嘘つきdrunkard 2(完結)
練習のミニゲームでも守備となると相変わらず手抜くんだよな。つ〜か、こっちに意味もなく笑い掛けてくんなよ。別に他意はないって分かっててもドキドキすんじゃん。あ〜最悪だよ、俺。ジーノのこと気にし過ぎ。
俺は今ピッチの外に立って、目の前で繰り広げられているゲームをじっと見つめていた。こういった練習の小さなゲームでも、自分のチームの問題点や可能性が分かったりするからすごく大切なものだったりする。俺は向こうで白熱している練習試合の中から導き出される情報を頭の中で整理していた。まぁこれは、いつもの俺の日常な訳なんだけど。俺は頭を振ると小さく溜め息を漏らした。気が付けばさっきからずっと無意識に10番の背番号を目で追ってしまっている自分に嫌気がしたからだ。見ないようにしているつもりなのに、我が物顔でピッチを歩く王子様の横顔を眺めてしまう。仕事中にこんなことしてる訳にはいかないのに。ボールを貰って走る椿を後ろで眺めているジーノと、酔ったまま俺に綺麗に笑い掛けるジーノが一瞬だけ重なって、俺は集中しろよと自分をなじった。もうあの夜から10日以上経っているっていうのに、俺の中でジーノの存在がどんどん大きくなっているのが分かる。このままじゃ俺の中はフットボールとあいつのことで一杯になっちゃうんじゃないの?
「…本当にどうしたらいいんだろ。」
「あの〜、監督。大丈夫ですか?…何かチームに問題でも?」
いつの間にか俺の横に立っていた松ちゃんが不安そうな顔で俺を見上げる。俺、松ちゃんが来たことにも気付かないくらいジーノのこと考えてたのかよ。うん、本格的にまずい。
「チームは大丈夫。むしろ順調だよ、今んとこは。…俺の個人的なことだから気にしないでよ。いいよね〜、松ちゃんは何も悩みなんてなさそうな人生で。悩んだことなさそうな顔してるもん。」
「ちょっと、監督!私だって悩みくらいありますよ!」
「え〜、そうなの?」
家族のことを話し始めた松ちゃんを適当にいじることにしたけれど、結局俺は最後までジーノから目を離すことができなかった。
今日の練習が終わり、ジーノのことを考え過ぎたせいでいつも以上に疲れてしまった俺は、皆への指示もそこそこにピッチを引き上げることにした。精神的に疲れた体でゆっくり歩いていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「疲れているみたいだね、タッツミー。」
「ジー、ノ…」
もしかして下手するとフットボールのことよりも考えていたかもしれない人物が心配そうな表情を向けていた。何でもないから大丈夫と歩き出すと、ジーノが俺の隣に来て同じ歩幅でのんびりと歩き始めた。ジーノがすぐ近くに居るというこの状況が嫌でも俺に夜のことを思い出させて、俺は逃げるようにサッと体を離してジーノから距離を取った。だけどジーノはまるで俺が離れるのが嫌だとでもいうように、距離を詰めてまたすぐ隣に来た。やめてくれよ。俺を見ないでよ。酔ってない時に俺に近付くな。酔ったら何も覚えてなくて、俺の気持ちも知らない癖に普段の時までこんな風に惑わせるなよ。
「タッツミー、何でそんなに離れて歩くんだい?」
「…お前が近付き過ぎなの。歩きにくいだろ。…それに酒臭い。」
「もう、酷い冗談だね。今週はお酒は飲んでないよ。タッツミーにいつも迷惑掛けてる自覚はあるから。」
「そうだよ、どうして毎回自分の部屋と俺の部屋を間違える訳?」
「…さぁ、どうしてだろうね。」
ジーノは小さく笑って俺を見た。酔っても酔ってなくても王子様の相手は大変だ。本当にそんな顔で笑い掛けないで欲しい。胸が苦しくなる。
「そういえば、タッツミー。今日、ボクのことを見ていなかったかい?」
「えっ…」
突然の言葉に肩が跳ねそうになって、俺は動揺を隠すように首を振った。そんな訳ないじゃんと口にした俺を見て、ジーノはそうかなぁと顎に手を当てて考える素振りを見せたけど、ボクの勘違いだったみたいだね、と納得したような表情になって頷いた。
「じゃあね、タッツミー。」
優雅に片手を挙げると、ジーノは先にクラブハウスへと戻ってしまった。その場に残された俺は、小さな悲しみみたいなものが胸に広がるのを感じていた。好きで気になる相手と話ができて笑い掛けてもらえたことは確かに嬉しいことなんだと思う。だけどそう思うえば思うほど、ジーノと過ごした夜がまるで幻のように霞んで。ジーノが何も知らずに気紛れに俺に微笑み掛けるほど、何もできずに結局変わることのない現状を思い知らされるだけだった。
