1LDK〜それから〜 風見様から100000HITリクエストで頂いた『1LDK』の続編で就職後の2人のお話です 前作と同じようなSSSの詰め合わせの形になっております @おはよう 社会人の朝は早い。こればかりは愚痴を洩らしても仕方がないことだがとにかく早い。講義は午後からだからいいじゃないかと、午前中まで惰眠を貪ることができていた学生時代が酷く懐かしいくらいには。 毎日きっかり同じ時刻に鳴るようにセットしている目覚まし時計の音で目が覚めた。まだ少しぼんやりとする頭のまま隣を見やれば掛け布団から銀色が覗いている。俺より朝が苦手な俺の恋人は目覚まし時計の音くらいじゃなかなか起きないんだよな。 「銀時、朝だぞ。」 だからこいつの目覚まし時計はもうすっかり俺になってしまった。起きないと遅刻するぞと耳元で囁くと、布団の中でもぞもぞ動く気配がして俺の可愛い銀時が顔を出した。 「……おはよ、土方。」 「ああ、おはよう。」 まだ寝ていたいんだろうな、起き上がった銀時は布団の中から動こうとしない。小さなあくびを洩らす姿がどうしようもなく可愛くて、思わず伸ばした手でくしゃりと銀糸をかき混ぜた。 「大丈夫か?」 「うぅ…ほんとはまだ眠ぃんだけど、こんなんじゃあいつらに示しがつかねェもんな。俺、先生だし。」 あいつらとは銀時が受け持つクラスの生徒達のことだろう。俺は警視庁所属の警部補、銀時は憧れの恩師が塾で教えていたのと同じ現国の教師。お互いの夢を叶えた訳だ。そして大学を卒業して数年経った今でもこうして一緒に暮らしている。好きな奴が隣に居てすごく幸せだ。 「坂田先生のこんな可愛い部分、知ってるのは俺だけだな。」 「何朝から独占欲丸出しなんですか。」 呆れた声が返って来たが、銀時の耳はうっすら色付いていた。ああ、朝からこんな可愛いもん見ちまったら今日の仕事も頑張れそうだ。愛おしさを伝えたくてもう一度柔らかな髪に触れる。そんならこっちもお返ししてやると銀時は俺の髪に指を通してふにゃっと笑った。可愛すぎるささやかな仕返しにただもう温かな気持ちが溢れ出して、俺は目の前の身体を抱き締めた。社会人の朝は早いのは分かっちゃいるが、あともう少しだけ。 @朝の一杯 土方と一緒に住むようになって結構長くなってきてるけど、変わらない朝の習慣ってのがある。 「土方、お前の分、テーブルに置いとくからな。」 2人揃って朝の一杯を飲むこと。これはもうずっと変わらない。夜は帰宅時間がまちまちだったりするから、こういう時間は貴重だと思う訳です。洗面所で土方が男前度を上げている間に簡単な朝飯を用意してその傍らに新聞を置く。俺ァ朝は弱いけど準備はすぐに済ませる方だから先に席に着いて土方を待つことが多い。 「お、悪いな。待たせた。」 「じゃあ食いますか。」 2人で手を合わせていただきますってすんのも習慣かもなぁ。トーストを齧ってマグカップに注いだ白い液体を口に含もうとしたら、今日は牛乳かと言われた。 「そ、ちなみに明日がいちご牛乳の日だからね。」 大学生の頃はですね、そりゃ毎日朝はいちご牛乳でしたよ。でもよォやっぱ社会人になったらさすがに健康とか気になっちまうようになって、いちご牛乳は3日に一度くらいの割合だ。土方に言わせれば毎日牛乳しろだそうだ。いやいや糖分大好きだからね、俺。それは無理な話だから従う気は今後もねェけど。ちなみに土方は変わらずコーヒーだ。 「……」 「どうした?」 「別に〜。」 白シャツ着て煙草吸って香ばしいコーヒー飲んで。すっげーサマになってて朝から見惚れちまってるなんて、悔しいから言ってやんねェよ。 @愛妻弁当 「だから毎回弁当箱開ける度にそういう顔すんのやめて下せェ、土方さん。」 「あ?」 「にやにやされて見てるこっちがいらつくんでさァ。」 「まあまあ総悟、そのくらいにしといてやれ。トシはまぁ、いつまでも新婚さんみたいなもんだからなぁ。」 「近藤さんは土方さんに甘すぎやしないかと思いますがねィ。ま、仕方ねェです、近藤さんに免じて今日も許してやりまさァ。」 こんなやり取りは俺達の間じゃ日常茶飯事だ。それこそ大学生の頃からだと思う。