[携帯モード] [URL送信]
もう1人のキミも幸せであれ 1
模野様からの1周年記念リクエストで頂きました「もう1人のキミが笑う世界」の続編です

26歳タッツミーがジーノ達の世界に来てしまい、ジーノを忘れられずに頑張るお話ですが、捻りのない展開です;




ボクは、いつもキミの幸せを願っている。キミが幸せで居てくれることが、ボクの幸せだから。


どの世界のキミも、幸せで居て欲しい。笑っていて欲しい。


ボクはいつもそう願っているんだ。



*****
練習が終わって私服に着替え、髪を整えたり荷物を整理していると、いつもロッカールームの中はジーノだけになる。仲間達の多くは手早く汗を流して着替えを済ませ、すぐに帰ってしまうからだ。ジーノは身なりには殊更気を遣う性格であるので、ゆっくりと時間を掛けて着替える方だった。今日も気が付けば周りには自分以外に誰も居なくなっていて。だがジーノは特に気にすることもなく、いつものように自分のペースで着替えていた。お気に入りのジャケットを羽織り、着替えを済ませた所で練習用のジャージを綺麗に折り畳んでいると、不意に背中越しに誰かの気配を感じた。バッキー辺りが何か忘れ物でもしたのかな?ジーノはそのままゆっくりと視線を上げたが、すぐ目の前に立っていた人物を見て、驚きに声を出すことができなかった。それはジーノの前に突然現れた相手も同じであったようで、ジーノを見たまま酷く困惑した表情を浮かべていた。


「タッ、ツミー…!?」

「ジー、ノ…?えっと…何で、ジーノ…が?だって俺、さっきまで…」


ロッカールームで着替えてたよな?それで突然地震みたいなのが来て、目の前が光って。とにかくびっくりして。年若い青年の声が部屋の中に小さく響いた。目の前の彼は黒いパーカー姿であり、手には脱いだばかりなのだろう練習用の上着が握られていた。彼は目をパチクリさせ、自分の置かれている状況が理解できないでいるようだった。ジーノは瞬きを繰り返す彼に酷く見覚えがあった。というより、今でも忘れることなどできるはずがなかった。半年以上前の記憶が頭の中に強烈に蘇る。何の運命の悪戯なのか、神の気まぐれなのか、タイムトラベルを経験し、別の世界の恋人と1ヶ月過ごした忘れようのない記憶。ジーノはこの状況に、どうやら彼もボクと同じ経験をしてしまったようだねと納得した。ジーノをじっと見つめる彼は、もう1つの世界に生きる26歳の達海だったのだ。


「…今度は、タッツミーがボクの所に来てしまったみたいだね。」

「やっぱり、そうなんだ、これって。…そういえば前に話してくれたことあったよな?ジーノが俺の前に現れた時もすごく揺れて光ったって…」

「うん、その時と同じ状況だからね。でも…ボク、本当に驚いたよ。まさかまたタッツミーに会えるだなんて。」

「俺も…俺もだよ。ジーノにまた会えるとか、すごく…夢みたいで。絶対無理だけど、いつかまた会えたらいいのにって思ってたから。」


達海が嬉しそうな顔になる。その笑みは自分と同い年の青年らしいあどけないものだった。その笑顔にあの時過ごした日々を思い出して、ジーノは心の中で懐かしさを感じた。だがそれと同時に、このままでは確実に大変なことになるよねと、一抹の不安も覚えた。もう1人の達海がこちら側の世界に来たことは変えようのない事実であり、彼は今現在ETUのクラブハウスの中に居るのだ。もし誰かに鉢合わせでもしたら、自分はどうやって彼のことを説明したらいいのだろう。他人の空似では通用しないだろうし、相手によっては26歳の達海を見て失神してしまうかもしれないのだ。とにかくこのままここに居てはいけない。ジーノはそう判断すると、達海の手からジャージの上着を取って自分のバッグに詰めた。


