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この手を伸ばして
ユキハナ様から100000HITリクエストで頂いた「土方さんと手をつなぎたい銀ちゃん」のお話です




買い物客の絶えない往来を真っすぐに歩きながら、銀時はこれから会う相手のことを考えていた。脳裏に浮かぶのは端正な顔立ちをした黒がよく似合う男。真選組の副長、土方十四郎だ。知り合った当初は喧嘩ばかりしていた自分達があれこれあって付き合うようになった。恋人同士と呼べる関係になってまだ日は浅いのだが、 人目につかない場所で戯れに口付けを仕掛けられるのは頻繁であるし、連れ込み宿でしかできないこともやっている。だから自分と土方は立派な恋人関係と言えるだろう。面と向かって口にしたことはないが、土方に想われ、自分も彼のことを大切にしたいと思うこの関係は心地が良かった。だがある時、銀時はふと気付いたのだ。色々と段階を踏んで順調に付き合っているが、自分達はまだ一度たりとも手をつないだことがないという事実に。


『土方くん、手つなご?』

『待て。手なんざつなげるか。』


昼下がりの大通りを歩きながら脳内で2人の会話を想像してみる。そんなガキみてェなことする暇あんならそれ以上のことさせろと一蹴されてしまいそうだ。別に嫌ではないが、土方にはそういうところもある。それにいい歳した大人が手をつなぐつながないで悶々とするのはいかがなものか。それくらいは分かっている。けれども一度意識したら、土方と手をつないでみたくてどうしようもなくなって。あの長く男らしい指にこの手を包み込んでもらいたくて。それだけが脳内を支配していく感覚に襲われて。銀時は進めていた足をぴたりと止めた。


「ああもうぐだぐだ悩むのは性分じゃねェ!こっちからやってやろうじゃねェの!銀さんと土方くんの手つなぎ大作戦!」


他人からすれば今は1人でぶらぶら江戸の街を歩いているように見えるだろうが、実は今日は久しぶりのデートなのだ。つまりこれはここ最近ずっと考えていた作戦を実行する最大の好機。一度でいいから恋人と手をつなぐというささやかな願いを実現する為の。向こうが仕事中の時は偶然会えたとしても絶対に無理だ。だから今日この日しかない。俺ァ土方くんと手をつなぎたいんだよ。それだけをひたすら考えながら歩みを進めて待ち合わせの橋に辿り着くと、既に橋の袂には恋人が立っていた。銀時は少し先に見える黒の着流しを目指して足早に近付いた。


「よう。1ヶ月ぶりだな。」


土方がふっと笑って片手を挙げる。会う度に悔しいくらいに整った顔に目を奪われるのが常なのだが、今日は軽く挙げたその手に視線が釘付けになった。意識し過ぎであると分かっているが、こればかりは。


「あ、うん。そうだね、久しぶり。」


少し上擦った声になってしまった。これはまずい落ち着けと自分に言い聞かせて深呼吸をひとつ。土方はそんな銀時をちらりと一瞥すると、時間勿体ねェからな、ちょっと近道すんぞと促した。


「土方くん、この道…」


近道をするぞと言われて連れ立って歩いているのは人通りの少ない裏道だった。昼間でも誰かとすれ違うことはほとんどない、かぶき町を自身の庭と称す銀時や仕事で日々巡回を行う土方だからこそ知っているような道だ。周りは誰も居ない。銀時と土方の2人だけ。つまり手をつなぐには最適の場所なのだ。だからすぐにでも土方の手を取ればいい。だがこんなにも早くその機会が訪れたのは全くの想定外だった。想定してはいなかったが、そんなこと構ってられっかと自身を鼓舞して手を伸ばしたものの、それは酷く緩慢な動きになってしまった。


