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もう1人のキミが笑う世界 4(完結)
ジーノは大勢の人々で賑わうスタジアムに居た。この世界に来てちょうど1ヶ月の今日は、ETUの試合がある日だった。


数日前にジーノは、達海から試合を見に来て欲しいと言われた。達海から誘ってくれたことに驚いたものの、ジーノは喜んで承諾した。この世界に居る以上は、フットボールを楽しむ達海を見ていようと思ったのだ。





試合は今まさに白熱した展開を迎えていた。ETUは相手チームに先制され、その後同点に追い付き、現在はあと1点をもぎ取ろうと選手達は皆果敢にボールを追い掛けている。そんな選手達を眺めながら、不思議だよねとジーノは感じていた。普段の自分は選手としてピッチに立つ側であり、こんな風に試合を観戦することはなかなかない。それにこの試合には達海が出ている。本当ならばもう絶対に見ることができないはずの物なのだ。


それにしても、あと5分なのにタッツミーは余裕だね。ボクの考えが正しければ、多分…ジーノの思考を遮るようにサポーター達が大きな歓声を上げる。目の前ではまさに達海が蹴ったボールが相手チームのゴールに吸い寄せられるかのように叩き込まれていた。ゴールを決めた達海にチームメイト達が満面の笑みで駆け寄って行く。達海は喜びを表すように抱き締めてくる彼らの中から何とか抜け出すと、高く左腕を挙げた。その手首にはミサンガが巻きつけられており、陽の光を受けて輝いているように見えた。腕を真っすぐ空へと伸ばす姿にジーノは不意に達海の言葉を思い出した。試合に来て欲しいと誘われた時、達海の左手首に見慣れない物を見つけて、ジーノは声を掛けたのだ。


