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君と見る幸せの続き
5年後の2人で劇場版の設定を好き勝手に捏造しております

乙女銀ちゃんが生息しております




――何かを後悔しないで生きていくことは酷く難しい。失うものがない人生など決してありはしない。そんなことは当たり前だと理解していた。そのはずだったのに。




今もずっと後悔し続けていることがある。重くつらいものを独りで抱え込んでいたその心に気付いてやれなかったことを。何でもいいから俺に言えと言葉を掛けたくせに話を聞いてやれなかったことを。そして。いくらでもその機会はあったはずなのに自分の想いを告げようとしなかったことを。


ただひたすら後悔している。


あの頃は憎まれ口を叩き合ったり、偶然会った飲み屋で一緒に酒を飲むだけで十分幸せだと思っていた。手を伸ばさなくてもいつもすぐそこに立っていたからだ。そしてそれが当たり前に続くのだと思っていた。


後悔を抱くことになった原因は全て1人の男に帰結している。そう、話は5年前に遡る。万事屋の主人、坂田銀時がある日突然姿を消した。何の前触れもなくだ。いや、前触れなら本当はあったのだ。ただ小さなそれに気が付かなかっただけだ。


『あ?今何か言ったか?』

『別に何も〜。土方くんは今日も仏頂面だねって言っただけですぅ。せっかくの男前が勿体ないよ〜。』

『余計なお世話だ。』

『あ、やっぱ自分で男前って思ってんだ。うわぁ…』

『そ、そっちから先に言ったんじゃねーか。』

『うん。土方はちゃんとかっこいいよ。』


穏やかさの滲む笑み。そんな風に笑い掛けてくることなど今まで一度もなかった。だから気付くべきだったのだ。柔らかく、けれども今にも消えてしまいそうな微笑みを見たその時に。


蒸し暑くて嫌でも夏を感じるある夜のことだった。銀時に一緒に酒でもどうかと家に呼ばれた。日が落ちても続く暑さと仕事の疲れはその甘い誘いを前にすぐに吹き飛んでしまい、逸る胸を抑えて万事屋の戸を叩いた。早かったなと笑って出迎えてくれた姿を見た時、予想外の光景に驚きを隠せなかった。銀時はいつものように片袖を抜いてはおらず着流しをきっちり着込んでいた。そして、着物から覗く首筋や両腕には白い包帯が痛々しいまでに幾重にも巻かれていたのだ。


『お前、それどうしたんだよ…』

『えーと、ちょっと下手打っちまって…』


相手はへへとばつが悪そうに笑う。また自分の知らない所で誰かを護る為に傷付いたのか。そう思うとやるせなかった。


『無理するな。』

『え?』

『1人で抱え込むな。』


俺を頼れ。その言葉を口にすることはできなかった。胸に秘めている想いも。


『あー…うん、善処するわ。』

『当たり前だ。馬鹿野郎。』


言えない言葉の代わりに軽く髪をかき混ぜてやれば、銀時は俯いてしまった。それから小さく、ありがとうと礼を言う声が耳に届いた。


それが、銀時との最後の逢瀬だった。だからずっと後悔し続けているのだ。結局何もできなかった自分が腹立たしくて。不甲斐なくて。そんな思いを胸に抱えたまま、銀時を捜した。どんな小さな情報も集めた。その中でかつて何度も銀時を診察したことのある医者から、銀時が難病に冒されていた事実を知らされた。そして、彼が忽然と姿を消した理由を理解した。


それからも必死になって銀色の彼を捜し続けた。自分は真選組の副長だ。その立場を利用してどんな手でも使おうと思っていた。それなのに、月日だけがただひたすらに虚しく過ぎていった。気が付けばあの日から5年が経とうとしている。






「お前は今、どこで何してんだろうな。」


暗い路地裏での幽かな白昼夢。土方十四郎は意識を覚醒させるように何度か頭を振った。目の前で細く長い紫煙がゆらりと揺れる。今は仕事中だったと苦く笑った。今日も攘夷浪士達の情報を探して江戸市中を巡回をする。銀時が目の前から姿を消してもこの日常は変わらない。明日もこれから先も自分の身に何かが起きるまでずっと変わらないのだろう。