「どうした?」


着流しの袖口にのろのろと伸ばした左手に土方の視線が注がれ、銀時は馬鹿みたいに焦った。土方を見つめる視線が泳ぐ。


「え、あ、えっと…ほら、右手の袖んとこ、ごみがついてたぜ。」


苦し紛れの言い訳だったが、我ながら上手く誤魔化せたと思う。銀時は乾いた笑みを洩らしながら土方の袖口に指先でふれて糸くずを取るふりをした。


「おめー副長さんなんだからよォ、非番だろうが身だしなみには気ィ配れよな。」

「そうか、悪ィ。」


お前は良くできた嫁だなと満足そうに呟く土方に嫁言うなと軽く小突いてやったが、銀時は内心どっと汗をかいていた。こんなんでちゃんとやれんのかよ、俺。こっそり吐き出した深い溜め息は土方に気付かれることはなかった。






「着いたな。」


近道をして行き着いた先にあったのはデートで定番すぎる場所だった。


「え?ちょい待ち、ここって映画館?」

「言ってなかったか?今日は映画観るっつったよな?」


何なのだろう、もしかして土方は何もかも全てお見通しなのだろうか。上映作品のポスターがずらりと並ぶ館内のロビーで銀時は叫び出したくなりそうだった。だが隣でポスターを眺める恋人は普段通りで何も変わったところなどない。自分だけが焦っているから視野が狭くなっているのだ。銀時は懐からやくざ物の映画のチケットを取り出す土方を見やった。一旦落ち着こう、先ほど失敗したくらいで焦る必要はないのだ。それ以上にどう考えてもこれは絶好の機会ではないか。暗がりならば堂々と手をつなげるというもの。


「俺のおすすめのなんだが、お前も楽しめると思う。」

「土方のおすすめなら間違いねェよ。すっげー楽しみだな。」


そう大きくはない劇場内の後ろの席に2人並んで座る。平日の昼間に任侠物の映画を観に来る客が多いはずはなく、座席はぽつりぽつりと埋まっているだけだった。


「お、これなら集中して楽しめそうだ。」

「そうだね〜。」


土方に相槌を打ったが、映画が始まっても銀時の頭の中は土方と自身が立てた作戦のことだけだった。まずは自然に隣の席へ手を伸ばす。土方が驚いたとしても無視して映画が終わるまでつないでやる。ざっと流れを組み立てていざ実行に移そうとした。だがやはり自分から手をつなぐというのは想像以上に羞恥心を伴う行為だった。手つなぎ大作戦だと意気込んでいた数十分前の自分に戻れるならば今すぐにでも戻りたかった。どうしても恥ずかしさに手が止まってしまうのだ。うわああこれからどうすんの俺、と隣の席に座る恋人の手を取ろうか取るまいか葛藤していると、不意に土方の右手が動いた。もしかして、これは。嫌でも期待に胸が膨らんだ。


「ぁ…」


こちらに伸ばされると思った右手は銀時ではなく土方自身の膝の上を移動し、両手を組んだだけだった。恋人は相変わらず映画に集中している。自分の勘違いと思い込みに銀時は薄暗い空間の中でがくりと項垂れるしかなかった。


「感動したな。あそこでまさかあんな展開になるなんてな。」

「あー、うん、そうですね。」


映画を観終わると土方は若干瞳を潤ませながら、あのシーンがどうとかこうとか話し掛けてきた。だが銀時にしてみればそれどころではなかったので、映画の内容など全く記憶に残っていないのだ。だが楽しそうな表情を浮かべる恋人を見ていたらそんなことは言えるはずもなく、嘘でも良かったよと頷くしかなかった。






映画館を出てから少し歩こうかという話になり、道なりにそのままのんびり歩くことになった。今日は天気も良く風も爽やかに吹いているのでまさに散歩日和だった。仕事の愚痴や新しい甘味の感想など他愛のない話をしながらいくつか入り組んだ道を通ったところで小さな公園が目に入った。


「な、なぁ…ちょっと疲れちまったからあそこの公園で休憩していかね?な、行こ行こ。」


少し強引だったかもしれないが、土方は特に訝しむこともなく銀時の申し出に応じてくれた。公園の入り口を通り抜けて真っすぐ進むと木製のベンチが見えたので2人一緒に腰を下ろした。