先輩の近藤さんと後輩の総悟、そして俺。俺達3人は同じ職場で働いている。学生の頃に生まれた絆は警官として働く今もしっかりと結ばれている訳だ。ま、俺の職場の話はこれくらいにして。今はそう、昼休憩の時間で目の前には銀時お手製の愛妻弁当。大学の頃はゆるキャラの弁当箱で中身はすげー美味いのに少し複雑な気分になったりしたもんだが、社会人になってからは和風な柄の物を使ってる。勿論銀時が俺の為に選んでくれた弁当箱だ。ちなみに俺が使っていた一昔前に人気を博したキャラの弁当箱は今では銀時が使ってるんだが。 「それにしてもお前の弁当はいつ見ても彩りが綺麗で美味そうだよな。」 「……やらねェぞ、近藤さんでも。」 「土方さんってほんと残念なお人でさァ。」 近藤さんを挟んで右側の席に座っていた総悟が半眼で惣菜パンに齧り付いた。小憎たらしかったがとりあえず無視だ無視。 「分かってるって。とらねェよ。俺ァお前が幸せならそれでいいんだ。」 コンビニ弁当片手に俺の肩を豪快に叩く近藤さんの器の大きさに感動した。ああそうだ、今度銀時に頼んで多めに作ってもらうか。そうすりゃ近藤さん達にも分けてやれるじゃねェか。俺の銀時の弁当は美味いだろ?って総悟に自慢まできるし。いい考えじゃねェか。 「なぁ、近藤さん。次は銀時に頼んで弁当多く作ってもらうわ。そうすりゃ銀時の弁当がどれだけ美味くて最高か嫌でも分かる…「「ノロケはさすがにもう結構です。」」 近藤さんと総悟が綺麗にハモった。2人共甘いケーキを食べ過ぎて胸焼けした時みてェな顔をして俺を見ていた。あれ?俺、別にノロケ話なんざ一切してねェんだけど。 @お昼寝 俺は都立高校の現国教師、土方は警視庁のエリートコースを歩む警部補。大学を卒業して社会人になって数年。俺もあいつもやりたい仕事に就いて、まぁ上手いことやれている。だけどさ、ふと気付いたら2人だけの時間がなかなか取れなくなっていた。大学生の頃は部屋は勿論図書館なんかで一緒に過ごすこともできたんだけど。大人になるとそう簡単にはいかなくなるもんなのかね。 「どうした?今日は甘えただな。」 「……そんなことないから。銀さんいつもと全くおんなじだから。」 だから俺は土方と休みが合う日はいつもよりほんのちょっとだけ素直になることにした。土方にくっつきたくなったら肩口に顔を埋める。キスしたくなったら頬に手を伸ばす。土方は単なる俺の気まぐれだと思っているらしく、普段は懐かない猫を相手にしてるみたいだとか言っていた。 「いや、今日のお前、可愛いだろ。」 土方の指が俺の頬に触れる。ベッドの上で昼間から時間も気にせずじゃれ合うのは久しぶりだった。お互いの通勤の利便性を考えて新しいマンションに引っ越したけど、このベッドはあの頃と同じ物だ。 「銀時。」 土方が俺の名前を呼んで優しく髪を撫でる。土方の指が触れる度にふわふわした気持ちになった。ああ、俺、土方が好きだ。間近にあるお前の顔を見て、それからゆっくりと瞼を閉じる。夢の世界に旅立つその瞬間までお前の柔らかな笑みが俺の中で全てになる。なぁ、土方。それってなんて幸せなんだろうな。 @おそろい 「お、折れちまったあああ!」 玄関先から響いた悲痛な叫び声に俺は弾かれたようにリビングから飛び出した。今日はたまたま早く上がれたから俺の方が早く帰って来てて。銀時を出迎えてやろうと待っていたのだが。 「おい、銀時!折れたってどういう…」 まさか職場や帰り道で怪我でもしたのかと焦る俺の目に映ったのはいつも通りの恋人の姿。 「銀時、大丈夫なのか…?」 「…大丈夫じゃねーし。」 玄関にしゃがみ込む銀時の手元。すっかり色の剥げた、俺の好物を模したキーホルダーがちょうど真ん中辺りでぽっきりと折れていた。 「心配させやがって。折れたってそっちか。」 鞄の中に入れていたそれはいつの間にか折れてしまっていたらしい。半分の胴体になっちまったマヨが銀時が手に持っている鍵の傍らで寂しそうに揺れた。 「ずっと使ってたからな。良くもった方じゃねェか。」 「でもよォ…」 色々と思い入れがあって当然だ。俺の銀色の猫と同じように。鍵につけようぜと銀時が買って来てくれた日のことを思い出した。