「タッツミー、今すぐそのパーカーのフードを被ってくれるかい?」

「ジーノ?」

「被ったら、そのままずっと下を向いて歩いて欲しいんだ。絶対に顔を上げてはいけないからね。」


さすがに達海もジーノの言わんとすることが分かったようで、やっぱ見つかっちゃまずいもんねと大きく頷くと、パーカーのフードを深く被った。彼のトレードマークである所々跳ねた茶色い髪が黒に隠れたが、これはあくまでも応急処置のような対策でしかなかった。


「とりあえず駐車場まで行くからね。ボクの車の中に入ってしまえば、人目を気にしなくて済むから。…その後のことは車の中で考えよう。」

「何か…色々、ごめん。」

「謝らなくていいんだよ。もう1人のタッツミーを守る為なら、ボクは何でもするんだから。」


ジーノは達海に微笑むと、そのまま達海の右腕を掴んで自分の方に優しく引き寄せた。そして達海の右手を包み込むように握り締めると、急いで廊下に出ようとした。だがその瞬間、ジーノ、とどこか切羽詰まった声が耳に届き、思わずジーノの足が止まった。どうしたんだい?と後ろを振り返ってみると、達海が恥ずかしそうな顔でジーノを見ていた。


「別に…手、繋がなくていいよ。」

「下を向いて歩いていたら危ないんだから、大人しく繋がれていてよ。言ったよね?ボクが守るって。」


俯いてありがとうと小さく呟く達海にもう一度微笑んで、じゃあ行くよとジーノは達海と手を繋いで廊下に出た。



*****
廊下の壁際に居る達海を庇うようにしながら歩いてすぐのことだった。ジーノの瞳に私服姿の2匹の忠犬が映り込んだのは。何故か今日に限ってさっさと帰らずに廊下で立ち話をしているようで、楽しそうに話す赤崎にそうですよねと、椿がこれまた楽しそうに頷いていた。あの犬達は2匹揃って主人を困らせるのが得意なようだね。こんな時に全く嫌になるよと、ジーノは溜め息を零した。あの2人の横を通り過ぎなければ駐車場へは行けないのだ。ジーノは俯いている達海の耳元に唇を寄せると、タッツミーと小声で名前を呼んだ。


「うわっ、な、何?」

「タッツミー、もう少し速く歩けるかい?あそこにボクの犬達が居てね、嗅ぎ付けられてしまうと色々と厄介なんだよ。」


ふ〜ん、あれがお前の言ってた忠犬達ね。達海はちらっと顔を上げて赤崎達を見たが、またすぐに下を向いた。ジーノは向こうの世界に居た時に、隣を歩く達海に様々なことを話していたのだ。自分のプライベートや物事の考え方、自分の恋人の監督としての力量。勿論一緒にプレーをしている選手達のこともだ。お互いに色々な話をしたんだよねと考えていると、達海が歩くスピードを速めた。我に返ったジーノも先ほどよりも速く歩く。離れていた椿と赤崎がすぐ真横の位置になり、ジーノは少しだけ息を詰めると、達海を隠すようにしながら2人の脇を通り過ぎた。


「あ、王子!お疲れ様っス。」

「…お疲れっス。」


2人の声がジーノを呼び止めようとしたが、ここで立ち止まってしまったならば達海を守れない。隣を歩く達海の肩が不安そうに小さく揺れたのが目に入った。ジーノは足を止めることなく少しだけ振り返ると、お疲れ様だねと軽やかに告げた。