「なぁ、聞いてるか。」


無愛想だった真選組副長のことなど忘れてしまっただろうか。それでもどこかで笑って生きてくれているのだろうか。いや、それとも、もう――


「何考えてんだ、俺ァ…」


先ほど見た幻のような夢のせいで余計な感情を思い出してしまった。土方は咥えていた煙草を投げ捨てると革靴の底で擦り付けるようにして火を消した。最悪の結果は絶対に考えないようにしている。あの医者も言っていたではないか。非常に珍しい難病ではあるが、命を落とすまではいかないだろうと。


「いい加減出て来いよ。」


遠い白銀に想いを馳せる。5年間ずっとそうしてきた。そしてこれも変わることなく続いていく自分の日常なのだ。悲しいことにそれが現実なのだ。土方は口元を歪ませると、僅かばかりの光しか届かないその場所から天を仰いだ。それは叶わない願いを祈り続ける姿に似ていた。



*****
――忘れて欲しい。どうか忘れてくれ。そう願えば願うほどいつか見た笑みが脳裏に浮かぶ。柔らかな声が耳の奥で甦る。それはどんなに苦しくてつらくて、残酷な幸せなのだろう。




左右に畑が広がる舗装されていない農道を男が1人でぶらぶらと歩いている。坂田銀時だった。銀時が住み処としていた江戸を離れてもう5年ほど経つ。江戸のきらびやかな風景には負けてしまうが、これはこれで趣があって悪くないのではないかと思うくらいにはこの道は見慣れた景色になった。銀時が現在暮らしている場所は京都の郊外にある村だった。江戸を出て当てもなく西に向かい、都からそう遠くはないその村に流れ着いたのだ。


「今日は清水屋の抹茶ようかん買えたからほんと幸せだな。」


右手に提げた風呂敷の重みに頬が緩む。ちゃんと指に力を込めていないと風呂敷を落としてしまいそうになるので、銀時は慌てて姿勢を正した。今日のように時間を作って京の街に赴いては色々散策する日々を送っている。江戸を離れて隠れ住むような暮らしをしていても世の中の情勢は気になるし、大好きな甘味だって欲しくなる。定期的に薬も処方してもらわなければならない。


「おや、坂田さん。こんにちは。」

「ああ、こんにちは。」


都に出向いた帰りに近所の長屋に住む老人とたまたますれ違い、銀時も挨拶を返した。ここにやって来た当初は夏でも頭巾やら長袖姿でほとんど素肌を見せない銀時に不審の目が向けられた。それは当然のことだろう。だが人というのは基本的には他人と適度に距離を取るのが上手い動物なのだ。昔患った病気の後遺症で顔を見せたくないだけだから、どうかこの身なりを気にしないで欲しいと丁寧に嘘の説明を続けたら、多くの者は銀時の真摯な言葉を信じて次第に普通に接するようになった。5年近く住んでいる今では野菜を物々交換したり、身体に支障がない程度ではあるが、簡単な畑仕事を手伝うこともままある。銀時の身の上を深く追及してくることもなくなり、それなりに上手くやれていた。このままここで暮らしていく。それが自分の新しい道なのだと銀時は信じていた。


だが。その思いがただの強がりであることを銀時はもうずっと前から自覚していた。平屋に帰って1人きりになると、途端に心は5年前に囚われる。何も言わずに去ってしまったことを、それで良かったのかともう1人の自分が問い掛けてくる。新八に神楽、定春。お登勢をはじめとするかぶき町の住人の顔を思い出さない日はなかった。そして想い人の顔も。


『何でも1人で抱え込もうとするな。お前の悪い癖だ。』


有名な老舗の手による和菓子が入った風呂敷包みを小さな居間の机に置くと、銀時は障子を開けて寝室に移動した。そして被っていた頭巾を静かに外した。途端に突き付けられる呪いの文字のような痣に目を背けたくなる。姿見に映る自分が酷く歪んで見えた。


『非常に珍しい病気です。難病指定になってはいますが、実は致死率は低い病です。ですが、その代わりに筋力は衰えます。坂田さんの場合、もう走って木刀を振り回すのは難しいでしょうね。』

