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恋のゲームメイク
押して駄目なら引いてみる。恋の駆け引きの中にそんな格言じみたものがあるが、自分が今まさに恋をしている相手に駆け引き通りのことをしてしまったならば、確実に前に進むことすらなく、この恋は終わってしまうだろう。それならば、みっともないのだとしても自分はもうこのまま突き進むしかない。最近のジーノは心の中でそんな風に思っていた。



「タッツミー、今日こそは一緒にディナーに行こうよ。ボクのオススメのお店だから、タッツミーも絶対に気に入るはずさ。」


夕方近くまで続いた練習が終わり、綺麗に身支度を済ませたジーノは、本来用具室として使われているはずの部屋のドアを開けた。部屋の主は練習用のジャージから普段着用の紺色のジャージに着替えており、背中を丸めて目の前のテレビに視線を向けていた。


「ねぇ、タッツミー…今日くらいはいいよね?」

「俺、忙しいから。また今度ね。」


床にぺたりと座ったまま、首だけを動かして達海がぶっきらぼうに告げる。「今度」って、一体いつの「今度」なの?毎回お決まりの達海の台詞に、頭の中に浮かぶ毎回お決まりの疑問。達海が自分の誘いをすげなく断ることなど分かりきっているのに、どうしても足が達海の所へと向かってしまう。この恋に終着点などないのに、達海に辿り着きたくて必死にもがいてしまうのだ。


「…分かったよ。忙しい所を邪魔して悪かったね。」


これ以上押したら達海は自分からどんどん遠ざかってしまう。それがはっきりと分かっているから、やっぱり今日もこれ以上は無理だね、とジーノは落胆の溜め息を吐いた。このままここに居続けても達海との距離が縮まるはずもないので、ジーノは静かにドアを開けた。達海はジーノが帰ろうとする気配に気付いた様子もなく、目の前の試合映像に真剣になっている。ジーノはドアを閉める瞬間、名残惜しさに再び部屋の中の達海に視線を向けた。絶対に絡まることはないと思っていた視線が緩く絡んで、スルリと解けていった。達海の部屋を後にしても、自分に向けられた視線を思い出してジーノは激しい動悸に襲われた。偶然だったのだとしても、狡いと思った。自分だけが彼に捕らわれているなんて。自分だけがこんなにも振り回されているなんて。それでも達海が好きで堪らなかった。


「タッツミー…」



*****
王子という名に相応しく、自分はいつでもスマートでいなければ、とジーノは考えている。自分が放つ雰囲気。物腰。仕草。その全てが柔らかく、洗練されたものでなければならないと。それは自身の恋愛についても当てはまることだった。恋愛もスマートでなければ。相手を求めてばかりのガツガツとしたまるで余裕のない恋愛など自分には似合わないし、する気などなかった。だが今の自分はどうだ?達海に振り向いて欲しくて、なりふり構っていられなくなっている。王子と呼ばれるこの自分が。


新しい監督である達海に興味を持ち、彼のフットボールに触れる中で今までになかった楽しさを感じるようになって。彼のことをもっともっと知りたい。近くに行きたい。気が付けば恋に落ちていた。達海が好きで愛しくて。だが相手は同性で自分のチームの監督であり、今でもフットボールに恋し続けている人だった。一筋縄ではいかないことなど覚悟していた。そしてそれはまさしくジーノの思った通りだった。暖簾に腕押しのように自分のアプローチは達海には効果はなく、これまでの恋愛経験など全く通用しなかった。好きだという気持ちだけが日々膨らんでいき、達海が欲しくて堪らなくて彼に近付いてばかり。こんな余裕のない恋など自分には似合わないのに。自分らしくないはずなのに。振り回されたのだとしても、それでも達海に恋することをやめたくないことは、ジーノ自身が良く分かっていることだった。





午前中から続いていた練習も休憩時間になったので一旦中断され、選手達は皆思い思いに体を休めていた。ジーノは雑談の輪に入ることなく少し離れた所に居たが、ピッチの外の芝生に小さく座っている人物を見付けて急いで近付いた。


「タッツミー、こんな所に座っているなんて珍しいね。」

「あ〜、うん。」


達海は休憩時間はいつもベンチに座って色々と考え事をしていることが多いので、ジーノが側に行っても邪魔だよ、と追い払われてしまうのが常なのだ。だが今なら…とジーノは達海のすぐ隣に腰を下ろした。達海はチラリとジーノを見たが、特に何も言わなかった。いつもは全然応えてくれないのに、こんな風に気紛れでボクが隣に居ることを許してくれないでよ。すぐ側に達海が居て嬉しいのに、ジーノは複雑な気分だった。