2人を繋ぐ大切な物。 「じゃあ代わりに揃いのもんでも買うか。」 「鍵につけるやつ!?いいじゃん!」 「ってなんで指輪だああああ!」 玄関先でのやり取りから数日後。買って来たぞと渡した箱の中身を見た銀時にすげー剣幕で詰め寄られた。俺とお前を繋ぐ代わりのもん買うっつっただろうが。意味が分からん。 「なんでって、恋人同士で揃いっつったらこれしかねェだろうが。」 「何がこれしかない、だよ!土方くんって馬鹿なの?顔のいいただの馬鹿なの?」 「別に高くなかったから気にするな。」 「そういう問題じゃねェんだよ!」 俺はこんなん絶対にしないからね、絶対にしない!銀時は散々叫ぶと白い箱を早々にどこかに片付けてしまった。そんな風に宣言してた訳だから、後日駅ビルの店で見つけた新しいマヨと猫のキーホルダーを買って機嫌を取ってみせても銀時の左手の薬指に光る物は見つけられなかった。けどな、俺は知ってんだ。 はっきりとした日にちまでは言えないが、あれは確か日曜の朝だったと思う。早朝の時間だったからまだ俺が寝てると思ってたんだろう。誰も見てないとそう思ったんだろう。銀時は一度ベッドから抜け出して再び戻って来た。そうして枕元にそっと小さな箱を引き寄せ、箱の中身を取り出すと左手の薬指に通して嬉しそうに笑ったんだ。俺はこれから先もずっと、それこそ一生あの横顔を忘れない。あんなに可愛い奴、俺ァお前以外に知らねェよ。 @手料理 たまには俺が作ってやるよ。晩飯の用意をしようと思って台所に立ったら土方にそんな風に言われて。おいおい、一体どういう風の吹き回しィ!?って思わない訳じゃなかったんだけどさ、悪い気もしなかったもんだから、じゃあ頼むわ土方くんって頷いたんだけど。俺はそれを激しく後悔していた。 「やっぱ断るべきだったわ…」 さっきからずっと台所から不穏な物音しかしない。あれ?何か戦争が始まっちゃってるみたいな音しかしないんですけど。一体何してんの、あの子。 「大丈夫かよ、土方の奴…」 やきもきしながら待つことさらに20分。できたぞと声を掛けられて俺はすぐさまダイニングキッチンへ向かった。 「銀時、お前いつもあんなに苦労して俺の為に料理してくれてたんだな。お前には感謝の言葉しかねェよ。」 「えーと、うん、それは分かった。でもちょっと待って…何この暗黒物質。」 目の前の真っ黒焦げの物体を指差したら、野菜炒めだと言われた。ちょっと待って、これ野菜炒めなの?え?まじで?俺が知ってる野菜炒めと全然違うよ?つーか野菜炒めって男の料理の代名詞みてェなもんだよね?簡単にささっと作れるよね?だって野菜切って炒めるだけだよ? 「そっか、土方って…」 同棲し始めた頃から俺がずっと料理担当で、当たり前の家事分担だと思ってたからそれについて別に深く考えたりしてこなかった訳ですよ。そして土方という人間は仕事も含めて何でも完璧にこなす奴だって思ってたんだけど。料理がからっきしとかさ。くそっ、何だよもう、可愛いとこあんじゃん。 @喧嘩 銀時と喧嘩した。銀時が晩飯を作ってる時、声を掛けずにいきなり後ろから抱き締めてそのまま柔らかい肌を味わおうしたら、ちょうど包丁を使っていたらしく、盛大に殴られた。実は前にも似たようなことを何度かやらかしちまっていたから、遂に我慢の限界を迎えてしまったらしい。それから必要最低限しか口を利いてくれなくなっちまった。俺達は大体そんなことで喧嘩する。そして満足に会話ができないせいで、大概俺のHPが削られていく。 「銀時、本当に悪かった。」 冷戦状態から5日目を迎え、俺はもう何度目になるか分からない謝罪を口にした。HPは限りなく0に近かった。もういい加減銀時とちゃんと会話したい。何より触りてェんだ。俺が悪いのは百も承知だが、好きな奴には怒った顔じゃなくていつも笑ってて欲しいと思う。 「なぁ、銀時。」 「…ったく、所構わず盛りやがって。待てはできないのかよ、いぬのおまわりさんは?」 「……分かった。これからはする前にちゃんと言う。それなら許してくれるか?」 おい、俺が怒ってんのはそういうことじゃねーからと眉を吊り上げる銀時を構わず抱き締めて何も言わずに口付けた。 