『それにこの病の恐ろしいところはそれだけではなく、外見に表れる変質です。自分の見た目が著しく変わってしまうことに耐えられなくなって精神を病む患者も多いと聞きます。それが一番恐ろしい症状でしょう。』

『まだあまり詳しいことが分かっていない病気なので、周囲の人間に影響を与える可能性がない、とは残念ですが、現状の医学では言いきれません。今後あなたの周りで新たな患者が発生しない可能性は必ずしも0%ではないということです。』

『今のところ有効な治療薬や特効薬も開発されてはいないので、この病…白詛とこれからも付き合い続けていかなければならないんですよ。』

『坂田さん、私も精一杯お手伝いしますから、一緒に病気と闘いましょう。』


よく世話になっていた継ぎ接ぎ顔の医者は銀時を必死に奮い立たせようとしてくれた。それはとても嬉しかった。だが同時に銀時は絶望もしたのだ。もう侍として大切なものをこの手で護れない。自分の病が周囲の人間を傷付けるかもしれない。特効薬もないから完治する見込みもない。それらの事実だけが銀時の脳内を支配した。どうして自分がこんな目に遭うのか。大切なものを救えずにこの手で壊してして生きてきた罰なのだろうか。


『先生、ありがとうございます。俺ァそんな意味不明な病なんかに負けないんで。見た目の変化だってちっとも怖くないですよ。』


周りの大切な者達の迷惑になるくらいなら。周りから護られなければ生きていけないのなら。銀時は皆の前から姿を消すことを選んだ。それが自分の通すべき意地だと本気だった。


その固いはずの決断は江戸を離れる最後の日まで頼りなく揺らぎそうだった。だが必死に唇を噛み締めて耐え抜いた。だから、これが最後だからと自分に言い訳をして江戸を去る前日に土方に会うことにした。珍しく家に呼んで奮発した酒をご馳走して。土方はそんな銀時に目を丸くしていたが、やがて満足げに笑ってくれた。そして、包帯と嘘で必死に隠したこの手に触れて無理をするな、抱え込むなと心配してくれた。それだけで十分だった。想いを告げて土方の心に枷を残してしまうようなみっともない真似をしなくて良かったと思った。土方を2階の柵越しに見送った後、銀時は新八と神楽達が眠る恒道館の方角を見つめた。そして皆が寝静まる闇夜の中、その射干玉の黒に紛れてそっと江戸を出たのだ。


「あーあ、何余計なこと思い出してんだか。」


銀時は顔を逸らすようにして鏡から背を向けた。これからもずっと1人で生きていく覚悟はできている。この病の特効薬が開発されていない以上、大切な人達に何らかの影響を与えないという保証はないのだ。だが本当はそれだけが江戸の街を去った理由ではなかった。


「土方。」


ずっと好きだった。端正な顔立ち。少し頑固だが自分の信念は曲げない性格。ぶっきらぼうだが優しい心。笑うと少しだけ幼くなるところ。そして、大切なものを今も護り続けているその背中。ひっそりと恋い焦がれている相手に変わり果てた自分の姿を見られたくなかったのだ。病に負けていく姿を見て欲しくなかったのだ。身勝手で女々しくて情けない理由なのは分かっている。だが自分でもどうにもならなかった。


「土方…」


あの時の決断は間違っていたとは思っていない。だが、全て正しいとも思ってはいなかった。5年経った今、彼は何をしているのだろうか。相変わらず仕事に忙しい毎日を送っているのだろうか。そして自分の好みである彼の容姿も変わっているはずだ。きっと精悍さが増しているのだろう。銀時の中の土方は5年前の彼の姿のままだ。彼の中の自分もまた5年前の姿のまま、変わってはいないのだ。


「くそっ…」


自分だけが変わってしまったのだ。どうしようもできない病のせいで。年月が経ってその事実を受け止めていても銀時は苦しくて仕方がない。鋭い刃物で胸が抉られたような痛みに襲われる。


