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柔らかな秋の日に
銀誕お祝い文です

青い春を〜の設定の2人です




目と目が合ったその瞬間、赤みがかった淡い色の瞳が丸く見開かれていき、少しだけ焦ったような顔になったのが分かった。嬉しそうな顔や照れた顔、ここ数ヶ月でそれ以外にも色々な表情を見てきているが、今のはあまり見たことがないな。そんなことを思いながら可愛い恋人へと近付いて行くと、銀色の髪が揺れて自習用の机の上に広げられていた教科書がぱたんと閉じられた。放課後の図書室に数学の教師が来るのは多分珍しいのだろう、本を探していた数人の生徒がちらりとこちらを見た。だが特に気にすることなくそれらの視線を緩く受け止めてから、窓側の机の前に立った。そのままゆっくりと向かいの椅子に腰掛けると黄昏時の空がよく見える。すっかり秋めいた夕暮れの空の色と銀色が交わって、ああ綺麗だと思った。


「ここだったんだな。」


自分の大切な生徒であり、一回りも歳の離れた恋人である銀時がへへっと笑って頷いた。今日がお互いにとってどういう意味を持つ日であるのか忘れる訳がないのだから、さすがに帰ってしまうようなことはないと確信していたが、校舎の端に位置する図書室に足を運ぶとは思ってもいなかった。


「まあね。」


いっつもあの数学の準備室ばっかで会ってるからさ、たまには違う場所もいいかなって思ったんだよね。いたずらっぽい猫のような仕草で身を乗り出して、そんなことを小声で言ってくるものだから。遠くから聞こえる吹奏楽の音色にさえ掻き消されてしまいそうな囁きだったというのに、それはたっぷりと甘さを含んでいたものだから。


「坂田、お前…」


思わず頬に伸ばしそうになった指先を折り曲げて代わりに深く息を吐いた。そっと離れていった上半身は再び机の向こう側だ。右端に寄せていた自身の教科書とノートを一瞥すると、銀時は困ったように小さく笑った。


「と言いたいとこなんだけど、まだ約束まで時間あったし、自習中に終わんなかった英語の課題やってからせんせーに会いに行こうって思って図書室来たんだけど、結構時間経ってた…よね?」

「約束すっぽかされたかと思ったじゃねェか。」


そんなことはないと分かっているけれどわざと拗ねたような声を出してみた。勿論小声で話すことは忘れない。


「いつまで待っても来ねェから教室に捜しに行ったら、残ってた奴に坂田は図書室だって言われたんだ。」

「で、こうして迎えに来てくれたの?」

「そうだ。今日は特別な日なんだぞ。だから俺がお前を迎えに行きたかったんだ。」


特別の部分を強調してやったら、銀時はぱちりと瞬きをした。それからふいっと顔を逸らして何やらぶつぶつ呟き始めた。そういう言い方はずるいだの男前だの、こちらを喜ばせる単語を簡単に口にしてくれるから堪らなくなってしまう。愛おしさが溢れ出すのはこういう瞬間だ。


「行くぞ。」

「うん。」


先に席を立って柔らかな銀糸に指を絡める。先ほど伸ばせなかった指先は今度はしっかりと髪の中へと潜ませた。感触を楽しんでからくしゃりとかき混ぜるのが密かに好きなので、銀時と居ると必ずこうしてしまう。ふわりとした髪を梳くようにして静かに指を離す。不意打ちを食らった銀時の耳は案の定赤く色付いていた。


「せんせー、ここ図書室…!」

「ああそうだったな、わり。」

「…全然反省してねーじゃん!」


ほんの少し涙目になった顔がどうにも可愛くて頬が緩んでしまったのはもう仕方のないことだった。こいつが可愛いのは今に始まったことではないのだから。






「で、結局こうなんだよね。いつもの準備室行き〜。」


数学科準備室に向かう廊下を2人で歩く。せんせーん家か準備室だけじゃん、いちゃつけんの、と訴えてきたくせに銀時の口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。校舎の離れにあるあの部屋は2人きりで過ごすのに便利な場所。そう思っているのはお互い様なのだ。淡い夕暮れの光が射し込む廊下を進んで道なりに行けば、やがて見慣れた扉の前に辿り着いた。


「入ってくれ。」

「はーい。」


数学を担当する教師に授業の準備用にと与えられているこの部屋であるが、課題の作成や採点中もここで平気で喫煙していたので煙草の匂いが室内に染み付いてしまったらしく、今現在の主は自分だけだ。だがそれが銀時との密やかな逢瀬に一役買ってくれているのだから結果的には何も問題ない。カーテンを開けっぱなしにしていた室内は柔らかな茜色の光で満ちていた。


「なーんか不思議な気分。」

「どうした?」


年季の入った革張りの応接セットに腰を下ろした銀時が静かに呟いた。ぽつりと零れ落ちた音が夕焼けに染まる部屋に静かに響いた。


「こんな風にせんせーと誕生日祝えるとか、全然思ってなかったから。」


嬉しいのに変な気分なんだよ、俺には勿体ないなーなんてね、と言葉を続ける銀時の横顔を眺めていたら、1ヶ月ほど前の会話を思い出した。


『お前の誕生日ちゃんと祝ってやりたいから、欲しい物は何でも言ってくれ。』

『欲しい物っつっても…うーん、何か甘いのくれたら、俺別にそれでいいよ。』


そんな風にさらりと返されてしまったやり取りはまだ記憶に新しい。5月5日を祝ってくれた時には突撃の告白までしてくれてこちらを舞い上がらせてくれたというのに。銀時は自分の誕生日にはどこか無頓着なのだ。だから今日はたくさん喜ばせてやりたい。10月10日が何よりも大切な日なのだと伝えてやりたい。その為にもまずは小さな贈り物からだと決めていた。


