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一雫の想い
ANZU様から100000HITリクエストで頂いた「銀ちゃんを泣かせてしまう土方さん」のお話です



万事屋に特に依頼もなくのんびりと過ごしたい時、銀時はかぶき町にあるお気に入りの団子屋に足を向けることが多い。赤い敷き布が掛けられた席には日除けの大きな番傘が立てられているので外で食べるのにはもってこいなのだ。


「いい天気じゃねェの。」


さらさらと流れていく風。空には綿菓子のような雲がふわりと浮いている。通りを歩く人々も皆楽しそうな表情だ。こんな穏やかな日は無性に土方に会いたくなる。一緒に長椅子に腰掛けて顔を見て話でもしたら、きっともっと団子が美味く感じるだろう。銀時と土方は恋仲にある。惚れていると告げられ、戸惑いつつも首を縦に振った日からそこそこ月日は経っている。


「あいつは今日もお仕事頑張ってんだろうね。」


脳裏に浮かぶ整った顔立ちの恋人に思いを馳せながら5本目のみたらし団子を味わおうとした銀時はふと目に入った光景に軽く瞬きを繰り返した。


「おや、坂田さんじゃありませんか。」

「てめーは…」


真っすぐこちらに近付いて来る男。思わず持っていた団子を皿に置いて相手に視線を向けた。銀時はその男に嫌と言うほど見覚えがあった。見廻組局長、佐々木異三郎。世間では文武両道に優れた三天の怪物などと謳われているらしいが、銀時にしてみれば何を考えているのか未だによく分からない男だった。


「偶然ですね。私は今、真選組の皆さんの仕事に対する見識を深めようと同じように徒歩で巡回してる途中なんです。」

「へぇ、そうですか。」


やはり何を考えているのかさっぱりだ。真選組関連の事件に巻き込まれた時からお互いに面識はあるものの、これ以上関わりたくはないのが本音だった。今日はいい天気ですねと礼儀正しく話し掛けてくる男に返事の代わりに胡乱な眼差しを向ける。この男が自分に声を掛けてきた真意が掴めず、銀時は距離を取った。


「実は坂田さんに折り入って頼みがあるのですが…」

「はああ!?俺に頼みィ!?」


素っ頓狂な声が出たのも無理はない。この男の依頼など絶対に碌な物ではない。真選組と見廻組との先のいざこざで既に学習済みだ。しかもあの事件では自分から暴露したとは言え、過去の一端を明らかにしてしまったのであまりいい思い出がない。暫くの間、恋人に白夜叉殿とからかい混じりに呼ばれたからだ。


「ええそうです。坂田さん、アナタ万事屋でしょう?」


銀時の心中など知る由もない佐々木はきちんとした報酬は出しますよと覆い被せてくる。前回のような危ない仕事ではないので子供達も連れて来て良いとも言った。全て信用した訳ではない。けれど何でも屋稼業のくせに仕事を選んでいては坂田家の生活はすぐに立ち行かなくなる。ならば。


「……分かった。その依頼とやら受けてやるよ。」


もうなるようになれと半ば自棄になりながら銀時は佐々木の依頼を了承した。


「引き受けると仰って頂いて助かりました。では、私も少し休憩するとしましょうか。」


いつの間にか隣に座って茶を注文し始めた佐々木が依頼に関してよろしくお願いしますねと目を細めた。


「てめっ、何勝手に座ってんだよ!」


土方ならば大歓迎であるが、この男など絶対にお断りだ。銀時は空き皿を自分と佐々木の間に置いてさらに物理的な距離を確保した。


「依頼の詳細は後日ということで。」

「へいへい、分かりましたよ。」


自分で引き受けると決めた以上、途中で仕事を放棄するような真似はしたくない。これはどうにか上手くやらなければと佐々木の依頼のことばかりが脳内を巡っていたので、少し離れた場所から彼とのやり取りを見ている者が居たことに銀時は気が付かなかった。






「銀時が佐々木と!?」


現在泳がせている攘夷浪士達の定例報告の為に部屋に入って来た山崎の開口一番の言葉に土方は指に挟んでいた煙草を取り落としそうになった。副長、と呼び掛けられてはっと我に返り、慌てて吸い殻の山に吸いかけのそれを突っ込んだ。


