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雨の中の追憶
タッツミーが弱っています




ここ最近、本当に嫌になっちゃうほど雨の日が続いている。ボクは雨の日は、あまり好きではないんだよね。傘を差していても服は濡れてしまうし、湿気のせいでせっかく整えた髪も決まらない。試合中だって、雨が降ると途端にやる気が半減してしまう。


雨が降り続いたからといって、残念だけど練習のスケジュールが大きく変更されることはない。雨の日のコンディションの悪いピッチに慣れる為ということで、雨の降り方次第で、体が冷えない程度の簡単な練習はあったりするんだよね。今日は小雨だったから、尚更だった。


今までのボクなら、雨が降ると練習には参加しなかったんだ。モチベーションが上がらないのに参加しても意味がないじゃない?…だけど、今は違う。雨の日だけじゃない。晴れの日だって、いつだってボクは真面目に練習に参加するようになったんだ。タッツミーが居るから。大好きな彼の近くに少しでも居たかったから。





口元に手を当てて指示を出しているタッツミーを、ボクはピッチの中からじっと見つめた。選手達を観察しながら的確な指示を飛ばす姿は、普段の練習の時と特に変わらないように見えた。だけどボクは、何故だかそんなタッツミーに小さな違和感を感じた。ただ何となくそう感じただけだから、ボクの勘違いかもしれないな。その時は、それくらいにしか思っていなかった。



*****
今日の練習も無事に終わり、皆がそれぞれロッカールームを出て行くと、ボクは1番最後に部屋を出て、真っすぐに廊下を進んだ。目的の場所は、凡そ人が住むのに適していないクラブハウスの片隅の部屋。大抵鍵なんて掛かっていないら、防犯を考えたら危ないなぁとは思う。だけど鍵が掛かっていないからこそ、ボクもこうしてタッツミーに会いに行けるんだけどね。


「タッツミー。今日良かったらさ、一緒にディナーはどうかい?」


ボクは勢い良くドアを開けて、部屋の中に居るであろうタッツミーに声を掛けた。


「あれ?…タッツ?」


部屋の中には誰も居なかった。いつもボクは人一倍時間を掛けて着替えを済ます。ザッキーなんかは時間掛け過ぎなんスよ、って良く言うけど。だからさ、タッツミーの方がいつも早く部屋に戻っている。今日もそうだと思ったのに。どうしたんだろう。何となく嫌な感じがした。今日の練習中に感じた違和感が再びボクを襲い、タッツミーの部屋を出ると、ボクは廊下を引き返した。


少しだけ足早にクラブハウス内を探してみる。タッツミーの居そうな場所を探してみても、どこにも彼は居なかった。もしかして、外に居るのかな。廊下の窓から外を見ると、練習の時よりも激しい雨が降っていた。こんな雨の中、タッツミーはわざわざ外に行くだろうかとも一瞬思ったけど、ボクはクラブハウスの玄関に置いていた傘を片手に外に出た。



*****
ボクの耳にザーザーと少しだけ耳障りな雨音が響く。タッツミーが居ないことに酷く焦燥感を感じていた。


「どこに行ったんだろう…タッツミー、ボク、不安だよ。」


グラウンドに居ると思ったのに。タッツミーはクラブハウスには居ないようだった。こんな時に携帯で連絡できれば、不安なんてすぐに吹き飛んでしまうのに。無意識に傘の柄を強く握り締めていたようで、力の入った右手が白くなっていた。タッツミーがクラブハウスに居ないなら、近くに居るかもしれない。コンビニに行ってる可能性だってあるじゃないか。ボクは焦る心を落ち着けるようにそう考えると、クラブハウスの敷地を出た。





クラブハウスを出て近くにある公園に差し掛かった頃、何気なく視線を向けた公園のベンチの向こうに栗色の髪が見えた。ボクは急いでタッツミーの所に駆け寄った。傘を持つのももどかしく感じるほどだった。


