど。達海が隣に居るから。彼が隣で楽しそうに笑っているから。だから自分も同じように楽しいのだと、ジーノの心は温かい気持ちで満たされた。胸の内で幸せを噛み締めているジーノの隣をのんびりと歩く達海は、ヒーロー物のお面を首に提げ、いちご味のかき氷を今まさに一生懸命頬張っている最中だった。ボクより9歳も年上なのにねと、ジーノは小さい子供のような行動を見せる恋人にクスッと笑みを零した。


「子供みたいにはしゃぐ君は本当に可愛いね、タッツミー。」

「可愛いは余計。だって今日はさ、ちょっとくらいハメ外してもいいじゃん?夏祭りなんだから、楽しまなきゃ損だろーが。」


こういうのって、やっぱ思い切り楽しんだもん勝ちだろ?かき氷を食べながら達海が笑った。そういえば以前達海は夏のキャンプの時にミスターTに扮して選手達以上にキャンプを楽しんでいたことを思い出して、ジーノは納得したように頷いた。


「うん、そうだね。夏祭りだもの。楽しまなくちゃ勿体ないね。」

「そーいうこと。分かればよろしい、王子様。」


楽しいと思うことには全力で楽しみ、全身で楽しいと伝えてくれる。ジーノを惹き付けてやまない、あどけなくて綺麗な笑みを浮かべながら。そんな達海はどこに居ても輝いて見えて、ジーノには眩しくて酷く愛おしかった。


*****
「すごいね。この場所は特等席だ。」

「だろ〜?俺の部屋からも見れないことはないんだけど、ここだと誰にも邪魔されねぇし、花火がすっげー近くで見えんだよ。うわぁ、綺麗だな。」

「うん、綺麗だね。」


ジーノと達海の視線の先では色鮮やかな大輪の花が咲き誇っている。2人はクラブハウスの屋上に座り込んで、夜空に輝く花火を楽しんでいた。ジーノのすぐ隣にぺたりと座る達海は夜空を見上げたまま、パッカの顔が大きく全面に印刷されたうちわをぱたぱたと扇いでいる。ジーノと達海は花火が始まる少し前にクラブハウスへと戻って来ていた。トイレ行くから先に屋上行っててと達海に言われたので、ジーノは恋人の言葉通りに一足先に屋上へと向かうことにした。少し経ってから、待たせて悪ぃなと戻って来た達海は何故かその手にETUのマスコットのうちわを持っていたのだった。ジーノは花火から視線を外すと、達海の横顔をそっと見つめてみた。だが薄闇の中で目が合ったのは大好きな恋人ではなく、愛嬌のある緑色のマスコットだった。ジーノはどこか憎めないマスコットの顔ではなく、達海へと視線を注ぎ続けた。ジーノの視線に漸く気付いた達海は、ああこれ?とうちわに目を落とした。


「事務所に来るお客さんに渡してんだって。さっき下で会って、有里がくれた。」


じっとうちわを見つめていた達海は突然何かを思い付いた顔をすると、ジーノに近付いた。そしてジーノが着ている浴衣と帯の隙間にうちわを差し込んだ。


「おっ、ますます男前になったじゃん。」

「ちょっと、タッツミー!」


暗いのが残念だなーと達海がからかい混じりの声を上げる。このうちわはさすがに勘弁して欲しいと思ったが、達海は本当に楽しそうだったので、ジーノは結局彼の好きにさせてやることにした。ニヒーと笑う達海につられてジーノの口元にも笑みが浮かぶ。お互いに笑い合っていたが、ジーノは不意に真剣な表情をすると、先ほど達海の横顔を見つめていた時に頭に浮かんだ言葉を静かに紡いだ。


「…昔もここで、こんな風に誰かと一緒に見たのかい?」


ジーノは達海の過去を詮索しようとは思わない。知らなくてもいいことだと思っている。今の自分と達海が居れば、もうそれだけで十分だからだ。けれども、それでもどうしても気になってしまう時もある。自分が知らない達海を知りたいと思ってしまうことも。


「後藤とかチームの仲間とかと一緒に見たこともあるけど…」

「うん。」


返って来る答えなど分かりきっているのだから、別にわざわざ尋ねなくても良かったのだ。ほんの少しの切なさを感じながら、やっぱりそうだよねと、ジーノは達海に頷き返した。


「だけどね、一緒に見ることができて嬉しいなぁって思ったのは、お前が初めてだよ。」

「タッツ、ミー…」


そんな風に思うのはこれから先もお前だけだかんな。花火の光に仄かに照らされた達海の顔は、それはそれは幸せそうだった。


「タッツミー、タッツミーは本当に…」


達海への想いが次から次へと溢れてくる。溢れ出して止まらなかった。ジーノは自分の心を抑えるように一旦言葉を切ると、側にあった達海の手を握り締めた。


「来年もまた一緒に花火を見ようね。そうだ、今度こそタッツミーには絶対浴衣を着てもらうから。」

「えーっ、いちいち着替えんのって面倒だし、それにお前、すぐに俺の浴衣脱がしにかかりそうだからやだ。」


達海が嫌そうに唇を尖らせる。ボクは王子で紳士だからそんなことはしないよとは言ったものの、ジーノは達海が口にした後半の言葉を否定することができず、曖昧に笑うしかなかった。達海はジーノをじっと見つめていたが、フッとその目元が和らいだ。


「いいよ。考えといてやんよ。」

「タッツミー!」


ジーノは遂に耐えきれなくなってしまい、目の前の達海の体を引き寄せると、強く強くその腕に抱いた。ジーノの腕の中からは、あちぃから引っ付くなよと抗議の声が上がる。けれどもジーノは自分の想いを伝えようと達海の背中に腕を回したままだった。


「いい加減離れろってば。」

「タッツミー、大好きだよ。」

「離れろよ、ジーノ。」

「愛しているよ。」

「…ったく、これだから王子様は。」


離れろ離れろと文句を言う割には達海はジーノに寄り添ったままであり、自分から離れていくような気配はなかった。それがまたジーノの心を満たしてくれて、嬉しくて堪らなかった。優しい温もりを腕の中に感じながら、ジーノは達海に微笑んで、愛しい人と共に再び夜空に咲く花を見上げた。来年もこうして2人で過ごしているのだろうと心に思い描きながら。






END






あとがき
公式で花火大会のお話があったので、これはジノタツ妄想せねば!と思いまして、勢いだけで書きました^^つまりはあれです、浴衣姿のジーノが書きたかっただけです!ジーノはどんな浴衣が似合うかなぁと思って男性用の浴衣をネットで色々探してみたりしたのですが、これが一番楽しかったです(^ω^)


タッツミーは1人だとしっとりとお祭りを楽しみそうですが、ジーノと一緒だと甘えてはしゃいだりしたら可愛いな!と思いまして、このような感じになりました(^^;)これからも毎年のように2人で夏祭りデートしてればそれでいいですv


読んで下さいまして、ありがとうございました。

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あきゅろす。
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