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もう1人のキミも幸せであれ 4(完結)
あともう少しだけこのまま眠っていたいと思うのだけれど。段々と意識がはっきりとしていき、ジーノは柔らかな羽布団の中で身じろぐと、ゆっくり瞼を開いた。昨日は公園で達海とのんびりと過ごしたが、今日は普段通りに練習がある日だった。部屋の中は薄明かりが射し込むだけで、起きて準備をするのにはまだ随分と早い時間であり。ジーノはこのまま寝てしまおうと再び瞼を閉じようとして、羽布団の端が捲れ上がり、本来そこに寝ているはずの人物が居ないことに気付いた。ジーノの部屋は広くて機能性に優れており、様々な家具がセンス良く配置されてはいるが、ベッドについては寝室にキングサイズの物が1台置かれているだけだった。基本的にジーノは他人を部屋に泊めるようなことはしないし、恋人と甘い夜を過ごすにはキングサイズのベッド1つで十分であったからだ。だからもう1人の達海がジーノの部屋に住むようになった時も、どちらかが遠慮してソファーで寝るのではなく、2人で同じベッドに寝ることにしたのだ。勿論ジーノは達海に手を出すようなことはしなかったし、達海もそわそわしたり恥ずかしそうにしながらも、ジーノ強引に迫るようなことはなかった。朝まで一緒に手を繋いで眠ることがあったくらいだった。


「タッツ…?」


布団の中からゆっくりと起き上がると、寝室のカーテンの向こうにパジャマ姿の達海の姿が見えた。達海は既に起きていたようで、カーテンの内側に立って窓の外に広がる空をじっと見上げていた。


「あ、もしかして…起こしちゃった?」

「大丈夫だよ。……タッツ、何か、あった?」

「いや、別に…何でもないよ。」

「何でもないっていうような顔じゃないよ。どうしたの?」

「あ、えっと、その…何か変な夢、見ちゃって。いや、ほんとに大した夢じゃないから。そんな心配すんなって。」


達海はジーノにニコッと笑顔を向けると、やっぱ俺、二度寝するわと再び広いベッドの中に潜り込んでしまった。本当に大丈夫なのだろうか?達海は平気だと言って笑ったが、ジーノにはどうしてもそうは見えなかった。


「ジーノ。」

「うん。」


達海が掛け布団から半分顔を出して、小さな声でジーノの名前を呼ぶ。ジーノは達海の方に顔を向けて優しくその先を促した。

「時間になったら勝手に起きちゃっていいからさ、その間まで…手、繋いでて。」

「…うん。いいよ、タッツ。」


達海は頭から布団を被ってしまったので、どんな表情をしているのかは分からなかった。ただ紡がれた声は、どこか震えていたように感じられて。やはり何か怖い夢にでも魘されて、不安な気持ちが消えないのだろう。


「大丈夫だからね。おやすみ、タッツ。」


布団の中から静かに伸びてきた手を捕まえて温もりを伝えるように包み込むと、ジーノも静かに目を閉じて、再びしばしの眠りに就いた。



*****
気が付けば、達海がジーノの所に来て今日でちょうど1週間だった。この1週間は、本当に色々なことがあって。あちらの世界に時間旅行をした時に絶対に忘れない体験をしたと思えたが、彼が今自分の隣に居ることも、きっとこの先もずっとずっと覚えているのだろう。


ジーノは達海の手を握ったまま心地良い眠りの世界を旅していたが、さすがにこのままでは練習に遅刻してしまうとハッと目を覚ました。音を立てないように静かに隣を見ると、達海は布団から少しだけ顔を出して、すやすやと眠っていた。目を閉じて眠るその顔は同い年とは思えないほど子供のようにあどけなかった。ジーノは、行ってくるねと小さく笑うと、自分が握っていたはずであったのにいつの間にか握り締められていた手を動かして、彼の手の中から指を離した。温かさが急速に失われていき。そのことに少しだけ寂しさを感じてしまい、ジーノは困ったように笑って寝室を出たのだった。





