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ふわふわ、くるくる
梅雨の日のお話です




「なぁ、土方くんよォ。」


背中越しのその声に普段とは異なる剣呑さが含まれているのを感じ取った土方は、目の前の書類から顔を上げた。けれども書面の内容を確認する手を止めることなく、そのまま筆を動かし続けた。背中越しの相手には悪いが雨の日は溜まった書類仕事を片付けるのにちょうどいいのだ。


「どうした?」

「あのさー、そのさらっさらおされヘアー、見てて無性に腹立つから今すぐ丸坊主にしろや。手伝ってやっから。」

「はあ!?いきなり何言ってんだ、お前。」


予想外の申し出に驚いて筆を動かす手を止めて後ろを振り返ると、ぶすっとした表情で畳に寝転がっている相手と目が合った。こちらをねめつける銀時に土方は一瞬たじろいでしまう。実は銀時が不機嫌な表情を浮かべているのは自分に原因があることを土方は十分理解していたからだ。その原因は分かっている。けれども何故急に髪の話などを始めたのかは分からなかった。


「いきなりじゃねーし、何言ってんだ、でもねーよ!ここに来る為に銀さんは雨の中、傘差して20分かけて歩いて来た訳ですよ?」

「…まぁ、そうだな。」


それはまさにその通りであったので、土方は銀時の言葉に大人しく頷いた。


「この梅雨の時期はな、外に出なくてもほんとやっべーことになるってのに、雨ん中歩いたせいで思いっきり髪が爆発しちまっただろうが!何が一大事だ、早く来てくれないか、だよ!普通に仕事してやがって。てめー、どうせあれだろ、仕事中に急に俺に会いたくなったとかそういう身勝手な一大事なんだろ?俺の方がよっぽど一大事だっつーの!どーしてくれんだよ、くそっ…俺が今からてめーに一大事くれてやろうか?ああ?」


勢い良く立ち上がった銀時が拳を作りながら一気に捲し立てた。分かった、とりあえず落ち着けと宥めながら、内心では怒ってても可愛いし綺麗だなと思いつつ、土方は雨のせいで少し暗い部屋の中でも存在感を放つ恋人を見上げた。言われてみれば確かにいつもより銀色の髪はくるくるふわふわしていて全体的にボリュームが増しているようにも見える。本人は理不尽な呼び出しと言うことを聞かない自分の髪の両方に酷くご立腹の様子だが、土方にとってみれば、そのくせ毛は恋人の可愛らしさを引き立てるものに過ぎなかった。


「可愛いと思うけどな。」

「可愛い言うな!こんな風になったのお前のせいだかんな!てめーの都合でいちいち呼び出しやがって。一体どう落とし前つけるつもりなんだよ。」


怒った銀時が座り込んでぐっと距離を詰めてくる。土方は最早書類仕事を完全に意識の外に追い出して、銀時に向き直った。


「悪かったな。嘘まで吐いて急に呼び出して。」

「は?それで謝ってんの?全然反省の色が見えねーんですけど。」


銀時は目を眇めて土方の謝罪をばっさり切り捨てた。それもそうだろう。こっちの都合もお構いなしかよとばかりに急に呼び出され、雨と湿気のせいで髪が爆発するのを我慢して急いで真選組屯所の門をくぐって目的の部屋の障子を開けてみたら、呼び出した張本人はのん気に書類仕事をしていたのだから。


「じゃあ、チョコレートパフェで許してくれるか?他にも好きなの食っていいから。」

「この状態の髪で糖分摂取しても嬉しかねェよ。」

「……」


髪が言うことを聞かないと何をしても気分が乗らないのか。梅雨の湿気で髪の毛がまとまらないことに苛立つなんて、女みたいなところもあったのかと改めて思っていると怖い顔で再び睨まれた。


「お前、今なんかくっだらねーこと考えてただろ?」

「……いや、別に…」


図星だったので土方は思わず口ごもった。銀時は人の気持ちや感情に敏感なところがある。だからこうして時々考えを読まれてしまうのだ。視線をそっと逸らしてしまったのもまずかったかもしれない。


「いーや、考えてただろ。…ああそうですよ。どうせ俺は女みてェに髪のこと気にする奴ですよ。何だよ悪ぃかよ!お前に天パの苦しみなんて一生分かんねーんだよ!」

「銀時…」


銀時が苛立たしげに声を荒げる。嫌な気分にさせてしまったのだと今さらながらに自覚して、土方は小さく唇を噛んだ。


「お前の髪のことまで気が回らなかった。」

「そりゃそうだろうよ。副長さんは髪の毛真っすーぐだからね。」

「悪いことしちまった。けどな、来てくれて嬉しかったんだ。」

「……」

「銀時。」


腕を伸ばしてふわふわと広がる髪ごと頭を引き寄せると、銀時は腕の中で沈黙してしまった。開けっ放しにしてある廊下からしとしと雨の音がする。そのまま目の前の身体を抱き込むと、甘い匂いに混じって微かに雨の匂いがした。愛おしむように髪を撫でると、それ以上触るととんでもないことになるからやめろと焦った声が耳元で響いた。