『あれ?タッツミー、今までそんな物付けていたかい?』

『ううん、付けてないよ〜。このミサンガはね、試合の時だけにいつも付けるんだ。ま、俺のお守りみたいなもんなの。だから次の試合も絶対に俺達が勝つ。』


そう言って誇らしげにミサンガを見せてくれた達海の顔が瞼の裏に浮かんだ。


「タッツミーは本当にすごいよ。どの世界のキミもたくさんの人を一瞬で魅了してしまうんだから。」


ジーノの言葉は、サポーター達の喜びの叫びの中でも消えてしまうことなく強く響いていた。



*****
試合はETUの逆転勝利というジーノの満足な結果に終わった。ジーノはそのまま達海の部屋に帰ると、彼を労おうと普段よりも豪華な夕食を用意した。

「ただいま〜、ジーノ。」

「お帰りなさい、タッツミー。今日の試合、ボク、すごく興奮したんだ。あのゴールは本当に痺れたよ。」


部屋に帰って来た達海は、ジーノの言葉に試合の疲れを忘れたように嬉しそうにはにかんだ。


「あのさ、ジーノ…」


何?タッツミー。そう答えようとして、ジーノは突然大きな揺れを感じた。ジーノにはこの揺れに覚えがあった。それは自分がこの世界に来る時に感じたものと全く同じだった。


「何だこれ?地震…?すげ〜揺れてる!」


達海もジーノと同じように揺れを感じているようで、立っていられなくなったのか、その場に座り込んだ。ジーノもゆっくりと床に座ると、達海の側に近付いた。


「タッツミー、この揺れはボクがここに来た時に感じたものと同じなんだ。…だから、多分…」

「それって……じゃあ、もう行っちゃうっていうのかよ…」


酷く切ない顔で達海はジーノを見た。ジーノは達海がまるで泣いているように見えて、胸が締め付けられそうだった。


「ジーノ、俺…俺、お前のこと……ううん、やっぱ何でもない。…あの日一緒にフットボールした時に、もう答えは聞いたようなもんだからな。……これ、持っててよ。」


達海は俯いたまま左手首にあったミサンガを外すと、ジーノの手にそっと握らせた。


「タッツミー…」


「ジーノ、ありがとう。…お前に出会えて良かった。」


俯いていた達海がそっと顔を上げた。それはまるで青空のように澄み切った笑顔で、達海は綺麗に笑っていた。


「タッツミー!」


ジーノは達海に腕を伸ばした。だが、突然目の前が眩しく光り輝き、全てが真っ白になった。達海の笑顔もその光の中に消えて、次第に薄れていった。



*****
次に目が覚めると、ジーノは見慣れたロッカールームの床に横たわっていた。意識が段々と覚醒していき、ジーノはゆっくりと体を起こした。手の中にあったミサンガがひらりと床に落ちる。ジーノは慌ててそれを拾い上げると、なくしてしまわないように左手首に巻いた。


ここは、ボクが居た元の世界だよね。不安がジーノを襲う。慌てて周りを見渡してみたが、室内には誰も居なかった。


「ジーノ?…ったく、お前今頃来たの?とっくに練習終わってんのに……つ〜か、何その格好。お前、ジャージなんて持ってたんだ。」


突然ジーノの背後からのんびりとした声が響いた。驚いて振り返ると、ドアの入り口に達海が立っていた。自身が戦闘服と称するカーキ色のジャケットを羽織り、緩くネクタイをしたその姿は、まさしくジーノの恋人のものであった。


「タッツミー!あぁ、会いたかった!…久しぶり過ぎて、ボク泣きそうだよ。」

「はぁ?何言ってんだよ。今日の朝まで一緒に居たじゃん。…って、ちょっと抱き付くなよ!……うん?ジーノ、何でお前裸足なの?」

「まぁ、この服もボクが裸足なのも色々と訳があるんだよ。」


そうなの?ま、何でもいいわ。ちょっとスリッパ持って来るから待ってろ。達海はジーノを残すと一旦部屋から出て行った。良かった。本当に良かった。ボクは戻って来られたんだ。ジーノは喜びを噛み締めた。向こうでは1ヶ月近くも過ごしたのに、達海の口振りからして、こちらでは数時間しか経っていないようだった。


「本当に不思議な体験をしちゃったよね。」


ジーノは左手首にあるミサンガをそっと見つめて、小さく一撫でした。



*****
達海がどこからか持って来てくれたスリッパを履くと、ジーノはロッカールームの中の長椅子に腰掛けた。じゃあ俺もと、達海もジーノの隣に座り込んだ。


「ボクね、ちょっとした時間旅行をしていたのさ。」


時間旅行〜?お前大丈夫かよ、と達海は心配そうにジーノを見たが、その真剣な瞳を見ると、ふ〜ん、そっかと呟いた。


「…お前、ミサンガなんかしてたっけ?」


ジーノを見ていた達海が、不意に気付いたように左手首に視線を向けた。


「あぁ、これはね…もう1人のタッツミーから貰ったんだよ。ボク、向こうでもタッツミーに愛されてたみたいで。…フフ、ボクって罪作りな男だと思わないかい?」

「もう1人の…俺?…やっぱりお前何か変。今日はもう早く帰って寝ろよ。」

「じゃあ、今日もタッツの部屋に泊まろうかな?あ、ボクね、1ヶ月もタッツミーと一緒に居たけど、手は出してないから浮気にはならないからね。26歳のタッツは、それはすごく可愛かったけれど。」


お前絶対に変だから、今日はパスする。そう言って逃げようとする達海をジーノはギュッと抱き締めた。達海は腕の中でまだ文句を言っていたが、大人しくジーノに体を預けてくれた。


「…ただいま、タッツミー。」

「…?良く分かんないけど…おかえり。」


帰って来た。ボクの愛しい人の隣に。


タッツミー、今度ゆっくり聞かせてあげるよ。ボクの時間旅行の話をね。きっと驚くだろうけど、タッツミーは信じてくれるって分かるよ。


それからね、もう1人のタッツミーが教えてくれたんだ。どの世界でもキミは笑っていることを。だから、タッツミーは安心して監督を続けていればいいんだよ。それぞれの世界でタッツミーはフットボールと共に生きている。