「あれ?王子の隣に居るのって…」

「悪いけれどちょっと急いでいるんだよね。バッキーもザッキーもハウス、だよ。早く帰ることだね。」


それじゃあね。ジーノは前を向くと、達海の手を引いて急いで廊下を進む。背中越しに、ハウスって何だよと怒る赤崎の声が聞こえたが、ジーノは振り返らなかった。次いでジーノの耳に監督、お疲れ様でしたと、ハキハキした明るい椿の声が聞こえる。パーカーを被っていても背格好や雰囲気でこちらの達海と思ったのだろう。律儀な椿らしかった。遠ざかる椿の声に何を思ったのか、達海が後ろ手にひらひらと手を振る。あぁ、タッツミーったらと思いながらも、とりあえずは上手く切り抜けられたようだねと、ジーノは小さく安堵した。





「タッツミー、あともう少しで駐車場だから。」

「うん、分かった。」


ジーノは達海の手を引いて駐車場へと向かっていたが、あれから幸いにも誰にも会うようなことはなかった。駐車場に出たらすぐにタッツミーを助手席に座らせて、それから…頭の中でこの後の流れを思い描いていると、2人の前に遂に廊下の終わりが見え、出入り口の先に四角く切り取られた青空があった。


「あれっ?ジーノじゃん。」


耳に馴染んだのんびりとした声にジーノの心臓が大きく跳ねた。振り返らずとも誰なのか分かる。愛しい恋人の声なのだから。ジーノは駐車場に続くアスファルトへ一歩踏み出そうとして、そのまま歩みを止めた。ボクのタッツミーに誤魔化すことはできないからね。ジーノは観念したように立ち止まると、隣に立つ達海の様子を窺った。俺もこれはどう考えても無理だと思うよ。フードから覗く瞳はジーノにそう訴えていた。


「なぁ、ジーノ。お前の隣に居る奴、誰?」


達海の声が少しだけ低くなったような気がした。ジーノはまだ達海の方を振り返らず、後ろを向いたまま努めて明るい声を出した。


「タッツミー、絶対に驚かないって約束してくれるかい?約束してもらえると、すごく嬉しいな。」

「は?お前、何言って…」


達海の言葉を遮るようにジーノが青年達海の手を引いたまま、恋人の達海へとゆっくりと体を向けた。その瞬間達海は、目の前の光景に何だよこれ、と目を丸くして固まってしまった。驚くのも無理はない。普通に人生を生きている中で、別の世界に生きるもう1人の自分に会うことなど決してあり得ないのだから。驚いて口を開いたままでいる恋人の姿に、驚いた顔もやっぱり可愛いねと、ジーノは場違いなことを思ってしまった。


「え…?俺、だよな?若い俺が居るって、何これ、意味分かんないんだけど……もしかして、まさか、こいつ…ジーノが会ったっていう、もう1人の俺、な訳?」

「なぁなぁ、ジーノ。あれが、35の俺…!?へ〜、あんまり老けてないじゃん。」

「2人共ちょっといいかな?まずは駐車場まで行こうよ。駐車場なら誰も居ないからさ、ゆっくり話もできるよ。」


ジーノの提案にそれもそうだなと答えると、練習用のジャージを着たままの恋人は、ぺたぺたと先を歩き出した。ジーノも隣に居るもう1人の達海を促すと、後に続いて駐車場の真ん中に停まっている愛車の所まで歩いて行った。


こいつがジーノの言ってたもう1人の俺な訳ね。で、何でか知らないけど、今度はこいつの方がこっちに来ちゃったんだな。恋人である達海が状況を整理するように小さく呟いた内容に、ジーノはニコリと笑ってうんうんと大きく頷いた。だがそんなジーノの表情に反比例するかのように、達海の表情はみるみる曇っていった。


「ジーノ、お前さ、いつまでそうしてる訳?」

「えっ?」


達海の視線が青年達海の右手に注がれる。ジーノはその視線を追って小さく息を飲んだ。無意識に彼の右手を包み込んだままだったからだ。もう1人の達海の手の温もりに恋人の温かさを感じてしまっていたのだろうか。自分に向けられる胡乱げな瞳から逃れるようにジーノは慌てて青年達海の手を離した。だが、彼はジーノをじっと見つめると、再び自分からジーノの手を握り締めた。先ほどよりもずっと力を込めて。