「見間違え…じゃねェよな。」


真選組を模した白一色の隊服ときらきら輝いて見える銀髪はどこでもよく目立つので他人の空似とは考えにくい。それに完璧に監察の仕事をこなす山崎が誰かと間違える訳がない。


「2人共背を向けて座ってましたし、近付けないから何を話していたのかまでは…」


土方付きの小姓で佐々木の義弟を中心に巻き起こった事件以降、土方の中で印象は最悪だった。そんな男と銀時が一緒に居たというのだ。


「旦那、何か事件に巻き込まれてなきゃいいんですけど。」


きちんと正座をして土方の向かいに控える山崎の顔が曇る。話を聞いた土方も複雑な表情を浮かべた。


「俺ァ今抱えてるヤマで忙しくて動けねェ。だから山崎、銀時の動向をそれとなく探ってくれ。特に1人で出掛ける時だ。」

「はいよ。旦那の為ですもんね。」


山崎は二つ返事で了承した。目の前のこの部下もそうなのであるが、土方の恋人は人を惹き付ける不思議な魅力があり、関わった者の多くが彼を慕うようになる。土方に少しも懐かない総悟などがいい例だ。だからあのいけ好かない男が銀時に近付く可能性は決してないとは言えない。


「何もなけりゃ別にそれでいいんだ。今の調査の片手間でいい。」

「分かりました。」


会釈をして山崎が静かに障子を閉める。有能な監察の気配が完全に消え去ると、土方は文机に置いている煙草の箱に手を伸ばした。


「あいつなら佐々木の野郎なんざ軽くあしらうか。」


焦って山崎に探らせることにしたが、そこまで心配しなくてもいいのかもしれないと思えた。銀時は土方の恋人なのだ。佐々木とどうこうなるはずがない。それに銀時には彼の帰りを待つ家族が居るのだから、自ら進んで危ない橋を渡るようなことは控えるはずだ。


「俺ァ銀時のことになるとつい暴走しがちになるな。」


だがそれはもう仕方のないことだった。好きだから。いいところも悪いところも全部含めて惚れているから。だから銀色がいつも頭の片隅から離れないのだ。


「不甲斐ねェな、まったく。」


お互いの想いを確かめ合っていても、恋情とはままならないものだ。自嘲気味に呟いて、土方は指の先でくゆる紫煙をじっと見つめた。



*****
「あり?ジミーじゃねェの。」


すぐ目の前の路地の角から出て来た人物を捉えた銀時は見慣れた顔だったせいで思わず声を掛けてしまっていた。


「旦那、偶然じゃないですか。昼間からこんなとこで…」


何してるんですかと続けようとした山崎の声がぷつりと途切れた。それもそのはず。あまり人通りのない路地に続く道に突っ立っていた銀時は1人ではなかったからだ。


「これはこれは、お仕事ご苦労様ですね。」

「あ、こいつな。ちょっと野暮用だよ野暮用。」


隣に立つ白い隊服の男を見やりながら面倒そうに呟くと、何故か山崎は狼狽えたような表情になって後ろを振り返った。お前こそどうしたんだよと問うより早く、地味で通っている監察の背後から誰かがこちらに歩いて来る。銀時は目を見開いた。


「土、方…」


山崎の隣で立ち尽くしてしまった相手も酷く困惑した瞳で銀時を見た。


「何でお前、佐々木と…」


真選組と何かと因縁のある見廻組の佐々木と2人で会っていたのには勿論ちゃんと理由がある。万事屋の依頼に関する正当なものだ。それに銀時が呼び出した訳ではなく、この場所に呼び出された方だった。


「俺に対する立派な裏切りじゃねェか。」

「土方、ちょっと待て…」


ついと視線を逸らした土方は全くこちらを見ようとしない。山崎はまだ調査中っつってたが、俺は問題ねェって思ってた。感情のない声で紡がれた言葉の意味が銀時には分からなかった。