「…っ、土方てめー!する前にちゃんと言うっつったのはおめーの方じゃねェか!」 「お前が可愛かったから、やっぱ我慢できなかった。」 想いを込めて見つめたら、この俺様野郎と呆れた声が返って来た。だが銀時は俺の腕の中から逃げ出すことはなくて。ああ、許されたんだ。嬉しくてもう一度唇を奪ったら、今度こそ本気で殴られた。 @帰り道 改札を出てすぐに銀時と名前を呼ばれて振り返ったら、黒のスーツ姿のただの男前が立っていた。ま、この無駄に男前な奴は俺の恋人だったりするんですけどね。土方と偶然駅でばったりなんて珍しいことだった。 「仕事帰りに一緒になるなんて数えるくらいしかないよなぁ。」 お疲れさん。ああ、お疲れ様。労いの言葉を掛け合ってから2人並んでのんびりと通い慣れた道を歩いた。宵闇の中で静けさに包まれた住宅街を歩いていたら、不意に土方が濃紺の空を仰いで呟いた。 「今夜は星が綺麗だな。」 「ん、あ、そうだな。」 俺もつられるように夜の空へと視線を移す。すると隣でふっと笑う気配がした。 「ま、綺麗だがお前には負ける。お前が一番だ。」 「……」 素面でそういうこと言えちゃうんだよね、お前って奴は。その顔でその台詞。そりゃ女達はお前のこと好きになるわ。 「お前が女にモテる理由をまた1つ見つけたわ、俺。」 「モテる?俺ァお前にだけモテてりゃそれでいいんだよ。お前の心があればそれで幸せだ。」 「うっわぁ。何この人まじで恥ずかしいんですけど。」 「別に俺ァ恥ずかしいことなんざ言ってねーぞ。事実だからな。俺にはお前だけだ。」 「……」 ちょっとやめて!それ以上はやめて、300円あげるから今すぐ口閉じて!聞いてるこっちが恥ずかしいから! 「銀時。」 「な、何だよ。」 「これからもずっと好きだ。」 「ふ〜ん、ずっと、ね。」 「ああ。」 何だよもう!顔が熱くてやってらんねェよ!恥ずかしくて土方の顔まともに見れねェから、星見るしかないじゃん。そうして土方の視線から逃れるように見上げた夜空は都会の星空にしてはやっぱり綺麗で。これからもずっと好きだと言われて、本当は少しも悪い気はしなくて。 「銀時。」 「何?」 「今日の晩飯、何だ?」 「今夜は、和食。」 「お、そりゃ楽しみだな。」 「酒もあるし。美味い晩飯にしてやるよ。」 他愛のない話をしながら、またこんな風に2人で星空を見てェかも、なんて。心の中でこっそり願ったのは土方には内緒だ。 @おやすみ 「眠そうな顔してっからそろそろ寝るか。」 布団の中でお互いの身体をぎゅっと抱き締めて、とりとめのない話に笑い合っていたら、土方の手が頬を撫でた。明日も早いんだからもう寝ろ、とあやすように指先が頬を滑っていく。 「お前の言う通りもう寝るとすっかなぁ。」 指先の温もりが緩やかに広がって大切で愛おしい存在を全身に感じた。1日の終わりを迎える時、土方が傍らに在ることが俺に堪らない幸福感をくれる。それはきっとこいつも同じはずだ。 「おやすみ。」 「おやすみ、土方。」 どちらからともなく額をこつんとぶつけ合って、指を絡めて。同じ気持ちを確かめ合う。 「明日も頼むな、目覚まし時計土方くん。」 「お前なぁ…よし、明日は舌入れて起こしてやるよ。」 「きゃー土方大胆!」 「分かったからもう早く寝ろ。」 咎める声とは裏腹にその群青の瞳はどこまでも甘く優しかった。俺は黙って頷いて土方の手を握り返した。おやすみ、土方。良い夢見ろよ。でさ、明日も一緒に笑って過ごそうな。 END あとがき 10万打感謝企画でこの設定の2人のその後を読んでみたいというありがたいお言葉を頂きまして、同棲現パロ土銀のおはようからおやすみまでを切り取ってみました。 就職して社会人になってもこの2人はいちゃいちゃ幸せに暮らしてると思います!同棲する土銀素晴らしい!(ちなみに例の野菜炒めは土方くんが責任を持って全部食べました^^) 風見様、この度は素敵なリクエストをどうもありがとうございました! 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