『俺ァ、時々眩しいと思うことがある。』

『俺より強くて、その手で何でも救っちまうお前のことがな。……俺にも男の矜持ってもんがあるからあまり認めたくなんざねーが、憧れってやつなのかもしんねーな。』

『……んだよ、その顔。変な顔しやがって。あ、やっぱ何言ってんだって笑うか?』

「笑ったりなんか…」


いつだったか、憧れているのだと恥ずかしそうに言ってくれた。彼が認めてくれた自分はどんどん消えてなくなってしまった。その事実がこんなにも重くのし掛かる。


「土方。」


届くはずがないと分かっているのに愛しいその名を何度も呼ばずにはいられなかった。



*****
――白銀の幻に想いは募る。胸の内に消えない想いがある限り、この腕は絶対に愛しい銀色を抱き締める。




江戸の官公庁街に聳え立つ警察庁に仕事の為に出向いた帰り、土方は付き従っていた部下の隊士に断って1人でゆっくり歩いて帰ることを告げた。最近は徹夜で臨むような大きな捕り物も発生しておらず、午後の書類仕事についても部下に割り振ってあるので自分が処理する物はそう多くはない。だから少しだけ息抜きがしたくなったのだ。今日は珍しいことにそれほど暑さも感じない日であったので、気分転換にはちょうどいい。煙草を吸いながら歩けないのは残念なのだが、こればかりは仕方がないなと思った。眼前には抜けるような青い空が広がっている。土方は部下に近藤への言伝てを頼むとそのまま真っすぐに歩き続けた。


「……また、か。」


ふと気が付けば見慣れた景色に囲まれていた。ターミナルに近い大通りを歩いていたはずなのに。この足が自然とかぶき町に向かってしまうのは最早仕方のないことだった。ここに居る訳がない。頭では十分過ぎるほど分かっているのに心はいつも銀色の面影を見つけようとしてしまうのだ。もうこんな馬鹿なことを何回繰り返したのだろう。


「何やってんだろうな。」


仕事以外は何をしていても銀時に結び付けようとしてしまう自分を笑ってしまいたかったが、少しも笑えそうになかった。いつまでも長居は無用かと踵を返そうとしたその時、前方に見慣れた人影を見つけた。まるで何かを探すようにきょろきょろ辺りを見回しながら歩いている。視線を投げ掛けてみると向こうも土方に気付いたようで、あ、と声を上げて慌てて駆け寄って来た。


「土方さんじゃないですか。」

「おう。久しぶりだな。」


何か探しているのかと問い掛ければ、猫探しですよ、と答えが返って来た。


「今、神楽ちゃんと手分けして探してるんです。僕はこの辺りを路地裏まで、神楽ちゃんは公園の方に行ってくれてます。」


なかなか見つからないんですよねと眼鏡の青年がばつが悪そうに小さく笑った。この青年もあの娘も強くなったと思う。5年前は銀時の失踪に為す術がなく、静かに涙を流していたというのに。皮肉にも2人を強くした存在は今はもうここには居ない。どんなに会いたくても会えない。視界の隅で白に近い銀色がちらついたような気がした土方は息を吐き出して愛しい幻影を無理矢理意識の外に追いやった。


「…まだそんな依頼受けてんだな。」

「ええ、まあ。仕事は選びませんよ。それに、銀さんが帰って来た時に昔の万事屋と全然違うことやってたら驚いちゃいますからね。僕らは僕らのままです。銀さんとの絆は消えません。」


眼鏡の奥の瞳には強い意思が宿っていた。新八は決して諦めていない。そんな彼を見ていたら自身の情けなさを思い知らされた。それと同時にこのままでは終われないと思った。自分はまだ何ひとつ伝えていない。この手で抱き締めてもいない。諦めることなどできないのだと。


「確かにそうだな。お前らはあいつの戻る場所はなくしちゃならねェ。絶対にだ。」

「そう言う土方さんも銀さんの居場所作ってるんですよね?」

「お前…」


どうしてそれを知っているのか。自分より一回りも年の離れた青年を前に土方は図らずも動揺してしまった。新八はそんな土方を珍しい物を見るような瞳で見つめると、鬼の副長って呼ばれてる土方さんでもそういう顔するんですねと言葉を続けた。