「お前に裏切られた俺の気持ちが分かるか?」

「……」


裏切り。その言葉に胸がつきりと痛んだ。早くきちんと説明しなければならないというのに。それなのにどうしていいか分からなくなって、どうにかしなければと思うほど焦って頭の中が混線状態になった。土方に嫌われた。ただそれだけしか考えられなくなって。不意に地面がぐにゃりと歪んで視界が勝手にぼやけた。


「……ぁ、」


自分はこんなにも弱々しくはないし、女々しくもないはずなのに。滅多なことでは涙を流したりはしない。恩師をこの手に掛けたあの日からきっと自分は一度たりとも泣いてなどいないのに。


「俺は、お前が考えてるようなことはしてねェ…」


土方だからだ。自分にとって特別だと思える相手だから、話も聞かずに浮気だ裏切りだと決めつけられてしまったことが悔しいのだ。自分の心を信じてもらえなかったことが。その思いが小さな小さな雫となって今にも零れ落ちてしまいそうだった。


「じゃあ何でこいつと…!」

「だから…俺の話聞けっつってんだろ!」


涙声にならないように気を張れば張るほど喉の奥が震えて上擦った声が出た。


「あの、私のこと忘れてませんかね、坂田さん。」

「えーと…副長、俺も居るんですけど…」


話に割り込んできた2つの声に銀時も土方も弾かれたように声の主達の方を見やった。


「坂田さん、どうやら土方さんは思った以上に精神年齢が低いようですから、この先も色々大変ですね。」

「何考えてんですか、副長!旦那が浮気なんてするはずないじゃないですか。きっと何か理由があります。今のは酷いですよ。」


2人から嫌みたっぷりに責められ、さすがに言い過ぎたかと土方が何とも言えない表情になった。


「そうですね、ではここは私が説明しましょう。」


銀時と同じように半眼で、だがそれ以上に感情の読めない男が軽く片手を挙げた。


「清掃を頼んだんですよ。見廻組からの正式な依頼です。真選組の屯所と違って見廻組のビルは広いですからね。しかも坂田さんはそこらの家政婦も顔負けの清掃技術をお持ちだったんですよ。コストをできる限り抑えて効率的な結果を得る。これもエリートには必要なことです。」

「掃除の、依頼だと…?」

「そうだよ、掃除。新八と神楽の3人で3日間のな。ひたすら掃除したんだよ。」

「そして依頼終了後にある程度の額を先に現金支払いで、とのことでしたので私の都合の良い日を指定させて頂いた訳です。」


そういうことだ分かったかコノヤローと続ければ土方は目に見えて大人しくなった。


「やれやれ、嫉妬深い副長さんには困ったものですね。仕事1つ依頼するのにこうも苦労するとは…」


土方は苦虫を10匹は噛み潰したような表情で佐々木を睨み付けた。


「まあまあ、これで旦那の疑いは晴れたんですから、とりあえず謝りましょうよ、副長。旦那を傷付けた罪は重いですよ。」


黙って成り行きを見守っていた山崎が銀時の側に立って味方をするように一本前に出た。


「そういうことでしたら私にも謝ってもらいましょうかね。土方さん、先ほどアナタにきつく睨まれたせいで繊細なエリートの心は大変傷付きました。痴話喧嘩のとばっちりを食らった私は最大の被害者ですよ。」

「いやいやそれおかいしいよね?こいつが一番謝んなきゃなんねェ相手は俺だろうが!俺悪いことなんて全然してないからね。ただちょっと気合い入れて掃除しただけだからね。見廻組んとこの廊下の拭き掃除頑張っただけだっつうの。」


そうなのだ。自分は何ひとつ悪いことはしていない。寧ろ勝手に勘違いをして勝手に怒ったのは土方の方なのだ。そう思ったら何だかむかっ腹が立ってきた。


「つーかてめーのせいでまた余計な奴に俺らの関係ばれちまったじゃん…」


できることならばあまり知られたくはなかったのに。この関係をおおっ広げにしたくないのは一々相手に説明するのが面倒だからだ。以前沖田には2人だけの世界を邪魔されたくないってことですねィと面白そうな顔で揶揄されたが、そういう思いも確かに少しはあったりもする。恥ずかしくて言えやしないが。


