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もう1人のキミも幸せであれ 3
ジーノが26歳の達海と過ごすようになって6日目の今日は、ちょうどチームの練習が休みの日であり、ジーノにとってはオフの日だった。前もって今日が休みになることが分かっていたので、ジーノは彼をどこかに連れて行ってあげようかなと考えていた。

達海は別の世界で生きており、恋人とはまた別の人間だ。そうであるとはいっても、恋人の過去の姿を良く知る人間とどこかでばったり会ってしまってはいけないからと、達海は1日の多くの時間をジーノの部屋で過ごし、外出したとしても、ジーノのマンションの周辺だけで用事を済ますようにしていた。やっぱりずっとボクの部屋に居るというのも考え物だよね。タッツにはちゃんと息抜きをさせてあげなければいけない。そんな風に思い立ったジーノは数日前の練習終わりの際に、のんびりとした足取りでクラブハウスに戻ろうとしていた年上の恋人に声を掛けた。数日後の練習が休みの日に、もう1人の達海と出掛けるつもりでいるので、会いに行くことができないのだと告げる為に。今は彼を優先しているけれどもあくまで恋人が一番なのであって、自分にはやましい気持ちは何一つない。だからこそ、こそこそと隠すようなことはせずにきちんと伝えておこうと思ったのだ。目の前の達海は、それならまぁ仕方ないねと淡々と呟いたが、それ以上特に何か言ってくるようことはなかった。それでも恋人よりも、もう1人の方を優先したということに変わりはなく。ジーノは心を込めて達海に謝罪をし、もう1人の達海と2人で出掛けることを決めたのだった。





「本当にこれで良かったのかい?ボクに遠慮しなくて良かったんだよ、タッツ。」


ジーノは隣で楽しそうにしている達海の顔を覗き込むと、本当にいいの?と確認をした。現在2人は、目的の場所を目指してジーノのマンションを出てすぐの歩道を歩いていた。その場所まではまだそれなりに歩かなければならなかったのだが、今の季節は外を歩くのにはちょうど良く、午後の陽射しと爽やかな風が心地良かった。綺麗に整備された歩道の両脇には可愛らしい花々がどこまでも続くかのように植えられており、達海は時折足元の花壇に目をやっていた。


「タッツ、公園で良かったのかい?本当に遠慮しなくて…」

「俺、別に遠慮なんかしてないって。」


俺が行きたい所にどこでも連れてってくれるって言ったのはジーノの方じゃん。だったら俺が好きな所でいいんだろ?だから気にすんなって。達海はジーノに視線を向けると大きく頷いた。


「それはそうかもしれないけど、でも…美味しい物を食べたり、洋服を買いに行くこともできたんだよ。」

「そんなのいいって。飯はジーノが作ってくれる物の方が断然美味しいし、服も貸してくれてるのがあるからさ、わざわざお金出して新しいやつ買わなくたっていいよ。それに…ジーノの服が着られるのって、やっぱちょっと嬉しいし。」


達海は照れたようにそのまま視線を下に落とす。今日の彼は肌触りの良いカッターシャツの上に薄物のカーディガンを羽織っており、下は動きやすいようにと、ラフなパンツを履いていた。それは全てジーノが貸した服であり、多分彼が普段着ることのないテイストの物であるといえた。恋人も隣を歩く彼もそうであるが、普段の私服は決まってスウェットの上下か、良く分からない英文字がプリントされたTシャツばかりだったからだ。


「えっと、だからさ、つまり…俺は公園に行きたい訳だから、お前は全然気にしないでいいの!いい?分かった?」


達海が人差し指をビシッと前に突き出してジーノに迫る。距離を詰める達海に気圧されながら、分かったよ、タッツがそれでいいならボクもいいからと答えると、達海は良かった〜と叫んで、そのままジーノの腕に自分のそれを絡めた。当然恋人同士のように寄り添うことになり、ジーノは突然感じた達海の体温に酷く動揺してしまった。