「実はこの前山崎さんから聞いたんです。土方さんが銀さんのことをすごく想ってるのが分かりました。」


新八が嬉しそうに言う。その穏やかで朗らかな表情を見ていたら照れくさい感情が胸の内に広がった。


「山崎の野郎、内緒にしとけってあれほど言ったのに。後でぶん殴るか。いや、3分の4殺しだな。」


そう独りごちると、それだと山崎さんが死んじゃいますよと新八が困った顔で笑った。


「それで、万事屋からは近いんですか。」

「ああ、そこら辺はちゃんと考えてある。仕事場と自宅は近ェ方があいつの体力的にも楽だろうからな。」

「僕と神楽ちゃんも遊びに行ってもいいですか?」

「勿論だ。」

「ねぇ、土方さん。」

「ん?」

「銀さんは帰って来ますよ。」

「当たり前だろ。ちゃんと帰って来る。俺に任せろ。」


希望は捨てないと改めて誓った。必ず見つけてやる。必ず捕まえてやる。そしてこの腕で笑って迎えてやる。だから。胸に灯る熱い想いを感じながら土方は強く頷いた。



*****
――淡く揺らぐ光と共にこの想いも全て永遠に閉じ込めてしまおう。そうすればきっと楽になれるはずなのだ。




初夏の宵闇の中、静かに流れる桂川を臨む土手の草むらに銀時は腰を下ろしていた。皆が家路に着く時間をとうに過ぎているので周りに自分以外の人影はない。銀時は両手を後ろに突くようにして柔らかな夏草の上に足を投げ出した。包帯を巻いていない素肌に短い草の感触が直に伝わってくる。江戸を離れた今では昼よりも暗い夜の方が好きになってしまった。頭巾や包帯で自分を隠す必要がないからだ。この姿を誰にも見咎められることはない。


「今夜はいい夜だな。」


自然と言葉が零れ落ちた。頭上に広がる星空は江戸の空よりもずっと明度が高い。綺麗な夜の空だと思う。だが銀時は子供達や土方と見た夜空の方がずっと好きだった。身体の調子もいいので夕涼みにと足を運んだ場所でも考えてしまうのはいつも同じことで。参ったなぁと溜め息を吐いた瞬間、淡い光が目の前を過った。


「蛍、じゃねェか…」


まるで銀時の声に誘われたかのように草むらのあちこちからふわりと光が生まれた。その場に座り込んだまま首だけを動かして銀時は暗闇の中を舞う光に手を伸ばした。明滅する光の群れ。その命の輝きの何と美しいことか。消えては光り、また消えて。そうして静かに輝き続ける。その儚い輝きは銀時にある記憶を思い出させた。


「そういやぁ…」


銀時が江戸を離れる前、ちょうど今と同じ初夏の日のことだった。新八と神楽を連れて縁日に出掛けた時に真選組の面々と出くわした。庶民の祭りが好きな将軍の警護だったのか、彼らは夏祭りの警備に駆り出されていたのだ。


『こんな楽しい日だってのに、お宅らはお仕事ですか。いやぁ、大変ですね〜。』

『仕方ねェよ。』

『ま、お前らの分まで楽しんでやるよ。あ、お前の隣で焼きそば食っちまおうかなぁ。』

『万事屋、てめーは…!』


そんな風に毎回お馴染みのやり取りをして土方達を怒らせたりもした。からかってみせた後は名残惜しさを感じながらも土方に背を向けた。それから子供達とぶらぶら歩きながら祭の雰囲気を楽しんで。川沿いの街道に並ぶ屋台に子供らしく目を輝かせる新八と神楽の姿が微笑ましくて。お登勢から貰ったという小遣いで屋台を目一杯満喫する子供達を離れた所で眺めていたら、少しだけ休憩が貰えたから一緒に歩かないかと土方に誘われた。偶然会えた喜びを隠す為に散々冷やかしたというのに土方は銀時を選んでくれた。俺なんかでいいのかと思ったが、嬉しくて堪らなかった。そして今度は自分の方がこっそり子供達に冷やかされつつ、土方と共に屋台が並ぶ道を背にして川に沿って歩いた。2人だけの静かな時間がずっと続くのではないかと錯覚しそうになった時、目の前にそれが現れた。