「これ、食ってみたいっつってただろ?」


白い小さな花が舞う紺地の包装紙に包まれたそれを目の前の相手に差し出した。中に入っているのは有名店のチョコレート。以前マンションに遊びに来た銀時が昼飯を待っている間に流していたテレビ番組で特集されていた物だ。それまでぼけっとした顔で眺めていた番組の中でそのチョコレートが紹介された瞬間、きらきら目を輝かせて食い入るように画面を見つめ出したのを台所からこっそりと観察させてもらったことがある。ああいうの食いたい!大好き!と無意識に口にしていたあの高揚した横顔はまあ何とも可愛いものだったのだ。


「知っててくれてたんだ。」

「前にテレビでやってただろ?で、お前がプレゼントは糖分なんかでいいっつって遠慮しやがるから。」

「んなの俺まだ高校生だもん、それで十分だし。でも、俺が好きっつったの覚えててくれたの、嬉しかった。」


嬉しさを隠さずにふにゃっと笑った顔に頷き返した。忘れる訳がない。どんな小さなことでも望むものは叶えてやりたい。喜ぶ顔が見たいのだ。ありがとう嬉しいと笑う顔が見たいのだ。そして、自分だけがそれを隣で見ていたいと思う。これからもずっと。叶うならばいつまでも。


「なぁ、せんせー!せっかくだし、今ここで開けて食っていい?」


開けてもいいかとこちらに問い掛けてきた銀時の指は既にもう包装紙を半分ほど捲っていた。以前見たのと同じように期待に輝く瞳がすぐそこにある。そういう子供っぽさの残る部分にすっかり魅了されてしまっているのだ、自分は。


「好きにしていい。我慢できねェんだろ?」


うん、と満面の笑みで頷かれてしまえば。そのあまりの可愛さに口元がにやけるのを止められやしないし、それ以上にこのまま抱き締めたい衝動に駆られてしまいそうになる。だが今はまだ早い。そして銀時がそのチョコレートを味わうのもだ。


「いや、ちょっと待て、坂田。」

「ん?」


白い指が伸ばされるのを制止の声で遮って、今日の主役よりも先にチョコレートの1つを指先で挟んだ。そして、わざと見せ付けるようにしていちご味のそれを己の口に含んだ。


「え?何してんの、せんせー?」


赤が溶けたような色の瞳がぱちくりと忙しなく瞬きを繰り返す。驚いている彼は目の前の状況に上手く反応ができないようだった。


「甘いの苦手なんじゃ…」


続きの言葉は紡がせなかった。紡げる訳もなかった。


「…ん、」


柔らかな銀糸に包まれた後頭部を引き寄せ、柔らかな唇を奪う。それから口移しでゆっくりとチョコレートを熱い咥内へと移動させた。甘い味が可愛い恋人に伝染っていく。それはこの心を堪らない気持ちにさせた。


「なぁ、」


愛情を乗せた、けれどもいつもより低い声に銀時の肩がぴくりと震える。


「これでもっと甘くなっただろ?」


誕生日、おめでとう。白銀の髪に隠れた耳朶を指の腹で軽く撫で上げ、それから言葉でもくすぐるように耳元で囁いた。反応を見ようとさらに顔を近付けてみたが、腕の中の銀時は微動だにしない。


「坂田?」

「……」

「どうした?」

「……」


そっと顔を上げた銀時の喉がこくりと動く。口移しで渡されたチョコレートを舐めて全て食べ終わったのだろう。そう思った瞬間、銀時の顔がぶわりと真っ赤に染まった。


「せんせーのばっかやろー!」

「お、おい…!」

「今だってすげー好きなのに、もっともっと好きになっちまったじゃん!」


身体を浮かせてぎゅっと抱き付いてきたこいつを護りたくて大切にしてやりたくて。これからもずっと一緒に歩いて行きたくて。そう思えるのはこいつだけなのだ。それが自分の中にある大切な大切で真っすぐな想い。


「言っとくがこれだけじゃ終わらねーぞ。今日は目一杯甘やかしてやっから、覚悟しとくんだな、銀時。」


学校を出た帰りに地元で人気の洋菓子店に寄ってホールのケーキを買って、それから部屋に招いて2人だけの大人の時間を過ごして。甘く幸せな気持ちで満たしてやりたい。心と身体の両方を。


「覚悟しとけって、確か、せんせーの誕生日の日にも言われた気がする。」


また同じこと言われちまったよ。銀時がおかしそうに笑う。


「せんせー、あんがと。」


俺、幸せだよ。淡い赤色の瞳がゆっくりと撓んでいく。その様がどうしようもないほどに胸をくすぐる。口元を綻ばせた微笑みは、何よりも綺麗だった。お前が幸せなように俺だって幸せだと何度となく告げたとしてもきっと絶対に全てを伝えることなどできないだろう。それくらいこの心は一緒に居られる幸せで溢れているのだ。






END





あとがき
銀ちゃんお誕生日おめでとう!!


銀ちゃんが大好きすぎて人生が楽しいです!気付けば人生の3分の1くらいの時間も銀ちゃんに萌え続けているんだと思うと、ほんと銀ちゃんの可愛さと格好良さは罪深い…!


今回の銀誕文は土誕文と対になるように土方先生と坂田くんのお話にしてみました^^坂田くんのお誕生日をお祝いできる土方先生の気持ちに共感して頂ければ嬉しいです。


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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