「その辺りはご心配なく。他言無用なことくらい心得ていますので。」

「……」

「あ、坂田さん。」

「…何だよ。」

「お渡しした分とは別に残りの報酬は振り込んでおきますね。」


白い隊服の裾を翻して佐々木は去っていった。


「副長、じゃあ俺もお先に失礼します。」


早急にやらねばならない仕事が残っているという山崎もその場から辞した。つまり残されたのは銀時と土方で、そこは2人きりの空間になった。


「目元赤いぞ。」

「赤くねェし。」

「泣かせちまったな。」

「ばっ…何言って…ちっげーよ、俺ァ泣いてなんざねェよ!」

「嘘吐け。」

「目尻濡れてんぞ。」

「や…、」


少しだけ強引に腰を引き寄せられた。端正な顔が近付いたと思ったら、目の縁にそっと舌を這わされた。その熱さに馬鹿みたいに肩が跳ねる。火照る頬もそのままにやんわりと土方を押し退け、心を落ち着かせてから土方に向き直った。


「ていうかさぁ、土方くん。今のでうやむやにしようとしたみたいだけど、お前、まだ俺に謝ってないよね?あいつらに嫌み言われて終わりじゃねェぞ。」


じと目で迫ってみせれば大袈裟なくらいに土方の目が泳いだ。


「その、あれだ…すまねェ。さっきは…あんなこと言って悪かった。」

「ま、逆に言えばお前が俺に惚れすぎてるってのが分かったし、それに免じて許してやらァ。」


土方がほっとした顔で小さく息を吐いた。


「…で、現金払いのことはまぁいいとして、何でこんな場所を選んだ?」

「え?蒸し返すの、その話題…」


許しを貰えたことでいつもの調子を取り戻したらしい。鬼の副長さんの尋問タイムかよ。今度は銀時が小さく吐息を洩らした。


「先に現金でくれっつったら、何かこの辺りが指定場所になっててよォ。何でここ?って思ったよ、俺も。」


土方曰く、この周辺は土方が情報収集の為に泳がせていた攘夷浪士達が出入りしていた長屋の近くだったらしい。そして土方と山崎は捜査の為に今日この辺りをれていたのだ。あの男の情報網は侮れないと土方は言った。佐々木は土方が追う事件の概要を知っていたのかもしれない。もしかしたら暇潰しに土方をおちょくる目的で俺を利用したのかもしれねェなと勘繰ってしまいそうだった。


「俺、やっぱあの野郎嫌いだわ。」

「ああ、俺もだ。」


お互い同じ気持ちなのがおかしくて口元が緩んでしまった。


「そういやぁ大捕物見越して泳がせてた奴、逃がしちまったんだって?ジミーの仕事ってそっち関係の尻拭い?」

「何で知ってる。」

「お前らに会う前にあの見廻組の局長さんがね。最新情報ですよって。」


やっと機嫌を直した鬼の副長の顔が憮然とした表情になっていく。やはり佐々木という男は一筋縄ではいかないようだ。


「見廻組の奴らなんかに負けんじゃねェぞ。」


チンピラ警察24時や幕府の狗と言われようが、真選組は江戸の平和を護る孤高の組織だと密かに思っているのだ。だから土方には真選組の副長として励んで欲しかった。


「ああ、勿論だ。あいつらよりいい働きしてやる。」

「よしよし、それでこそ俺の土方くんだね。」


大仰な動作で柔らかな黒髪をぐしゃぐしゃに撫で回せば、子供扱いみてェなことすんなよとむすっとした声が返って来た。


「ん?だって泣かされたからお返し。」


意趣返しだかんなと銀時はにやりと笑ってみせた。独占欲が強くて、でも何やかんやで可愛らしいこの男のことが誰よりも好きだなぁと思いながら。






END






あとがき
さらば真選組篇より前のエリート佐々木さんと土銀を絡めてみましたが、何番煎じな展開の上に銀ちゃんをあまり泣かせていなくて申し訳ありません;それでもどこか少しでも気に入って下されば嬉しいです。


銀ちゃんのことになるといつものペースが崩れてしまう副長さんはすごくいいと思います!


ANZU様、この度は素敵なリクエストを本当にありがとうございました!

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