『うわぁ…すっげー!』

『こんなにたくさん光ってる年は珍しいな。』


子供の背丈ほどの葦草の隙間を音もなく揺蕩う蛍の群れを目にしたのだ。すごいすごいと言いながら土方と2人で川原へと下りた。こんな綺麗な光を江戸でもまだ見ることができたのかと感嘆するばかりだった。頭の隅では男2人で蛍を見て喜んでいるなんて周りにはどう映るのだろうと思わない訳ではなかったが、忘れたくない思い出になった。またこんな風に一緒の時間を過ごしたいと思った。だから、それから暫くもしないうちにあの場所に背を向けることになるなんて少しも考えていなかった。


川面の上を走る風が斜面を駆け上がって銀時の髪を揺らす。月の光に照らされても輝くことなくくすんだままの自身の髪を思うと苦笑いが浮かんだ。


「きっと、あっちも蛍が綺麗なんだろうな。」


川のせせらぎが悲しいまでに優しい音を奏で、その調べに合わせて蛍が静かに揺れる。あの日すぐ側に在ったものが今はもうどこまでも遠い。黒がよく似合っていた男の横顔を瞼の裏側に思い出した。そうして銀時は明滅する淡い光までもその奥に閉じ込めた。



*****
――ずっと捜して、諦めかけてもまた捜して。そうして捜し続けたその先に。




「ああ、分かった。ちゃんと観光もしてくるから。あ?総悟が土産を催促してる?買えそうだったら何か買ってくる。じゃあ、また後で、近藤さん。」


携帯電話での通話を終えた土方は江戸に居る上司の顔を思い浮かべた。土方は急な出張で京都を訪れていたのだ。3日ほど都に滞在した最終日の今日、仕事を終えて今から帰ると上司の近藤に連絡をしたら、お前はいつも働き過ぎだからゆっくりしてこいと局長命令が出されてしまった。別に大丈夫だと返そうとしたのだが、彼なりにいつも色々と気遣ってくれるのが電話越しの声から伝わって来たので、土方の中に断るという選択肢は生まれなかった。何年経ってもそしてこれから先も近藤の言葉は絶対なのだ。だから土方は礼を言って大人しく従うことにした。そして帰りが遅くなる旨を伝えて、江戸とは違う街を散策しようと宿泊先の旅館を出た。


近藤の心遣いは本当にありがたいものだった。だが、いざ京の街に繰り出したところで土方には特に何もしたいことなどなかった。5年の歳月が流れて髪型や服の好みが洋装に変わっても銀時を追い求め続けることだけは変わることはない。何か彼に繋がるものはないだろうか。回転する頭は結局そればかりを考える。江戸から遠く離れたこの地に銀時の手がかりがある確率は高くはないだろう。それでも土方は周囲に視線を彷徨わせた。その時、地元民と観光客で賑わいを見せる人の波の中で土方の目を引くものがあった。


「あれは…」


盆地特有のうだるような暑さの中、まるで何かを隠すように頭に頭巾を被っている男。土方の少し先を歩くその男の後ろ姿を眺めていると、不意に人の波の隙間から男の全身が見えた。見覚えのある白い着流し。まさかと思った。鼓動がどんどん速くなる。だから袖口と裾の涼しげな流水紋が目に入った瞬間、土方は脇目もふらずに駆け出していた。


「銀時……!」


その男の腕を掴んで振り向かせた。心臓が激しく脈打ち呼吸が荒くなる。昂る気持ちを何とか落ち着かせようとして、土方はもう一度想い人の名を口にした。


「銀時。」


見間違えようがなかった。見間違えるはずがない。この5年間彼だけを想って生きてきたのだから。


「ひじ、かた…!?」


何で、と白い布越しにくぐもった声がする。顔全体が布で隠され、唯一覗くのは見覚えのある淡い朱の瞳。それが彼が坂田銀時であることをはっきりと土方に教えていた。


「銀時…お前、なんだな。」

「……」


5年ぶりの逢瀬。ずっとずっと焦がれてやまない瞬間だった。ずっとずっと夢見てきた瞬間だった。今すぐ目の前の身体を掻き抱きたい衝動を何とか身の内に抑え込むと、土方は立ち尽くしていた銀時の右腕を掴んだまま来た道を引き返し始めた。


