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あなたにアイラブユー 3
どうしてそこまでできるのだろう。毎夜ジーノが窓越しに会いに来る度に達海はそんな風に思ってしまう。気紛れなジーノのことだから、あんな口約束などすぐに飽きてしまうと軽く考えていた。それに自分の方だってジーノの相手をする気などなかったはずだったのに。いつの間にか自分から窓を開けて、ジーノと話をするようになっていた。どうしてそんなことをしてしまったのか自分でも良く分からないままに、ジーノとの密会のような夜の逢瀬が続いていた。


今夜もあと少ししたら来そうだな〜、と達海はテーブルの上に置かれている時計に目を向けた。集中してDVDを見ている時でも、やはり頭の片隅にはジーノの姿があり、達海の頭の中から消えてくれることはない。だがそうだからといって、ジーノのことを受け入れることとはまた別の話なのだ。自分は昔からフットボールさえあればいいと思って生きてきた人間で、これからもボールは蹴ることはできないにしても、ずっとフットボールに関わっていきたいと考えている。だからフットボール優先の自分は他人を構ってやることはできない。大切な人を作ろうものなら、きっとその人を蔑ろにして結果的に悲しませてしまうことになるだろう。


「ジーノの奴、俺なんかに構ってないで、綺麗な女の所に行けばいいのに。俺に期待されてもなんにも返せないよ…」


たくさんのDVDや作戦を纏めた紙など色々な物が散乱している部屋の中に達海の無意識の独り言が響いた。テレビに視線を戻そうとして、不意に何となくだが窓の向こうに人の気配を感じた。これ以上DVDを見ていても集中できないなと判断した達海は、ゆっくりと立ち上がってベッドに移動すると、いつものように窓を開けた。心の中では、すっかり最近の習慣になってしまったと感じながら。


「こんばんは、タッツミー。今日も試合のDVDを見てたのかい?」

「ま〜ね。」


ジーノは今夜も窓の向こうからニコニコと綺麗な笑顔を向けてくる。こんな自分のことが好きだなんて、本当にやめた方がいいのにと思う。ジーノにはもっともっと彼に相応しい人が居るはずだ。自分を好きになってもジーノは幸せにはなれないだろうに。


「タッツミー、見てよ。今夜は月がとても綺麗なんだ。こんな綺麗な月夜にタッツミーと一緒の時間を過ごせるなんて…ロミオとジュリエットみたいにロマンチックだよね。」


達海の思いとは裏腹に、うっとりした表情でジーノが月を見上げた。達海も窓から少しだけ身を乗り出してジーノと同じように夜空を見上げる。彼の言葉通り白く輝く月が見えた。こんな風にジーノと2人きりで月を見上げる日が来るなんて想像すらしていなかった。


「ロミオとジュリエットって…確かさ〜、あの2人って結ばれないんじゃなかったけ?」

「ちょっとタッツミー、人の揚げ足取らないでよ!ボクはあくまでロマンチックな雰囲気だねって言いたかっただけだよ。」


ボク達はそうはならない。真剣な声が達海の心を縛るように響く。本当にジーノは自分に本気なのだと分かる。毎夜会いになど来ずとも、部屋に来て好きなのだと告げられていた時から分かっていた。ジーノの瞳にはいつも真剣な色が浮かんでいたから。だが自分は、ジーノに応えることはできない。誰かを好きになるという気持ちが良く分からないのだ。


「…わりぃ、ジーノ。」

「別に謝らなくていいよ。でもタッツミーがボクに謝るなんて変な感じだね。」


違うよ、そっちじゃない。俺と一緒に居ても、お前の気持ちは報われないんだよ。達海は口に出そうになった言葉を飲み込むと、楽しそうに笑っているジーノを見つめることしかできなかった。



*****
今日は久しぶりに練習もないオフの日だったので、達海は夕方までに頭の中で作戦を纏め終えると、夜は部屋でのんびりとしていた。窓の向こうから不意に雨音が聴こえ、達海はジーノのことを考えた。雨が降ってもやはりジーノは来るのだろうか。ジーノが自分に会いに来るようになってから今日が初めての雨の夜だった。


外の様子を気にしながら達海はベッドの上でごろごろしていた。誰かを好きになる気持ちが良く分からない自分が、今日もジーノは来るだろうかと気にするなんておかしな話だ。本当ならジーノに期待させるようなことなどしてはいけないのに。分かっているはずなのに、気が付けば窓に腕を伸ばす自分が居た。自分の心が自分でも掴めない戸惑いを抱えたまま窓を開けて目に入った光景に達海は思わず叫んでいた。


「お前、何やってんだよ!傘も差さないで…」

「やぁ、タッツミー。あぁ、傘ね。突然降って来たでしょ?ボク、傘持たずに来たからさ。でもそんなに降ってないから少しくらい濡れても平気だよ。」


大丈夫だよ、と微笑むジーノの額には雨で濡れた前髪が張り付いていた。服だって達海の部屋からでも分かるくらいに色が変わっていた。自分のことなど放っておいて帰れば良かったのだ。どうしてそこまで…