「お前に愛されてんだなって、こういう時に実感するな。」

「は?何でこの流れからそういう方向に行くんだよ。梅雨で頭沸いたの?」

「んな訳ねーだろうが。」


嘘だと分かっているはずなのに、こうして会いに来てくれることが嬉しくてどうしようもないのだ。幸せで胸が苦しくなるのだ。自分だけ、の一方通行ではないことが。くるくると酷くうねって本人の性格と同じように落ち着きがない髪に半分ほど顔を埋める。銀時の肩が一瞬だけ小さく揺れたが、そのまま離れていくことはなかった。


「お前の言う通り、髪の毛いつもよりふわっふわしてんな。」


頬をくすぐる髪の中で密やかに笑うと、羞恥からだろう、銀時が身体を震わせた。


「うっせー!笑うんじゃねーよ!」

「可愛いって言ってんだよ。」

「だから…可愛いって言うな。」


狼狽えた声と同時にぺしりと頭を叩かれ、両腕の中にあった温もりが強引に離れていった。


「もう帰る!」

「銀時!?」

「これ以上お前の好きにさせたら、髪がさらにすげーことになって完全に外歩けなくなっちまうだろうがよ。その前に俺ァ帰る。小降りの今がチャンスだかんね。」

「まだ来たばっかりじゃねーか。」

「それじゃあね、土方くん。」


待てよという制止の声も虚しく、銀時は背を向けて部屋から出て行こうとした。だが、廊下に出る直前で不意に歩みを止めた。振り返った恋人の口元には、ほんの少しだけ意地の悪い笑み。


「当分雨の日ばっか続くから、てめーはそこで大人しく書類とにらめっこしてろよ!次一大事とか何とか理由つけて呼び出しても銀さん絶対来ませんからねー。」

「くっ…分かった。」


先手を打たれてしまってはどうしようもない。今度は俺がお前を振り回してやると淡い赤の瞳が楽しげに輝いた。土方が悔しそうに同意する姿を見て、銀時はいたずらが成功した子供のような顔で頷いた。


「あ、やべ、忘れるとこだった。最後にもひとつ。」

「まだ俺にダメージ与える気か、お前…」

「…そうじゃねーよ。いいか、よーく聞け。朝の天気予報じゃ5日後は晴れだったからよ、そん時にさっきの言葉通りパフェ食わせろよ。絶対だからね!約束破んじゃねーぞ!」


最後にそう言い残して今度こそ銀時は土方の部屋から去って行った。次第に遠ざかる足音に重なるように奥の方から、あれ、旦那、もう帰っちゃうんですかと山崎の声がする。お菓子だけじゃなくてお茶も飲んでって下さいよと慌てた声がさらに続く。どうやら銀時はお茶菓子だけを持って帰ってしまったらしい。そういうのは相変わらずで、それがどうしようもなく可愛かった。


「柔らかかったな、いつも以上に。」


指先に感じたふわふわでくるくるの髪の感触を思い出したら自然と笑みが浮かんだ。けれども本物の手触りはまた当分お預けになってしまった。銀時が帰ってしまった部屋は急に静かになって雨の音がそっと響くだけだ。寂しさを感じない訳ではなかったけれど、またすぐに会えるのだと思えば土方の心は穏やかな心地だった。


「あと5日か。楽しみにしてろよ。」


土方は立ち上がって廊下に出ると、そのまましばらく濡れ縁の先の庭を眺めた。静かに降り続く雨はまだ止む気配はなかった。今頃は傘の下でいつも以上にふわふわ揺れる髪に文句を言いながらものんびり歩いているのだろうか。愛しい恋人の可愛い姿を想像して、土方は嬉しそうに口元を緩めた。






END






あとがき
銀ちゃんはいつも天パのことをすっごく気にしているので、梅雨の時期は大変なんだろうなぁ、でも土方さんのことが好きだから、結局電話があったら文句を言いつつ雨の中でも会いに行っちゃうんだよ、わー銀ちゃん可愛い///というのが書きたかっただけです!我が家の銀ちゃんは天パに対するハードルが低いですね、土方さんへの愛情の方が大きいんです^^


読んでくださいましてありがとうございました!

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あきゅろす。
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