「……っ、離せよ、土方…!」


強い拒絶の言葉に反して土方の手を引き剥がそうとする左手の指先の力は弱々しい。それに何も思わない訳ではなかったが、銀時の声を無視して繁華街に出る前に通った道まで戻った。ゆったりと流れる川沿いの道まで辿り着いたところで土方はようやくその足を止めた。


「この辺でいいか。」


夏草の揺れる土手には等間隔で木が植えられている。土方は銀時の手首を握ったまま1本の木に近付くと先に腰を下ろし、握り込んでいる右手首を引いて銀時を自分の隣に座らせた。絶対に逃がす訳にはいかない。きちんと話がしたいと思った。


「まさか京で会うなんてな。」


銀時は唇を噛んで黙ったままでいる。隣に座り込んでいる存在が遠くに感じられるようだった。5年の歳月は2人の間に見えない隔たりを作ったのかもしれない。だがそんなものは関係ないのだ。掴んだ手を離すことはない。絶対に諦めたくなかった。


「お前が患ってる白詛って病は遺伝的要素が強いらしい。そして、周囲への感染力は低いってことが最近新たに判明したんだよ。…お前が背負わなきゃならねェもんは変わることはないがな、だからって周りの奴らのことを気にする必要なんざ、どこにも、」


それだけじゃない。蚊の鳴くようなか細い声が土方の言葉を遮った。そしてゆっくりと腕を上げた銀時は土方の見ている前で自身の素顔を晒した。夏の風が2人の間を静かに駆けていく。記憶の中の銀時と今の彼が重なる。目尻を下げて楽しそうに笑う顔と悲しみに瞳を揺らして無理矢理に笑う顔。土方の目の前で眉を寄せて微笑む彼は今にも消えてしまいそうだった。


「お前が綺麗だって言ってくれた髪もこんなんになっちまって…文字みてェな変な痣も全然消えてくれなかった。筋力も衰えちまうみたいで、木刀ももう、上手く握れねーんだよ。 」


色を失って鈍くくすんだ髪。襟足が長く伸びて隠すようにはしているが、頬から首元にかけて梵字のようなたくさんの薄紫の痣がはっきりと浮かび上がっている。袖口から覗く腕にも包帯の隙間から同様の痣が見て取れた。そしてその腕は随分と細くなっていた。


「お前、いつか俺のこと憧れてるっつったことあったよな。俺が強くてそれが眩しいんだって…でも、俺はもう…こんな風なんだよ…だから…お前と一緒には……」


目の前の顔が泣き笑いに歪んでいく。ああそうか。この男は、馬鹿みたいに小さな、それでいて最も分かりやすい部分に酷く怯えている。この変わり果てた姿をこのまま受け容れてくれるのかと。そんなことで怯えて逃げ出す必要などどこにもありはしないのに。皆、坂田銀時という男を大切に思っているのに。そして、自分が誰よりも一番彼を愛おしく思っているのに。


「俺がそんなんで愛想尽かすと思ったのか?あり得ねぇだろうが。馬鹿野郎。見てくれが変わっちまったって、力が出せなくなっちまったって、お前はお前だ。その綺麗な魂の色まで濁る訳がねーんだ。」

「ひじ、かた…」

「こんなに痩せちまって。何でいつもそうやって1人で抱え込むんだよ、てめーは。」


5年前にも言った言葉。だがあの時よりもずっと胸が震えた。あぁ、俺は本当にこいつに惚れている。その想いが土方の全身に痺れのように広がった。


「銀時、江戸に戻って来い。」

「……」

「俺から離れたりするな。」


白い髪を優しくかき混ぜる。指に絡むそれを何度かそっと梳いた後、土方は銀時の後頭部に腕を回してそのままぐっと引き寄せた。初めて触れる愛おしくて堪らない温もり。心臓の音が聞こえてしまいそうなほどにお互いを近くに感じた。腕の中で銀時が身動ぐのが分かったが、構わず抱き寄せ続けた。すると銀時が土方の首筋に顔を埋めたまま小さく呟いた。