「吸っていいか?」

「ん、どうぞ。」


銀時の了承を得たことで煙草を取り出した土方は満足そうに紫煙を燻らせている。その横顔に自然と喉が鳴った。公園に入る際にさりげなく周囲を見渡してみたのだが、人の気配はなく、今この場に居るのは自分達だけだった。雰囲気も悪くない。これならば。


「今日、いい天気だよね。」

「ああ、そうだな。」


他愛のない会話の続きを再開するように言葉を紡いで少しずつ土方へとにじり寄る。自然に手と手が触れたように見せかけてそのままつないでしまえばいいのだ。ゆっくりと移動してあともう少しで指先に触れるその瞬間、土方が立ち上がった。


「歩きっぱなしだったし喉渇いただろ?」

「え…」

「あそこの自販機で何か好きなの買ってきてやるよ。」

「……あ、じゃあ…頼むわ。」


お世辞にも安定しているとは言い難い万事屋稼業で万年金欠状態なので普段ならばジュースの1本でさえ奢らせるし、土方もそれくらいは彼氏として当たり前だと思っている。実際に奢ってもらえるのは小さな金額であろうが嬉しいのは確かなのだ。ただ、物事にはタイミングというものがある。


「ちょっとちょっとなんなのあの子、気ィ遣ってくれんのは嬉しいんだけどね、今じゃないの!そこんとこ察しろよ!」


どうしてこうも上手くいかないのかと頭を抱えていると、しばらくして頭上から声が降って来た。


「パックのいちご牛乳売ってたぞ。」

「……あ、うん。あんがとさん。」


薄桃色をした四角い紙パックを曖昧に笑って受け取った。好物を買ってもらったのに何とも複雑な気分であり。現実逃避をするかのように眼前の空を見上げた銀時はその青さに泣き笑いしたい気分だった。






それからも銀時は何度か例の作戦を試みた。周囲の目がある以上、男同士で手をつなぎ合うのはそう簡単なことではない。だからこそ何度か人通りの少ない道を選んだり、2人きりになれる場所を探してみたりしたのだが、いざ手を伸ばせば結局羞恥心が頭をもたげて失敗続きだった。


「くそっ、もう飲まねェとやってられねェよ!」


最後に訪れた馴染みの飲み屋で銀時は土方の制止に耳を貸すことなく酒を呷っていた。


「おい、無理するなって…」

「はあ?無理してねーよ!」


勢いに任せて注文した徳利やジョッキをどんどん空にしなければやっていられない気分だった。せっかく土方と2人で過ごせたのに心から楽しいと思えなくて。自分だけが最後まで空回りだ。そんな自分が情けなくて酒を飲み続けなければますます余計なことを考えてしまいそうだった。


「ほどほどにしとけよ。」

「んなの、言われなくたってわあってるよ。」

「分かってるように見えねェから言ってんだろうが。」


銀時のペースがいつも以上に早いことに眉を寄せた土方は思うところがあったのだろう、それからすぐに会計を済ませると、俺はまだ飲むとごねる銀時を立たせて飲み屋を出た。


「大丈夫か?」

「……」


ああもう何もかも最悪だ。そこまで酔っているつもりはないが、気持ちが沈み込んでいるからだろう、暗い夜道に足元がふらついた。隣に並んで歩く恋人の顔をまともに見ることができず、銀時は俯いたままだった。土方は明日の朝早くから仕事なのだから別れの時間を引き延ばして迷惑を掛ける訳にはいかないのに。焦る気持ちに比例するように足はますます言うことを聞かなくなった。


「ほら、手ェ貸せ。」

「あ…」


あまりに自然に左手を握られたので一瞬何が起こったのか理解できなかった。顔を上げて自身の左手へとゆっくり視線を落とす。月明かりの下、土方と手をつないでいる。誰の目から見ても明らかなその事実。最初に感じたのは驚きや動揺だった。


「土方くんってさぁ、」

「何だ?」

「2人きりの時にゃいっつも違うもんばっか握りたがってよォ…」

「ちょ、ちょっと待て、いきなり何の話して…」


月明かりの下でも大袈裟なくらいに動揺しているのが見て取れる。いや、そこまで狼狽えなくてもよくねと思いながらも、銀時は今日1日心の中でぐるぐる渦巻いていた感情を吐き出した。


