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おかえりなさいと愛してる 1
21歳×30歳

ものすごくパラレル設定です




真夏の太陽が容赦なく頭上から照りつけてくる。それはもう肌を灼くようにジリジリとだ。練習用の七分袖のウェアを着ているからだろう、今日はいつも以上に暑いなと感じながら、ジーノはどこまでも広がる真っ青な空を見上げた。そうは言っても日焼けをするのは絶対に御免なので、どんなに暑くとも我慢しなければならない。けれどもうだるような暑さと照り返しの熱に段々と嫌気が差してくるのも確かだった。


「…やっぱりボク1人でも構わないから、バカンスに行けば良かったかな。」


ロッカールームを出てキャンパスの奥にあるグラウンドへと向かいながら、ジーノは大きな溜め息を零した。ちょうど今、自分を含めた大学生達の多くは大学生活で最も楽しい夏休みを迎えていた。ジーノも交際している複数の彼女達の中から都合の合う子と一緒に海外旅行にでも行ってゆっくり羽根を伸ばそうと考えていた。それなのに誘った彼女達は運悪く皆それぞれに予定が詰まっており、今年に限って楽しいバカンスはお預けになってしまったのだ。どうしようかなと思っていたそんな時、所属しているけれどもほとんど真面目に顔を出したことがないサッカー部のことがふと頭に浮かんだ。毎年夏休み前になると、チームメイトが必死な表情をしながら、せめて夏休みくらいは練習に来るようにとジーノに頼み込むのが恒例だった。ジーノは自他共に認めるファンタジスタであり、チームのエースとして申し分ない才能を持っている。それなのに夏休みは予定があるからねと笑顔で断り続け、今年も練習には参加しないつもりだった。だからこれは、本当に気まぐれだ。気まぐれで今年はフットボールな夏休みというのもいいかもしれないと思ったのだ。


「本当に暑いね、全く。練習が始まったらすぐに休憩しようかな。」


暑さのせいでジーノは早くもやる気をなくしかけていた。グラウンドに続く道の両脇に植えられている木々から蝉の大合唱が耳に響く。もうこのまま帰ってしまおうか。一瞬だけそんな風にも思う。けれどもフットボールは嫌いではない訳だから、一応練習には参加するつもりだった。ひと夏だけだがスポーツに打ち込むのも学生らしいといえる。ボクのペースでゆっくり楽しもうかなと、ジーノは自分が練習に遅刻していることなど全く気にすることはなく、そんな風に結論付けたのだった。



*****
目を奪われて惹き付けられる。何となく目が離せない。まるで吸い寄せられるかのように。まさかこんな体験をする日が来るなんて。グラウンドに向かう数分前の自分はそのようなことなど全く想像すらしていなかった。


若干懐かしさを感じるグラウンドに足を踏み入れた瞬間、ジーノはピッチの向こうに立っていた人物から視線が外せなくなっていた。何故だか気になってしまって。ジーノは自分でも良く分からないままに、気が付けばその人物を真っすぐに見つめていた。あちこちに跳ねた茶色い髪、ピッチの中を見つめる真剣な瞳、黒いプリントTシャツを着た細い体。ジーノはそのどれにも見覚えはなかった。監督やコーチの顔は何となく覚えていたので、そのどちらでもない彼の存在が気になった。指示を飛ばす中年の監督の横に立ってミニゲームを面白そうに眺めている彼を横目で見ながら、ジーノは次のゲーム待ちをしていたチームメイトの1人に近付いた。勿論ジーノはチームメイト達の顔も名前もはっきりと覚えてはいなかった。それでも特に気にも留めず、やあ、久しぶりだねと優雅に声を掛けた。周りに居た数人の仲間達がジーノに気付いてわらわらと集まって来る。彼らはジーノが練習に来たことに驚きや嬉しさを表したが、随分遅刻しているぞと困ったようにも笑った。ジーノはごめんねと笑顔でかわすと、ゆっくりと首を動かして再びピッチを挟んだ向こう側へと視線を移した。


「ねぇ、あそこに居る彼は?見ない顔だけど…」

「ジーノ、お前知らねぇの!?達海だよ!達海!結構前に引退しちゃってるけど、そりゃあ有名な選手だったんだぜ。」

「へぇ、そうなんだ。」


ジーノがふ〜んと頷くと、隣に立っていた仲間の1人が、達海さんって言えって、年上なんだからさん付けしろよなと注意した。元選手だという彼がどうしてこのような所に居るのだろうか。基本的に男性には興味を持たないはずなのにどうしてだか気になっていると、ジーノの疑問に答えるように目の前の仲間が口を開いた。


「監督が呼んだっつーか、頼み込んだらしいぜ。俺も詳しくは教えてもらってないんだけど、達海さん、引退した後、地元で子供達にサッカー教えたりとかしてるらしくてさ。監督が夏休みだけでいいから俺らのことも見て欲しいって言ったらしいよ。」

「へ〜。でも、すげぇよな。元代表だろ?怪我で引退しなきゃ、まだまだ現役だったかもしれないんだよな。」

「それにしても監督も必死だな〜。どんだけ頼み込んだのかな?」

「俺達って結構強いチームだからさ、達海さんから色々教えてもらったら、もっと強くなるんじゃね?」


元プロの選手。自分達よりも年上。現在は指導者的な立場にある。勝手に盛り上がり出した仲間達の輪から一歩下がると、ジーノは彼らの会話を適当に聞き流しながら、得られた情報を頭の中で整理した。ジーノは両親の都合で幼い頃から今まで日本とイタリアとで交互に暮らしており、日本のサッカー界のことはあまり良く知らない。当然彼のこともだ。先ほど初めて彼を見た時、有名な選手であったことは知らなかったが、確かに他人とはどこか違うと思った。彼には何か人を惹き付けるような雰囲気があった。この自分が無意識に目で追ってしまったのだから。これはどういうことなのだろうと思っていると、ジーノの思考を遮るようにゲームの交代の指示が耳に届いた。