「この、大ばかやろうが。」

「お前を迎えに来たんだ。勘弁しちゃくれねーか。」


耳元で甘く囁けば白い髪がふわりと揺れた。それがただもう愛しくて、もう一度だけくしゃりとかき混ぜてやった。弱々しく背中に回された腕はそれでも確かに土方を求めていた。だから、それがどうしようもないくらいに嬉しかった。






枝葉を広げる木の幹にもたれ掛かって、土方は銀時と共に眼前を流れる川を見つめていた。穏やかなせせらぎが鼓膜を揺らし、柔らかな風が隣にある白い髪を靡かせる。確かにもうあの頃の銀色の輝きは取り戻せないのかもしれないが、十分綺麗だと土方は思った。それは痣が浮かんでしまった横顔にも変わらず言えることだった。


「とりあえず戻ったら、まずはその髪切っちまわねーとな。」

「え?」

「俺ァ昔のあの髪型が好きなんだ。短い毛がくるくるふわふわしてんの、いつも可愛いって思ってたからな。」


優しく微笑むと、銀時は可愛いって言うなとふて腐れた顔になった。それは土方のよく知る彼であり。ずっと捜し続けてやっと見つけることができた万感の思いが土方の胸に去来した。


「で、一緒に住むぞ。」

「は?一緒に、住む…?」


銀時がこれでもかとばかりに大きく目を見開く。そういうところは相変わらず可愛いなと思いつつ、この5年で別宅を買ったんだと自慢気に返してやれば、変わったのは前髪だけじゃねーのかよ、この男前が、とぼそりと呟かれた。


「俺とお前が一緒になればガキ共も安心だろ?ちなみに眼鏡の了承は得てるからな。」


その言葉に銀時の肩が小さく跳ねる。それを横目で確認した土方はわざとにやりと笑った。


「チャイナに半殺しにされんのが怖いってんなら、俺も一緒に謝ってやろうか?長い間勝手に家出しててごめんなさいってな。」

「ば、馬鹿言ってんじゃねーよ!銀さん、もう渋い30代だからね。かっこよく謝ってやらァ!」


子供達を置いて勝手に消えたことを責められると思っていたのかもしれない。だが土方にその気配が微塵も感じられないことに酷く安堵したのだろう、軽口を叩く銀時の瞳には透明な膜が張り、うっすらと潤んでいた。


「ちゃんと病院も通い続けるからな。またいつかお前がお前の魂をしっかり握れるように稽古の相手だってしてやるよ。」

「土方…」

「それに、見逃し続けちまった蛍も来年2人で見るんだからな。」


だから一緒に帰るんだ。もう一度強く告げたら、銀時は唇を戦慄かせた。それから全てを受け容れる覚悟を決めたように息を吐き出し、土方を真っすぐに見つめて頷いた。


「ありがとう、土方。俺を迎えに来てくれて。俺、お前を好きになって、本当に良かった。」

「何言ってんだ。そりゃこっちの台詞だ。」


お互いに顔を近付けて微笑み合う。そしてどちらからともなく手を伸ばしてそっと指を絡ませた。きらきらと光る水面。穏やかに揺れる緑の葉。白く眩しい夏の空。その全てが自分達の未来を祝福してくれるようで。土方は銀時の肩を静かに抱き寄せて、その唇に甘い口付けを贈った。







END






あとがき
乙女銀ちゃんと銀ちゃん大好きデコ方さんの甘い2人を書きたいと思って詰め込んだらすごく中途半端になってしまいました。銀ちゃんはこんなに女々しくはないんですけど、そういう銀ちゃんが好きなんです…すみません;;そして定期的に書きたなくなる5年後の2人^^


作中で銀ちゃんが蛍を見る描写を入れましたが、私も子供の頃に蛍の大群を見たことがあります。綺麗すぎて鳥肌立ちましたからね!淡い光に包まれる銀ちゃんを想像するととても綺麗だと思います(*^^*)


色々無理矢理設定でしたが、読んで下さいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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