今日の練習中もジーノの恋人は何となく素っ気なかった。というよりは、2人のことが気になるけれど気にならない素振りを見せて気を遣っているように感じられた。ジーノがどこかの女性と浮気でもしていたのならば、面と向かって強くなじることもできるのだろうが、相手は別の世界から来たもう1人の自分自身なのだ。恋人もどうしたらいいのかと内心では戸惑っているのだろう。それでも彼はそんなことはおくびにも出さず。とりあえずはさ、前も言ったけど、俺のことは気にしないでいいから当分お前の好きなようにやりなよ。いつもと変わらずのんびりとした別れ際の言葉に、ジーノはただ頷くしかなかった。


午前中までの練習が終わり、ジーノは寄り道することもなく、そのまま真っすぐに自宅マンションへと帰って来た。今日もタッツは子犬のように出迎えてくれるのかなと思いながら玄関のドアを開けてみたが、嬉しそうな笑顔はそこにはなかった。


「タッツ…?」


ソファーでお昼寝でもしているのかなと、リビングを覗いた瞬間、突然現れた達海がガバッとジーノに抱き付いてきた。首に両腕を回され、ジーノはそのまま押し倒されるようにソファーに倒れ込んだ。


「わっ、ちょっ…タッツ!?」

「ジーノ、ジーノ…」


達海はジーノをぎゅうぎゅうと抱き締めると、ジーノの胸に顔を押し付け、そのまま押し黙ってしまった。ジーノはソファーに倒されて達海の腕の中で動けずにいたが、ゆっくりと手を伸ばして達海の髪に触れようとした。


「ジーノ。」

「…タッツ。」


達海がゆるゆると顔を上げて、ジーノを見つめる。抱き締めてくる腕には力が込められているのに、すぐ間近にあるその瞳には、切なさが滲んでいた。


「……やっぱさ、敵わないなぁって思っちゃって。考えてみたら、この部屋には…もう1人の俺の痕跡が一杯あって。まぁ、ずっと見ないようにはしてたんだけどね。」

「タッツ…」


静かに紡がれた達海の言葉。部屋の中を見渡せば、確かに恋人が残した痕をたくさん見つけることができた。テレビの近くに置かれたラックの中のDVD、ウォークインクローゼットの中の部屋着、洗面台の棚に置かれた歯ブラシとコップ、冷蔵庫の奥で冷えている甘い缶ジュース、同じ柄の2つのマグカップ。確かにここには恋人の達海の存在があった。いつの間にかそこにあるのが当たり前になっていた、年上の恋人の欠片。


「タッツ…」

「あ〜、ごめんごめん。今の、別に…何でもないから。…わりぃ、何か急に湿っぽくなっちゃったな。」


ごめんね、ジーノ。突然こんなことしちゃって。達海は眉根を寄せて笑うと、抱き締めていた腕を解いてジーノから離れようとした。瞬間、ジーノは自分の体がぐらりと大きく揺れたように感じた。ソファーに座ったままでも強く感じるこの揺れには嫌というほど覚えがあった。


「タッツ…!この揺れって、まさか…」


目の前の達海の顔がくしゃりと歪む。あ〜何でだよ、夢の通りになっちゃうとか。泣きそうな声がジーノの耳に届いた。酷い揺れが全身を襲う中、ジーノは起き上がって達海の手を掴んだ。


「ねぇ、タッツ、夢の通りって…?」

「…明け方にさ、夢を…見たんだよ。お前は普段通りに練習に行っちゃって、それで…お前が帰って来たから、俺はいつもみたいに笑って出迎えるんだ。だけど、だけど…そのままさよならしなきゃならない夢。……何で今、正夢になっちゃうのかな。」


握り締めた手は小さく震えていた。達海は言葉を吐き出すと、そのままゆっくりと下を向いた。タッツ、ジーノは達海に声を掛けようとした。だがそれを遮るように、大丈夫だよと、はっきりとした強い声が返って来た。


「タッツ、でも…」

「心配しなくて、大丈夫。」


達海が揺れに負けじと顔を上げてジーノを見る。その表情は、苦しいことが全て吹っ切れたかのように綺麗に笑っていて。ジーノは目を見開いて達海を見つめることしかできなかった。