「とりあえず…まずは話し掛けてみようかな。」


興味が湧いたのだ。自分にしては珍しい。同性だというのに。それでも彼がどんな人物なのか知りたいと強く思った。ジーノは自分の中に生まれた欲求を満たすことに決め、仲間達とミニゲームの準備をすることもなく、綺麗に整備されたピッチを抜けてそのまま目的の人物の前まで歩いた。少し離れた所に居た監督がジーノに気付いて声を掛けようとしたが、ジーノはそれを遮るように、ちゃんと参加するから少しだけ休ませてよねと願い出た。チームの司令塔の我が儘は今に始まったことではなく、久しぶりに練習に来てくれただけでもマシかと判断されたようで、後半のミニゲームは参加するようにと渋々頷かれた。だが監督はそれ以上は何も言ってこなかったので、ジーノは気を取り直して目の前に立っている随分年上の彼に笑顔を向けた。ジーノが突然やって来たことに相手は少しだけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに視線はピッチの向こうに向けられた。だがジーノはこっちを向いてもらおうと、笑みを浮かべたままゆっくりと口を開いた。


「オーラ、あるよね。そんな風に言われないかい?」

「えっ…?何いきなり…別にそんなこと、言われたことないけど。」

「ボクはそう感じたんだけどな。あっ…ねぇ、名前は何て言うんだい?」

「名前?いや、さっき皆の前で言ったんだけどね。…達海猛だよ。」

「…タツミ、タケシ。」


漢字ではどんな字を書くのだろうか。ジーノは達海を見つめながらそんなことを考えた。自分より年上のはずなのに、達海は自分とあまり歳が離れていないように見える。童顔なんて可愛くて親しみが持てるよねと、無意識に機嫌が良くなり、ジーノは口元を緩めた。


「タツミ…タツ、ミ…タッツ…ミー。そうだ、タッツミーって呼んでもいいかな?可愛くて君にぴったりな呼び名だと思わないかい?」

「は?タッツ、ミー…!?お前、大学生だろ?そのニックネームはなくね?しかも俺の方がお前よりずっと年上なんだけど。」


達海が唇を尖らせて、それは…と嫌そうな顔をする。ちょんと突き出た唇がますます彼を若く見せる役割を果たしていた。


「『お前』じゃないよ、タッツミー。ボクはルイジ吉田。ボクのことはジーノと呼んでくれて構わないよ。ボク、タッツミーと仲良くしたいんだ。何だか君に興味が湧いてしまってね。」


あぁもうタッツミー呼びは固定な訳ね。達海は分かったよと困り顔で頷くと、子供みたいなニックネームで呼ばれることを受け入れてくれた。


「それにしてもジーノ、お前さ、今日思いっ切り遅刻してたよな?あと監督に聞いたけど、練習も真面目にやってないんだって?…いくら試合でちゃんと結果出せてるっていっても、そういうのはやっぱ良くないと思うよ、俺。まぁ、部外者の俺が偉そうなことは言えないんだけどね。」

「…ううん、そうだね。タッツミーの言う通りかもしれないね。」


監督やチームの仲間達から同じことを言われても何も感じなかったのに、何故か達海の言葉はすんなりと聞くことができていた。真っすぐに見つめられて、ジーノは何となく居心地が悪いというか、気恥ずかしくて視線を逸らしたいような気持ちになった。達海は真剣な表情を崩して笑い掛けると、夏休みくらい頑張ってみろよとジーノの肩を叩いた。


「ボク、明日もちゃんと練習には参加するよ。」

「おっ、いいじゃん。」

「タッツミーが居るからだよ。真面目に頑張ってみようと思ったのはね。」


達海が目を見開く様をジーノは微笑んで見つめた。初めて見ただけなのに一瞬で気になって、興味が湧いて、もう少し近付いてみたいような気がして。この気持ちが興味本位から来る物なのか、それ以外の物なのか、まだはっきりとはしていなかったが、ジーノは胸が躍るような楽しさを感じていた。


「…ジーノ、そろそろミニゲームに参加しろよ。俺も監督に頼まれてるから、おしゃべりしないで見てなきゃなんねぇの。」


ほら、あっち行けって。達海がしっしっと手で追い払う仕草をする。それすらも彼を子供っぽく見せて。何だか掴み所のない、それでいて可愛らしい人だなとジーノは思った。


「タッツミーが言うなら仕方ないね。今からボクの華麗なプレーを見せてあげるよ。」


ピッチへと向かいながら、振り返って達海に片手を挙げると、お前ってすっごい自信家だね〜と呆れたような声が返って来た。それでも彼の瞳は、言葉通りにすごいの見せてみろよと楽しそうに輝いていて。ジーノは小さく息を飲むと、慌てて達海に背を向けてピッチへと急いだ。


「…ボク、今年は日本に居て良かったな。」


彼と出会えて良かった。ジーノは心の中で呟くと、眩しさに目を細めながら真夏の空とその青を背に立つ達海を見つめたのだった。

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あきゅろす。
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