「タッツミー、傘も差さないなんて、何やってるの!…風邪引いちゃうよ。」

「ジーノ…」


ボクは自分が濡れるのも構わずに、タッツミーの体の上に傘を翳す。タッツミーが僅かに目を見開いてボクを見た。タッツミーの髪は雨で濡れてしまって額に張り付き、彼を酷く幼く見せていた。お気に入りのカーキ色のジャケットもすっかり色が変わってしまっている。


「最近さ、本当にやんなっちゃうくらい足が言うこと聞かなくて。…何か…辛くなってさ。練習終わってそのまま外に出てふらふら歩いてたら、こいつ見付けてさ。…あぁ、こいつも1人ぼっちだなって。」


タッツミーの視線が彼の膝に向けられる。彼の両膝の間には、多分この公園に住んでいるんだろう、1匹の黒猫が居た。


「ボクが居るじゃない。…タッツ、ボクが居るよ。」


ボクは、ずっとタッツミーの隣に居るよ。タッツミーが好きで、愛しいんだ。だからボクを側に置いてよ。足が辛くて、心が悲しい時はボクがタッツミーの心に寄り添うから。


「…うん、そうだった。…そうだね、お前が居る。ジーノ、お前なら…俺の隣に居てくれる?」


タッツミーが瞳を揺らめかせてボクを見つめた。勿論ずっとタッツミーの隣に居るよ。そう答える代わりに、ボクはタッツミーを優しく抱き締めた。初めて抱き締める彼の体は随分と細くて、ずっとずっと守っていきたいとボクは心に決めた。


ボク達は傘も差さずに長い時間、雨の中でお互いを確かめ合うように抱き締め合っていた。



*****
ボクの傘に2人で入って、ボク達はタッツミーの部屋に戻った。部屋に戻る途中で、ボクはそっとタッツミーの手を握ってみた。振りほどかれるかなって思いもしたけど、彼はボクの手を小さく握り返してくれて。体は雨で濡れて冷たかったのに、心は幸せでじわりと温かかった。


「ボクはタッツミーほど濡れてはいないから大丈夫だけど、タッツはシャワー浴びた方がいいよ。着替えたっていっても、まだ体冷えてるでしょ?」


ボクにタオルで髪を拭われ、大人しくしていたタッツミーが、大丈夫だよと首を振る。


「風邪引いたら皆が困るでしょ。…ボクだって嫌だよ。」

「だったらさ、お前がいい。…温めてよ、ジーノ。」


タッツミーの髪を触っていたボクの手を、彼がきゅっと握った。瞬間ボクの心臓が大きく跳ねる。タッツミーは本当に魅力的過ぎるよ。こんなにもボクを捕らえて離さない。





「ジーノ、お前…あったかいな。今すごく心地いい。」


タッツミーがボクの腕の中で幸せそうに目を細める。タッツミーのベッドは、ボクの部屋のベッドと違って男2人で寝るには少々きつい。だけどボクがタッツミーを抱き締めていれば、何も問題ないんだよね。


「タッツミーだって温かいよ。ボクも今、すごく幸せだよ。」


今、ボクが口にした通り、タッツミーは温かかった。この腕の中の温もりを、これからもずっとずっと感じていたい。


「…俺を見付けてくれてありがとね、ジーノ。」


タッツミーが何か小さく呟いた。だけどボクは彼の言葉が良く聞き取れなくて、聞き返そうとタッツミーを見た。そしてそのまま微笑んでしまった。ボクの腕の中が心地良かったんだろうね、タッツミーは目を閉じて可愛らしい寝息を立てていた。


本当は、今日は彼をディナーに誘おうと思っていたけれど、それ以上に幸せで素敵な夜を過ごせそうだよ。だってタッツミーがこんなにボクの近くに居る。



ボクは静かに眠るタッツミーを優しく抱き締めて、同じように目を閉じた。明日起きたら1番に、彼に朝の目覚めのキスをしてあげようと思いながら。






END






あとがき
ちょっとだけ精神的に辛くなっていたタッツミーを優しく慰めるジーノが書きたくなりまして(^^)


タッツミーはすごく強い人だと思っているので、こんな風に人前で弱音は吐かないとは思いますが、ジーノの前だけでは甘えたり、弱い所を見せているとすごく萌えます(*^^*)


読んで下さってありがとうございました♪

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