ボクは監督として輝くタッツミーの側にずっとずっと居るよ。そんなタッツミーが大好きだからね。



*****
どこかの、とある世界で……




「ジーノ、今日は楽しんでくれよ!」

「そうそう、俺達サッカー部から来週イタリアに帰るお前へのささやかなプレゼントなんだからさ。」

「今日の試合は、俺達の地元のETUのホーム試合だ。ぜって〜すごいから。」

「皆、ボクの為に本当にありがとう。」


ジーノはチームメイト達に綺麗な笑顔を向けた。今日は来週イタリアに帰ることになった自分の為に、最後の思い出になればと部活の仲間がETUの試合観戦に誘ってくれたのだった。ジーノは彼らに笑顔を向けてはいたが、内心はどうでも良いとすら思っていた。


幼い頃から勉強もスポーツも人並み以上にできてしまうジーノは、そのせいか、これといって夢中になれるものがなかった。その中でもフットボールはまだ好きな方だったので、高校2年生になった今でも唯一続けていた。チームメイト達がエースとして自分を頼ってくれるのは嬉しかったし、ジーノの華麗なプレーに酔う女子生徒を見るのも心地良かった。もしかしたら自分がフットボールをしているのは、その為なのかもしれないと思うほどだった。


そんなジーノであったので、サッカー部に所属しながらも日本のフットボールには全く興味はなかった。チームメイト達には申し訳ないと思いながら、目の前の試合をただ漠然と見ていた。もう帰りたいな。そう思ったジーノの目が1人の選手に釘付けになった。あの7番の選手…全然目立っていなかったのに。すごい、あんな動きができるなんて!


ジーノの目の前で次々と相手選手を抜くと、彼は勢い良くシュートを放った。ボールはまるでゴールに吸い寄せられるかのようだった。ジーノは息をするのも忘れるくらいに、その選手を見つめた。電光掲示板のETUのエンブレムの下に1の文字が浮かび上がり、その横に今まさに得点した選手の名が刻まれる。


「達海、猛…」


ジーノは熱っぽくその名を呟いた。今までこれほどまでに体が疼いたことなどなかった。達海と一緒にプレーしてみたい。彼と一緒にピッチに立ちたい。その気持ちがジーノの胸に広がっていた。



*****
試合はETUの勝利に終わり、サポーター達の興奮は試合が終わった後も収まっていなかった。ジーノも試合が終わってもその場から動けずにいた。


ホームでの試合だったということで、選手達は観客席に近付き、サポーターの歓声に腕を振って応え始めた。達海もピッチの中から嬉しそうにブンブンと腕を振っていた。ジーノはそんな達海を眩しそうに見つめていたのだが、不意に達海がこちらを見た。今日の試合はお前の為だからと、チームメイト達が奮発していたので、ジーノはピッチに一番近い席に立っており、達海の顔が良く見えた。目と目が合う。達海はジーノを見て、何故か少し驚いた顔をした。目を見開く達海の姿をジーノが疑問に思うより早く、その視線は逸らされた。だがジーノには視線を外す前に、達海が嬉しそうに笑ったように見えたのだった。


達海猛。ボクはあなたと一緒にフットボールがしたい。あなたの隣に行きたい。だから待っていてね、ボクは必ずあなたに会いに行く。


ー―2人が出会うまで、あと少し。






END






あとがき
なんちゃってタイムトラベル、2組のジノタツが書きたくて、無理矢理詰め込んだら色々おかしくなってしまいました(^^;)雰囲気だけ味わって下さい;


お読み頂いてお分かりだと思いますが、もう1人のタッツミーは成長したジーノと一緒にプレーをする中で、彼に惹かれていきます^^最初は帰ってしまったジーノが忘れられないこともありましたが、こちらのジーノのアプローチに絆されてらぶらぶになると思います♪


どの世界でも、常にジノタツはらぶらぶしているのが一番です(*^∨^*)


ここまで読んで下さり、本当にありがとうごさいました!

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