「タッツ、人前でそんなことは…」

「今さ、俺達の周りに誰も居ないじゃん?だから、今だけでいいから。人が来たらちゃんとやめるし。」


達海が上目遣いで、駄目?と小さく首を傾げる。あぁもう、さすがにそればかりは反則だった。ジーノはなるようになれとばかりに達海の好きにさせることにした。この頃の達海は、以前向こうの世界で一緒に居た時よりもジーノの温もりを求めているような気がする。ジーノのことを慕っているのだと全身で伝えてくる。ジーノの方も、もう1人の達海である彼と一緒に居ることは楽しいと感じる。だからこそ、達海が2人居る状態がずっと続くようなことがあってはいけないと強く思うのだ。彼と一緒に居ることは確かに楽しいが、自分はやはり恋人の隣でなければ幸せや安心感を感じることはできない。それにこのままでは隣で嬉しそうにしている彼を傷付けることになってしまうだろう。


「ジーノ。」


腕に感じる温もりはただただ優しくて。ジーノは心の中で小さな切なさを感じた。



*****
今日は練習もなくて1日自由であるから、どこか行きたい所はあるかと達海に尋ねてみた所、それなら公園でフットボールがしたいと返事が返って来た。だから今、ジーノと達海はジーノのマンションから20分ほど歩いた場所にあるスポーツ公園に居る訳だった。爽やかな午後の風に誘われたのか、公園内では人々が犬の散歩やウォーキング、様々なスポーツを楽しんでいた。


「ジーノのマンションの周りって、同じような高級マンションとかビルとかしかないのに、それなりに歩くとこんな場所もあるんだね。」

「うん、なかなかいい場所に住んでいると思わないかい?」

「確かにね。でも俺だって、クラブハウスに近い場所に住んでんからさ、いつでもすぐにフットボールできるぜ。」


達海は自慢気な顔をしたが、それでもこの公園に来たことが嬉しそうだった。早くフットボールがしたくて堪らないとうずうずしている様子が見て取れて、ジーノはクスッと笑った。


「それにしてもタッツ、ボク、ずっと気になっていたんだけどさ、ボールは持って来なくて良かったのかな?」

「いいんだよ、混ぜてもらえばいいんだから。」

達海は楽しそうに笑うと、入り口近くの地図を見て、グラウンドの場所を確認した。そして早く行こうぜとジーノに手招きする。本当に2人共フットボールが大好きだよねと思いながら、ジーノは達海と共に歩き出した。





クラブハウス内の整備されたピッチとは違う小さなグラウンドに辿り着くと、数人の小学生達が楽しそうにボールを追っていた。タッツはこの中に入るつもりなのかなと考えていると、誰かが蹴ったボールが大きく逸れて、達海のすぐ前に転がって来た。


「すみませーん、ボール取って下さーい。」

「お願いしまーす!」


遠くから子供達の声が響く。達海はボールまで近付くと、ちょっと待ってろ〜と声を掛けて、そのまま勢い良く蹴り上げた。ボールは正確で綺麗なフォームを描いて、一番近くに居た子供の足元へ吸い付くように落ちた。こんな小さなことでも彼が才能溢れる選手なのだと分かる。すごいよね、やっぱり。ジーノは達海を眩しく見つめた。達海はボールを蹴ったが、そのまま小学生達の輪に加わることはなく、グラウンドの脇にあるベンチの方へと歩き始めた。


「あれ?タッツ…」

「あ〜、何かやっぱ今日はフットボールはいいかなって。あいつらのプレーでも見よっかなぁって…」

「じゃあ、ボクも隣に座っていいかな?」


ジーノは達海と共に小さな木製のベンチに腰を下ろした。すぐ目の前では子供達が笑いながら元気良くフットボールをしている。ボクも子供の頃はあんな風に必死でボールを追い掛けたなぁと、幼児期の自分を思い出していたジーノの耳に、なぁと達海の声が届いた。


「うん、なあに?」

「えっと…あのさ、俺が前にお前にあげたミサンガって…まだ持っててくれてたりする?」

「それは勿論だよ。タッツが最後の時にボクに渡してくれた物だよね?タッツが言っていたように試合に勝つ為のお守りとして、ロッカーの奥の方に大事に置いているよ。」

「…それは、ありがと。」


達海は小さく呟くと、慌てたようにジーノから視線を外してグラウンドを見た。ジーノも達海と同じく視線を向ける。子供達は相変わらずプレーを楽しんでいるようだった。


「フットボールってさ、やっぱいいもんだよな。」

「うん、ボクもそう思うよ。」


達海はそうだよなと頷くと、ジーノの肩にもたれ掛かるようにして、ただ真っすぐに目の前の景色を見つめ続けていた。

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あきゅろす。
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