あなたにアイラブユー 2
季節は爽やかな初夏へと向かっており、風が肌を心地良く撫でて吹き抜けていくようになった。達海に自分の想いを証明する為に外に居ても、暑くもなく寒くもなく、まさにちょうどいい時期だった。
絶対無駄足になると言われた通り、1週間が過ぎたが達海が部屋の窓を開けてジーノに微笑み掛けてくれるようなことはなかった。最初は期待している自分も居た。もしかしたら達海が窓越しに何か言葉をくれるのではないかと。だが達海は監督の仕事の1つである、相手チームの研究の為のDVD鑑賞に夢中で、窓に近付くことすらなかった。それでもジーノは、どこか満足していた。達海の部屋の仄かな灯りが目に入る度、やはり自分は達海のことが好きなのだと再確認できたからだ。この行為はただの自己満足に過ぎないだろうし、こんなことをして達海に嫌われてしまう可能性だってある。だが達海が好きな気持ちを止めることは、自分でも最早できそうになかった。
*****
「これって、よくよく考えたら…ボクのやってることはストーカーみたいだよね。…うん、美しくないよね、やっぱり。」
今日も達海の部屋から少し離れた場所にジーノは居た。いつものように会えるはずのない達海に思いを馳せていたのだが、不意に自分がやっていることが、周りの人間が見たら眉をひそめるようなものだと思えた。ジーノだって分かっている。こんなことをしても、達海が振り向いてくれることなどないことは。だが一方的だったとしても、自分が本気なのだと分かってもらう為に、毎日ここに来ると宣言したのだ。ボクはタッツミーとの約束は破りたくないんだよ、ジーノは自分を納得させるように頷くと、達海の部屋を静かに見上げた。
分かってはいるけど、今日もタッツミーには会えなかったね。ジーノは無意識に肩を落とした。達海に恋をしなければ、つまり以前の自分だったならば、この時間は綺麗に着飾った女性と共に煌びやかな時間を過ごすのが当たり前だった。これからも自分はそんな風に人生を楽しむのだと思っていた。だが、今はそんな自分など考えられない。達海が自分の側に居ない人生など、全然楽しく感じられなくなってしまった。
「おやすみ、タッツミー…」
ジーノは達海に届くことはないと十分分かっていながら、窓越しに囁いた。そしてそのまま達海の部屋に背を向けようとして、明るい窓の向こうから茶色い髪がぴょこんと見えたことに思わず足を止めた。
「え?…タッツミー…?」
今ジーノが立っている場所から見える窓のすぐ側には、達海の使うスプリングの悪いベッドが置かれている。多分達海はそこに居て、頭だけを窓に近付けたのだろう。ジーノがぼんやりそう考えていると、見慣れた細い腕が伸びて、ゆっくりと窓が開いた。
「…ジーノ、まだ来てんの?…いい加減飽きないね、お前もさ。」
窓の枠に頬杖をついた格好で、達海がジーノに声を掛けた。達海は胸元が大きく開いたタンクトップの上に黒いパーカーを無造作に着ているだけだった。あぁ、鎖骨が色っぽいなぁ、キスしたいのに。ジーノは自分の中の衝動を抑え込むと、ひらひらと手を振った。
「タッツミー、やっと顔を見せてくれたね。ボクとても嬉しいよ。…本当にありがとう。」
「…別に、俺はただちょっと暑いなぁって思って窓を開けただけで…お前が気になったからとかじゃなくて…その…」
試合の時に見せる不敵な表情からは想像できないような歯切れの悪い返答に、ジーノは小さく笑みを漏らした。あんなことを言ってはいるが、達海はちゃんと自分のことを気にしてくれていた。それだけでも嬉しくて、そして幸せで堪らない気持ちだった。
「タッツミー、もっとこっちに来てよ。」
ジーノは窓一杯まで近付くと、達海に腕を伸ばした。達海は目を眇めると、調子に乗んなよな、とジーノの手を軽く叩いた。
「もういいだろ?…明日も練習あるんだし、今日は帰れ。」
「うん、タッツミーの顔も見えたし満足だよ。…フフ、今日はいい夢が見られそう。…じゃあタッツ、明日もこの時間にね。」
達海に綺麗な笑顔で応え今度こそ背を向けると、明日練習で顔見せるんだからこれ以上いいよっ、と戸惑った声がジーノを見送った。
*****
達海の中で何かしらの心境の変化でもあったのか、その日を境に少しの間ではあるが、達海は窓を開けてジーノに話し掛けてくれるようになった。勘違いすんなよ、勿論DVDの息抜きだかんな、と前置きをすることは忘れなかったのだが。それでもジーノは、達海の中にほんの少しでも自分の居場所ができたのだと思わずにはいられなかった。達海と何気ない会話を重ねることが、こんなにもほっこりとした温かさを自分の心の中にもたらしてくれるのだと胸が締め付けられた。
「もうすぐ2週間?お前も良く頑張るよね〜。」
「当たり前でしょ!ボクの真剣な気持ちをタッツミーに証明しなければならないんだから。まだまだ頑張れるよ、ボク。」
ジーノが窓越しに意気込むと、達海は窓枠に置いていた両腕に顔を乗せて困ったな〜と口を尖らせた。だが一生懸命なジーノが子供みたいでおかしかったのか、口元に少しだけ笑みが浮かぶ。そして達海はそのまま小さく呟いた。
「俺がもうやめろって言っても…ジーノ、お前のことだからこのまま続けるんだろ?」
「…タッツミーがボクのことを好きになってくれるのなら、今すぐにでもやめるよ。」
「俺さ、そういうの…実は良く分かんないんだよね。俺には、フットボールがあればいいから…」
遠くを見るように紡がれた達海の言葉にジーノは寂しさを感じた。大切な人が隣に居る幸せは、何物にも代え難いものなのだ。それを知らないままだなんて悲しいと思った。愛しい人と生きる幸福感を自分が達海に教えてあげたい。だからこそ自分の想いを達海に受け止めてもらいたい。ジーノはそう強く感じた。
「明日も、ううん…これからもずっとタッツミーにこんな風に会いに来るからね。絶対だから。ボクのこと信じてよ、タッツミー。」
ジーノは達海の手を取ると、その手を優しく握り締めた。突然のことに達海は驚いた顔を見せたが、振り解くことはなかった。少しずつ、だが確かに達海に近付けている気がして、ジーノは心の中で嬉しさや切なさがないまぜになるのを感じていた。
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