「ちょっと待ってろ。」


達海はジーノに声を掛けると、精一杯の速さでクラブハウスの玄関に向かい、傘立てに無造作に立てられていた傘を持ってジーノの所へ急いだ。驚いているジーノに傘を手渡すと、そのままジーノの腕を掴んで部屋へと招き入れた。


「あんな所に傘も差さないで突っ立ってたら風邪引くだろ〜が。お前は大切な選手なんだから…ほら、タオル。」

「今は冬じゃないんだから、そこまで心配しなくても大丈夫だけど…タッツミーに心配されるのは悪くないね。」


タオルで濡れた髪を拭きながらジーノが嬉しそうに目を細めた。その表情に惹き付けられそうになって、達海は慌てて目を逸らした。


「まぁ、タッツミーも心配していることだし、今日はもう帰るよ。タオルありがとう。」


何か着替えを貸そうと思っていたが、それより早く濡れた服のままでジーノは部屋のドアを開けて出て行った。手渡されたタオルから微かにジーノがつけているだろう爽やかな香りが広がって、暫くの間達海を包み込むように漂っていた。



*****
昨日のことなど特に気にした素振りもなく、ジーノは笑顔で達海に会いに来た。雨が降っているのに濡れることも厭わずに自分の所に来たという事実は、達海の中で大きく響いていた。自分に微笑むジーノの笑顔が眩しくて、心臓の辺りが何故かキュッと掴まれたように疼いた。自分は一体どうしてしまったのだろう。達海は自分自身に起きた変化に狼狽えていた。


それから2、3日が経ち、達海はすっかり習慣になってしまった、ベッドの上に寝転んでジーノが来る気配を探っていた。考えてみれば、ジーノがこうして自分に会いに来るのももうすぐ1ヶ月になろうとしていた。そうだ、一緒にコンビニ行くかって言ってみようかな?今までずっと窓を挟んで話してるだけだったし、ちょっとくらいなら。達海は寝転んだまま時計を確認する。気付けばいつもジーノが会いに来る時間を過ぎていた。


「ジーノ、もう居るかな?」


これではまるでジーノのことを待っているようで気恥ずかしかったが、達海は思い切って窓を開けた。だが月明かりに照らされた窓の外には誰も居なかった。


「あ…」


片手を挙げて自分に微笑むジーノが居ると思った。訳の分からない悲しさのような、苦いようなものが急に胸に広がっていくのを達海は他人事のように感じていた。


「何だよ、ジーノの奴…絶対会いに来るって言ったのに。やっぱその程度なんじゃん。」


無意識に呟いてハッとした。何を考えているのだ、自分は。ジーノの想いに応えられないのだからこれでいいではないか。ジーノだって好きだと伝えても靡く気配のない自分に遂に愛想を尽かしたに違いない。


「これで、いいんだよ。これで…」


小さく呟いた自分の顔がガラス窓にぼんやり映っていたが、自分でも信じられないほど悲しい顔をしていた。



*****
次の日もその次の日もジーノは達海に会いに来ることはなかった。さらに練習も連絡を寄越すことなく無断欠席していた。自分に会いに来ないのはもう終わったことだからいいとしても、勝手に練習を休むことは監督として見過ごせなかった。



今日の練習も休みか…一体ジーノは何を考えているのだろうか。午後からの練習が終わって廊下を歩いていると、コーチの松原に出くわした。


「あっ、監督。そういえば先ほど王子から連絡があったらしいんですけど、何でも当分風邪で休むそうですよ。今日やっと声が出るようになって連絡ができたとか…」

「風邪…?」

「そうなんです。ここ数日ずっと寝込んでたらしいんですよ。王子はウチのエースなんですから、体調管理はしっかりして欲しいですよ、全く。」


監督もそう思いますよね?同意を求める松原の声が遠くに聴こえた。やっぱり風邪引いてたんじゃん。ジーノの馬鹿。達海は心の中で呟いた。だが馬鹿なのは自分の方だった。ここ数日ジーノに会っていたのに、彼の調子が悪いことに気付かなかった。それ所かジーノが来なくなって、所詮その程度だったのだと勝手に裏切られたように感じていた。俺の方がずっと馬鹿じゃん。達海は話もそこそこに松原と別れると、そのまま急いで部屋に戻った。




達海は部屋に戻って来ると、真っ先にテレビのすぐ近くに置いてある雑誌やらが入ったラックの中を漁り始めた。


「確か、この中に…あ、あった。」


達海の手の中には、流れるような綺麗な文字で携帯の番号とアドレス、そして住所が書かれた紙が握られていた。それはジーノが自分の部屋に来た最初の頃に彼から渡されていたものだった。達海は携帯を持っていないから…と断ろうとしたが、タッツミーに持ってて欲しいだけだから、と強い瞳で乞われてしまい、結局返すことができなかった。


「ジーノ…」


今すぐジーノの顔が見たくて堪らなかった。達海は自分の気持ちに頷くと、そのまま部屋を飛び出したのだった。

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あきゅろす。
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