「今日の空がさ〜、すごく綺麗だから、こんな風に座って見上げたら、もっと綺麗だろうなぁって思ったんだよね。」

「確かに澄んだ青空だ。…でもボクにはこの空よりもタッツミーの方が何倍も綺麗で輝いて見えるよ。」

「へ〜、お前って、いつもそんな風に女口説いてんの?。」

「ちょっとタッツ!ボクは真剣だよ。本気で…」

「わりぃ、怒った?」


思ったことを真面目に達海に告げたのに、彼は自分をからかうかのように真剣に取り合ってはくれない。隣に座ってしまえば、物理的な距離など簡単に縮めることができる。だが心の距離は、そう簡単に縮めることなどできない。必死になって達海の心を掴もうと手を伸ばしても、彼は一歩先を進んでスッとかわしてしまう。それが達海なのだと割り切って恋していても、時々やるせなさを感じずにはいられなかった。


「…ボク、そろそろ戻るよ。もう休憩時間も終わるでしょう?」


達海と一緒にしばらく空を見ていたが、隣に居られる嬉しさと、隣に居るのに近付けないもどかしさがないまぜになっていて、それらを振り払うようにジーノは立ち上がった。


「ジーノ、後半の練習もちゃんと頑張るよ〜に。」


同じように立ち上がった達海がジーノに笑い掛けた。不意打ちのようなその表情にジーノは息が止まりそうになった。胸が締め付けられて、達海が嫌がってもこの場で強く抱き締めてしまいたかった。ジーノは湧き上がる衝動を抑えるようにゆっくりと息を吐いた。そして、ボクは王子なのだから…と何度も自分に言い聞かせて普段通りの極上の笑みを浮かべると、気持ちを押し殺すように達海に手を振ってピッチへと戻った。



*****
達海がたった今自分に告げた言葉が俄かには信じられなくて、ジーノは馬鹿みたいに聞き返していた。


「えっ…?タッツミー、今…」

「だから〜、お前と夕飯行くって言ってんの。奢ってくれんだろ?…俺、今日はこってりした美味しい物食べたい気分なんだよね。」


今日もいつものように達海をディナーに誘いに来たのだ。悲しいけれど断られることなど承知で。だが部屋に入ると達海はジャージ姿ではなく、彼が戦闘服と称するジャケット姿で、まるでいつでも外出できるような格好をしていた。ジーノは驚きつつも、いつものように達海を食事に誘った。達海は少しだけ何かを考えるような素振りを見せると、うん、いいよ、と頷いたのだった。そして冒頭のやり取りに戻るという訳なのだが。


「本当に…いいの?」


幸せと混乱がジーノの頭の中をぐるぐると駆け巡った。今までディナーに誘ってもまた今度ね、とずっと断られ続けていた。なのに何故達海は自分の誘いに応じてくれたのだろう?


「うん。でも俺、まだ仕事残ってるから、食べ終わったらまたクラブハウスに送ってもらいたいんだけど。」

「そんなのお安いご用だよ。…でも本当に嬉しいなぁ、タッツミーとディナーだなんて。」

「調子に乗んなよ。飯食うだけだかんな。」


僅かな時間だろうと達海と一緒に過ごせるのならば、それだけで構わなかった。達海の気紛れなのだとしても。今でも達海が何を考えているのかなんてジーノは分からなかった。試合で達海が生み出す奇抜な作戦はすぐにその意図が分かってしまうのに、プライベートの彼については必死で理解しようとしているのに、少しも心の中を覗くことはできなかった。だが今は考えても仕方がない。達海とのディナーという目の前の幸せをただ噛みしめたかった。





ジーノは愛車に達海を乗せると、少しの間の2人だけのドライブを楽しんだ。そして都内にある自分の行きつけのイタリアンレストランへと達海を案内した。ジーノが次々と運ばれて来る料理について説明すると、達海は何かの呪文か暗号みたいなすげ〜名前の料理だね、と笑っていた。だが美味しいよ、と満足そうに料理を口に運んでくれた。達海とディナーというこの状況は、ジーノにとってまるで夢のようだった。達海を好きになってから諦めずに誘い続けて良かった。ジーノはボク良く頑張ったよ、と自分を褒めてあげたかった。


仕事が残っていると言われていたから、食事を終えるとジーノは約束通り達海をクラブハウスまで送った。駐車場にマセラティを停めると、達海が降りるより早く愛車を降り、助手席のドアを開けた。