「俺の手、いつまで経っても握ってくんなかったじゃん。」


今のが初めてだし。そんなつもりはなかったのだが、ふて腐れたような声が出てしまい、情けなさに苦笑いするしかなかった。自分はずっとぐだぐだ悩んでいたというのにこの男はこうもあっさりと手をつないでしまったのだ。それが何だか悔しかった。


「お前…」


土方が深い海のような色をした瞳を銀時に向けてくる。歩みを止めて注がれる視線を黙って受け止めていると、土方は何かを思い出すような表情を見せ、それから小さく笑った。


「それで今日1日なんかおかしかったのか。」

「へ?」

「さっきの飲み屋でもそうだったが、明らかにずっと様子がおかしかったぞ。俺の手ばっか見てたから何かあるんだろうなとは思っちゃいたが、そういうことだったのか。」

「――っ、」


恥ずかしさのあまり体温が急上昇した。全てではないにしてもこの男に気付かれていたのだ。ぶわりと頬が熱くなる。これ以上は無理だ。銀時は自分から慌てて手を離した。


「何離してんだ。」

「いや、だって…」

「いいか、手なんざいくらでもつないでやる。」


伸ばされた右手に左手を捕らえられ、再びぎゅっと握り込まれて肩が揺れた。


「…んだよ、お前、なんでそんなに男前なの。」


嬉しいのに上手く口に出せない。銀時はぼそりと呟いておずおずと土方の手を握り返した。反応が返って来たことに満足したのだろう、隣でくくっと喉を鳴らす気配がした。土方は少しだけ銀時を引っ張るようにして歩みを進める。そういうところはこの男らしい。つながれたままの左手から土方の体温が伝わってくる。段々心臓の音がうるさいくらいになってきて、この状況を望んでいたはずなのに土方の手を離れて駆け出したいような気分になった。


「おっさん同士で手ェつなぐとかさ、やっぱこっ恥ずかしいわ。うん、ないわ、これ。」

「おいおい、手つなぎてェんじゃねーのかよ。」

「それは…そうだけど、でもよォ…」


躊躇いがちに引き抜こうとした左手は前方にぐいっと引っ張られ、声を上げるより早く、握られたままの指先にちゅっと口付けられた。


「いいから黙ってつながれとけ。な?」

「土方…」


反対の手で愛おしむように髪を撫でられてしまえばもう駄目だった。この手を包み込む土方の手の温もりに堪らない気持ちになった。


「だからなんでそんな男前なのお前。」

「好きな奴の前じゃ格好つけたいに決まってんだろ。」


ああそうですかとおざなりな返事をしたら、お前の手、さっきより熱いぞと笑われて。言い返せない悔しさにこれでもくらえと思いきり力を込めて握ってみれば、お前の気持ちが痛いくらいに伝わってくるなと嬉しそうな余裕の笑みが返って来て。


「んだよ、もうお前なんか嫌いだ。」

「そうか。俺は惚れすぎて困るくらいだけどな。」


手ェつなぎたいとか、こんな可愛いお願いするとか思わなかったな。土方が優しさの滲む笑みを向けてくる。ああもう本当に敵わない。だから。俺だって好きなんだよ。心の中で呟いて。まだ離してやるもんかともう一度しっかり土方の手を握り返した。






END





あとがき
土方さんと手をつなぎたい為に色々頑張る銀ちゃんを書いてみました。どこか少しでも気に入って頂けましたら嬉しいです!


しっかり付き合っているのにまだ手をつないだことがなくて、だからこそつないでみたいと思う銀ちゃん可愛いなぁと思います^^今回の土方さんは余裕のある感じで旦那様らしく銀ちゃんの手を握ってもらいました。土銀が手をつないでいるのを想像するだけで可愛くてすごく萌えますね!


ユキハナ様、この度は素敵なリクエストをして頂きまして本当にありがとうございました!

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