「俺はもう、大丈夫だから。……ジーノ、そういや、お前に言ってなかったんだけどさ…」

「うん…」

「結構前のことなんだけど…俺、もう1人のお前を見たんだ。勿論向こうでだけど。…俺が出てる試合を偶然観に来てたみたいで。多分高校生くらいだったと思うんだけど、すぐにもう1人のジーノだって分かった。」

「もう1人のボクが…?」

「うん。だからさ、俺、いつかもう1人のお前と…一緒にプレーできる日が来るって思ってるから。それだけは、絶対にこっちの俺には譲ってやんないからね。」


俺はジーノとフットボールで繋がってる。だから大丈夫なの。達海はどこか悪戯っぽく嬉しそうに笑った。


「あと、最後にこれだけは言っとく。」

「タッツ?」

「ジーノ、大好きだったよ。」


唇にしっとりと柔らかな感触がして、達海に口付けられたのだと理解した。優しく口付けられたまま、ジーノはこれで本当にさよならだからと達海の背中にそっと腕を回していた。達海が嬉しそうに目を細めたような気がしたが、突然の目の前の光に何も見えなくなった。


「…ありがとう、タッツ。」


ボクを好きになってくれて。キミのことは、忘れないから。



*****
もう1人の達海が元の世界に戻った翌日。ジーノは今日の練習が始まったばかりだというのに早々にピッチから出ると、監督でもある恋人の隣まで歩いた。達海がサボるなよと鋭い視線を向けて来たが、疲れたからちょっと休憩させてよと、ジーノは笑ってそれをかわした。


「ほんとにこれだから王子様は…」

「…昨日ね、タッツが帰っちゃたんだ。」


達海がジーノをじっと見つめる。少しだけ眉根を寄せて。


「何か残念そうな口振りじゃん。やっぱ、一緒にフットボールができて元気で年下で…あっちの俺の方が良かったんだろ?」

「タッツミー…そんな、ボクはタッツミーが…」

「…っ、そんな顔すんなよ。わりぃ、お前を傷付けたくて言ったつもりじゃなくて。」


俺だって気になってたんだよ、それなりに。そうだと認めることが恥ずかしいのか、達海が小さく呟いた。


「でも、もう1人の俺の為にありがとな。まぁ、俺がお礼言うのも…何か変な感じだけどさ。」

「ボクはタッツにお礼を言わなくてはね。こんな可愛いタッツミーが見られたんだから。」


もう1人の自分に嫉妬するだなんて、本当にキュートだよと囁くと、早く戻れよとぐいぐい背中を押されてしまった。ジーノは達海に手を振ると、ピッチへと足を向けた。ふと見上げた頭上には、澄み切った青空が広がっていた。


タッツもどこかの世界でこの綺麗な空を見ているのかな。


キミ達が幸せで笑ってくれていれば、ボクも同じように幸せなんだよ。



*****
「達海!空なんか見上げてないで急がないと練習遅れちまうぞ。」

「俺ら先にグラウンドに行ってるからな〜。」

「うん、俺もすぐ行くよ。」


練習用のウェアに着替えてクラブハウスを出た達海の目の前には、綺麗な青空が広がっていて。今日の練習もきっと楽しくなりそうだと思えた。


どこかの世界であいつもこの綺麗な空を見てるのかな。


達海は青空を見上げてそっと微笑むと、勢い良く駆け出した。


「ありがとう。バイバイ。」






END






あとがき
模野様から頂きました1周年記念リクエストで『もう1人のキミが笑う世界』の続編を書かせてもらいました。パラレル設定で無理矢理な流れになってしまって申し訳ないですが、若タッツがジーノに恋する可愛さが少しでも伝われば良いなと思います´`タッツミーと若タッツのやり取りも入れてみようかと思ったのですが、私自身が混乱しそうだったので(><;)タッツミーはすごく気にしてても俺は年上だからと、あの1周間は2人のこと考えないフリをしてたんですよ、絶対^^ジーノ、愛されてますね。


パラレル設定は好きなように考えられるので楽しいですね!どの世界に居てもジノタツは2人で幸せだと良いなと思いますv


模野様、この度はリクエストして下さいまして本当にありがとうございました!

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あきゅろす。
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