「ちょっと、タッツミー!駄目だよ、離して。」

「俺は、お前と…手、繋ぎたいんだ。」

「駄目だよ、タッツミー。」


2人の達海に囲まれているのに両手に花どころではなかった。ジーノは眉を寄せると、ごめんねと青年達海の手をゆっくりと解いた。達海は2人のやり取りを黙って見ていたが、不意に唇を尖らせた。


「あのさ、お前が俺以外をタッツミーって呼ぶの、何となく嫌なんだけど。」

「タッツミー…」


まさか恋人がこんなことを言うなんて。ジーノは酷く驚いてしまった。普段一緒に過ごしていても、なかなか素直に甘えてくれないというのに。タッツミーはもう1人の自分に嫉妬をしている。ボクを取られまいとしているんだよね。ジーノの中にじわじわと嬉しさが広がった。しかしここで、嫉妬だなんて本当に可愛いね、タッツミーと言ってしまってはいけないだろう。


「2人共タッツミーで間違っている訳ではないんだけれど、やっぱりボクも呼びにくいからね。タッツミーはタッツミーで、こちらの彼は、タッツにしようかな。」

「タッツ…タッツか。うん、俺、それでいいよ。ジーノがタッツって呼んでくれるの嬉しいし。」


青年達海がふわっと綺麗に微笑む。思わずハッとするようなその笑みにジーノは惹き付けられてしまいそうだった。目の前の達海が何か言いたそうな表情を見せたが、そのまま口を開くことはなかった。


「あのね、タッツミー。さっきタッツミーに会う前に考えていたことがあるんだ。」


ジーノは、青年達海をマセラティの助手席に座らせた後に彼に言おうとしていたことを恋人に告げる決意をした。


「…タッツが元の世界に戻るまでの間、ボクの部屋に住んでもらおうかなと思うんだ。」

「「えっ…」」


2人の達海が同時に驚いた声を上げる。1人は嬉しそうにうっすらと頬を染めながら。もう1人は小さく肩を揺らして苦しそうに眉を寄せながら。

「タッツを1人にはできないからね。だけど、タッツミーの部屋にタッツが居ることはできないし、だったらボクの部屋が最適なんじゃないかと思ったんだ。タッツミーにはちゃんと伝えないといけないと思って…でも心配しなくていいから。」

「…別に、好き勝手にすればいいじゃん。俺は気にしないし。」


達海はぶっきらぼうに言葉を紡ぐと、俺忙しいから帰るわと、ジーノ達に背を向けて歩き出した。ジーノに背中を見せる瞬間、達海がどこか傷付いたような表情をしていたような気がして、ジーノは胸が締め付けられた。


「…好き勝手にやらせてもらうに決まってる。せっかくこの世界に来れたんだ。もうこんなチャンスはないかもしれないじゃん。」

「タッツ?」


隣で達海が何かを呟いたような気がしたが、小さ声だったので聞き取ることはできなかった。ジーノと目が合った達海は青年に似つかわしい笑顔を浮かべて、ジーノ、本当にありがとうと、勢い良く抱き付いた。


「タ、タッツ!?」

「ありがとう、ジーノ。ほんとありがとう。」


彼はこの世界で自分以外に頼る者は居ないのだ。あの時の自分と同じように。彼は自分を助けてくれて、結果的にどの世界の達海も楽しそうに笑っていることを教えてくれたのだ。先ほど見た恋人の切ない表情が決して気にならない訳ではなかった。追い掛けたいと強く思った。けれども目の前の彼のことも放ってはおけないことも確かで。彼がこちら側に居る間は、今度は自分が支えてあげなければならないように思う。ジーノは自分と同い年の達海に抱き締められたまま、彼の腕を振り解くこともできずにそんな風に考えていた。

[*前へ][次へ#]

11/87ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!