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踏み出して見えるもの 1
きっかけはただ甘ったるくて、どこか吐き気がしそうな女物の香水の残り香。


そんな物に苛つくほど自分達は深い関係などではないはずなのに。


何故こんなにも心乱されるのか。イライラした気持ちに襲われるのか。その時の俺は、まだ自分の気持ちが良く分かってはいなかった。



*****
あの日の俺は、多分疲れていたんだと思う。何日も徹夜してDVDの映像と自分なりに纏めたメモとのにらめっこを続けていたから、大分頭がふわふわとしていた。いつもの練習が終わり、ゆっくりとした足取りでクラブハウスに向かっていると、いつの間にかすぐ隣をジーノが歩いていた。


「ねぇ、タッツミー。お願いがあるんだけど。」


どうせ断った所で強引に了承させられるに決まっているから、俺は黙ったままジーノに視線を向けてその先を促した。今日の夜、俺の部屋に泊めさせて欲しい。それが王子様のお願いだった。何でも知り合いのメンズ雑誌のモデルがパーティーを開くとかで、アルコールもそれなりに飲むから運転して帰れないらしく、車をここに置いたままにして明日の朝、マンションに帰りたいらしい。ジーノの交友関係は本当に広いなぁと思う。なかなかモデルの友達って居ないよね。


「変なことはしないって約束するから。抱き締めて眠るだけだよ。」

「それも十分変なことだけどね。…ん〜、まぁいいよ、別に。」


俺がうん、と頷くと、それじゃあよろしくねとジーノは片手を挙げて颯爽と先に行ってしまった。その場に残された俺はそのままジーノの背中を見つめた。俺とジーノってどんな関係なんだろう。ある日突然部屋に入って来たジーノにキスされ押し倒されて、流されるように関係を持ってしまった。ジーノとそういう関係になっても、自分の中でどう思っているのか実ははっきりと分かっていなかった。勿論嫌いじゃないとは思う。そうじゃなけりゃ、今もこんな関係なんて続けている訳ないから。だけど俺はジーノとの繋がりに明確な名前を付けられないでいた。


「まぁいいや。考えても仕方ないし。」


ジーノも俺との関係に明確な名前なんて付けていなし、口にも出さない。だったらそれが答えなんだと思う。とりあえず今日はジーノがタクシーで俺の部屋に帰って来るまで起きていよう。俺は足元に転がっていたボールに気付いて、そっと手で拾い上げた。




そろそろ日付が変わろうとする頃、少しだけ遠慮がちにドアをノックする音がした。そのままぼけ〜っとしていた俺は、のろのろと立ち上がってドアを開けた。


「ごめんね、タッツミー。」


すまなさそうな顔でジーノが部屋の中に入って来る。今日練習で最後に見たジャージ姿ではなくて、フォーマルなジャケットに身を包んでいた。あまり酔っている感じにも見えなくて、こいつ酒強そうだもんね、と俺はうんうんと納得した。まぁとりあえず座りなよ。そう言おうとして俺はジーノの腕の中に閉じ込められていた。


「ちょっと、いきなり何すんだよ。」

「やっぱりタッツミーを抱き締めてると落ち着くよ。…今日のパーティーで少し気疲れしてしまってね。」


あのね、俺で落ち着くなよ。口に出そうとして、不意に鼻を掠めた匂いに肩が強張った。すぐ目の前にある体から漂って来るいつもと違う甘ったるい匂い。


「そのパーティーって…女もたくさん居たんだろ?だったら、俺の所じゃなくてそっちに行けば良かったじゃん。」

「タッツミー?」


無意識に言葉にしていた。何となく胸がムカムカする。でもそれが何なのかやっぱり良く分からなかった。


「だから俺じゃなくて、綺麗な女の所にでも行けばいいって言ってんの。…俺は代わりとかそういうの、好きじゃないんだけど。」

「代わりって…そんな訳ないよ。」

「ど〜だか。俺と関係持ったのだって、そうなんじゃないの?でもお前、女に困ってなさそうだけどね。…やっぱ遊びだろ?」


これ以上は言ってはいけないとどこかで声がする。なのに止まらなかった。イライラとかムカムカとかが俺の頭を支配していて、ジーノの体が小さく震えていたことに気付かなかった。


「…タッツミーはGMとすごく仲が良いよね。見ていて嫉妬するくらい。」

「はぁ?何でいきなり後藤の話?」


突然後藤のことが話題に出て、俺は思い切り訝しんだ。何でこの流れから後藤の話が出て来る訳?訳が分からなくてじっとジーノを見つめた。


「GMと一緒に居るタッツミーは、ボクには見せない顔をしていて…2人の間にある絆を見せ付けられてるみたいですごく嫌だった。だから…」


すぐ間近にあるジーノの瞳が悲しげにゆらゆらと揺れたように見えた。


「なのに、タッツはボクが遊びであんなことしたって思ってたんだ。…もういいよ。ボクの気持ちを全然分かろうとしてくれないタッツミーなんて大嫌いだよ。」

「俺にお前の気持ちなんて分かる訳ないじゃん。…だって俺達、なあなあな関係じゃないの?」


ジーノの顔が感情をなくしたように白くなった。そして小さく息を吐き出すと、タッツミーのことなんてもう知らないと踵を返してそのまま部屋を出て行った。


「何なんだよ、ジーノの奴。ほんと訳分かんない。」


何となく苛ついていたのは俺の方だったのに、言いたいことだけ言って何か怒って帰ってったし。あ〜もう勝手にすればいいじゃん。こんな狭くて汚い部屋じゃなくても、お前なら高級ホテルでもそれこそ女の所だって選び放題だろ。床に座り込んでいると、さっき嗅いだあの匂いを唐突に思い出した。俺は逃れるようにベッドに潜り込むと、一気に頭から布団を被った。そして香水のことを振り払うようにギュッと目を瞑った。だけど、瞼の裏にジーノと見知らぬ綺麗な女性が腕を組む姿が浮かんで来て、訳もなく胸が苦しくなった。


「何なんだよ。俺、どうしちまったんだよ。」


流されて、それから今現在も何となく続いているジーノとの関係もこれで終わる訳だから清々するはずなのに。もう女の代わりみたいなこともしなくて済むから、フットボール以外で煩わされることもなくなるっていうのに。


『タッツミーなんて大嫌いだよ』


なのに。何で俺は、こんなにも悲しい気持ちになってるんだろう?

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あきゅろす。
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