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踏み出して見えるもの 2
そこから見える景色はいつもとは少しだけ違って見えて。誰にも邪魔されないこの場所が、俺は昔からずっと好きだった。月日が流れてまたここに戻って来ても、やっぱりそれは変わらない。


「あ〜、空が青いなぁ。」


コンクリートの地面からむくりと起き上がると、俺は再びクラブハウスの屋上から目の前に広がる青空を見上げた。


「うん、やっぱり青い。」


屋上に吹く風が俺の言葉を攫ってさらさらと流れて行く。澄み渡る空を見ていると、俺の悩みなんてまるでちっぽけな物に思えてくる。今日は練習が休みの日なので、クラブハウスはいつもより随分とひっそりしているように見えた。ピッチに視線を向けてみても、自主練している奴も居なかった。


「…ジー、ノ。」


昨日の出来事を思い出すのは少しだけ複雑だった。今日が休みで本当に良かったと思う。あんなことがあった昨日の今日ではジーノに何となく会いづらかったから。どうしたもんかと思う。そもそも勝手に怒ったのは向こうの方だ。俺の言葉に原因があったのかもしれないけど、俺は思ったことを…本当のことを言っただけだし。大体自分の気持ちも良く分からないのに、ジーノの気持ちなんて分かるはずないと思う。


「はぁ…」


知らず俺の口から溜め息が零れた。いつもならば悩み事のほとんどは昔からの親友である後藤に相談する。だけど今回はそれは無理だと思った。俺の中でジーノとの関係が良く分からないままに相談しても意味ないだろうし、ジーノのことを上手く誤魔化して話す自信もなかった。それに。俺が後藤と仲が良いと言っていたジーノの言葉とその時の王子様の表情を思い出したら、何故か後藤に相談する気もなくなってしまっていた。どうやら今回は俺自身で何とかして解決しなきゃならないみたいだな。


「う〜ん。」


フットボールのことはいくらでも、それこそ何時間だろうと平気で考えることができるのに、こういったことを考えるのは本当に苦手だった。昔からそうみたいで、俺はフットボール以外の方法で他人とコミュニケーションを取るのが下手なのかなぁと思ってしまう。だから怒らせてしまったのだろうか?ジーノとのことを考えようとしているのに、何だかちょっと眠くなってきた。柔らかく降り注ぐ太陽の光が気持ち良くて、段々瞼が重くなる。俺はしっかりしろと両手で頬を叩いた。


「…確かあの日も、こんなぽかぽかして気持ち良い日だったんだよな。」


初めてジーノと関係を持ってしまった日。あの日も部屋に射し込む日光の気持ち良さにうとうとしていた。午前中の練習が終わって、そのまま眠気と格闘しながら作戦を纏めていたら、何故か突然ジーノが部屋に入って来たんだ。良く分からないままにキスされて、そのままベッドで最後まで。行為の後にジーノから、今付き合っている人は居るのかい?と質問された。居ないけど。そう答えたら、だったらボクと付き合ってよと言われた。それなりに驚いてどうしよう…と黙っていたら、そんなに難しく考えなくていいからと微笑まれた。多分その笑顔に流されたんだと思う。それから今までずっとズルズルと名前のない関係が続いていた訳だ。そこまで考えてハッとした。そもそも何で俺はジーノのことを受け入れたんだろう?どうして今までこんなことを続けていたんだろう?拒否することなんて簡単にできた。いつでも関係を終わらせる言葉を告げることもできた。それをしなかったのは、俺の方がジーノから離れたくなかったから?与えられる温もりに縋りたいと思っていたから?


「いやいや、あり得ない。」


とっさに口に出して否定していた。俺は誰にも寄り掛からなくたって生きていける。俺にはフットボールがあればそれでいいんだ。だから心のどこかでジーノを求める訳なんかない。ないはずなんだ。だったら、どうして香水の残り香に苛ついた?大嫌いと言われて動揺した?まるでもう1人の俺が問い掛けてくるかのように、頭の中に疑問が浮かんだ。


「俺、もしかしなくても…ジーノに本気だったり、する?」


独り言のように呟いたその言葉。それは俺の中で思いの外大きく響いた。昨日ジーノに言った関係だと思っていた。それこそ、なあなあな関係なんだと。俺もジーノもお互いそう思ってたんじゃなかった?だけど最近の俺は、フットボールのことを考えていない時は気が付けば大抵ジーノのことを考えていた。確かにジーノにだけは触れられることを許していたし、触れられることは嫌じゃなかった。俺は今までずっとジーノとの関係に名前を付けられないでいた。自分があの王子様のことをどう思っているのか良く分からなかったし、考えてもこなかった。けどさ、もう認めるしかないみたいだけど、俺の行動に全部答えが出ていたんだ。


ジーノのことが好きなんだって。



*****
今さら気付いたってもう遅かったのかもしれない。俺はピッチを悠々と歩く10番を黙って見つめていた。今さら過ぎるほどにやっと自分の中で答えが出て。だけど気持ちを理解した途端、俺はジーノに会うのが怖くなった。静かに怒っていたジーノを思い出すと、どんな顔して話せばいいのか頭が真っ白になりそうだった。だけどジーノはいつも通りのジーノだった。今日の練習も普段と同じ雰囲気のままで、仲間達に声を掛けながら正確にボールをパスしていた。誰の目にも普通に見えたと思う。だけど、俺には一言も声を掛けてくることはなかった。そのことがただ確実に俺の胸を締め付けたんだ。


紅白戦の練習が終わり、俺はジーノに残ってもらうように松ちゃんを通して伝えた。松ちゃんはすごく心配そうな顔で俺のことを見たけど、大丈夫、大したことじゃないからと笑ってみせると、安心したように胸を撫で下ろして戻って行った。


「あ、あのさ…」


いざジーノを前にすると、考えていたことは全部すっ飛んでしまった。この前のことを謝って、俺の感じていたことを伝えて、やっと分かった気持ちを聞いてもらって。練習の時から頭の片隅でそう考えていたはずなのに、口の中が乾き、舌が喉に貼り付いてしまったみたいに動かなかった。俺は手に持っていたボールをクルクル回したりして、落ち着けと自分に言い聞かせた。


「あ、えっとね…」

「ボクに何か用かい?…監督。」


ボールが静かに俺の手から滑り落ちて転がって行った。俺の言葉を待っていたジーノがゆっくりとボールの行方を目で追う。


「…やっぱ、何でもないよ…吉田。」


ジーノの形の良い眉がピクリと動いた。そう、ならボクはこれで帰らせてもらうよ。落ち着いた声が俺達の他にすっかり人気のなくなったピッチに静かに響いた。ゆっくりと遠ざかっていく後ろ姿を呆然と見つめながら、俺はなす術もなくその場に立ち尽くすしかなかった。

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