*****
ジーノが酔って俺の部屋に来るということは、それまでは誰かと一緒に飲んでいた訳で。多分俺には一生縁がないような魅力的な女なんだろうなと思う。今まではジーノが誰と飲んで酔って俺の部屋に来ようが、全然気にならなかった。俺の部屋で寝ようが好き勝手しようが、仕事の邪魔にならないなら別にいいと考えていた。だけど段々ジーノが俺に構ってくるようになって。相手なんかしなきゃ良かったんだ。放っておけば良かったんだ。そうすれば、ジーノが誰と楽しい時間を過ごしているか気にすることもなかったのに。あの眩しい笑顔と優しい温もりに心が癒やされて、好きになってしまうこともなかったのに。
見ておかなきゃいけない資料やDVDも昨日で全部消化していたから、今日は特にすることもなくて、俺はぼんやりとベッドに寝転がっていた。まだ寝る時間でもなかったから、何も考えないようにしてそのまま天井をぼけっと見上げていたら、ドアの向こうで靴音がした。聴き慣れたその音に俺は思わずベッドから体を起こしていた。
「こんばんは、タッツ。」
「…何だよ、今日も来たんだ。また飲み過ぎてんじゃないだろうな?…明日も練習あるって分かってる?」
「練習は午後からだから支障はないよ。…フフ、会いたかった。」
ジーノが手を広げてゆっくりと近付いて来る。こいつは今日も相変わらず酔ってる。酔ってるからこんなことしようとするんだ。酔ってなけりゃこんな風に俺に甘い言葉を囁いて、抱き締めてくれるはずないんだから。
「ジーノ、やめ…」
俺を包み込もうとする腕を突っぱねて、ジーノから離れた。もうこれ以上は無理だ。ジーノは明日になれば今日のことは覚えてない。なのに俺はジーノの温もりを覚えている。そして俺の想いだけが降り積もっていく。その繰り返しなだけなら。
「タッツミー。」
耳元で囁かれたと思った瞬間、俺はベッドの上で天井を見上げていた。すぐ目の前には驚くくらいに整った顔があって。思わず目を逸らそうとしたけど、ジーノの両手が俺の頬に添えられ、そのまま静かにキスされた。密着した体から微かにアルコールの匂いがして、そんな物で酔うはずもないのに頭がクラクラした。何とかやめさせようとジーノを見上げて、その瞳に真剣な色が宿っていることに俺は驚いた。これは酔ってる顔なんかじゃない。今日のジーノは飲んでるけど酔ってない。だったら何でこんなこと…訳が分からなくなって混乱したままジーノのキスを受け入れていたけど、ゆっくりと唇が離れ、代わりのように背中に腕を通されて仰向けのまま抱き締められた。
「…ボク、ずっとタッツミーを騙していたんだ。」
俺の体に顔を押し付けるようにして、ジーノが小さく呟いた。顔が隠れてしまって、今ジーノがどんな表情か分からなかったけど、震えている声が物語ってくれていた。
「ジーノ…」
「酔ったふりをすれば、拒まれずにタッツミーに甘えられて…好きな人を近くに感じられるかなと思ったんだ。ほんの出来心だよ。…ごめんね。」
顔を上げたジーノと目が合う。不安で悲しげに揺れる瞳を見ていたら、何だか無性に頭を撫でたくなってしまった。俺は自分の中に生まれた衝動のままに柔らかな黒髪に触れた。
「俺のこと、好きでいてくれたんだね。」
「うん。…好きなんだ。」
俺を抱き締めたまま子供のように頷くジーノに俺の中で愛しさが込み上げた。
「ボク、毎回1人で飲んでて…そのままこの部屋に来て。ベッドの中で眠ったふりをしながら、タッツミーの背中を見ていたんだ。…何度も抱き締めたいと思った。覚えてないふりをしたのも、その方がタッツに迷惑が掛からないんじゃないかって考えたんだ。」
「そっか、そうだったんだ。…良かった。」
「タッツミー?」
「俺も、同じだよ。どっかの王子様が俺の所に何度も来る内に…好きになった。好きになって苦しいんだよ。どうしてくれんの?」
「タッツミー!本当に…!?」
嬉しさを隠そうともしないで、ジーノが俺の体に回す腕に力を込める。そして幸せそうに目を細めると、俺の名前を何度も呼んだ。
「なぁ、ジーノ。」
「うん?何だい?」
「お前って、結局はお酒強いんだよね?」
「うん。それなりにはね。」
「だったらさ、今度は俺の部屋で一緒に飲もうぜ。いいだろ?」
「それはいいね。ありがとう、タッツミー。」
ジーノはふわりと微笑むと、俺のすぐ隣に移動して同じように仰向けになった。だけど俺の肩を抱き寄せることは忘れなくて、その優しい温もりに幸せで一杯だった。
「高いお酒よろしく〜。」
「はいはい、楽しみにしててね。」
ジーノは強いらしいけど、俺もそこそこいける。飲み比べでもして、本当に酔った王子様も見てみたい気がする。俺、すごく酔ったジーノが見てみたいなぁ、え〜嫌だよ、なんてベッドの上でふざけ合いながら、俺達は2人で笑い合った。
END
あとがき
ジーノはお酒強そうですよね(・∀・)タッツミーは強くても弱くても、どっちでも可愛いと思います!
タッツミーの部屋で2人で騒ぎながら飲むのも、ジーノの部屋でしっとり飲むのも良いですよね♪
読んで下さってありがとうございました。
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