「ジーノって本当にマメだよね。俺にそこまでしなくていいのに。」

「ボクがタッツにしたいだけなんだから、気にしなくていいんだよ。」


車を降りた達海はそのままゆっくりとクラブハウスに戻ろうとした。だが忘れ物をしたかのように足を止めてジーノの方に振り返った。


「どうしたの?タッツミー。」

「今日はありがとね。…ちょっと早いけど、おやすみ。」


達海はそれだけ告げると、くるりと背を向けて今度こそクラブハウスの中に入ってしまった。ジーノは達海に答えることもできずに立ち尽くしていたが、我に返ったように愛車の運転席に座ると、参ったなぁと呟いて目を閉じた。達海に初めてお礼を言われた。歓喜で胸が震えそうだった。だがその一方で、タッツミーは何て小悪魔でボクを惑わす人なんだろうね、とも思わずにはいられなかった。いつもいつも自分の誘いを断っていた癖に、こんな風に優しくされたら彼から絶対に離れられないではないか。好きな気持ちを止められなくなるではないか。


「タッツミー…タッツミーはどれだけボクを振り回せば気が済むんだい?…ボクはこんなに格好悪い自分なんて知らなかったよ。」


そっと呟いた言葉は、車内の小さな空間の中に消えていった。ジーノは運転席に座ったまましばらくの間、愛車を発進させることができなかった。



*****
もう限界なのかもしれない。達海には恋の駆け引きも自分の恋愛経験からのテクニックも何もかも通用しない。それでいて自分はといえば、時々自分に向けてくれる達海の優しさや見たことのない表情に捕らわれて、みっともなく抜け出せなくなっている。このままでは駄目だと分かっているのに、自分は達海を求めて今日も廊下を歩いていた。


「タッツミー、ボクだよ。」


王子らしく優雅にノックすることを忘れずにドアを開ける。そして目の前に広がる光景にジーノの口元に小さく笑みが浮かんだ。


「フフ、タッツミーってば寝ちゃってる。いつも頑張っているからね。」


達海はテーブルに頬杖をついたままうたた寝をしていた。反対の手には彼が自分なりに纏めた資料が握られていて、読んでいる途中で眠ってしまったのだろうと思われた。ジーノは足音を立てないように近付くと、そっと達海の隣に座った。目を閉じている達海は普段より幼く見えて、可愛いなぁとジーノはまじまじとその姿を見つめた。お互いの睫毛が近付きそうなあり得ないほどの達海との距離に、ジーノの中で段々と抑えが利かなくなっていた。嫌われてしまうかもしれないが、彼に口付けたかった。


「タッツミー…」


達海が起きてしまわないように小さく呟いて、ジーノは顔を近付けた。その瞬間、眠っていたはずの達海がパチリと目を開けた。そして驚きに目を見開くジーノのジャケットの襟を掴むと、そのままジーノの唇を奪っていた。


「俺の勝ちだね、ジーノ。」

「えっ?ちょっと待って。タッツミー…?」

「俺さ、すっごく負けず嫌いなの。だからね、何でも勝たなきゃ嫌なんだよ。お前との駆け引きもね。」


ニヒーと悪戯っぽい顔で達海がジーノを見つめる。予想外の状況に混乱しているジーノが面白かったのか、達海はお前って驚いた顔結構可愛いよね、とジーノの頭を撫でるように手で触れた。


「ずっとずっとあんな風に大好きって顔で俺ん所に来られたら、そりゃ絆されても仕方ないじゃん。…でも俺、フットボールでも恋愛でも駆け引きは勝ちたい性分でさ。ジーノを振り回してるって分かってても、やめられなかったんだよね。」

「タッツミー、酷いよ。小悪魔だったのは計算だったなんて。」

「でも俺はジーノが好きだよ。」

「っ、…」


あぁもう駄目だ。達海に勝てるはずがない。だって自分は達海に恋をした。好きになった時点でもう既に負けが決まっていたのだ。


「タッツミー。好きだよ。大好きなんだ。」


ジーノは達海を抱き締めると、そのまま逃げられないように達海の体をベッドに押し付けた。そして達海に綺麗に微笑むと、少しだけ強引に口付けた。恋の駆け引きに自分が負けたことはこの際良しとしても、主導権までは渡せなかった。


「ジー、ノ。お前…」

「タッツミーには…本当に敵わないよ。このボクがここまでお手上げになるなんてね。」

「でも、そんな俺が好きなんだろ?だったらそのまま好きでいろよ、王子様。」


ジーノは困ったように笑って、達海の頬に触れた。押し続けた恋の駆け引きは振り回されただけで、結局は達海の方が上で。それでも彼が自分を好きになってくれたのだから、それでいいのだ。ジーノは目の前の大切な人を抱き締め直して、好きだよ、ともう一度囁いた。






END






あとがき
今回はタッツミーに対して余裕がないジーノと、大人な分だけ余裕のあるタッツミーを書いてみました。


タッツミーが好き過ぎて、スマートじゃなくなってしまうジーノも可愛いと思います(*´∀`*)そんなジーノが可愛くて振り回してまうタッツミーも良いなぁと思います♪

読んで頂きましてありがとうございました(・∀・)

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